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魔術学院マイナーデ

名の無い少年01

シグニア王国とティリア王国は長年の敵国同士である.
国土に砂漠地帯が多いティリア王国にとって,水と緑に恵まれたシグニア王国は魅力的過ぎた.
そして内陸部に位置するシグニア王国にとって,外洋に通じる大きな港をいくつも持つティリア王国は眩しすぎた.
ティリア王国は穀物の育たない貧しい国土を持つが,サッカリナ地方一の貿易大国である.

シグニア王国とティリア王国の戦いは,常に同じパターンに終始する.
なぜならティリア王国軍が剣士を中心とした軍隊であるのに対して,シグニア王国軍の主力は魔法兵であるからだ.
つまり接近戦になればティリア王国が勝利し,接近戦に持ち込ませなければシグニア王国が勝利するのである.

そして,今.
シグニア王国歴1203年,再び戦いの火蓋はきって落とされた…….

「ライム,ちょっとこっち来い.」
戦場についてから4日目のことである,金の髪の少年は赤毛の兄に呼ばれた.
「お前に恋文だ.」
王子であり,最高指揮官という立場にも関わらず,イスカは兵士たちとともに早朝の哨戒に出ていたらしい.
皮肉な笑みを見せながら,矢に結び付けられた紙を弟に手渡す.
「恋文?」
少年が紙を広げると,文字を読める年若の兵士たちも覗き込む.

飾らないイスカに,身分にこだわらないライム.
兵士たち,特に若い者たちはすっかりこの二人の王子に打ち解けてしまった.
愛称に敬称をつけた,けったいな呼び方で気軽に彼らを呼ぶ.
「ライム殿下,この内容は……,」
金の髪の少年は紙をくちゃっと丸めて,端正な顔を上げる.
「真っ赤な嘘だ,母は無事に王城に居る.」
手紙にはリーリアを人質にとってあり,母が大事ならば今すぐシグニア王国を裏切れと書いてあった.

差出人は遠征軍最高指揮官,シグニア王国元第二王子タウリ.
実の父親からの手紙に,少年は不思議なほど何の感慨も沸かなかった.
「最高指揮官タウリ……,かぁ.」
兵士たちと同じく手紙を覗き込んで,赤毛の青年が考え込むようにつぶやく.

国境地帯にいるティリア王国軍30,000に対して,シグニア王国軍は辺境警備の4,000のみ.
馬鹿正直に真正面からぶつかって勝てるはずはない.
初戦は相手の出鼻をくじいて,なんとか勝利を得たが……,
「裏切った振りをして,俺がティリア王国軍陣中に乗り込もうか?」
真剣な弟の顔に,イスカは自分の思考が読まれたような気がしてぎくりとした.
「捨て身の作戦か,かっこいいな.」
しかしすぐに,軽く笑って切り返す.
「却下だ,そんなことをしたら兄弟の縁を切るぞ.」
頭をこつんと叩く兄のこぶしを,金の髪の少年はむっとして払いのけた.
「切られたって惜しくないさ.」
すると赤毛の青年は,にやっと人の悪い笑みを浮かべる.
「じゃぁ,お前の恥かしい過去をばらしてやる.」
「はぁ!?」
ライムは思い切り顔をしかめた.

唐突に始まる,いつもの兄弟喧嘩に兵士たちも笑い出す.
「兄貴と違って,俺には恥かしい過去など無い!」
真っ赤になって怒鳴り返す少年に,青年はあさっての方向を向きながら喋る.
「あれはライムが3年生のときだったかな,真夜中に俺の部屋にやって来て,」
少年は慌てて兄の口を両手で押さえようとした.
情けないことに,思い当たる節があったらしい…….
「兄さん,変な夢を見ちゃったって,」
「うるさい! 黙れ! てめえなんかを頼った俺が馬鹿だった!」
兄の口をふさごうとする弟に,大口を開けてからからと笑う兄.
友人同士のように,兵士たちもはやしたてる.
「ライム殿下,どのような夢をご覧になられたのですか?」
「か,関係ないだろ!?」
朝の光の下,男たちの陽気な笑い声がどっと響く.

噂に名高い赤の第二王子に,金の末王子.
将来,イスカが王座につき,ライムがその補佐をするのならば,きっと国民,特に平民にとって良い政が行われるに違いない.
兵士たちはいつの間にか,そう期待するようになっていた.

たあいの無い雑談の途中で,
「サリナ……?」
ふと金の髪の少年が真顔になってつぶやく.
「ん?」
不思議そうに赤毛の青年が聞き返すと,
「よけろ! 転移魔法だ!」
ライムはどんっとイスカを押し倒す,その瞬間,さっきまで彼らがいた空間に炎が出現した!

「なっ…….」
地に倒れたままで,青年は炎の中を凝視する.
外に居た兵士たちは皆,敵の攻撃かと慌てだす.
「サリナ!」
立ち上がった金の髪の少年が,炎に手を差し入れる.
するり,と炎の中から一人の少女が抜け出た.
まるで精霊が自然のエネルギーから生まれ出でるように.
少女の薄茶色の長い髪が炎に舞い,揺らめく眼差しがただ少年だけを見つめている.
「……ライム,」
にこりと微笑むと,少女の夢見るような瞳は閉ざされる.
少年と少女の幻想的な光景に,兵士たちは思わず息をのんだ.

倒れかかってくる少女をしっかりと受け止めて,
「なぜ……?」
少年がつぶやくと,いきなり少女以上の加重がかかってどすんとしりもちをつく.
「な,なんだ!?」
少年は腕の中に,少女と薄水色の髪の青年を抱え込んでいた.
「……ライム殿下?」
長身の青年は瞳を瞬かせながら,辺りをきょろきょろと見回す.
「まさかここは,国境地帯ですか?」

「派手な登場だな,スーズ.」
上から降ってくる呆れた声に,スーズは顔を上げる.
この青年にしては珍しく,間抜け面であった.
「イスカ殿下,……信じられません,私たちはついさっきまで城に居たのに.」
城からここまで一気に飛んできたのだ,サリナ一人の魔法によって.
スーズは,下敷きにしてしまった少年に謝ってから立ち上がった.
そして未だ信じられないといったように,周囲を見回す.
兵士たちが驚いた顔をして青年の方を眺めていた,そして炎はいつの間にか消え去っていた.
魔法を行使した当の本人である少女は,金の髪の少年の腕に抱かれて安らかに眠っている.

ライムはそっと,少女の暖かな頬に触れた.
きっと少女は少年を追いかけてきてくれたのだ.
「お前に逢いに来たんだな…….」
からかうような兄の声を背に受けて,少年はぎくっと震える.
「愛の力ですね.リーリア様がライム殿下が戦場に行ったと教えた途端,こうなりましたから.」
「い,いいだろ,別に!?」
少女を大事そうに抱え込んで,少年は真っ赤になって言い返した…….
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