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魔術学院マイナーデ

旅立ちの決意07

夕刻,スーズが主君の部屋へ戻ってくると,すっかりと旅支度を整えた少年がそこには居た.
窓から差し込む夕日が,少年の姿を照らし出す.
17歳の大人と子供の中間に位置する体,母親譲りの金の髪は,まさに金の末王子の通り名の如しだ.

「ライム殿下,出発は明日の朝ですよ.」
青年がそっと声をかけると,少年は険しい顔をして振り返る.
「スーズ,サリナに何を言った?」
少年の口から放たれる低い声,少年が心の底から怒っている証拠だ.
「じじいのたくらみは全部聞いた.隠し立てをするな.」

青年は軽くため息を吐いた.
この潔癖な少年に知られてしまえば,うまくいくものもいかなくなる.
けれど,もう時間がないのだ.
「誘惑しろと言った方が良かったですか?」
すると少年がぎっとにらみつけてきた.

けれど,スーズとて負けてはいられない.
ここは冷徹に徹するに決める.
「殿下,サリナに対して中途半端な態度を取るあなたが悪いのですよ.」
青年の言葉に少年は驚いたように,深緑の瞳を瞬かす.
「あなたが思わせぶりな態度を取るから,サリナだって期待してしまうし,学院長様だってあのような策を講じられるのです.」
何も言い返せずに,少年は苦しそうにうめいた.
「全部,俺が悪いって言いたげだな.」
「そのとおりです,殿下.」
青年は平然と断定した.

「ユーリのような少年にサリナがつけこまれるのも,あなたがはっきりとした態度をみせないからですよ.」
容赦無い青年の言葉に,少年は俯いてしまう.
「俺は誰とも結婚する気はない.」
言った瞬間に,少年はそれが自分勝手ないいわけであることに気づく.
少年の事情など,周囲のものには関係ない.
「それは殿下に幻獣がついていないからでしょう? 自分の子供に同じ苦労を味あわせたく,」
「サリナに謝りに行ってくる.」
少年は青年の言葉をさえぎって,告げた.
「苛ついて,やつあたりしたから……,」
恥かしいのか,顔を隠して少年は部屋から出て行った.

コンコン.
ドアを叩く音に,少女は目を覚ました.
部屋の机に突っ伏して,泣きながら眠っていたのだ.
「……誰?」
かすれた声で誰何すると,少しのためらいの後で少年の声が答える.
「俺,……ライゼリートだ.」
少女はぎょっとしてドアを開けた.
すると金の髪の少年が,不機嫌そうな顔をして立っている.

「この部屋,何年掃除していないんだよ…….」
少年は恥かしげに,妙なことを口にした.
「王子には関係ないもん.」
少女はすねたようにつぶやく.
すると少年の手が首元にかかってきた.
少女はどきっとして顔を上げる,少年が赤いリボンを少女の首元に結ぼうとしているのだ.

ぎこちない手つきで,少女には触れないように遠慮しながら.
「一度しか言わないからな,」
そうして少女の耳元でそっと囁く,たった一言だけ,「好きだ.」と.
「嘘……,」
淡い緑の瞳を見開いて,少女は言葉を漏らす.
「嘘でこんな恥かしいことが言えるか!?」
少年は真っ赤になって怒鳴った.

「え!? だ,だって……,王子,もう一回言って!」
「一度だけだ!」
照れに照れている少年には悪いが,少女には少年の言葉が信じられない.
転がり落ちてきた言葉をうまく掴めずにいる.
「で,返事は!?」
傍から聞いたら,怒っているとしか思えない調子で少年は聞いた.
「返事?」
少女は一瞬,意味が分からなかった.
すると少年は顔を真っ赤にさせる.
少年の反応を見て,少女は何を求められているかを知った.

「わ,私も好き!」
勢い余って,少女は大声で叫んでいた.
「大声で言うな,そんなことを!」
少年も真っ赤になって怒鳴り返す.
「だって……,」
少女は上目遣いで,少年の顔を見つめた.

すると少年はさっと視線を逸らす.
「明日,日が昇るとともに出発するから.」
「うん.」
王都へ付いて行ってもよくなったのだろうか? 少女はよく分からないが頷いた.
「荷物は最低限の着替えだけでいい,食料とかはこっちで用意してある.」
自分の同行を認めてくれたらしい,少女は笑顔で頷く.
「……そんなに嬉しそうにしないでくれ.」
少年はつらそうな顔を見せたかと思うと,いきなり少女を抱きしめた.

「おおおおお,王子!?」
動揺のあまり,少女はどもった.
想像していたのよりも広い胸が,大きな腕が自分を抱いているのだ.
少女は遠慮がちに,そっと少年の背に腕を回す.
すると一度,ぎゅっときつく抱きしめられる,そして少年は少女を離した.

「おやすみ……,」
一瞬前よりも少しだけ大人っぽくなった顔で,少年は微笑んだ.
「……おやすみなさい.」
すぐに部屋から立ち去る背中に,少女は挨拶を返した…….

夕焼けから夕闇に染まるマイナーデ学院の校舎を,スーズはただ一人で眺めた.
彼の大切な主君の部屋の窓から…….
ライム殿下の本当の父親は,一体誰なのだろう…….
青年はぼんやりと闇に染まる赤レンガの建物を見つめる.
それはライムの母であり,学院長の娘であるリーリアしか知らない.

金の髪,深い緑の瞳.
一目で国王の心を奪った,美しい少女.
何人もの女性を心の中に住ませていた国王が,……当時は第一王子であったが,その瞬間から彼女だけしか見えなくなってしまったのだ.
しかし,リーリアが産み落とした御子は国王の子供ではない.
そしてそのことを知っているのは,父親である学院長と,彼の信頼するスーズとシグニア王国第二王子のイスファスカのみだ.

無事,この学院まで帰ってきてみせる.
青年がそう決意したのと同時刻,彼の主君も華奢な少女の体を抱きしめながら,心に誓っていた.
この少女だけは必ず守ってみせると…….
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