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魔術学院マイナーデ

旅立ちの決意06

炎に包まれた少女を見た瞬間,ライムは心臓が凍るかと思った.
それは幻獣の力,シグニア王国の守護竜.
兄や姉の力を間近に見ていたから,少年にはすぐに分かった.

「サリナは俺の姉弟なのか?」
少年の真剣な表情に,老人は思わずふっと微笑んだ.
「ライム,落ち着きなさい.」
少年の腕を軽く叩いてやる.
「サリナは確かに国王陛下の子供だが,君の姉ではありえない.」

少年は,はっとしたように深緑の瞳を見開く.
自分の勘違いに思い至ったのだ.
今まで一度たりとも忘れたことは無かったのに,少年はすっかりと失念していた.
そう,少年は,……少年の父親は国王ではない.
「サリナは……,」
少年は戸惑ったように,視線をさまよわす.
「おそらく,陛下が戯れで手をお付けになった女性の子だろう.」
老人はきっぱりと少年に告げた.
現国王リフィールは,平気で一夜限りの供を女性にさせる.
優秀な一国の指導者であるとともに,一人の不誠実な男でもあった.
「大丈夫だ,ライム.このことは私しか気づいていない.」
シグニア王国国王の子供たちは正式には4人,しかしサリナも含めてまだまだ庶子がいるのかもしれない.

少年はほっと安堵のため息をもらした.
国王の娘だと知られたならば,少女は簡単に権力争いの渦に巻き込まれるだろう.
それに少女に対して,お前の両親は本当の両親ではないと告げることなど嫌だった.
少女は自分の平凡な家庭や生い立ちに対して,全く疑いを抱いていないのだ.

「ライム,サリナとともに王都へ行かないか?」
老人の台詞に少年は目をむいた.
「何を言っているんだ!?」
サリナが国王の娘であるならば,出来うる限り王都は避けるべきであるのに.
「決まっているだろう,君の成人の儀式に参加してもらうんだ.」
「じじい!」
一瞬で意図を解して,少年は老人の胸倉を掴んだ.
「サリナを利用する気か!?」

激しく怒る少年に対して,老人は冷静な目を向ける.
「幻獣がいないはずのサリナ,そして幻獣がいるはずの君,……となると取るべき手は一つだけだろう.」
……国王の子供ではないはずのサリナ,そして国王の子供であるはずのライム.
老人はそっと少年の手を外した.
「ライム,どれだけ隠していても,サリナのことはいつか露見するだろう.」
少女には幻獣がついているのだ,確かな王族の証が.
そして少女にはそれを制御する力が,隠し切る能力が無い.
「ならば先手を打つべきだ,サリナについている竜は,ライム,君のものだと……,」

シグニア王国の王族,王の子供たちは,幻獣と呼ばれる竜に守護されている.
竜は王位を継ぐ可能性のあるものだけを,つまり王自身の子供たちを守護しているのだ.
そしてこの竜は,当人が結婚し子供を得ると同時に消える.
その代わりに,産まれた子供には必ず竜の守護がつく.
さらに厳密に言うならば,妻である女性が妊娠した瞬間から竜は消える…….

「君は私のかわいい孫だし,サリナもかわいいこの学院の生徒だ,」
つまり老人は少年に,サリナと結婚して子供を産んでもらえと言っているのだ.
「君たち二人を守るのに,これほどの良策は無いだろう.」
老人はこともなげに,にっこりと微笑む.
「ふ,ふざけるな……,」
怒りで顔を真っ赤にさせながら,少年はかろうじて唸った.

「俺はそんな風にサリナを利用するのは,絶対に嫌だからな!」
怒鳴りたてて,金の髪の少年は部屋から出て行く.
後に残された老人はため息を吐くばかり.
本当は17歳になるまでに二人にはそのような関係になって欲しかったのだが,そこまでうまく物事は運ばないらしい.

学院の廊下を歩きながら,少年は怒りのあまりめまいを起こしそうだった.
今すぐ一人で,王都へと発ってやる.
王都で幻獣の儀式を受けるということ,それは少年と少年の母にとって身の破滅を意味する.
姦通の罪を隠し,国王をたばかっていたのだ.
決して縛り首だけでは済むまい,また罪は少年の母の親類縁者まで及ぶだろう.
寄宿舎へ戻り,自分の部屋のドアをあけた瞬間,少年は本気でめまいを起こした.
部屋の中では,薄茶色の髪の少女が一人で立っていたからだ.

「王子,私も王都へと連れて行って.」
少女は少年の元へ駆け寄ってきてから喋った.
無垢な淡い緑の瞳が,一途に少年を見つめる.
「誰から,何を聞いたんだ?」
少年は少女をきっとにらみつけた.
「え? あの,……スーズさんから,」
少年の怒りに少女は戸惑う.
「成人の儀式に私の魔力のサポートが必要だって,」

「その,私なんかで役に立てるなら,私,なんでもするよ.」
少女は上目遣いに少年を探る.
少年がなぜ怒っているのか分からないが,少年の助けになるのならば何でもやりたい.
「いつも王子には助けてもらっているから…….」
好きだから,側に居たいから.
少年は不機嫌そうに少女の顔を見据えた.
「なら,今すぐ服を脱げ.」
「え?」
少女は耳を疑った.

しかし少年は真面目な表情のままだ.
観察するように,冷めた目つきで少女を眺めている.
「い,いいよ,……王子が望むなら,」
震える指で,少女はするりと首もとの赤いリボンを解く.
そしてブラウスのボタンに手をかけた途端,
「馬鹿! 言うことを聞くなよ!」
と,少年に怒鳴られた.

少年の大声に,少女はびくんと震える.
「お前,俺が言ったら何でも言うことを聞くのか!?」
「そ,そんなわけじゃ,」
涙目になりながら,少女は反論する.
少年の激昂が恐ろしい,本当に怒っているのだ.
「女だろ!? もっと自分を大事にしろよ!」
「ご,ごめん……,」
堪えきれず,少女の瞳からぼろっと涙がこぼれる.

「……出ていけ,」
少年は視線を外して,うめいた.
「さっさと出て行け!」
立ち竦む少女の肩を掴んで,強引に部屋から追い出す.
少女を廊下に追いやると,締め出すようにドアを勢いよく閉める.
ふと少年は,足元に少女のリボンが落ちていることに気づいた.
「くそっ……,」
自分の子供さ加減,馬鹿さ加減が嫌になる.
ドアの向こう側からは,少女の泣き出す声が聞こえてくる.
少年はその場でうずくまった…….
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