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  contract 04  

腕時計に目をやって,僕は歩く速度を上げる.
誘との待ち合わせ時間に遅れてしまいそうだ.
今日は電車で街に出て,昼食を食べる予定なのに.
授業を長引かせた教授を恨みつつ,僕は駅へ急いだ.
駅前のロータリーでは,誘が二人の男に囲まれている.
一見すると親しげな様子だけど,彼女の顔が嫌がっていた.
しかも男たちの顔には見覚えがある.
僕に誘と別れろと言ってきた,軽音部の男たちだ.
「誘!」
僕は声をかけて,駅前商店街の道を走る.
僕の姿を認めて,誘の表情がほっとしたものになった.
そのすきに,男たちのうちの一人が,彼女の持っていた手帳を取り上げる.
「返して!」
男が手帳を開くと,中から青い封筒が落ちる.
誘はしゃがんで,封筒に手を伸ばした.
だが男の足の方が速い!
封筒は踏みにじまれて,「やめて!」と誘は足にすがりついた.
「誘!」
やっとたどり着いた僕は,真っ青な顔色の彼女を抱き起こす.
そして男が踏んでいる封筒を見て,驚いた.
まさか誘は,こんなもののために…….
けれどそれを大切にしてくれる彼女の気持ちを,僕は大切にしたい.
僕は誘の肩を抱いて,男たちに対峙した.
「返してください.それは僕が彼女にあげた手紙です.」
男たちの顔がゆがむ.
「ラブレターなんてダサイもの,いまどき使ってんじゃねぇよ!」
男は封筒を拾い上げて,懐からライターを取り出した.
まさか,と僕が思うよりも早く,炎が上がる.
「いやぁあ!」
誘が叫び,燃える封筒を奪おうとする.
「誘! 火傷する!」
僕は引き止めた,それでも彼女は手を伸ばす.
「大げさなんだよ.」
男が燃えカスになった封筒を捨てたとたん,誘のまとう雰囲気が,がらりと変わった.
「おろかな人間どもめ.」
僕の手を振りほどき,男たちに近づく.
「何だよ.そんなに怒らなくても,」
言葉途中で,男は体を折り曲げる.
彼女の細い腕が,男の腹にめりこんでいた.
「手加減はしてやった.」
誘は男の体を捨てて,もう一人の男をにらみつける.
男はおびえて,二,三歩と下がった.
「冗談,冗談だよ! ちょっとやりすぎたかも,」
最後まで聞かず,誘は男のあごに裏拳をくらわせた!
男は,どたんと後ろに倒れる.
僕はぼう然として,彼女の戦いを見守った.
誘は僕に,冷たい視線を投げかける.
「契約は破棄された.私はもうお前のそばにいない.」
「へ?」
意味の分からないセリフに,僕はとまどう.
誘は落ちていた手帳を拾い,僕を置いて駅の中へ消えていった.

***

授業を聞いているときの,真剣な横顔が好きです.
長い髪を,しっかりとまとめているところが好きです.
携帯にストラップがついていないところが好きです.
君の好きなところはたくさんあって,手紙には書ききれません.
どこが一番好きなのかも分かりません.
すべてが,僕には素晴らしく思えるから.
僕は君が好きです.
大好きです.
だから,もしよかったら……,

お兄ちゃんと暮らすアパートの部屋で,あたしは聡君からもらった手紙を眺めていた.
何度読み返しても,あたしを幸せにしてくれる言葉.
うっとりとしていると,お兄ちゃんが突然に聞いてきた.
「それ,契約書だろ?」
あたしはぎくりとする.
「気づいていたの?」
「気づかないわけがないだろ.」
お兄ちゃんの目が,あたしを心配そうに見つめていた.
「男嫌いのお前が,いきなり『あたしは聡君が大好き』だ.聡と契約したに決まっている.」
「彼は契約のことを知らないわ.あたしが勝手に署名しただけ.」
告白をしてきた聡君を,あたしはとても好きになった.
だから彼のそばにいるために,契約を結んだ.
聡君の署名の入った手紙に,あたしの署名を書き加えた.
彼が想いをつづった手紙を,悪魔と人間の契約書にしてしまったんだ.
「聡君のそばにいるためには,契約するのが一番確実だもの.」
悪魔の契約は絶対.
契約さえしてしまえば,あたしは彼の恋人になれる.
「泣くな,誘.」
「泣いてないもん!」
言い返したとたん,涙がこぼれた.
「契約書をなくさないようにしろよ.」
お兄ちゃんは,あたしの頭をよしよしとなでてくれる.
あたしは,ぼろぼろと涙を流した.
「うん.」
あたし,こんなに聡君のことが好きになっていたんだ.
あたしは手紙を抱いて,えんえんと泣き続けた.
絶対になくせない,と思いながら.
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