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  シンデレラ・アレンジ  

俺の名前はシンデレラだ.
意地悪な義父,義兄たちに日々しいたげられているかわいそうな男だ.

「おいっ,シンデレラ!」
と怒鳴って,マントヒヒに似ている長兄が臭い靴下を投げつけてきた.
「きれいに洗っとけ!」
間一髪で靴下を避けた俺は,「ふざけるな!」と怒鳴り返す.
「こんな臭いものが洗えるか!? 触りたくもねぇ!」
「なんだと,俺に口答えするのか!?」
腕まくりする長兄に,カメラを構える次兄.
次兄はいわゆるカメラ小僧で,常にシャッターチャンスはないかと,細い目を見張らせている.

いつものように,長兄と取っ組み合いの大げんかが始まる.
古い木造住宅はどったんばったんと揺れ,掃除をサボっているために,ほこりがもうもうと舞う.
そのほこりで,アレルギー体質の三男が,ごほごほとむせる.
三男は虚弱体質のために,我が家では唯一やせている.
ちなみに一番のデブは,義父だ.
長兄にラリアットをくらわせた俺の視界に,とんでもない光景が映る.
「親父!?」
台所の戸棚から,義父がこっそりとスナック菓子の袋を取り出しているのだ.
「何やっているんだよ!? 会社の健康診断でメタボリックだと注意されたのに!」
親父はびくりと震え,台所からそそくさと逃げ出していく.
「待て!」
追いかけようとした俺の首を,長兄がつかむ.
しまった,油断した!
ぎりぎりと首を絞められながら,俺は「絶対にこんな家から出て行ってやる!」と固く心に誓った.

ある日,城から舞踏会の招待状が届いた.
お姫様の婿養子を決めるための舞踏会であるらしい.
お姫様に選ばれれば,まさに逆玉の輿.
このむさくるしい家から,出て行くチャンスだ.
しかし,俺の分の招待状はない.
歯ぎしりをしながら,舞踏会へ行く義兄たちを見送る.
長兄は愛用のダンベル,次兄は自慢の一眼レフ,三男は命綱の常備薬をそれぞれ持って行く.
あぁ,おもしろくない.
俺は義父と一緒に,お留守番だ.
こういう日は,さっさと眠ってしまうに限る.

「シンデレラ,シンデレラ.」
眠る俺のほおに,何かが触れてくる.
「おきてください.」
泥棒か? そういえば,俺の寝ている屋根裏部屋の窓には鍵はかかっていない.
「私と一緒に,お城へ行きましょう.」
俺はばっと跳ね起きて,泥棒の手をぎゅっとつかんだ!
「きゃぁああ!?」
悲鳴を上げる泥棒,もとい黒いローブを着た謎の女.
目を大きく開いて,口をぱくぱくさせている.
体を黒いローブですっかりと隠していて,まじで怪しい.
「誰,あんた?」
女は,まだ口をぱくぱくさせている.
とろい女のようだ.
「わ,わ,わ,私は,魔女です.」
やっと女の口から,言葉が出てくる.
「あ,そう.それで?」
わざとしらけた声を出すと,魔女はかぁっと真っ赤になってうつむいた.
「なんか用? むしろ夜ばい?」
「ち,ちがいます.」
耳まで真っ赤にして,魔女はフードをかぶって顔を隠す.
「あなただけがお城へ行けないのは,かわいそうだと思って……,」
声が尻すぼみに小さくなる.
フードの端を取って上げようとすると,魔女は悲鳴を上げて抵抗した.
「顔を見ないでください.私は正体不明の魔女なんですから.」
なみだ目で懇願する.
怪しい人物だが,あまりいじめるのは,かわいそうだ.

俺はできるだけ優しく,魔女から用件を聞き出した.
魔女は,俺を舞踏会に連れて行きたいらしい.
「私の魔法の力で,あなたをお城へ連れて行きます!」
どんと小さな胸をたたくのだが,怪しい…….
けれど,俺は魔女と一緒に城へ行くことにした.
せっかくのチャンスだ,ふいにするのはもったいない.

街の辻馬車「かぼちゃ号」の最終便に乗って,俺と魔女は城へ向かった.
城の正門の前には,衛兵たちが立っている.
招待状のない俺は当然,門はくぐれない,……はずなのだが,魔女が何事かを兵士の一人の耳元でつぶやくと,
「あぁ,分かってるよ.」
と笑って,兵士は俺と魔女を通してくれた.
何者なんだ,この魔女.
そういえば,この顔には見覚えがあるような気がする.
俺がいぶかしげな視線を送ると,魔女は何かをごまかすような笑顔を見せた.
「ぜひ,優勝してくださいね.」
「優勝?」

足を踏み入れた舞踏会会場の中央には,大きなリングがでんと設置されてあった.
「なっ……,」
俺は絶句する.
婿養子選抜 無差別格闘選手権.
リングの上では,すでに戦いが始まっている.
剣を持つ者,斧を持つ者,拳で戦う者.
「舞踏会じゃなくて,武道会じゃないか!?」
「あれ? 招待状には,そう書いてありませんでしたか?」
魔女は,不思議そうに首をかしげる.
俺は,義兄たちに来た招待状をまったく見ていない.
見ていれば,こんなヨレヨレの部屋着のままで城には来なかった.
「最後までリングに立っていた男性が,勝者です.」
魔女が,にっこりとほほ笑む.
「うわぁぁぁ!」と悲鳴を上げて,一人のマッチョな男がリングの上から転がり落ちる.
リングの中央で,拳と拳をぶつかり合わせた男たちの体から,汗が飛び散る.
問答無用のデスマッチだ.
体がうずきだす,熱くなる,乱闘なら俺の得意分野だ.
「がんばってください!」
魔女の声援を受けて,俺は駆け出した!
リングまでの道をふさぐ,スモウレスラーの大群に突っ込む.
圧倒的な肉の塊,日本の伝統を背負った力士たちだ.
「ここは通さん!」
無数の張り手が襲いかかる.俺は大きく横に跳んで,それを避けた!
「魔法で援護します!」
魔女が大きな壷を持ってきて,その中身をぶちまける.
「魔法!?」
どうやら壷の中には油が入っていたようで,力士たちは床の上をつるつると滑って転がってゆく.
俺は身軽に油と力士たちを避けて,リングの上へたどり着いた.
いったい,これのどこが魔法なんだ?
ちらりと振り返ると,魔女がうれしそうに拍手している.
しかし,その魔女に手を振りかえす余裕はない.
ぶぅんと飛んできた黒い砲丸を,俺は頭を沈めてよけた!

筋肉隆々の砲丸投げの選手が,第二射を発射するために,くるくると回りだす.
「投げさせるか!」
俺は沈んだ姿勢のままで,選手の足元に片足を突っ込んだ.
「ひえぇ!?」
男は,砲丸とともにバランスを崩して倒れる.
「せいやーーー!」
すると竹刀を高く掲げた剣士が,俺の方へ突撃してくる.
防具できっちりと身を固めているとは,ひきょうな!
「俺は,パジャマのままなのに!」
すれすれで竹刀を避けて,相手の腹にカウンターパンチをくらわせる.
しかし防具に遮られて,あまり効果はない.
「待っていたぞ,シンデレラ!」
いきなり横あいから,アイロンとアイロン台が飛んでくる.
俺は何とか取っ手部分で,アイロンをキャッチした.
いつも家で義兄たちにこき使われているおかげだ,アイロンは俺の手にジャストフィット.
が,剣士の方は花柄模様のアイロン台に倒れ伏す.
「あ,あんたは!?」
いつも利用している街のクリーニング店の店長が,そこには立っていた.
蒸気のもうもうと立つアイロンを構え,
「いざ,尋常に,」
「勝負だ!」
コードレスアイロンを振りかざし,俺は店長を迎え撃つ.

がっきーん!
アイロンとアイロンが,男と男の意地がぶつかり合う.
「値段をもっと下げろ!」
「カッター150円,ジャケット700円のどこが不満だ!?」
にらみあっていると途端に,店長の顔色が変わる.
「何をするんだ!? やめろ!」
店長の視線の先には,電源プラグを引っこ抜く魔女の姿.
「がんばってください! シンデレラ!」
魔法の援護を受けた俺は,秘儀ドラム式洗濯機落としを炸裂!
クリーニング店店長を打ち負かした.

「勝った…….」
いつの間にか,リングの上には誰一人立っている男はいない.
「すごいです,さすがシンデレラ!」
魔女が手をたたいて,喜んでいる.
その顔を見て,俺は彼女と前に出会ったことがあることを思い出した.
「あのときの,」
言いかけた瞬間,背中に衝撃が走った.
「うっ,」
ばたんと前のめりに倒れる,背中に重みが加わる.
「勝負だ,シンデレラ!」
「長兄!?」
長兄は俺の背中の上に乗り,俺の腕をねじ上げた.
魔女が悲鳴を上げる.
その隣で,次兄がカメラを構えている.
次兄の指が,今か,今かと,うずうずと動き,
「今がシャッターチャンスだ!」
俺は叫んだ.
カメラのフラッシュが光る.
まぶしさに,俺を押さえつける長兄の力が少しだけ弱まる.
「どけぇ!」
長兄の下から這い出た俺は,拳を思い切り突き上げた.
それは,反応の遅れた長兄のあごにクリーンヒット!
大きな音を立てて,長兄はリングの上に倒れこんだ.
「勝ったぁ!」
ガッツポーズで,歓喜の声を上げる.
その声にかぶさるように,別の声が響いた.
「姫様が逃げ出しました!」
真っ青な顔色の兵士たちが,えらいこっちゃ,えらいこっちゃと騒ぎ出す.
同じアホなら踊らにゃ損,損と踊りはじめる.
「探せ,すぐに探しだすのじゃ!」
今までどこに隠れていたのだろう,赤いマントと王冠をかぶった王様が現れる.

俺はリングから飛び降りて,走り出した.
逃がしてたまるか,せっかくの逆玉の輿!
「ま,待ってください!」
兵士たちと一緒になって駆け出す俺を,魔女が追いかけてくる.
魔女は数歩も走らないうちに,足をもつれさせて,べちゃっとこける.
あぁ,もぉ,世話が焼ける!
俺はすぐに引き返して,彼女を助け起こした.
「けがは!?」
黒いフードの中から,長い栗色の髪がこぼれ落ちる.
「ひ,姫様は,裏口の方へ……,」
息をぜいぜいと切らしながら,魔女は言った.

暗い人気のない城の裏庭を,二人の男女が辺りをうかがいながら走っていた.
手に手をとって,城からこっそりと出て行こうとしている.
「待てよ.」
俺が声をかけると,びくっと震えて恋人たちは振り返った.
金色に輝く髪のお姫様と,やせてひょろひょろの男の,
「三男!?」
お姫様としっかりと手をつないだ義兄の姿に,俺は心から驚いた.
「ご,ごめん,シンデレラ.」
おどおどと,三男は視線をそらす.
するとお姫様がぐいと,三男の前に出てきて,両手を大きく広げた.
「見逃してください!」
勇ましく,声を張り上げる.
「お願いします!」
まっすぐに見つめる瞳,ゆらがない立ち姿.
俺は,はぁとため息を吐いた.
「……なんでお姫様に,かばってもらっているんだよ.」
情けない義兄だ.

「こういうことだったの?」
振り返って,魔女にたずねる.
「……ごめんなさい.」
魔女は消え入りそうな声で謝った.
「分かったよ.」
俺はどかっと腰を降ろして,地面に大の字で転がった.
そして三男に呼びかける.
「兵士たちを呼んでこいよ.シンデレラを倒して,俺が優勝しましたって言って.」
三男は驚いて目をぱちくりさせるばかりだったが,お姫様はすぐに駆け出した.
「ありがとう!」
パワフルなお姫様だな……,俺はあきれて見送る.
そのお姫様の背中を,三男はちんたらちんたらと走って追いかけた.

「あ〜あ,戦って損をした.」
アホらしくなって,俺は両手を組んで頭の下に敷いた.
夜はどっぷりと更けている.
星がきれいだ,月がのん気に輝いている.
どこか遠くで,十二時の鐘の音が聞こえた.
「ごめんなさい,シンデレラ.」
おそるおそると,魔女が近づいてくる.
「あなたならば戦いに勝って,そしてその上で,身を引いてくれると思って……,」
俺はその魔女の手をがしっとつかんで,引き倒した.
「きゃぁあ!?」
必死になって抵抗する魔女の,黒いローブを無理やり脱がせる.
ローブの中から現れたのは,王宮のメイド服.
「やっぱりな.」
にやりと笑うと,彼女は真っ赤になって腕の中から逃げ出した.

いつか街の路地裏で,がらの悪い男たちに囲まれていたメイドの少女だ.
男たちから助けて,恐怖で腰を抜かした彼女を背負って,城まで送ったことがある.
「お姫様を見逃す代わりに,条件があるんだけど,」
「なんですか?」
魔女は再び,寝転んでいる俺の方へ近づいてきた.
「名前,教えて.」
「はい.私のお仕えしている姫様のお名前は,」
俺は彼女の唇に人差し指を押し当てて,黙らせる.
「魔女のくせに鈍いな.」
なんだかおかしくなって大笑いしていると,王様やお姫様や城の兵士たちがやってくる音が聞こえてきた.
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