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  Lucifer 02  

携帯のメール受信音で目が覚めた.
律子はううんとうなりながら,布団の中から手を出して携帯を取る.
まだ朝の六時だ.
七時まで眠るつもりだったのに.
「なんでこんな朝早くにメールを送るのよ.」
文句を言いながら,角田からのメールの本文を開いた.
――寝坊するなよ.今日は一現目から授業だろ.それから……
携帯のストラップが,ふわふわと揺れる.
七色に輝く柔らかな羽,その羽の向こうに悲しそうな顔をした天使が立っていた.
「ええ!?」
律子はベッドから飛び起きる.
いつの間に,部屋に入ってきたのだ!?
「なんで,いるの!?」
「なぜ願いを言わないのですか?」
質問に,質問で返される.
「僕はそんなに頼りないですか? 三日間,あなたの願いを待っていたのに.」
「ごめんなさい.」
天使があまりにしょんぼりしているので,律子は謝罪した.
白い翼が,部屋いっぱいに広がっている.
さすがに,きゅうくつそうだ.

三日前,律子は天使から願いを叶える羽をもらった.
しかし,願いを叶えるなどという,ざれごとは信じていなかった.
さらに一日,二日とたつごとに,天使という非現実的な存在は記憶から薄れていった.
けれど美しい羽のみは気に入って,ひもでくくって携帯のストラップにしていたのだ.
携帯にぶら下がっている羽を,天使は恨めしそうに眺めている.
これは何らかの願いを言い,彼に叶えてもらう方がよさそうだ.
でないと,この頑固な天使は,部屋に居座りそうな気がする.
「えっとー,じゃぁ,」
何がいいだろうか.
「あ,そうだ! おでこのニキビを治して!」
「はぁ!?」
天使はあからさまに落胆した.
「そんな簡単な願いでいいのですか?」
律子はこくこくとうなずく.
こんな怪しげな天使に叶えてもらわなくてはならないのだ.
できるだけ無難なものがいいに決まっている.
「さては僕を信用していませんね.」
「そんなことはないよ!」
あはははは,と律子は笑ってみせた.
「あなたを見目うるわしくすることも,病のかからない体にすることもできるのですよ.」
一瞬,天使のささやきが悪魔のささやきに聞こえた.
「性格を変えることも,才能を与えることもできるのです.」
「遠慮しとくよ.悪銭身につかずって言うし.」
天使に気をつけろ.
安易な誘惑にのってはいけない.
「分かりました.」
天使はため息を吐いて,律子の額にそっと触れた.
ふわりとした木もれ日のような,ぬくもりが降り注ぐ.
そして天使は治りましたと言い,律子から離れた.
律子は,額のニキビのあった場所を指でなぞってみる.
――完全にニキビはなくなっていた.
「すごーい,ありがとう!」
素直に感謝すると,天使はうれしそうにほほ笑む.
緑色の瞳が優しく細められて,律子は,どきりとしてしまった.
彼が天使であることが,今なら信じられる.
他者から喜ばれることが,天使の無上の喜びなのだ.
「僕のことは,ルウと呼んでください.」
「ルウ?」
天使のほほ笑みが甘くなる.
「そうです.あなたの名前を教えてください.」
ちょうどそのとき,携帯の着信音が鳴った.
「あ,」
発信者の名前,――角田に,律子は我に返る.
天使は窓を開いて,空に翼を広げた.
「また会いに行きます.」
長い髪が風になびく.
律子は何も言えず,飛び立つ天使を見送った.
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