一昨年の秋に亡くなった兄はお酒が好きだった。と言うよりもお酒無しにはその日が終らないという人だった。父譲りで、兄も私もいわゆる酒豪の部類に属するといっていいだろう。暮れに兄の墓前に参った折に、義姉から聞いていた行きつけの店があり、気になっていた。
仕事を早めに終って行ってみることにした。阪急電車宝塚線岡町駅を下車すると、商店街に入って行く。しばらく歩いて商店街からはずれたところに、その店はあった。なるほどと思った。讃岐うどんのパターンに製麺屋さんのうどんやさんというのがあるが、居酒屋さんにも酒屋さんで飲ませてくれるところがある。まさにそのパターン、もうそう先までは生き残りはしないだろう経営形態ではある(すみません)。兄らしいと思った。親父譲りと思った。外見などにいささかの気取りも無い。ただ酒を飲み、常連客との会話を楽しむ。私はいつまでたっても一人酒を楽しむ。どちらかというと親父に近い。
酒屋さんの店構えの横にかかっている暖簾をくぐると、雑然としたといってもいいカウンターがあって白髪のおじいさんがじろっと見る。奥の方に小さなテレビがあって、もう一人相撲を見ながら飲んでいる人がいる。奥からご主人らしき人が出てきた。ビールを注文するとキリンとアサヒどっちにしますかというので、勿論キリンにする。アテは湯豆腐を頼んだ。飾り気など何処にも無い。
そうかここで兄は晩年の酒を一人飲んだのかとその雰囲気に浸った。そういえば私が若い頃にもまだこういう店はあった。出してくれるアテはそう大したものではない。大抵はおでん、湯豆腐、あとは缶詰物といったところである。そのうちに一人二人と常連客らしき人が入ってくる。
ここでの兄の様子が知りたくて、「兄は、●●●●といいます。よくここで飲ませて頂いていたそうです」と店の奥さんに言葉をかけた。その瞬間に全員の方が振り向いた。全員が兄を知っていた。懐かしんで頂いた。私とは違い、楽しく語らいながら飲むのが好きだった兄らしい逸話をたくさん聞かせて頂いた。
もういつのことだったか忘れてしまったが、仕事からの帰りに、飲んで帰る兄に会ったことがある。今から思い返すときっとこの店からの帰りだったのだろう。「
おお、●●●か、ちょっと寄って行け。飲んで行かんか。もお、お前しかおらんのや」
。当時は親族関係のことで、そう純粋な気持ちにもなれなかったことを思い出しては、複雑な思いにとらわれてしまう。孝行をしたいと思ったときに親はなしというが、もう一度飲みたいと思ってはみても、兄はいない。勘定は1970円だった。