会社案内


     「月」


 愛媛県大洲市を流れる肱川(ひじかわ)のほとりに「臥龍山荘(がりゅうさんそう)
と呼ばれる数寄屋の名建築があります。

 明治時代に地元出身の貿易商が建築した別荘で、
その母家の「霞月(かげつ)()」という名の八畳の茶室に、
とても風流な床の間があります。


  畳に座り向き合うと、暗灰色の土壁を背景に富士の掛け軸と、横並びに大きな丸窓が
 目に入ります。手前には違い棚が設けられ、奥にある仏壇の蝋燭(ろうそく)を灯せば、夕暮れ時、
 霞がかった富士の裾野に丸い月が現れるという、何とも粋な仕掛けになっています。

  ちなみに、床脇にある襖の引手には「(はね)を広げたコウモリ」があしらわれています。
 余談ですが、その金物を「天を仰ぐニワトリ」に取替え、LEDを灯して、土壁を明るい色に
 塗替えれば、富士の御来光(ごらいこう)に見立てる事もできそうです。
 しかし、あまりに清々(すがすが)しくて、味気なくなるかも知れません。

  設計者とすれば、やはりここは月を選択して、情緒をねらうのが王道かと思われます。

  月に関わる建築といえば、他にも京都の桂離宮や銀閣寺などが知られていますが、
 いずれも深く詫びを感じさせ、風情が漂うものばかりです。


  月は満ち欠けにより様々に姿を変え、日ごとに異なる時間や場所から現れて、私達を楽しませて
 くれます。また、夜空をほんのり照らすやわらかい光は心地よく、これらには、古来より日本人の
 繊細な感性をくすぐるものがあります。

  それゆえ、月齢により趣ある名前も付けられていて、例えば、「三日月」の前日はいっそう細身
 なので「繊月(せんげつ)」、その後の「半月」は弓を張った形に見えるので「上弦(じょうげん)(つき)」、そして十三夜は
 「満月」への期待をふくらませて「小望月(こもちづき)」、「満月」の翌日はためらいながらやや遅れて現れる
 ので、「十六夜月」と書いて「いざよいづき」と呼ばれるそうです。

  他にも、春の霞んだ空にぼんやりと光る「朧月(おほろづき)」、夜明けの空にひっそりと浮かぶ「残月(ざんげつ)」、
 一年で最も大きく見える「スーパームーン」など沢山あり、魅力ある名前を知ると、月の見え方も
 変わってくる気がします。

 
  さて、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師「月岡芳年(つきおかよしとし)」(1839-1892)は、
 晩年に8年をかけて「月百姿(つきひゃくし)」という、月にまつわる100点の連作を制作しており、
 それらは、余白を十分にとった画面に月を効果的に配置し、空間の奥行や広がりを
 もたせた傑作と評価されています。

  様々に姿を変えながらも、控えめな月は、脇役として、場を演出する能力も
 しっかり持ち合わせている様です。


  月は物静かな表情をしながら意外と精力的に活動し、色白で、かよわく見えて、実は直径が
 4倍もある地球の海面を持ち上げるほどの力持ちでもあります。

  多様で神秘的な月を知れば知るほど、心が ()き動かされていくのを感じます。

 

戻る


Copyright (c) 2007,Seki Koumuten