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     だまし絵


 美術の世界に「だまし絵」と呼ばれる技法があります。
ヨーロッパでは古い伝統を持合わせ、多彩なトリックで
人々を驚かし、その不思議さが観る人の心を魅了する
機知に富んだ視覚の遊戯です。

 なかでも「アナモルフォーズ」と呼ばれる手法は、一見
しただけでは、いったい何が描かれているのか解らない画像を、
 視点を変えて斜めから凝視したり、曲面の鏡に写すことにより、はじめて正しい形を獲得
 できる様に細工するものです。

  それは江戸時代に日本へも伝わり、当時は鏡の代わりに漆塗の刀の鞘(さや)を利用した
 事から、「鞘絵(さやえ)」と呼ばれているそうです。

  また、正確な遠近法や陰影法に加え、迫真の緻密な描写によって写実を究め、実物と
 見まがうばかりに事物を描く技法は、フランス語で「トロンプ・ルイユ」と呼ばれています。

  街角の建物の壁面にリアルに描かれたドアや窓、額縁に手足をかけて今にも中から飛び
 出して来るかに描かれた少年の絵など、そこには画面の内と外を混同するような仕掛けが
 施されています。日本でも画面の掛軸からぬっと飛び出す様に描かれ、まるで虚実の判断
 が怪しくなりそうな、幕末の絵師、河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の「幽霊図」などが知られて
 います。


  さて、そんなアートの世界の「だまし絵」は、私たちの日常生活には何ら無関係に思えますが、
 意外にも身近な住まいの中にもよく似たものを見つけることができます。

  最近の新築住宅では、既製の窓枠やデザイン豊富な室内建具がよく用いられますが、その
 表面を覆う樹脂シートの木目や色合いはとても精巧で、遠目には本物の木材と見分けが付き
 ません。また、特殊な加工紙を貼付けた和室の天井板などは、プリントされた木目の美しさに
 銘木の香りさえ漂う気がします。他にも、和紙から作られた本物そっくりの畳表や、節の形や
 肌合いを絶妙に再現したプラスチックの竹材などもあります。

  さらに、一般に和室の壁に塗られているジュラク壁も、実は天然の土ではなく、砂粒に色土と
 スサをまぶして化学糊で固めた顆粒を素材につくられたものです。


  こうしてみると、建材づくりの優れた技術に感心する一方で、もしかして現代の住宅の中には
 「偽り」ばかりが溢れているのだろうかと憂いてしまいそうですが、特別に意識さえしなければ、
 そこから受け取る心地よさは、意外にも本物の自然素材とそれほど違いを感じません。

  それはきっと、多分に気分しだいなものであり、例えば、「だまし絵」という言葉には少しばかり
 嫌悪感がありますが、同じ意味でも「鞘絵(さやえ)」というネーミングなら、ちょっと「粋」な感じも
 しますし、フランス語の発音そのままに、「トロンプ・ルイユ」 と耳にすれば、それだけで何やら
 ハイセンスなイメージさえするものです。


  「だまし絵」は、権力者への風刺やエロチックな内容をストレートに表現する事を避ける目的や、
 現世を超越する主題を暗に象徴する手段として利用された歴史があり、あくまで、だましきる事を
 目的とはしていません。巧妙に仕掛けられた罠(わな)を見抜き見抜かれる事を楽しむ、一種の
 ゲームであるとも言え、気軽な遊びでもあります。

  安らぎを求めるはずの住まいづくりにおいても、時々高級な無垢材のフローリングや高価な
 銘木材にこだわりが過ぎる建築主がいますが、悩み続けたあげくに疲れ果ててしまたのでは、
 本末転倒です。

  物事は「だまし絵」のごとく、確かに捉え方しだいでそこから見えてくるものが違ってきます。
 昨今の本物志向に逆行するかに思えるものの、優れた建材にあえて上手にだまされてみる
 事も、これまた色んな意味で、時代に即した「エコ」のひとつかも知れません。



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