毎日ちょっとづつ更新の予定


美しいおかまのミミさんと
若き日の3太郎の壮絶な出会いと別れ…
今ここによみがえる!


さあ、あなたはこの異世界の存在に耐えられるか



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#1

ワタクシの古い友人に「おかまのミミさん」という人がいた。
もちろん「友人」の一線は守りきっており、
誤解を受けるようなことは何もない、のだ。
ミミさんはおかまにしてはもったいない、なかなかの“美人”であった。
さらさらの亜麻色ロングヘアーに、
すらっとしたスリムな長身を流行の服で包んだ後ろ姿は、
一見するとまさに生唾モノのいい女。
前に回るとどうしようもなく哀しいくらいオッサン顔なのが玉にキズだが。
「これでも昔は美人だったのよぉ〜ん」と
年々濃くなって来つつある青々としたヒゲの剃り跡をじょりじょりこすりながら、
酔ったミミさんは誰に言うともなく、
タバコの煙とともに言葉を壁に向かってはき出すのが常であった。



#2

ワタクシが初めて“彼女”に出会ったのは、
肝っ玉母さん的おばちゃんの切り盛りする小さな山小屋風の喫茶店。
もう、一昔も前のことだ。
そこは常連ばかりの集う気安い雰囲気と
肝っ玉母さんの逆鱗に触れまいとする、
一種びくびくした緊張感の相まった微妙な空間であった。



#3

身長180センチ、推定体重65キロ。
堂々たる体躯のおかまのミミさん。
滋賀県出身。専業農家の長男坊。
なぜか国防意識に目覚め、18才で陸上自衛隊入隊。
陸自ではエリート中のエリート、第一空挺師団に配属される。
3年後除隊。最終階級は陸士長。
たたき上げとしてはエリートとも言える空挺(パラシュート部隊)。
しかしエリートにつき物のなんとやらなのか、
やっぱりそこは自衛隊だったのか。
3年たった除隊の時には、ミミさんはもうすでに身も心も
立派なおかまになっておったそうな。



#4

「いやーアタシ、こんな店やりたいんやんかー、うーんええわぁ」
大声でそう言いながらタバコをふかしコーヒーをすするミミさん。
当時ミミさんは年齢不詳ながら30代の色香を漂わせる
まだまだ暗いところならばそれなりに
“若いネェチャン”で通るだろうと思われた。
10人も入ればいっぱいの店だ。
ミミさんには目立つどころか店を占領しかねないような存在感があった。



#5

好きになった男と駆け落ち同然に除隊。
女連れならぬ男連れじゃあ田舎に帰るにも帰れず
今まで貯めた給料や飛びまくって貯めた手当
(落下傘部隊には降下手当というのがあって、
当時で一飛び数千円だったとか。
で給料の他に一日1万円は毎日稼いでた、と言う)
退職金やなんやかやを一切合切突っ込んで、
大阪ミナミ新歌舞伎座の裏手の地下に、
恋人をバーテンに据え、
晴れておかまスナック「ミミ」をオープン。
自衛隊上がりの漢気(おとこぎ)とミミさんの美貌で店はまずまずの繁盛。
数年後には他にも女の子(!)を数人雇う、
界隈ではそこそこのお店にまでのし上げることに成功した、という。



#6

そんなところに入っていったこっちは、
酔っぱらいのワタクシと友人の学生二人連れ。
ドアを開けたままその異様な店内の光景にしばし入り口で立ちつくした。
無骨な山小屋風のモノトーンの店内に
そこだけラフレシアの花が咲いていたのだから。

「いやー、何してんのん。そんなとこ突っ立っとらんと、はよ入り入り」
その声に引きずられるように店の中へ。
もうすでに原色の食虫植物につかまった蠅のよう。
気色蒼然、青菜に塩。
とにかく如何に素早くコーヒーを飲んで、その場を脱出するか。
連れとワタクシの思案は見事なアイコンタクトで一瞬のうちに決まった。
平然を装い席に着く…にも無理な話。
目を合わせないように、といってもやっぱり見てしまう。
壁を背中でこするように近づかないように空いた席を目指す。
出来るだけ“彼女”から遠く離れた席を。



#7

ところが。
電光石火の早業にかけてはさすがに元空挺。
ミミさんの行動力は我々の思惑の上をいった。
当然のようにカップと灰皿を持って我々の座った席に入ってくる。

「ね、ここ、良いでしょ? ね? コーヒーご馳走したげる、ね」
「えええっ!? いやあのその。初めてあった人にそんな…」
「ええからええから。ママさーん、コーヒー二つ、お・ね・が・い・ね♪」
ものの5秒ですっかりミミさんのペースにはまっている。
店のオーナーである肝っ玉母さんも
ニヤニヤどころか爆笑でこの我々の窮地を見守っている。
「ガチンコ」風に言えば
「この先、いったいどうなってしまうのか!?」というところか。



#8

「いやぁん、二人とも学生? いやぁん」
何がイヤなのかさっぱり解らないが、
ミミさんのはしゃぎようは絶頂を迎えている。
「はいー、コーヒー二つね」
肝っ玉母さんは吹き出しそうな顔でコーヒーを持ってくる。
「ちょ、ちょっとおばちゃん、何なん? これ、どういうこと?」
友人はすがりつくようにおばちゃんに話を振る。
「これっ、て失礼ねー、オイタしちゃうわよぉん」
その瞬間背中に走った悪寒の感触は、今でも忘れられない。
おばちゃんニヤニヤするばかり。



#9

「オイタ、堪忍してください。すみませんでした」
とっさに頭を下げる。
怖かったのだ。いや、マジで。
「うふふふふ、いいのよぉ…あら、アンタ、可愛いわねぇ」
(ひぇぇぇぇっぇぇぇっぇ)
当時のワタクシはまだ髪もふさふさで、
今とは比べものにならないくらい痩せていた。
(目ぇつけられたー!!いやぁぁぁぁぁー!)
友人は自分から危難が去ったのを見透かし、悠然としたモノ。
しかもあろうことか自分のみの安全をさらに強固にしようと、
実に非人道的な手段に打って出るのである。



#10

「そうでしょ、コイツ、ようモテますねん、男に」
「そうやと思たー。なかなか可愛いわぁ。タ・イ・プ♪」
マテ。マテマテマテマテマテー。
お前はそういうヤツやったんか?
お前は自分の安全のためなら何でもするというのか?
お前を友だと思いこんでた俺はアホやと言うのか?
お前は友でも売りに出すというのか?
こういう時、真の友ならきっとこう言うだろう。
「ボ、僕はどうなってもいい! コイツの代りに僕を食べてください!」と。



#11

しかし容赦なく、ミミさんの背後からの視線がねっとりと
耳の後ろあたりから腰のあたりまでまんべんなくからみつくのを感じる。
コーヒーカップが手の中でカチャカチャと音を立てる。
嗚呼、「いったい、この先どうなってしまうのか!?」



#12

「でも、見れば見るほど男好きする顔カラダしてるわぁ」
オトコズキ!
顔カラダ!
やめてー
やめてー
やめてー
やめてー
頭の中では声にならない叫びが渦巻いている。
カウンターの向こうではおばちゃんが大爆笑。



#13

「あーっはっはっは。ちょうどええやん、あんたバイト捜してるんやろ?」
バ、バイト!
バイトって…まさかミミさんのツバメですか?
若いツバメになれってこってすか?
ワタクシがこのミミさんと…あんなことや…こんなことをして…
ワセリン臭くなれってこってすか!



#14

「どぉ? アンタさえ良かったら、ウチの店来ない?」
「そやそや、雇ってもらい、結構ええ収入になるでぇ」
あ…バイトってそういうことですか。

しかし安心して良いわけがない。
親の期待もある、近所のメンツもある。
…なによりコッチに帰ってこれなくなったらどうするんだ!
コトは一生にも関わりかねない。オオゴトだ。



#15

「うん、アタシの見立てではアンタ、ナンバーワンになれるわよ」
ミミさんの目が妖しく輝く。
いややー
いややー
いややー
ナンバーワンになんかなりとうないー
「ね、どう?」
「いえ、あの、どうって言われても、あの…」
「ええやん、行け行け。俺、飲みに行ったんでぇ」
友よ…お前はそこまで言うのか…



#16

「衣装とかは貸したげる。お化粧だけは自分でするんよ」
誰に習えっちゅうねん、化粧。
母親に習えとでも言うのか?
「母さん、化粧ってどうするん?」
「え? あんた、化粧するの?」
「うん、ちょっとバイトでね」
「バイトっ…ていったい何のバイト始めたん?」
「おかまバー」
「えええっ? うちの子がおかまに…うっうっうっ…」
「まあ、泣くなよ。こう見えても、ナンバーワン候補なんやで」
「アホーっ!」
…家庭崩壊まっしぐらだ。



#17

「お給料は日給よ。どう、これくらいで」
紙片に書かれた金額ははっきりいってチョー魅力的だった。
「勤務時間は5時から1時までのうちの一日5時間でええわ」
5時間…たったの5時間でこんなにも…
「あとはアンタの頑張り次第でお客がついたらもっとあげるわよぉ」
お客…お客ってやっぱり…モーホーでしょうか?



#18

「ウチのお店の客筋は割と良いから、心配しなくっても大丈夫」
そうですか…ほっ。
あ、いや、安心してどうする!
「元自衛官も多いから…たくましいわよぉ、アッチの方も♪」
やっぱりーーーーーーーーーー!
あんなことや…こんなことや…されてしまう側ですか!
しかも元自衛官に!
やっぱりワセリン臭くなれって言うことですか?!



#19

「せっかくですけど…このお話はもう…」
「あらぁ、そぉ? 悪い話じゃなかったと思うねんけどねぇ」
良い話も悪い話もない。
いきなり目の前に異世界を広げといてその気になれるわけがない。

「ま、じっくり考えて。これ、ハイ、名刺」
「いえ、あの、こんなの頂いても」
口の中が乾いてうまくしゃべれない。
「いいからいいから、いっぺん飲みに来て、気軽に」
行ったら…どうなってしまうのか? 帰ってこれなくなるんじゃないか…



#20

すっかり自分がターゲットからはずれたと見た友人は喋ること喋ること。
ミミさんと意気投合して仲良くなってしまった。
こっちはまだ寒気と動機がおさまらないと言うのに。
そこで聞いたのがミミさんの身の上と身の下の話だった。

自衛隊を一緒に除隊したバーテンの彼氏とは、
もう夫婦同然に生活しているミミさん。
しかしお互いに束縛するでもなく自由に恋愛を繰り広げているようだ。
バーテン氏は美しい?おかまと。
ミミさんはたくましい(でもその気のある)男と。
愛と信頼のある共同生活者がいて、
その上に数々の恋愛を謳歌するミミさん。
これはこれである種の理想的生活のありようなのかもしれない。



#21

「アタシ、ちょん切っちゃおうかと思って…」
「え? 性転換ですか?」
「そう。それにはお金も時間もまだまだ足りないのよぉ」
「外国行かなあきませんもんね」
「そう、いくら心と格好は女でも、脱いだら男丸出しやしねぇ」
「トイレとか、風呂はどうしてるんです?」
「トイレは個室やからええけど、お風呂はねぇ」
そんな格好で男子トイレや男湯に入ったらやっぱり大パニックだろうが。



#22

「あ、もうアタシ、お店に出なきゃ」
「どうもコーヒーごちそうさまでした」
ようやく出た声はかすれていた。
「いいのよぉ、そのかわり、今度絶対お店に来てね!」
「え、あ。はぁ…」
「10時頃なら毎日いるわよ、うんとサービスしちゃう♪」
「げ。サービス…」
そうミミさんはワタクシの耳元でささやいて喫茶店を出て行った。
コロンの香りを残して。



#23

まだミミさんとの衝撃の出会いの余韻がさめやらぬ翌日。
暇をもてあましていた友人に伴われて
ミミさんのスナックに早速出かける羽目になってしまった。
あくまでも友人のたっての希望であるが、
怖いモノ見たさは世の常人の常。
ワタクシもその異世界に興味がないわけではなかった。
「お、ここやここや」
友人が先に立って颯爽と地下への階段を降りる。
その階段は…なぜかぴったり13段だった…



#24

まるで見計らったように時間は夜10時ジャスト。
いや、実際見計らった。
だって知った顔でもなければ正真正銘地獄を見る羽目になるかも。

シックな作りのドアを開ける。
「カランカランカラーン」
やたら派手にドアチャイムが鳴り、店中の注目を浴びる。
「あらぁ、早速来てくれたぁん! うれしいわぁ」
営業中のミミさんは昨日以上にどぎつく輝いていた。

狭い店の中はほぼ満員。
ほとんどが勤め帰りのサラリーマン風だ。
「ほら、詰めて詰めて!」
ミミさんの仕切りで客は苦笑しながらも席を空けてくれた。
「お、ママの新しいコレか?」
「今度はまたえらい若い。かわいらしいなぁ」
「若い身空で…くぅ〜やるなぁ!」
ほとんどなじみの客なのか、
アットホームな雰囲気に緊張感が少しほぐれる。



#25

「さ、何飲む? おビールでいい?」
「あ、はい、いただきます」
「いやー、ミミさん、ええお店ですねぇ」
「いやぁ、ありがとぉーうれしいわぁ」
そう言ってミミさんは友人のほおにキスをした。
「うひゃぁ」
友人の素っ頓狂な叫び声にどっと笑うお客たち。
思わず身を固くして返す刀の第二波に備えたがそれはなかった。
ちょっと肩すかし。
え? 俺、何考えてるんや?



#26

なんだかんだで客たちとも意気投合してわぁわぁ飲んだ。
店の奥からマスターのバーテン氏も顔を出す。
「いつもミミがお世話になってるそうで…」
「いえいえ、昨日あったばかりでそんな」
「いややわぁ、そんなつれないこと言うて」
気がつくとマスターがワタクシをじっと見つめている。
「ははーん、自分がアレやな、ミミが『ええ子見つけた』言うてた子やな?」
「え? なんで解るんです?」
「うーん、なんちゅうんかな、オーラっちゅうんかな?」



#27

「オーラ!」
おかまのオーラなんか身にまといたくはなかった。
やはり、蛇の道は蛇。
その道の人にはそういう匂いをかぎ分ける能力が
やはり人一倍強いのだろう。
「どや? この店、ええやろ?」
「ええ、あったかいお店ですね」
「そやろ。おかまも男も女もない、
自分のあるがままで過ごせるオアシスや」
「オアシス…」
「そう、自分のしたい格好で、好きな相手と過ごせる、オアシスや」



#28

熱っぽく語るマスターの後ろから
一人の美少女(まさに美少女だった)がひょこっと顔を出す。
「いらっしゃーい。ゆっくりしていってね♪」
か、かわいい。
「マスター、あの娘も、やっぱり?」
「ん? お、ますみちゃんやな。あの娘は人気者やでぇ」
実際ますます客たちはヒートアップ。
ますみちゃんの存在はまさに彼らにとってはオアシスなのだろう。



#29

「あの娘、かわいいなぁ…」
友人が酔いの回った目でますみちゃんを眺めている。
うん、たしかに。
おかまにしとくにはもったいない。
「ああいう娘がちょん切ってたら、俺、かまへんけどなぁ」
友人のつぶやきを耳に挟んだミミさんがくるっと振り向いてこう言った。
「あら! ますみちゃんならとっくに切ってるわよぉ」

ごくり…と生唾を飲む友の横顔。



#30

「でも、あの娘にはもう、彼氏がいるんよ、残念ねぇ」
よかった…。
友よ。
お前は間一髪救われた。
もうあと一歩でソドムの園へ足を踏み込むところだったんだぞ。

「がーん。俺ショック。久しぶりにときめいたのに…」
…ときめくなよ、アホかっっちゅうねん。



#31

「ね? どう? アタシのお店、気に入った?」
「ええ、ホンマにええお店ですね」
「うふふ、ありがと。で、どうする? いつから来る?」
「いいっ! それはちょっと…」
「うーん、やっぱりダメ?」
10センチの距離から上目遣いで見つめてくるミミさん。
「そんな目で見ないでくださいよー」
あわてて目をそらす。い、色気あるなぁ。



#32

「そぉ。残念ねぇ、また気が向いたらいつでも言ってねぇ」
「ええ、その時はお願いします。なは、なはは」
「うん、まってるわぁ」
ミミさんと指切りした。
“その時”が永遠に来ないことを祈りながら。

店を出て、家路につく。
友人はますみちゃんのことばかり喋っている。
俺はお前のほうが心配だ…ゴムはつけろよ。



#33

それ以来できるだけその店には行かないようにしていた。
ミミさんとは例の喫茶店でしばしば会い、
肝っ玉母さん風のおばちゃんのとめどない話に
相づちを打ちながら馬鹿話に興じる
仲の良い常連客同士の関係が一年ほど続いた。



#34

ある時、いつもの喫茶店に見かけない客がいた。
長身で、すらりとしているのはミミさんそっくりだったが
勤め人風の堅気な服装。髪もしっかり七三分け。
おばちゃんと真剣に話し込んでる様子で、
じゃまにならないように隅っこの席に座る。
「あら、久しぶりぃ」
「え? あれ? ミミさん?」



#35

「どうしたん、その格好?」
「うん。田舎のオヤジが倒れたんよぉ…」
「ええっ、そうなんですか?」
「いつもの格好であわてて帰ったら、オヤジに泣かれてねぇ」
「そうか、それでそんな格好を…」
「うん。オヤジももう、長くないみたいだし、田んぼ継ごうかなぁって」
「えええっ! やめちゃうの?(やめれるの?)」
「うん、オヤジの涙…こたえたわぁ」
しみじみとそう語るミミさんの目に光るモノがあった。

「お店とか、どうするんです?」
「うん、あの人に全部あげてきた。手切れ金、っていうんやないけど」
「そうなんですか…」
「よかったらまた行ってあげて、ね。あの人、喜ぶわ」
「ミミさんは、どうするん?」
「うん。お嫁さんでももらうことになるんやろなぁ」
「男になるんですねぇ」
「よかったわぁ、ちょんぎらなくって!」

こうしてミミさんは意外なほどあっさり我々の前から姿を消した。
気がつけば新歌舞伎座裏の「スナックミミ」は全く別のお店になっていた。
今頃は近江米を丹誠込めて作っているであろう、元おかまのミミさん。
ミミさんは最期にこう言っていた。
「もし子どもが出来たら、絶対自衛隊に入れるわ。で、日本一のおかまにするの!」
自分の果たせなかった夢を子どもに背負わせるって言ったって、
それはいくらなんでもあんまりだ、ミミさん。

嗚呼、おかまの魂、百までも。



THE END


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