足の指の間が痒くなる心意気

2002年12月18日(水)「散髪屋の親父とのコミュニケーション」

 普段かよっている散髪屋。近頃は黙って腰掛けるだけで丸坊主にしてくれるようになった。ワタクシももうすっかり常連である。店の親父もひたすら黙ってバリカンを動かす。テレビもない。ラジオもない。バリカンが髪の毛を噛み切る。石油ストーブの上のやかんがしゅうしゅうと湯気を立てている。それだけが狭い店内の音の全てである。

 しかし、この散髪屋の親父のサービスには奇妙な一段階がある。

 シャンプーして(丸坊主でも一応シャンプーはするのです)髪を拭いた後、たばこを箱から一本抜き出して「いかがです?」と勧めてくるのである。今までどの散髪屋でもこんなサービスはなかった。ワタクシは現在禁煙中。とはいっても厳格な禁煙ではなく、酒宴のときを中心にして、くれるというなら喜んでもらって吸っている。つまりこの状態は、ワタクシには願ったり叶ったりの状態なのである。もうシッポ振って「吸います吸います、わんわんわん」でもおかしくはないのだ。

 しかし、ワタクシは未だにこのたばこを吸ったことがない。

 怖いのである。そのたばこを吸っている間が怖いのである。きっと親父は何か話しかけてくるだろう。

 その親父の話がとてもとてもつまらなかったとしたら?
 逆に切れ味鋭いギャグを機関銃のように連発してこられたら?
 完全に不意をつかれ、そのギャグにうまくリアクションがとれなかったら?
 それともやっぱり全く喋らなくて、二人揃ってたばこを吸ってるだけだったら?
 その沈黙に耐えきれず愛想笑いを浮かべながら、「今日は寒いですねぇ」などとつまらない話をふってしまったりしたら?
 それに対して親父は「ああ」とぶっきらぼうに一言応えるだけに違いないのだ。
 あああああ。怖い怖い。

 そんなことを一瞬の間に想像してしまい、出そうとした手を引っ込めてしまうのである。

 すると決まって親父はさも残念そうに「そうですか…」とたばこをしまい込み、所在なげにハサミを後頭部あたりで動かすのだ。その親父のハサミは力無く、如何にもおざなりであり、何か聞いて欲しい話でもあったのではないか、とさえ思えてくる。

 そろそろ髪も伸びてきてネギ坊主のようになってきた。今度は一度、そのたばこに手を出してしまおうか、と実は今非常に迷っているのである。

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