ニッキぐるぐる回し その6

この企画で居酒屋Jokerさんに提供したテキストです
お題は「過去の思い出」です

「冬の夜の校庭で」



いまからずいぶん昔の話です

同じ校区の仲間たちとは離れ、僕が私立高校に通い始めて2年目のとき

中学校の頃の仲間たちと久しぶりに会おうか、という話になりました

以前の仲間たちと久しぶりに会える。

それだけで嬉しくて、僕はその日が来るのを心待ちにしていました

ですが一番僕の心を浮き立たせたのは、「E子も参加する」という知らせでした

中3当時、クラスでもそう目立つ存在ではありませんでしたが

なぜか男子には隠れE子ファンが結構おりました

僕も仲のよい友人たち数人とE子の「隠れファンクラブ」を作って

密やかに、あくまでも密やかに。E子のことを見守っておりました

そのE子に久しぶりに会える!

と考えただけでも毎日が楽しく思えました


そんなある夜………一本の電話が、鳴りました


3太郎「おお。どないしたん。さっきまで話してたのに」

電話の相手はつい今しがたまで電話していた「ファンクラブ」の会長格の友人でした

会長「うん。いや…」

受話器の向こうの、ただならぬ気配に、一瞬イヤな予感が漂います

3太郎「おい、なんやねん。辛気臭い、はよ言えよ。おい!」

会長「いや、実は……………………E子、死んだ」

3太郎「…アホ言え。おとつい、駅で見かけたぞ…おい!おいっ!」

会長「今朝や…心臓麻痺やて…朝、起きてけぇへんかったんやて…ほんでな…」

もう、僕は受話器を持って立っているだけの存在でした

友人の声からも…必死に感情を押し殺しているのが判ります

逆にそれが、E子の死を紛れもない現実のものにしてしまいました………


葬儀の席で…祭壇に飾られているのは、

僕たちがあこがれ続けたあの笑顔よりも

少しだがはっきりと大人になっていたE子のモノクローム…

その写真を見たとき。

E子が本当に僕らの前からいなくなってしまった…ということを

足元に突然開いた大きな穴に落ち込むような感覚とともに

理解することができました


それから数週間。

あれほど盛り上がっていた同窓会の話も忘れかけたある夜…

会長格の友から電話が入りました

「おい、いまから出てこれるか?」

季節はいつしか、冬になっていました

会長に言われたとおり、温かい缶コーヒーを途中コンビニで、

人数に一本多く足して買い求め、僕も一足遅れて中学校の校庭に集まります

「よし。これで全員やな」

数名の仲間が吹きすさぶ寒風の中、

校庭の隅のベンチの前に一塊になっています

「いや。ちょっと、アイツのことを皆で話してな。皆で、思い出そう…そう思ってん」

会長の一言を待つまでもなく。

僕たちは全員そのつもりでここに来ていました

一本多い缶コーヒーも、E子のために。


寒い中ではありましたが話も尽きるところを知らず

だれも寒いなどといわず

後から後から、E子の話が湧き出してきます

徐々にほぐれてきて笑い声すら出始めたとき

会長がベンチのすぐ近くに並んでいる鉄棒の方を向いていきなり

「おい、E子。聞いてるんやろ?」と叫びにも近い大きな声で呼びかけます

もちろん、見えている、とかそういう話ではありません

会長は虚空に向かってわざと大きな声で話し続けます

「おい。みんなな。お前のこと、好きやってんぞ。アホやなぁ。死んでしもうて」

少しずつ少しずつすすり泣く声が広がっていきます

「お前も知ってたんやろ?俺らの気持ち!聞いてるか?来てるんやろ?」

会長は立ち上がって一歩、鉄棒のほうへ近づきます

「なあ。おい。来てるんやったら。…そや。その鉄棒、叩いてみ…それくらい、できるやろ…」

皆、顔を上げて耳を澄ませます…10秒…30秒…1分…3分…

「来てへんのか…帰ろか…しゃあないな…」

会長がこちらに向き直ったまさにそのとき…









                『カ、ァァァァァァン…』










全員いっせいに立ち上がり、鉄棒に駆け寄ります

涙でぐしゃぐしゃに顔をぬらして、鉄棒にしがみつき

E子の名前を呼び続けました…


気温の変化で金属が収縮した際に立てた音かもしれません

何かが風で飛んできて、鉄棒に当たって立てた音かもしれません


でも、僕たちはE子が来てくれたものと信じています

きっと。あのとき、彼女は僕たちに別れを言いにきてくれたんだと…

時々里帰りして中学校を見かけるたび

思い出してしまう、そんな昔のお話です…


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