佐伯屋
スペクタクルより勝利が好き
第8回:平成14年8月15日
ミランのストーブリーグを追う・3

改造計画は無かった
  私は『ミランのストーブリーグを追う・1』で、ヤン・ダール・トマソンの獲得を驚いたと書いた。トマソンはFWでも、トップ下でも機能できる選手である。しかしミランは、FWにはアンドリー・シェフチェンコとフィリッポ・インザーギ、トップ下にはルイ・コスタという実力者がいて、使うべきポジションがない。だから、この情報が入ってきたとき驚いたのである。
  その後、私は、シェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタのうち誰かを放出するシナリオがあり、改造計画の第1段ではないのかと思い至るようになった。その根拠は、このミランのトライアングルが昨シーズンは期待を大きく裏切ったこと、それからミランには以前から財政難が囁かれており、彼ら高給取りの選手を放出するのではないかと考えられたことの二点だ。特にシェフチェンコへのレアル・マドリーの高額オファーはミラン・フロント陣にとって大変魅力的なものに映っただろう。なぜならミランがディナモ・キエフから獲得した時の移籍金を大幅に上回る額だったからだ。
  しかし、やがてシェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタの3人の残留が決定した。つまり私が考えたような改造計画は無かったということである。となるとトマソンは、彼ら3人とポジション争いをしなければならないだろう。昨季のハビ・モレーノと同様にその競争はセリエAでの実績が無い分、苦戦を強いられるだろう。だが、ミランのトライアングルはローマのフランチェスコ・トッティのように調子が悪くても外されない絶対的レギュラーではないのだから、技術だけでなく戦術理解度やコンディションの良さ、闘争心といった部分でアピールできれば十分レギュラーは有り得るはずだ。

補強戦略はあったのか
  と、思っていた矢先に飛び込んできたのが、ミランが、2002日韓ワールドカップ王者ブラジル代表の10番、リバウド獲得という情報である。私は驚きを通り越して度肝を抜かれ、ミランが何をやりたいのか今度こそ全くわからなくなってしまった。
  ミランのリバウド獲得への動きは全く抜け目の無いものだった。契約を満了し、更新するだけの資金力がバルセロナには最早無いこと、昨シーズンの調子の悪さ、故障の多さ故にサポーターの信頼を失っていたこと、かつて左サイドのポジションに追いやられ、システムや戦術についての意見の相違から確執のあったルイス・ファン・ハール監督の復帰など、リバウドがバルセロナから脱出したがっている状況にあることを察知し、シルビオ・ベルルスコーニ会長の鶴の一声で獲得に名乗りを挙げた。またバルセロナとの契約期間が切れているために移籍金が派生しないことも魅力だった。日本円で約5億3千万円の3年契約と言われる年俸は確かに高額だが、数年前のレアル・マドリーに移籍したルイス・フィーゴの約60億円、ジネディーヌ・ジダンの約88億円の移籍金を思えば、この二人と同格の選手を破格の値段で獲得できたと言える。こうしたミラン・フロント陣の選手獲得の行動力は、まさに脱帽ものである。
  しかし、この移籍劇でのミラン・フロント陣の選手獲得の手腕は認めるが、それが大局的な補強戦略に基づいて為されたものとは到底思えない。偶然チャンスがあったから動いただけの思いつきに見える。

ベンチの飾り物としてはあまりにも高額で、犯罪的
  なぜなら、リバウドはトップ下でもFWでも起用できるが、FWにはシェフチェンコ、インザーギ、トマソン、トップ下にはルイ・コスタ、トマソン、アンドレア・ピルロと、すでに能力のある選手が揃っていたからだ。この中でトマソンとピルロは、セリエAや世界大会での実績を考慮するとリザーブ要員であることを受け入れられるだろうが、シェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタは実績十分であり、それだけにプライドが高く、ベンチに座らされるのを承服できない選手達である。だが、それはリバウドもまた同様だ。W杯優勝の実績、世界最高級のプレイヤーという名声、高額の年俸、そして年間パスがバカ売れしている現状が示しているようにサポーターの期待を考えれば使わないわけにはいかないし、ベンチの飾り物としてはあまりにも高額で、犯罪的である。つまり来季のミランは、チーム内で不協和音を引き起こし、空中分解ということも有り得るということである。フロント陣の大胆な補強策が、翻って対立の種を持ち込んでしまったと言えるのだ。
  かと言って、まさかミランのカルロ・アンチェロッティ監督にシェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタ、リバウドの4人を同時起用する哲学も度胸もないだろう。かつて、パルマの監督時代にはジャンフランコ・ゾーラ、エンリコ・キエーザ、エルナン・クレスポのトライアングルですら否定した人だ。ユベントス監督時代はジネディーヌ・ジダン、アレッサンドロ・デル・ピエロ、ダビド・トレゼゲのトリオを採用していたが、世界最高のゲームメーカー、ジダンを外すわけにいかないからであり、本心ではアリーゴ・サッキ監督の頃のミランや今のマンチェスター・ユナイテッドのような、トップ下のいない4−4−2がやりたい監督である。リーガ・エスパニョーラならレアル・マドリーがラウール・ゴンザレス、フェルナンド・モリエンテス、フィーゴ、ジダンと魅惑のカルテットを構成し機能させているが、中盤でのコンパクトなプレッシング、ボールを奪うと即座に前線へ繋ぐ速攻が尊ばれるセリエAではまず有り得まい。
  よって来季のミランは昨季と同様の4−3−1−2システムで、アタッカーの枠はトップ下が1人、FWが2人の、計3人でいくはずである。では一体、シェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタ、リバウドのうち誰をベンチに置くのか。

役割の多い現代のトップ下
  『週刊サッカーダイジェスト』2002年8月21日号のミラン特集他、『ワールドサッカーダイジェスト』2002年9月5日号の予想布陣ではリバウドがトップ下、シェフチェンコ、インザーギの2トップ、そしてルイ・コスタがトップ下リバウドの控えということになっている。これは各選手のポジションや過去の実績を換算した上で弾き出された一般的な解答だと思う。しかし私はリバウドのトップ下は疑問だ。
  その理由は、ロベルト・バッジョやアレッサンドロ・デル・ピエロといった元々トップ下でプレーしていた選手がFWをするようになった理由を考えればわかる。迂遠なことながら、ここで少しセリエAの「トップ下」史を振り返ってみよう。
  1980年代中盤までは所謂「古典的10番」の全盛期だった。ミシェル・プラティニ、ディエゴ・マラドーナ、ジーコ、ジャンカルロ・アントニョーニなど、多くのチームが、中盤でのボールキープ、スルーパスによるチャンスメイク、ドリブル突破、前線への飛び出しといったプレーを売りにするトップ下を置いていた。
  ところが、80年代後半にミランのアリーゴ・サッキ監督による、トップ下を置かない4−4−2のゾーンプレスが一世を風靡し、やがて、各チームの監督が学び取り入れるようになるとトップ下を置かないチームが増えた。プラティニやマラドーナ以降の世代の10番であるロベルト・バッジョ、ジャンフランコ・ゾーラ、ロベルト・マンチーニ、デヤン・サビチェビッチ、アレッサンドロ・デル・ピエロらは、本来トップ下の選手だったが、FWもしくはサイドハーフへのコンバートを余儀なくされた。

トップ下が失業した時代
  そういうことが起こった理由は、まず、こうしたタイプの選手が往々にして守備意識が低く、プレッシングを90分間遂行することに耐えられる運動量がなかったことが挙げられる。センターハーフの献身的な守備はコンパクトなプレスにおいて必須であり、守備での貢献が期待できないトップ下の存在は組織守備において邪魔だったという訳である。また攻撃面でもトップ下の選手が陣取る敵陣のピッチ中央部は守備の人数が揃っていることが多く、プレッシャーが最もきつい。よってボールキープしていると即座に取り囲まれてしまうのだった。中盤で球離れの遅い選手は、現代のプレッシングサッカーではチームにとって致命的欠陥となり、攻撃が機能不全に陥ってしまうのである。これらの理由でトップ下は否定されたのである。
  そして、R・バッジョにしろゾーラにしろ、守備の負担が少ないFW、もしくはプレスがセンターよりはまだ緩いサイドハーフにポジションを移され、組織戦術の中で与えられた役割をこなしつつ、試合展開によってポジションチェンジし「古典的10番」のプレーをしたのである。FWの位置からプレーをスタートさせ、ゲームメイクにもフィニッシュにも関わるユベントス時代のR・バッジョのプレースタイルを、かつての「古典的10番」にしてユベントスOBのプラティニは「9.5番」と評価した。
  サッキが提示した4−4−2のゾーンプレス、それが全盛の時代つまり90年代前半は、トップ下を本業とする選手にとって冬の時代だったと言える。トップ下のポジションがほとんど死滅し、ポジションを変えなければならなかったからだ。デル・ピエロなどは巧みにFWに転向してみせたが、デル・ピエロのようなチャンスメイクの能力だけでなく得点力を備えた選手は一握りであり、多くの選手はポジションを失って路頭を彷徨った。R・バッジョのような世界屈指のテクニシャンですら90年代半ば頃はチーム戦術に適合しないという理由でチームを転々とさせられたのである。

トップ下は復活したが・・・
  しかし転機が訪れる。90年代後半からは再びトップ下が脚光を浴びるようになったのだ。ユベントスのマルチェロ・リッピ監督がジネディーヌ・ジダンをトップ下に置いた4−3−1−2システムでヨーロッパ・チャンピオンズカップ、インターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)を制覇し、またウディネーゼのようなプロビンチア(地方弱小チーム)から始まった3バック・ブームがトップ下のポジションを復活させた。
  ところが「新トップ下」の選手は、球離れが速いこと、守備面でのサポートは勿論、更に「新トップ下」の選手の条件として身体的な強さや、正確な中長距離のパスが求められた。現代のプレッシングサッカーでは中盤でボールキープしていると、あっという間に相手守備陣に四方を取り囲まれ、パスコースもボールコントロールできるスペースも失われてしまう。だったら、マーカーに当たり負けしない強いフィジカル、もしくは、囲まれる前にロングパスを前線に配給できればいいとトップ下を復活させた監督達は考えたのだ。
  これら「新トップ下」の条件に当てはまっていたのが、先に挙げたジダンの他に、ファン・ベーロン、ルイ・コスタ、フランチェスコ・トッティ、ステファーノ・フィオーレらだった。それぞれのプレースタイルの違いを言い募ればキリがないが、彼らは強力なフィジカルコンタクトや正確なロングパスといったスキルを持っている点では共通している。
  だが一方で、かつてプラティニやジーコらが持っていたような得点力はあまり重視されなくなった。FWで起用されることもあるトッティを除けばジダンもベーロンもルイ・コスタも得点は少ない。つまり、「古典的10番」と「新トップ下」では役割が大きく違っているということである。

リバウドは「9.5番」だ
  こうしたセリエAのトップ下の選手の変遷を踏まえ、リバウドという選手をどう起用すべきかを考えてみよう。
リバウドのプレーの特徴は何かと言えば、左足の正確かつ強烈なショット、圧倒的なボールキープ力を活かしたドリブル、バイシクルやラボーナ(蹴り足と軸足を交差させるキック)といったファンタジックなプレーであり、その能力は前線に近い位置でプレーすることで最も威力が発揮される。それを証明したのが2002年のW杯だった。W杯南米予選前半の頃にしていた中盤と前線のリンクマン(繋ぎ役)の役目をロナウジーニョに任せ、MF登録ながらリバウドはトップ下ともFWとも言えない位置に陣取って自由に動き、5得点と猛威を振るった。つまり、リバウドはMFだが得点力に定評のある選手なのである
  しかし、ミランの4−3−1−2システムの「1」は「新トップ下」の役割が求められるのだ。常にFWと近い位置関係でパス交換したりさせてもらえるものではなく、中盤でのプレスに参加したり、守備のサポートもしなければならない。そして攻撃ではボールを奪ったらドリブル突破よりも、シェフチェンコやインザーギといったスピードのあるFWを活かすべくロングパスを配球するのである。確かにリバウドは身長185センチ体重75キロの堂々たる体躯に、左足から放たれる正確かつ速いロングパスなど「新トップ下」の条件は満たしているが、ミランの4−3−1−2システムの「1」では、得点力やゴールに近いエリアでのファンタジックなプレーといった彼の特徴をスポイルしてしまうのではないのだろうか。それなら、むしろ「9.5番」としてFWに置き、まだ制約の少ないポジションでプレーさせた方がその本領は発揮できると思うのだ。
  だから、私はシェフチェンコ(インザーギ)のワントップ、リバウドが1.5列目、ルイ・コスタが2列目という少し変則的なトライアングルを希望する。

筆者が希望する新シーズンのミラン布陣

                 ●
             シェフチェンコ
     ●
   リバウド        ●
             ルイ・コスタ

   ●                     ●
セードルフ              ガットゥーゾ

              ●
          アンブロジーニ

   ●                      ●
 カラーゼ                 コントラ

          ●        ●
      マルディーニ   R・ジュニオール

               ●
           アッビアーティ

                         

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