第7回:平成14年7月27日


前回の「ミランのストーブリーグを追う」をアップした時点では、デンマーク代表のシャドーストライカー、ヤン・ダール・トマソンの獲得が決定しただけだったが、2002年7月23日現在、同都市のライバル、インテル・ミラノから運動能力の高いストッパー、ダリオ・シミッチ(クロアチア代表)、中盤のオールラウンダー、クラレンス・セードルフ(オランダ代表)の2人を、結果的に見ればフランチェスコ・ココ(イタリア代表)とのトレードという形で獲得し、イングランド・プレミアリーグのチェルシーからはイタリア期待のU−21代表MFサムエル・ダラ・ボーナを引き抜いた。
ダラ・ボーナはアタランタのユース時代に当時チェルシーの監督だったジャンルカ・ビアリに声を掛けられ渡英。グスタボ・ポジェ(元ウルグアイ代表)やデニス・ワイズ(元イングランド代表)エマニュエル・プティ(フランス代表)といった実力者を前にレギュラー獲得まではいかなかったが、出場の際にはその潜在能力を垣間見せた。正確なロングパスと高いフィジカル能力、そして中盤の底からの攻め上がりを武器とする、日本代表の稲本潤一のようなタイプの選手である。

一方で、DFアレッサンドロ・コスタクルタ(→フルハム)、MFデメトリオ・アルベルティーニ(→アトレティコ・マドリー)といったミランで一時代を築いたベテラン達の放出も決定した。ゾーンプレスとオフサイドトラップで一世を風靡したアリーゴ・サッキ監督時代、セリエA3連覇を達成し常勝軍団となったファビオ・カペッロ監督時代を知っているファンにとっては、黄金時代を知るメンバーがパオロ・マルディーニただ一人になってしまったのは、いささか寂しい限りである。
しかし、何の根拠もないのだが、この移籍は気になる部分もある。ミランでの十分な実績を背景にチーム内での発言力の大きいベテラン選手の放出、彼ら古参選手とチームメイトとして苦労を分かち合ってきただけに親交の厚い、かつての名リベロにしてミランユース部門の責任者フランコ・バレージのプレミアリーグ・フルハムのテクニカルディレクター就任、そしてイタリア首相として多忙を極めるシルビオ・ベルルスコーニに代わって権力を振るう副会長アドリアーノ・ガリアーニ。
私の勝手な陰謀論ではあるが、コスタクルタ、アルベルティーニ、バレージら抵抗勢力が改革派ガリアーニによって排除されたという見方ができないわけではない。これによって、ガリアーニやカルロ・アンチェロッティ監督が気兼ねせず大鉈を振りやすくなったことは確かである。

とは言っても、アルベルティーニ他、ホセ・マリ、ハビ・モレーノ、更にはミランが所有権を持っているファブリシオ・コロッチーニなど、移籍(レンタル)先がリーガ・エスパニョーラのアトレティコ・マドリーに集中しているのは、新戦力供給源としてアトレティコとのパイプを太くする意図があるからだろう。これにより近い将来、アトレティコが誇る18歳の天才FWフェルナンド・トーレスがミランに見返りとして必ず行くと、私は見ている。
また、バレージはその選手時代の名声から言って、将来のミランのみならず、イタリア代表の監督や会長になるべき人材であり、この次世代のシンボルをミランが易々手放すとも思えない。しかし名選手、名監督(マネージャー)になんとやらで、だから、まずミランで「ユース部門の責任者」という、まだ気楽なポジションでチームマネジメントのノウハウを学び、次に業務提携先のフルハムで実地訓練といった見方もできるし、そちらの方が説得力はある。
バレージはフルハムを拠点とした有望な新戦力の発掘やプレミアリーグでの各チームフロントおよび監督とのコネクションの構築といった任務も兼ねているはずだ。そして、もしフルハムに移籍した稲本が大活躍することがあれば、バレージによってミランに推薦される可能性も大いにある。稲本(というより代理人の田辺伸明氏)がペルージャやアタランタ他数チームからのオファーを蹴ったのは、そこまで先の時代を読んでの戦略だったのかもしれない。

さて前回の「ミランのストーブリーグを追う」では、アンチェロッティがスペイン的な4−2−3−1システムをやりたがっていると書いたが、どうやら、それは今季もお蔵入りし、従来の4−3−1−2で行くことになりそうだ。
というのも、現時点でのミランのメンバー表を見れば、マッシモ・アンブロジーニ、ジェンナーロ・ガットゥーゾ、フェルナンド・レドンド、マッシモ・ドナーティ、カクハ・カラーゼ、そして新加入のセードルフ、ダラ・ボーナと4−3−1−2の「3」の位置に入りそうな守備的MFが豊富というか、過多と言った方が適切な状態の一方、4−2−3−1の「3」の位置の両サイドを務められそうな攻撃的MFがセルジーニョぐらいしか人材がいないからだ。昨季、アンチェロッティが4−2−3−1システムを使った数試合の中で、右サイドの攻撃的MFに起用されていたホセ・マリは放出されてしまったし、ミラン・フロント陣がウインガータイプの選手の補強をするといった話も聞かない。
つまり、今季のミランでは、4−2−3−1システムは構想外になったということである。

一方、昨季は期待を大きく裏切ることになり、アトレティコやリバプールへの移籍が噂されていたポルトガル代表のファンタジスタ、ルイ・コスタは一転して残留に落ち着きそうだ。ルイ・コスタが今季もまたミランの運命を握るのは間違いない。やはり彼が、今のミランの攻撃陣の中で最も創造性とボールテクニックに優れた選手だからだ。この稀代のパッサーを活かさない手はない。
ただし、ルイ・コスタをフルに機能させようと思えば、周囲の選手、特にFWとの連係を高める必要がある。昨季のミランはシェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタのトライアングルが目玉のチームだったが、それぞれのプレースタイルの相性の悪さ故に機能していなかった。昨季のルイ・コスタは背後に相手MFのマークを背負いながら、ズルズル下がってきてDFラインからボールを受けるということが多く、味方FWと近い位置関係で前を向いてボールを持つという場面が少なかった。これはFWの位置でボールが収まらず、有効なリターンパスがもらえないからである。
それもそのはず、シェフチェンコはボールを持つとまず突破を試みる選手であり、インザーギは常にディフェンスラインの裏を狙っているため、2人ともポストプレーやボールキープの意識が低いのである。かと言って、ベンチにいるハビ・モレーノやホセ・マリなどには、その意識はあってもセリエAのハードマーカーのコンタクトに耐えてボールキープする強さはなかった。そうしたことが、ルイ・コスタのアシストパスからFWが得点するというミランの攻撃を機能不全にしていたと私は思う。
だから、ルイ・コスタを機能させるには、更にはチームの得点力を上げるには、シェフチェンコとインザーギのボールキープの意識を持たせるか、新たにFWを補強することが必要ではないか。イタリアのチームはチームオフェンスのバリエーションが乏しいと問題意識を持つアンチェロッティの手腕に期待しよう。

残る補強ポイントとしてミラン首脳陣はセンターバックを挙げており、ストーブリーグ開幕当初から、サムエル・クフォー(バイエルン、ガーナ代表)、リリアン・テュラム(ユベントス、フランス代表)、リオ・ファーディナンド(リーズ、イングランド代表)、ファビオ・カンナバーロ(パルマ、イタリア代表)らの獲得を狙ってきた。彼らのうち一人でもいればミランのディフェンスが安定するのは間違いない。しかし財政難のミランには、もう補強資金は無いようで、この部門に関しては未だ思うような成果が上げられていない。
今、ミランが最も欲しがっているセンターバックはカンナバーロであると言われる。だが彼のような対人プレーを得意とするストッパータイプは、ロッキ・ジュニオール、ホセ・アントニオ・チャモ、そして新加入のシミッチとすでに揃っている。特にロッキ・ジュニオールはこれまで身体能力が高いが、その好不調の波の大きさのため評価を得られなかった。だが、2002年ワールドカップでブラジルの優勝に貢献して自信をつけ、アンチェロッティも今季は主力として考えているようだ。
むしろミランに必要なのは、かつてのバレージや最近のコスタクルタのように、統率力が高くてカバーリングに長けた「リベロ」タイプの選手のはずである。カンナバーロもその役目ができないということはないだろうが、パルマ時代にはテュラム、イタリア代表ではネスタと「リベロ」タイプの選手とセンターバックコンビを組んできただけにその役割を担ったことがなく、現時点では「リベロ」としては未知数と言わざるを得ない。

もし有能な「リベロ」タイプのセンターバックが獲得できないようであれば、左サイドバックを務めるマルディーニをセンターに本格的にコンバートすればいいのではないか。元々、不世出のセンターバック、バレージの後釜は、左サイドバックのマルディーニをコンバートしかいないと言われてきた選手である。しかし、バレージ引退後、マルディーニはミランでもアズーリでも、左サイドバックとセンターバックを往復させられる中途半端な使われ方をしてきた。他の選手の不出来が理由だが、それでも監督の要求をほぼパーフェクトにこなしてきた。しかし今年で34歳となり、さすがにスピードへの対応に難が見られるようになってきた。だから攻守に活動量の多い左サイドバックよりは負担の少ないセンターバックで起用した方が今のマルディーニには合っていると思われる。
しかも、このコンバートによってマルディーニの選手生命は圧倒的に延びるはずだ。理由は、かつてサンプドリアに所属し、ディエゴ・マラドーナやマルコ・ファン・バステンといった「神」にも恐れられたストッパー、ピエトロ・ビエルコウッドは40歳を過ぎた今でも現役でプレーしているし、ローター・マテウスも中盤からリベロにコンバートされ、38歳までドイツ代表に君臨した。元々の運動能力の高い選手は、負担の少ないポジションで、なおかつ経験や読みを活かすプレースタイルに変身できれば、長くプレーできるのである。
そしてマルディーニの代わりの左サイドバックには、守備を考えるならカラーゼ、攻撃重視ならセルジーニョを起用する。攻守のバランスを期待するなら、ラツィオのジュゼッペ・パンカーロやアタランタの若手有望株ジャンパオロ・ベッリーニを狙ってもいいだろう。特に前者は、所属するラツィオの同ポジションにアルゼンチン代表のファン・パブロ・ソリンが加入したことにより、出番が激減することが考えられるから獲得のチャンスである。このように、決して無理にセンターバックの補強を狙わなくともいいのだ。
そう、無理はしなくてもいい。金が無いのだからなおさらである。無いなら無いで知恵を使う。それがいいのである。ところが、ここに来て、バルセロナのブラジル代表MFリバウドを狙っているという情報が入ってきた・・・。
ミランよ、どこへ行きたいのだ?


