佐伯屋
スペクタクルより勝利が好き
第6回:平成14年7月19日

イタリア代表エッセイ連続3回シリーズ
敗戦を抱きしめて

トラップは攻撃的選手配置を好む
 今後のイタリアサッカーの方向性としては、「タイムリーサッカー」で正解だと思う。
ただし、チームコンセプトを変えるというのは言うのは簡単だが、実行するのは難しい。というのも、代表としての準備期間や練習時間がもう少し必要だからである。
 韓国戦での采配でトラパットーニ(トラップ)監督は守備マインドの強い監督と思われがちである。しかし、クラブチームでの指揮を見ていると、ユベントス時代はアンドレアス・メラー、ロベルト・バッジョ、ジャンルカ・ビアリのトライアングル、フィオレンティーナ時代はルイ・コスタ、エジムンド、ガブリエル・バティストゥータのトライアングルを基本に、何とベルギー人FWオリベイラを加えることもあったように、実は攻撃的な選手配置を好む監督である。これはつまり、クラブチームでは代表よりは練習時間が豊富だからできるのである。
 代表でも、デル・ピエロとトッティのファンタジスタ2人を同時起用するようになったのはトラップが就任してからだ。しかし、大会前にはデル・ピエロを外してDFを一枚増やした4−4−1−1にした。それは「攻撃的布陣」を成熟させる時間が無いと判断したから、イタリア人が最も慣れ親しんでいる伝統の「カテナチオ」にすがったのではないだろうか。

ファン・バステンの代わりはロベルト・バッジョ
 とはいえ、クラブチームでのサッカーをそのまま代表に持ち込むことができたなら、練習時間の少なさを考えなくとも良かった。例えば、82年W杯の優勝したアズーリには、ディノ・ゾフ、クラウディオ・ジェンティーレ、ガエタノ・シレア、アントニオ・カブリーニ、マルコ・タリデリ、パオロ・ロッシらユベントス勢が、94年W杯で2位になったアズーリにはフランコ・バレージ、アレッサンドロ・コスタクルタ、マルディーニ、デメトリオ・アルベルティーニ、ロベルト・ドナドーニらACミラン勢が、といったようにクラブチームですでに成熟していた組織をそっくり代表に導入することができた。そしてユベントスやミランなど代表のベースとなるクラブチームにおいて、外国人を配置しているポジションには、他チームの選手を置けばよかった。ミシェル・プラティニの代わりにジャンカルロ・アントニョーニ、オランダトライアングの代わりにロベルト・バッジョ、ディノ・バッジョ、ジュゼッペ・シニョーリといったように。

ボスマン裁定がサッカー強豪国を変えた
 しかし現在では、それはほとんど不可能である。1996年のボスマン裁定により、サッカー選手の移籍においても労働者移動の自由がEU圏出身の選手なら当てはめられ、ヨーロッパの各国リーグで設けられていた外国人枠が廃止同然になってしまったからだ。以降、セリエAの各クラブは粘り強く、長期的な展望によってイタリア人の若手の育成をしなくとも、即戦力で、なおかつ安価な外国人を獲得するようになった。これにより、どのチームでもスターディングメンバーの半分以上が外国人ということも珍しくない状態になってしまい、かつてのように、クラブチームでのサッカーをそのまま代表に持ち込むことはできなくなった。そうして、2002年のアズーリのメンバーが、ユベントス、インテル、ローマ、ミラン、ラツィオ、パルマ・・・と異なるサッカーに慣れ親しんでいる選手達の寄せ集めなのは必然である。それらを束ねて高度の組織的なサッカーをするには、もっと準備期間が必要である。このことはイタリアだけでなく、フランス、アルゼンチン、スペイン、ドイツ、ブラジルなど他の強豪にも当てはまるのだが。つまり、どんなサッカーを志すにしても、準備期間・練習時間の少なさという問題をクリアする方法を考えなければ、机上の空論、絵に描いた餅で終わってしまうのである。

準備期間問題の解決が強豪国の鍵となる
 準備期間・練習時間の少なさをいかにクリアするか、これこそがサッカー伝統国が次代でも強豪でいられるかどうかの鍵になると思う。チャンピオンズリーグの拡大やインタートトの出現による欧州サッカー界の過密スケジュールにより、代表としての練習時間を捻出できない以上、どの国でも何らかの対策が必要である。
 ドイツでは、バイエルン・ミュンヘンがミハエル・バラックとセバスティアン・ダイスラーというドイツ代表の中核2人を獲得したが、これはチームの戦力補強だけでなく、代表の強化もバイエルンでやろうという意図もあるようだ。しかし、イタリアの現状を考えれば難しく、モデルにならないだろう。例えば仮にユベントスが「代表強化」の意図の下、ローマやラツィオに向かってトッティやネスタを譲ってくれと言っても相手にされるはずがない。なぜなら、バイエルンの場合、ドイツサッカー協会でも重席にいるフランツ・ベッケンバウアーという特殊な会長の存在に依るところが大きく、基本的にサッカークラブの会長というのは、営利企業の社長であり、まず目先のチームの勝利の方が大事だからだ。ドイツ、バイエルンの例は特殊な事例である。

「鎖国」再び
 最近のニュースによると、どうやらイタリアは、また「鎖国」をするようだ。「鎖国」とは外国人規制のことである。イタリアはかつて1966年W杯・北朝鮮戦での敗北後、「鎖国」に踏み切り、その後10年以上、外国人の新規加入を許さなかった。当時ミラン移籍が内定していたドイツの名リベロ、ベッケンバウアーが移籍を取り消されるという一幕もあったぐらいである。このイタリア人保護政策の甲斐もあってか、イタリアは1970年大会には決勝まで進み(ペレ率いるブラジルに大敗したが)、シレアやロッシら、1982年大会の優勝メンバーがこの期間中に育った。
 私としては、かつてR・バッジョがジーコの、ジャンフランコ・ゾーラがマラドーナの、デル・ピエロがプラティニの技を見て盗んだと言うのだから、ハイレベルの外国人選手は自国のサッカー強化にとって不可欠な要素と考えるし、ボスマン裁定以降、ビッグクラブ、セリエAで言えばユベントス、ミラン、インテルに偏っていた戦力が、中位クラスのチームが有力な外国人を何人も取れるようになって、パルマやローマ、ラツィオといったチームにもスクデット獲得のチャンスが広がり、リーグのレベルが上昇したという点では評価する。また有力な外国人選手と争ってレギュラーを獲れれば自信になるはずである。トッティやネスタなどはそうした競争にうち勝ってきた選手だ。
 だが、今大会のアズーリは、以前のように特定のチームの選手と組織を中核にして代表を構成することもできなかった訳であり、そして何より、外国人選手の流入によってイタリア人選手の活躍の場が少なくなっているため、近い将来、メンバー選考に支障を来す事態も考えられるから、今回のイタリアサッカー協会の危機感には共感する。

非EU圏出身者差別するのか
 ただし、今回の外国人規制での「外国人」の定義が、非EU圏出身者のことであり、EU圏出身者は「外国人」にカウントされないというのはいかがなものか。私は、これには納得がいかない。というのも、仮にブラジル人・5人とイタリア人・6人のイレブンは組めなくても、極端な話ドイツ人11人のイレブンならイタリアリーグでは組めるのである。これでは、かつての「鎖国」のような効果は得られないだろう。
 むしろ、ボスマン裁定以前のように非イタリア人に対して制限枠を設けるとした方がはっきりするし、その方が代表にとっても有効だと思う。イタリア人選手の出場機会は確保されるし、またイタリア人の有望株は限られているから、各クラブで長期展望に基づいた育成をしようとするだろう。勿論、突然、明日から外国人出場選手枠は3だ、4だとか言うのは、現状ではどのチームでも酷だから、何年後には実施するから各クラブは準備しておくようにとするのが無難である。
 イタリアサッカー協会もビッグクラブやイタリア政府の思惑、世論の動きといったしがらみに囚われて、苦労しながらも何とか保護政策を実施しようとしたと思うが、EU圏出身者と非出身者を区別(差別)する、この「外国人規制」なら私は評価しない。

TOPBACK