佐伯屋
スペクタクルより勝利が好き
第3回・平成14年5月12日
ミランのストーブリーグを追う

  まず、ミランの今季を振り返ってみよう。シーズン開幕前には、マヌエル・ルイ・コスタ、フィリッポ・インザーギ、ハビ・モレーノ、コスミン・コントラなど有力選手を補強し、ファティフ・テリム監督がスペクタクルな攻撃サッカーを見せるかとの期待もあったが、ルイ・コスタ、F・インザーギと相次ぐ負傷による欠場、ファンタスティックなリーガ・エスパニョーラのリズムに馴れたモレーノとコントラはセリエAの極端な結果主義の息苦しいサッカーに馴染めず苦戦し、テリム監督はスペクタクルを見せる前に更迭された。
  後任のカルロ・アンチェロッティ監督は攻撃的にシフトされたバランスを改善しようとしたが、前任テリムのリクエストによって選手が集められたこともあり、しかも新たに選手を獲得する資金は財政難が伝えられるミランにはなく、思い通りのサッカーを構築できなかった。
  インテル・ミラノ、ASローマ、ユベントスから成る優勝戦線にはリーグ前半戦のうちに置き去りにされた。そして唯一の希望となっていたUEFAカップも準決勝でドイツのボルシア・ドルトムントにアウェーで4−0と守備をボロボロにされ、第2戦のホームでは勝利したものの、初戦のビハインドを挽回できず敗北することとなった。
  ここ数年、チーム状態が良くないながらも、毎シーズン得点王レースに絡み、ミランの希望の星となってきたアンドリー・シェフチェンコもついに脱落した。スペインの雄レアル・マドリーからの巨額オファーの前に集中力を失ったからだと囁く者もいる。

3年連続ベスト8に行っていないという恥さらし状態
  結局、ミランはリーグ最終戦の勝利によってキエーボ・ベローナに競り勝って4位に滑り込み、何とかチャンピオンズリーグ出場権を手に入れた。財政難が伝えられるミランの経営陣はチャンピオンズリーグ放映権料から補強資金を賄えると胸をなで下ろしたかもしれない。だが、シーズン開幕前、スクデットを信じて疑わなかったファンにしてみれば、そんなものは気休めにもなる訳がない!
  だが、そうは言っても冷静に考えれば、補強資金をとりあえず確保できたのは評価しなければならない。過ぎたシーズンのことをクドクド言っていても仕方ないし、ミランにはセリエAでユベントス、インテル、ローマに競り勝ってスクデットを獲らなければならないことは勿論、チャンピオンズリーグでイタリア勢が3年連続ベスト8に行っていないという恥さらし状態をストップさせなければならないという使命もある。だが、それを果たすにはレアル・マドリーやマンチェスター・ユナイテッド、バイエルン・ミュンヘンといった超一流名門チームの戦力に対抗することは勿論、デポルティボ・ラコルーニャやバレンシア、レファークーゼンなどベスト8へ進む力を持つ新興チームを相手に確実に勝てる戦力と組織が必要である。ミランのフロント陣もそれは十分にわかっていて、水面下では、すでに補強の動きは進められている。

ミランの補強ポイントはセンターバックとFW
  『CALCIO2002』5月号によると、ミランの補強ポイントであるセンターバックにはバイエルンのガーナ人DFサミュエル・クフォーとオランダPSVのケヴィン・ホフラン、そしてシェフチェンコが抜けた場合の穴埋め要員としてエルナン・クレスポ(ラツィオ、アルゼンチン代表)、エミリアーノ・ボナッツォーリ(パルマ、イタリア)、フェルナンド・トーレス(アトレティコ・マドリー)などを狙っているという。また『ワールドサッカーダイジェスト』5月31日号によると、パルマのイタリア代表DFファビオ・カンナバーロの獲得をユベントスとミランが争っているようで、ユベントスはカンナバーロ獲得の資金をつくるために、ユベントスの首脳陣からは評価の低いフランス代表DFリリアン・テュラムをミランに売るというプランがあるらしい。
  なるほど、意図はわかる。アレッサンドロ・コスタクルタが36歳、ホセ・アントニオ・チャモが33歳、そしてキャプテンで左サイドバックのパオロ・マルディーニも時折センターバックで起用されており、それも含めるとして、今年6月で34歳。このポジションの世代交代は急務だが、彼ら以降の頼れる人材もいない。よって有能なセンターバックの補強は是が非でも必要なのである。
  またFWもシェフチェンコの穴埋めというよりは、前線でポイントをつくれて空中戦に強い大型FWが欲しいようだ。確かに昨季のシェフチェンコとピッポ・インザーギの2トップは空中戦には勝てず、グラウンダーのパスでなければチャンスにならなかった。特にDFラインを深くしてスペースを消し、守備を固めてくるチームを崩すには、頑強な身体と空中戦に強い選手がいないと苦しい。

ミラン、デンマーク代表FWトマソンを獲得
  ところが、ここに来てミランが、小野伸二が所属していることで一躍有名となったオランダリーグ、フェイエノールト・ロッテルダムのエース、ヤン・ダール・トマソンの獲得を決めたという情報が入ってきた。私にとっては青天の霹靂だった。
  トマソンはトップ下の選手ながら今季のオランダリーグでは17点を挙げたストライカーである。トップ下だけれどもパッサーではない・・・、ストライカーのようでFWではない・・・、それは何かと尋ねたら・・・、所謂「シャドーストライカー」というタイプの選手なのである。トップ下からスタートし、味方センターFWのリターンパスを受けてシュートや前線のスペースへ飛び込んだりといったプレーを得意としている。
  しかし、今のミランの4−3−1−2システムでは彼のポジションは無い。なぜなら、トップ下にはルイ・コスタ、2トップにはシェフチェンコとピッポ・インザーギという不動のトライアングルがあるからだ。今シーズンは怪我もあって3人とも尻窄みに終わったが、本来の力を発揮すればセリエAの看板を背負える選手達である。ということはトマソンはリザーブ要員なのだろうか。
  またトマソンはフェイエノールトではピエール・ファン・ホーイドンク、デンマーク代表ではエッベ・サンドといった、大柄で背後に相手DFのマークを受けていてもビクともせずにポストプレーができるタイプと組むと相性の良かった選手だ。しかしミランのシェフチェンコもインザーギも、そういうタイプの選手ではないし、ベンチにもポストプレーヤーはいない。現在の状態が続くならトマソンの活躍の場は相当限られたものになるはずである。

トマソン獲得はミラン改造計画の第一段
  ミランはシルビオ・ベルルスコーニ会長がイタリアの首相であり、その政治力を国内外に誇示するには大金が必要ということもあって、ポケットマネーをカルチョにつぎ込むことが出来ず、昨年から財政難が伝えられている。だからストーブリーグで高給の割に活躍できなかった主力選手の放出も辞さないようだ。よって、トマソンは現在の主力に変わる新たなレギュラーであり、ミラン改造計画の第一段とも考えられるのだ。そうだとすると、以降の戦力補強のシナリオは二つある。
 
シナリオ@:トマソンはシェフチェンコの代役

  ミランにとって50億円以上の移籍金収入が見込めるレアル・マドリーのシェフチェンコへの巨額オファーは大変美味しい話である。というのも、ミランはディナモ・キエフから獲得する際に、約10億円程度の安い移籍金しか使っていないからだ。しかも、トマソンもまた約10億円程度で獲得でき、残りの額を使ってクフォーやカンナバーロなど有力DFの獲得資金に回せる。
  そしてシステムは4−3−1−2で昨季と変わらず、トマソンはシェフチェンコの代役として、インザーギと2トップを組む。といっても、インザーギと横一線に並ぶのではなく、少し下がり目の位置で、しかしルイ・コスタよりは少し前という所謂1.5列目に配置されるはずだ。
  これはシェフチェンコ移籍を念頭に置いた極めて現実的なシナリオである。ただ懸念があるとすれば、パワフルなポストプレイヤーのパートナーなしでトマソンの持ち味が発揮できるか、トマソンとルイ・コスタのプレーエリアが重なって互いを相殺してしまわないか、その辺が未知数なことである。

ミラン02−03予想布陣@

         ●
      インザーギ       ●
                  トマソン
              ●
           ルイ・コスタ

 ●
セルジーニョ             ●
                  ガットゥーゾ
          ●
       アンブロジーニ

   ●                     ●
 マルディーニ            ヘルベッグ

         ●         ●
        新戦力     ラウルセン

               ●
           アッビアーティ

シナリオA:シェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタの放出

  アンチェロッティ監督はかねてからスペインやオランダリーグなどで多用されている4−2−3−1システムをやりたがっていた。しかしユベントス時代はアレッサンドロ・デル・ピエロが左サイドに回されることを嫌ったため陽の目を見ず、ミランでもシェフチェンコとインザーギの2トップが絶対的な存在で、しかも彼らはサイドのポジションをこなす柔軟性が無いということでレギュラーシステムとして採用するには至っていない。ところが彼らのうち1人でも故障で欠場すると、ハビ・モレーノという控えFWがいるにも関わらず、1トップに変更していた。このことは『ワールドサッカーダイジェスト』2002年2月7日号の『カルロ・アンチェロッティのS級カルチョ講座』に詳しい。
  もしアンチェロッティが来季、4−2−3−1の導入を考えているとすれば、シェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタの3人全員を放出するという大改造もあり得るのではないのだろうか。可能性は無きにあらずだ。先にも言ったようにミランは財政難であり、怪我はあったが戦前の期待の大きさを考えれば、彼らこそ今季のスクデットを逃した戦犯として責められても仕方がないものがあり、彼らは高給取りなだけに、それに見合った働きをしていないと判断されるかもしれない。
  そして、その移籍金を使ってクレスポのような強力な大型FWと右のサイドアタッカーを獲得するのである。フェイエノールトやデンマーク代表と共通点の多いこのシステムなら、トマソンもその能力を如何なく発揮できるはずだ。
 
ミラン02−03予想布陣その2

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            新戦力

             
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 セルジーニョ   トマソン      新戦力


         ●       ●
     アンブロジーニ  ガットゥーゾ

   ●                     ●
 マルディーニ            ヘルベッグ

         ●       ●
       新戦力    ラウルセン

             ●
          アッビアーティ


 
現段階で考えられるシナリオを二つ提示してみたが、果たしてどうなることやら。ミランのストーブリーグは今後も注目していきたい。

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