佐伯屋
スペクタクルより勝利が好き
第11回平成14年10月25日
【贅沢?】猛きビッグクラブの監督の悩み

 貧乏クラブの監督の悩みはつきない。昨シーズン活躍した選手はビッグクラブに引き抜かれる。フロントが代わりに連れてきた選手がチームにフィットすればいいが、そうでなくても会長が大枚を払ったのだから、スポンサーの肝いりだから「使え!」と言う。レベルの低い選手でもチームをうまくまとめるのは監督の仕事とはいえ、ビッグクラブとの選手の力量や選手層の厚さの差は如何ともし難い。それでもクラブの会長は「結果を出せ!」と言う・・・。各国の貧乏クラブの監督は大抵こうした悩みを抱えているものだ。
 一方、裕福なビッグクラブもまた、悩みはつきない。分厚い選手層が、常に選手の実力を取るのか、それともチームの和を取るのかという難問を突き付けてくる。今回は、そんなビッグクラブの監督の贅沢な悩みを紹介していきたい。

ACミラン、シェフチェンコ問題
 今季、セリエAで3勝1分で2位(10月20日現在)、チャンピオンズリーグではバイエルンやデポルティボといった強豪と同じグループに入りながらも無敗の1位と好調な滑り出しを見せているACミランだが、シーズン開幕当初から潜在的な「悩み」を抱えている。それは周知の通り、現在は怪我で欠場しているアンドリー・シェフチェンコが復帰してきた時、どういう布陣になるのかという「シェフチェンコ問題」である。シェフチェンコは言わずと知れたミランのエースである。ここ数年、不振のミランでも彼だけはコンスタントに得点を上げ続けてきた実績がある。ところがシェフチェンコ不在のミランは、堅守と速攻が尊ばれるセリエAにおいて、中盤でのボール・ポゼッションを重視するサッカーで、イタリアに革命を起こしつつある。
 その立役者は前線のトライアングルの存在である。FWのフィリッポ・インザーギは、セリエAでは4試合6ゴール、チャンピオンズリーグでも3試合8ゴールと凄まじいまでの得点感覚を見せており、まさに「ペナルティエリアの鬼」である。なぜインザーギの得点が爆発的に増えたのか。その理由はトップ下のルイ・コスタが構成する中盤から好パスが数多く配給されるからだ。そしてリバウド。アンチェロッティ監督に攻撃サッカーへの転換を決断させた世界屈指のテクニシャンである。セリエAでもチャンピオンズリーグでもまだ本領発揮とまではいかないが、その存在だけで相手を震え上がらせている。この3人のトライアングルは今のところ大変うまく機能している。

決断の時が刻一刻と迫ってきている
 しかし、もし復帰したシェフチェンコをレギュラーに加えるとなると、彼らのうち誰か一人を外さなければならない。これは難問である。シェフチェンコ、インザーギ、ルイ・コスタ、リバウド、彼ら全員、国際舞台での実績豊富な「名優」である。怪我でもないのにベンチに座らされることに耐えられる訳がない。また、彼ら以外の中盤やDF陣から一人外し、システムを変更するという「逃げ」の決断はアンチェロッティ監督にはできない。なぜなら、今季のミランは、中盤の底にいるプレーメーカー、アンドレア・ピルロの両脇を固めるクラレンス・セードルフとジェンナーロ・ガットゥーゾの豊富な運動量、そしてアレッサンドロ・ネスタが統率する4バックによって微妙な攻守のバランスが保たれているからだ。だから、これはあくまで今の前線のトライアングルから誰か一人を外すか、シェフチェンコをベンチに座らせるかという問題である。シェフチェンコの復帰の日は近く、アンチェロッティ監督には決断の時が刻一刻と迫ってきている。
 ただし、決断の回答は先延ばしになるかもしれない。というのも、インザーギは故障を抱えながらプレーしており、リバウドも前所属のFCバルセロナの頃から膝に痛み止めを打ちながらピッチに立っている状態なのだというからだ。だから当面は「怪我の療養」という言い訳が使える。だが、長い目で見れば、問題が先送りされるだけであり、何の解決策にもならない。そう遠くない将来、アンチェロッティ監督は胃に穴が空くような苦渋の選択を迫られるはずである。

インテル・ミラノ、カンナバーロ問題
 ミランとは対照的に同都市のライバル、インテルの悩みはすでに顕在化している。それは「カンナバーロ問題」に他ならない。昨季、インテルのレギュラー・センターバックであるイバン・コルドバやマルコ・マテラッツィらが故障欠場したとき、インテルDF陣は層の薄さが露呈してしまった。これに対しインテルのマッシモ・モラッティ会長が今季の開幕前に出した答えは、パルマのイタリア代表DFファビオ・カンナバーロの獲得だった。しかも、ミラン行きが決定的と言われていた中で土壇場での大逆転だった。だが今になってみれば、「DF陣の層の薄さ」の解決という問題の解答にしては、いささか大袈裟すぎたと言わざるを得ない。
 というのも、インテルのエクトル・クーペル監督は、この世界屈指のセンターバックを持て余しているからだ。クーペル監督にとってDFのファーストチョイスは、相手のスピードに対して抜群の対応力を持つコルドバである。ミランのインザーギ、ローマのビンチェンツォ・モンテーラ、パルマのアドリアン・ムトゥ、ユベントスのマルコ・ディ・バイオなどセリエAにはスピードに優れたFWが多いだけに、コルドバのような存在はどの監督にとっても頼もしいだろう。またコルドバが持っていない高さへの対応や前線へのフィードといった部分は長身DFのマテラッツィが補う。マテラッツィは190センチ台の身長だけでなく、ペルージャ時代はセットプレーのキッカーを務めていたように右足の正確なキックも侮れない。この二人がセンターバックを務める4バックは昨季の時点でほぼ完成していた。しかし、このコンビにカンナバーロが割り込んできたのだ。

クーペル監督の苦肉の策
 カンナバーロはモラッティ会長が苦労して手に入れた選手であり、なおかつイタリア全土が支持するアズーリのキャプテンである。彼をベンチに座らせることは彼自身のプライドを傷つけることは勿論、インテルのフロントとイタリア全土を敵に回すことになりかねない。つまり、カンナバーロを使うことはクーペル監督にとって決定事項なのである。
 しかし、カンナバーロをセンターバックで起用しようと思えば、コルドバとマテラッツィのコンビを崩さなければならない。だが、コルドバはインテルDF陣にとって今や不可欠な存在であり、かと言ってマテラッツィも、コルドバやカンナバーロにはないリベロ的働きのできる貴重な選手である。今のインテルではカンナバーロをレギュラーのセンターバックとしては使いようがないのが現状なのだ。
 そこで、クーペル監督は苦肉の策にでている。カンナバーロの右サイドバック起用、3バックへの変更がそれだ。だが前者は、縦に長い距離を走る走力に欠けるカンナバーロにとっては不向きで、このポジションでは実績に見合ったパフォーマンスを発揮していない。また後者はカンナバーロ、コルドバ、マテラッツィがそれぞれ得意なポジションで同時起用できるからDF陣の悩みは解消されるが、すでに完成しているインテルの4−4−2システム全体をいじらなければならないという新たな悩みを発生させる。クーペル監督は昨季、完成した堅実な組織ディフェンスをベースに、今季はバレンシア時代に見せたような組織オフェンスを構築したいところだったが、カンナバーロの加入によって、チームコンセプトを1から変更せざるを得ず、その目論見は阻まれた。

マンチェスター・ユナイテッド、ベーロン問題
  ところ変わって、イングランド・プレミアリーグ。ここにもまた悩みを抱える猛きビッグクラブの監督がいる。それは、マンチェスター・ユナイテッドのアレックス・ファーガソン監督だ。彼の悩みは昨シーズンから続くアルゼンチン代表MF、ファン・ベーロンの起用問題である。昨季の開幕前、ベーロンはユナイテッドをプレミアとチャンピオンの2つのリーグの頂点に導く存在として期待されていた。しかしフタを空けてみれば、ベーロンはチームに馴染めず評価は下落し、チームもまた一つのタイトルも奪えず仕舞いだった。無冠の戦犯をベーロン一人に押し付けるのは難があるが、彼の加入がユナイテッドの攻撃を機能不全にしていたのは確かである。一体何がいけなかったのか。
  それはベーロンのプレースタイルがディビッド・ベッカムと、プレーエリアがポール・スコールズと被ってしまったことである。ユナイテッドの攻撃の特徴は右サイドハーフのディビッド・ベッカムの自由な動きに周囲も連動することである。例えば、ベッカムが右サイドでボールを持てば、2トップは当然アーリークロスが放り込まれてくるものと予測してマークを外す動きをし、更にはFWが競ったこぼれ球をモノにせんと、左サイドのライアン・ギッグスやセンターハーフのスコールズが適切なポジショニングで待ち構えている。こうしたユナイテッドの2000−01年頃の攻撃はまさに機械だった。

ファーガソン監督の誤算
  ところが、ベーロンはベッカムのようにフリーランスな「指令塔」を任された時に持ち味を発揮する選手だ。前所属のラツィオやアルゼンチン代表でもピッチを自由に動き、正確かつ速いロングパスで前線を操った。だがユナイテッドはベッカム中心のチームだから、彼の欠場でもないかぎり「指令塔」の役目はやらせてもらえず、歯車の一つにならなければならない。ファーガソン監督はそうしたベーロンのプレースタイルとチームコンセプトのミスマッチは折り込み済みで、ベーロンを起用した。これまでの2トップをやめ、1トップとベーロンのトップ下に変更してまで。ベッカムが抑えられたときの「指令塔」かつ、シャドーストライカーとしてのプレーを期待して。
  しかし、ファーガソン監督にとって誤算だったのがベーロンの得点力だった。ベーロンは同じトップ下でもヤン・ダール・トマソンのようなスピードやフランチェスコ・トッティのような得点感覚は持ち合わせていなかった。だから昨シーズンは、1トップのルート・ファン・ニステルローイが抑えられた場合、ユナイテッドの得点力は激減してしまったのだ。更に悪いことに、トップ下に居座るベーロンと、後方からトップ下のポジションを目掛けて走り込んでくるスコールズのプレーエリアがバッティングしてしまった。持ち味が消されてたスコールズは不満を露わにした。この結果を受け、ファーガソン監督は、ベーロンの代わりにFWのオレ・グンナー・スールシャールを入れた2トップに変更した。すると、チームは再び機能し始めたのである。
  アルゼンチン代表の実力者ベーロンは、今季もまた確固たるレギュラーとは言えない状態にあり、本人も現状には満足していない。懸命なファーガソン監督のこと、ベーロンという時限爆弾が炸裂する前に、トレードという除去作業に取りかかるだろう。

レアル・マドリー、ロナウド問題
  ヨーロッパ王者、レアル・マドリーの資金は底無しなのか。一昨季は日本円で約60億円でルイス・フィーゴ、昨季は約88億円でジネディーヌ・ジダンを獲得した。関連施設をいくつか売却したことによる資金やスタープレイヤーを揃えていることによる莫大なグッズ収入があるとはいえ、経営は大丈夫なのかと心配になる。だが、フィーゴ、ジダンの両者ともレギュラーを獲得し、ビッグイヤーに導いただけに、ペレス会長やホルヘ・バルダーノGMといったフロント陣の眼力も評価しなければならない。大物補強で失敗したチームなど数知れないからだ。
  そして今季、開幕前にはインテルから約54億円でブラジル代表のエースで、2002年W杯得点王ロナウドを獲得するという離れ業をやってのけた。これで「スーパースター軍団」の異名を盤石のものとしたのだが、ビセンテ・デル・ボスケ監督にとっては難問を押し付けられた格好になってしまった。
  バルセロナ時代とインテルでの1シーズン目の、いわば膝の大怪我をする前のロナウドであれば誰も文句はない。まさにスーパースターだった。クリスティアン・ビエリのフィジカルとマイケル・オーウェンのスピードを兼ね備え、ボールを受けて前を向くと圧倒的なダッシュ力でDFをブチ抜き、正確なフィニッシュでゴールを陥れるプレーで、DF皆が恐怖した。あの頃のロナウドなら、誰でも脱帽するだけである。しかし、今のロナウドは良いFWのレベルである。その証拠に、2002年W杯では狡猾さは増していたが、かつてのようなスピードは取り戻せていなかった。しかも、今後も取り戻せるかはわからない。

ロナウドを取り巻くブラックな人々
  「良いFW」ならレアルには、すでにフェルナンド・モリエンテスがいる。空中戦とポストプレーに長け、レアルのエース、ラウール・ゴンザレスと抜群のコンビネーションを誇り、毎シーズン、コンスタントに活躍してきた。しかし、ロナウド加入でレギュラーから弾かれるのは、モリエンテスに違いない。
  モリエンテス以上の活躍を早速求められるロナウドだが、かつてのようなスーパープレーで周囲を黙らせる力は最早無い。だから、とにかく泥臭くともゴールを奪い続けるしか存在意義を証明できないのだ。しかし問題なのは、ロナウドは開幕前の加入で合流が遅れたためチーム・キャンプに参加しておらず、コンディションや周囲との連係面で不安があることだ。この点でモリエンテス他のFWから遅れを取っていることは否めない。コンディション面でも、写真で見るとロナウドの今の体型は体重オーバーの感がある。
 そして、もう一つ不安なのはロナウドの取り巻き達の存在である。98W杯決勝で体調不良にもかかわらず強行出場の背景には某大企業の圧力が噂された。また、数年間の故障欠場の間も高給を支払い続けたインテルのモラッティ会長の恩を裏切る形で今回の移籍が成立したのも、彼の代理人の存在が大きく、人々にロナウド所属先は金に汚いハイエナのような代理人達の意思で決まるのかのごとき印象を与えた。ロナウドは2002年W杯の活躍で再び市場での価値を取り戻しただけに、再び、こうしたブラックな人達がロナウドで一儲けせんと寄ってくるはずである。つまり、選手の実力以外の部分でレギュラーが決まり、チームに混乱を招きやしないかということである。もしデル・ボスケ監督が圧力に屈し、結果の出ないロナウドを使い続けることがあれば、モリエンテス以下の控えFW陣は当然、不満を募らせるだろう。
 国際舞台での実績と抜群の決定力を持つロナウドを取るのか、レアルでの実績とラウールとのコンビネーションの良いモリエンテスを取るのか。そしてロナウドを取り巻くブラックな人々といかに付き合うか。デル・ボスケ監督は難問を背負い込むことになってしまったのである。

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