佐伯屋
スペクタクルより勝利が好き
第12回:平成14年11月14日
ミランの冬の移籍市場を追う@

開幕前は補強の資金をケチったくせに
  1月の移籍市場再開に向けてセリエAの各チームは、開幕後に露呈した弱点を補強せんと水面下ではすでに交渉を始めている。下位チームは1月移籍にチームの浮上を願って、上位チームは更なる高みを目指し・・・。
  開幕前は補強の資金をケチったくせに、低迷して降格の危機に陥った途端、焦って中間補強に頼るなど本末転倒にも思える。確かにその通りなのだが、中間補強にもまた美味しい点はあるのだ。上位チームにとっては、当初は無名ながらも開幕後、下位チームでブレイクした選手を引き抜けば、戦力補強だけでなく、そのチームの戦力を削ぎ落とすこともできる訳である。例えば、99−2000年にプロビンチア(地方弱小チーム)のペルージャからビッグクラブのASローマに引き抜かれた中田英がそうだ。この移籍によってローマは、優勝戦線で戦い続けられる分厚い選手層を得て、翌シーズンのスクデットに繋がった。一方、中田英を失ったペルージャは大金こそ得たが、この年はセリエB降格を争うチームの一つに落ちてしまった。
  逆に下位チームにとってはビッグクラブで控えに甘んじている選手をレンタルでも獲得できるチャンスである。98−99年のベネチアは、当時インテル・ミラノで控えだったウルグアイ代表のファンタジスタ、アルバロ・レコバをレンタルしてもらった。すると、抜群のスピードとテクニックを誇るレコバの大活躍で、「セリエB降格を争うチームのうちの一つ」から早々に抜け出したのだった。
  こうした成功の可能性もあるのだから、降格回避あるいは優勝という夢の実現と、シーズン終了後の赤字を秤にかけながら、各チームは冬の移籍市場に参入していくのである。

オッド獲得でサイド攻撃のパターンをつくる
  さて表題のように、ミランの冬の移籍の噂を分析していこう。開幕前にリバウド、アレッサンドロ・ネスタといったスーパースターを獲得し、中盤でのボール・ポゼッションを重視した攻撃サッカーでセリエAに革命を起こしつつある、今季の成功チームの一つであるミランとて、この冬を安穏と過ごすことはない。当然、ミランのフロント陣はすでに水面下では交渉を進めている。 スポーツ総合情報サイト『スポーツスペース』の2002年11月13日水曜日付けの記事によれば、ミランは、今季エラス・ベローナからラツィオに移籍した右サイドバックのマッシモ・オッド、同じくラツィオから元オランダ代表のセンターバック、ヤープ・スタムを狙っているという。
  なるほど意図は分かる。ミランの右サイドには攻撃的な選手がいない。右サイドハーフのジェンナーロ・ガットゥーゾは「イタリアのダービッツ」と言われるように豊富な活動量とハードなマークがウリの選手だが、その反面、攻撃での貢献とくにクロスボールの精度に難があった。もっとも、ガットゥーゾにはアンチェロッティ監督も守備面での役割を期待しているのだが。また、その後方で構える右サイドバックのシミッチも基本的には守備的な選手だ。今季のミランは中央突破が多いと言われるが、それは煌びやかな技術を持ったタレントが揃うセンターに比べ、サイドには攻撃的な選手を置いていないことも、その理由の一つである。今後、ミランの対戦相手はディフェンスの中央部を固めてくることが予想されるだけに、オッドのようなサイドを切り崩せる俊足のサイドバックはほしいところである。
  ただし、オッドはベローナでは3−4−3の右サイドハーフ(ウイングバック)を務めていたが、4−4−2を敷くラツィオでは右サイドバックとしての守備力に難があるとしてレギュラーを掴めなかった。セリエAのサイドバックは大抵の場合、攻撃よりもまず守備ありきなのである。勿論ミランとラツィオではコンセプトが違うが、オッドはレギュラーというよりは、状況が膠着した時の攻撃のパターンを増やすオプションとして投入されるだろう。

シェフチェンコは一人蚊帳の外
  一方、スキンヘッドのイカツイ風貌で相手を威圧し、空中戦で圧倒的な強さを見せるスタムは、選手層の薄いセンターバックの穴埋め要員として貴重な戦力になるはずである。今のミランには、ネスタ、パオロ・マルディーニに続く信頼できるセンターバックがいない。ブラジル代表のロッキ・ジュニオール、デンマーク代表のマルティン・ラウルセンらがベンチにはいるが、高い身体能力という魅力はあるが両者共にポカが多く、アンチェロッティ監督には信頼されていないのが現状である。その証拠に今季10節のパルマ戦でネスタ故障交代後、代役に抜擢されたのが、開幕前に一度は放出が決定していながらも急遽呼び戻された36歳のアレッサンドロ・コスタクルタだったことを考えれば一目瞭然である。しかし、コスタクルタの経験はともかく身体能力の面では、強力なFWがいる相手だと不安は拭えない。
  またスタムをセンターバックのレギュラーにし、マルディーニをかつての戦場である左サイドバックに移せば、確たるバックアップのいない左サイドバックのカクハ・カラーゼを休ませることができる。
  ネスタが決して故障に強い選手とは言えず、マルディーニは34歳でセリエAとチャンピオンズリーグという長丁場を戦いきる体力には疑問符が付くだけに、第3のセンターバックの確保は、2冠を視野に入れるなら急務である。
 一方、ミランのフロント陣は現有戦力の整理も冬の移籍市場で行うようだ。ミランの放出リストの中には、何とアンドリー・シェフチェンコの名前もあるという。序盤戦を故障で出遅れている間に、フィリッポ・インザーギ、リバウド、ルイ・コスタのトライアングルが猛威を振るい、ヤン・ダール・トマソンもゴールこそ少ないが堅実なポストプレーとボールキープでアンチェロッティ監督の信頼を得た。一方、シェフチェンコは最近出場した試合でも、その個人技はともかく、他選手とコンビネーションが合っているとは言えなかった。チームの快進撃とは裏腹に一人蚊帳の外に置かれているのである。しかし、コンビネーションの面は時間が解決するはずであり、過去の実績や26歳という若さを考えれば、放出という決断はいささか性急すぎるように思う。

ミランは最高のサイドアタックも手に入れる
  そう思っていたところ、仰天の情報が飛び込んできた。何とシェフチェンコとレアル・マドリーのポルトガル代表MFルイス・フィーゴの交換トレードの計画があるというのだ。情報の発信元はイタリアを代表するスポーツ紙『ガゼッタ・デロ・スポルト』で、ここから日本では『サンケイ・スポーツ』などで伝えられた。このトレードが実現すれば、ミランは最高のサイドアタックも手に入れることになる。コンビネーション面でもすでに問題ない。ルイ・コスタとはポルトガル・ユース時代から僚友であり、リバウドとはバルセロナで共にプレーしていたのだから。
  まだ噂の段階なのは百も承知だが、このトレード後の青写真をあえて描いてみよう。おそらく、アンチェロッティ監督はシステムをかねてからの希望だった4−2−3−1に移行するはずだ。2トップに囚われていたのはインザーギとシェフチェンコの二人がいたからだが、この移籍で障害はついに無くなるのである。GKと4バックはこれまで通りで、「2」にはクラレンス・セードルフを軸に、攻撃的にいくならピルロ、守備重視ならガットゥーゾを試合展開や対戦相手によって選ぶ。「3」には右からフィーゴ、リバウド、ルイ・コスタ。そして「1」には当然インザーギだ。これまでのように中盤での圧倒的なボールキープ力を生かした破壊力抜群の中央攻撃に加え、フィーゴの右サイドからの突破が攻撃にアクセントを付けるという場面が今からでも目に浮かぶ。

図A:10節、パルマ戦のミラン先発メンバー  図B:冬の移籍市場後のミラン予想布陣

       ●         ●
     リバウド    インザーギ

            ●
          ルイ・コスタ

    ●               ●
 セードルフ        アンブロジーニ

            ●
           ピルロ

  ●                  ●
 カラーゼ             シミッチ

       ●        ●
    マルディーニ   ネスタ

            ●
          ディーダ


             ●
          インザーギ


   ●         ●        ●
 ルイ・コスタ   リバウド    フィーゴ


       ●         ●
    セードルフ    ガットゥーゾ

  ●                   ●
 マルディーニ            オッド

       ●         ●
      スタム      ネスタ

            ●
          ディーダ

レアル側が越えるべき二つのハードル
  しかし、ミランの更なる甘美なサッカーへの夢をかき消すようで悪いのだが、このトレードが実現する可能性は低いと思う。いくらラウール・ゴンザレスが今季はコンディションが整わず、ロナウドもまだベスト体重ではないから、頼りになるFWが必要だとはいえ、今のレアルには他にもモリエンテスやグティ、ポルティージョなど、すでにスペイン代表クラスの実力者が名を連ねているのだ。これにシェフチェンコを加えれば、FWは明らかに人材過多である。
  しかもフィーゴ放出となれば、右のサイドアタッカーの後釜をどうするのかという問題がある。この位置には元イングランド代表のMFスティーブ・マクマナマンが控えているが、前任者と比較すればやはり実力は一段落ちる。だから、今の水準を保つならフィーゴと同レベルの選手が必要である。そこでレアルには、スペイン代表でベティス所属の右ウインガー、ホアキンを狙っているという噂がある。ホアキンは快足を特徴とするドリブラーで、現時点ではまだフィーゴより力量の点で落ちるが、21歳という年齢を考えれば、まだまだ将来は計り知れない。だが、ベティスも今季は好調を維持しており、ホアキンはその立役者である。だから、レアルの資金力をもってしても簡単には獲得できないはずである。
  ミランとは違い、レアル側はFWの人員整理と、ホアキンもしくは今のフィーゴと同レベルの実力を持つ右のサイドアタッカーの獲得というハードルを越えない限りは、シェフチェンコとフィーゴのトレードはありえないのである。
  このように、今後も筆者は冬の移籍情報をチーム戦略という観点から分析していきたい。

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