第1回・平成13年11月25日
イタリアとスペイン、両サッカー大国比較

私が普段愛読している『ワールドサッカーダイジェスト』(以下『WSD』)のヘスス・スアレス氏のコラムが同誌ホームページの掲示板で大きな話題になっている。ご存知でない読者のためにヘスス・スアレスとは何者かを『WSD』に掲載されている著者プロフィールを参考に紹介しよう。スアレス氏はスペインの地方リーグのサッカー選手、監督の経歴を持つサッカージャーナリストで、『WSD』の1998年4月号(当時は月刊)から白黒ページコラム欄のスペイン担当として現在に至っている。彼の文章の特徴としては、確立された自己のサッカー観(その中身については以下を参照されたい)に基づく、歯に衣着せない、好き嫌い賛否両論のはっきり分かれるタイプのものである。
さて、今回話題になっているのは今月発売の2001年12月6日号の同コラム、タイトルは「キエーボはイタリア凋落の象徴だ」である。内容を一部引用して紹介すると、スアレス氏はサンチャゴ・ベルナベウでの10月24日のチャンピオンズ・リーグのレアル・マドリー(スペイン)対ASローマ(イタリア)戦での、ファビオ・カペッロ監督率いるローマの戦い方を「カペッロのサッカーは何のことはない、相手にボールを持たせて自陣に“引きこもり”そこから一気のカウンターでボールを奪って、あとは守りきるといったものだ。こんなサッカーを評価する者が、ローマ・ファン以外にもいるのだから、信じられない。人海戦術で守備を固め、攻撃は前線のタレントに頼るだけの采配の、いったいどこにインスピレーションを感じればいいのか。」と斬って捨てている。更に後段ではとセリエA、イタリア・サッカー批判にも及ぶ。例えば今季のセリエAでトップを走っているキエーボ・ベローナはスアレス氏のイタリア・サッカー批判の武器に利用され「技術を無視し、相手を潰すフィジカル面にばかり重点を置いたリーグだからこそ、キエーボのようなスモールクラブでも、まとまりがあってマッチョなら、ある程度闘えてしまうだけなのだ。」とこき下ろされている。

こうした一方的な非難の書き方に違和感を示す方は多いとは思うが、私はもっと激しい論戦、時には品性下劣な非難の応酬が繰り広げられているオピニオン雑誌の類を読み漁っているためか、別段、驚きはない。また同誌ホームページ掲示板では、国によってサッカー観やスタイル、国民性が違うのだから、それはそれで別に構わないじゃないかという意見が多かった。私もそれは常識的で正論だと思う。
しかし私はあえて反論したい。「フィジカル信仰」「アスレチックであるが凡庸で退屈。そしてイマジネーションの欠落・・・。」といったスアレス氏のセリエAの現状分析は的を射ているし反論はない。ただしイタリアサッカー批判の始まる冒頭の「わたしは、イタリア・サッカーにかつての隆盛がふたたび訪れることはあり得ない、と考えている。」という箇所に関しては首を傾げるし、その箇所に反論することによってスペイン・サッカーの現実を直視することにもつながると考えている。

最近ではスペイン勢の優勢が続いているが、クラブチームのヨーロッパのカップ戦での過去の実績はトータルで見ればほぼ互角である。しかし問題は、にもかかわらず代表での実績はあれほどまで大きく水を開けられているのかということである。私はこの答えをリーガエスパニョーラとセリエAの戦う上でのメンタリティー(サッカー観、サッカー哲学)の違いに求めたい。スペイン、イタリア両国とも代表チームは、前者ならジョゼップ・グァルディオラ(ブレッシア)やガイスカ・メンディエタ(ラツィオ)、後者ならフランチェスコ・ココ(バルセロナ)など数少ない例を除き、それぞれの自国リーグが代表選手供給源であり、代表チーム強化の大部分を自国リーグに依存しているという点で共通している。そのため自国リーグのメンタリティーがそのまま代表に反映されるはずである。
両リーグの違いと言ったとき、スペインは攻撃重視でイタリアは守備重視といったイメージを浮かべるが曖昧であり厳密ではない。だから、もっと具体的な「違い」を提示すると、優勝するにおいて何敗できるかの差である。過去6シーズンの両リーグの優勝チームの勝敗データと試合数の違いから公平を期するために「負率」も掲載する。(少数点第3位以下は切り捨て)
95−96
ミラン:21勝10分3敗 負率0.08
アトレティコ:26勝9分7敗 負率0.16
96−97
ユベントス:17勝4分3敗 負率0.08
レアル:27勝11分4敗 負率0.09
97−98
ユベントス:21勝11分2敗 負率0.05
バルセロナ:23勝5分10敗 負率0.26
98−99
ミラン:20勝10分4敗 負率0.11
バルセロナ:24勝7分7敗 負率0.18
99ー2000
ラツィオ:21勝9分4敗 負率0.11
デポルティボ:21勝6分11敗 負率0.28
2000ー01
ローマ:22勝9分3敗 負率0.08
レアル:24勝8分6敗 負率0.15
セリエA優勝ライン平均:3敗 負率0.08
リーガエスパニョーラ優勝ライン平均:7敗 負率0.18

このデータによってわかることは、優勝するためのやり直しのチャンスがどれだけ与えられているかということだ。イタリアリーグはやり直せるチャンスは本当に限られている。最近、ミランのファティフ・テリム監督が4勝2分2敗で5位というスペインリーグ的視点だけでなく世界標準的視点から言ってもまずまずの成績なのに解任されたのは、セリエAの優勝ラインが3敗、多くても4敗というところにあるからだ。この序盤戦の2敗は優勝するには命取りとなってしまう。故にセリエAのスクデットを視野に入れるビッグクラブの監督は負けないサッカーをしなければならないのは必然であり、負けないサッカーをするには、ヘスス・スアレス氏が毛嫌いするフィジカルを鍛えて相手のスペースを消しディフェンスを安定させるサッカーが結果を出すには手っ取り早いということになる。つまりセリエAはリーグ戦というより、1試合1試合を確実にものにしていかなければならないトーナメント戦に近いメンタリティーで戦わなければならないのである。
逆にスペインリーグは試合数が多くて優勝ラインもセリエAより緩いからやり直しのチャンスは多い。勝利を義務づけられているビッグクラブでもかつてバルセロナのファン・ハール監督がしたような「2バック」といった大胆な試み(さすがに不評だったが)も出来る。
またチャンピオンズリーグ(それ以前はチャンピオンズ・カップ)でスペイン勢が好調でイタリア勢が不調なのも、イタリア勢が目先の結果に怯え自陣に縮こまってしまいロクに攻撃が出来ず、選手のネームバリューや実績から言って格下相手でも得点力不足で苦戦する一方、スペイン勢はスペインリーグのメンタリティーそのままに1戦目で負けても2戦目があるさと、伸び伸びとしたサッカーができるからではないのだろうか。無論チャンピオンズリーグは強豪ばかりが集まる厳しいリーグであるが、1次・2次リーグとも6試合あり、決勝トーナメントもファイナル以外はホーム・アンド・アウェーだから挽回の可能性が残されている点で純粋な一発勝負のトーナメントよりは気楽に望める。 チャンピオンズリーグではスアレス氏の言うようにフィジカルトレーニングで他国に大差をつけられなくなった今、イタリア・セリエAの隆盛は当分来ないかもしれない。

ただし代表チームとなれば話は別である。ここからがスアレス・コラムへの反論の骨子だ。はっきり言おう。代表におけるイタリアサッカーの隆盛は続くがスペインサッカーにはまだ来るまい。
近年スペイン代表は待望のゴールゲッターをやっとの思いで手に入れた。ラウール・ゴンザレス。彼の登場で90年代のスペイン代表の悩みだった決定力不足は解消され、レアルやバルセロナといったスペインが世界に誇るクラブチームと同等の高みまで代表でも辿り着くはずだった。ところが98フランス・ワールドカップ、2000オランダ・ヨーロッパ選手権の両ビッグマッチでは、戦前は「無敵艦隊」と賞賛され優勝候補の一角に挙げられていたものの期待を大きく裏切った。98年は「グァルディオラの不在」「スビサレータの凡ミス」「クレメンテ監督の守備偏重采配」2000年は「バレロンとフランの不調」「カマーチョ監督がモリエンテスを外したから」といったことが敗戦要因として挙げられていたが、それらはあくまで表面的な事象にすぎない。過去に不利な条件に陥ろうともビッグマッチで勝ってきたチームはいくらでもある。私が挙げるスペインの敗戦の本質的要因は先に書いたスペインリーグのメンタリティーにある。
ワールドカップにしろヨーロッパ選手権にしろ、本戦の予選リーグは試合数も3試合と少ないから1敗が即命取りになる。そして決勝トーナメントは一発勝負だ。明らかに先に書いたリーガエスパニョーラのメンタリティーとは相反するものであり、スペイン代表がこうしたビッグマッチを戦う上でのメンタリティーへの適応が難しく戸惑ってもおかしくない。一方セリエAのメンタリティーはビッグマッチのメンタリティーに近く、日々のゲームでその雰囲気に揉まれているのだから適応しやすい。彼らの土壇場の勝負強さはセリエAの極端な結果主義が育んだものである。
スアレス氏よ。チャンピオンズリーグの勝利とワールドカップでの勝利、どちらを取る?

