平成15年5月25日:第1回
佐々木秀太は大学生である。21歳である。平凡な平凡な大学生である。彼女もいなければ、就職の内定もない大学生である。ただし、少しばかりの貯金と単位、そして体重はあった。
ここは京都にある、伝統ある、由緒正しい仏教系の大学。しかし今や新旧の建物の混在する三流大学。仏教系とはいえ、学生は坊主頭の坊さん予備軍ばかりではない。むしろ、そういう学生はいない。ほとんどが髪を茶色に染めた坊ちゃん、嬢ちゃん。つまり卒業後の進路にもがく者達、フリーター予備軍。ちらほらいる髪が黒いのは就職活動中の者達。
そうした学生達のごった煮とも言える昼間昼休みの大学食堂で、私は親友の伊上道雄を待っていた。
伊上は私よりも4歳上の真宗のお寺の跡取息子だ。入学後約3年半で必ずしも優秀ではないけれども、スムーズに単位を揃えた私とは違い、2年間の浪人生活に加え、約5年半をここで過ごす、いわば堕落した修行僧である。今季になって学年が追いついてしまったのだ。とはいえ、将来は約束されている。就職活動で苦戦を強いられる私にとっては、大学で数少ない親友とはいえ、内心、時々羨ましく、時々苦々しく、不条理を感じていた
そんな伊上が、何やら携帯電話のボタンを右手に持って熱心に叩きながら、この大食堂のガラス戸を押して入ってきた。伊上は、薄緑色のトレイに日替わり定食の皿を載せ、人込みで狭くなった通路を通り辛そうに抜け、私の待つテーブルに座り、その場を取り繕った。
「すまん、すまん、賀来先生の授業がなかなか終わってくれへんかってん。ところで、パルマの中田はどうなん?3トップの右をやらされてるけど・・・」
二人の間の話題は多くの場合、サッカーだ。私は本格的なサッカー経験はないものの、『週刊サッカーダイジェスト』や『ワールドサッカーダイジェスト』『カルチョ2002』といった専門誌を中学から読みこなしている分、選手の情報やエピソードについては自他共に認める博識家だった。一方、伊上も有料テレビのスカパーに加入してセリエAを見るぐらい熱心だった。
私は眼鏡をかけ、もはや時代遅れとなった黒髪のセンター分けで、森本レオを彷彿とさせるようなフケ顔だったため、周囲は同い年が会話していると思っていただろう。4歳離れ、かたや哲学かたや真宗と学科も違うこの二人がひょんなところでウマが合ったのは、大方のところで似た者同士だったからかもしれない。身長は170センチ後半はあるけれども、小太りだったり、気性が穏やかだったり、そして彼女がいなくて錯乱坊のところも含めて・・・。
ところが私は、いつものように熱弁を振るおうとしたところで、今日は話の腰を折られた。それは先程から伊上が熱心にいじっていた携帯電話の着信音のせいだった。
「さっきから、熱心にメールしてるけど、メル友か?」
授業を妨害された大学教授のごとく、私は怪訝そうに尋ねた。すると、その返答に思わず動揺した。
「いや、彼女や・・・」
私は思わず「へ?」と太い眉毛を上に釣り上げた
「嘘やって。」
この人には先を越されることはないだろうと安心していた私は、抜け駆けされたと思っていたのが違って、内心ホっとしていた。
「ま、いずれ彼女になるのは時間の問題やと思うがな。出会い系サイトで出会ったんよ。」
「出会い系サイト?」
「ああ。メアドをサイトに送って登録して、登録している女の子の掲示板の書き込みを見てメールをこちらから送ったり、あるいは、女の子から逆に送られてきたりするんや」
私もパソコンを自ら所有していたから出会い系サイトの存在自体は知っていた。しかし、別に出会いに、恋愛に飢えた狼ではなく、興味は全くなかったので近付きすらしなかったが、まさか、身近に利用者がいるなどとは思いもよらなかった。
「ちょっと見せてや。」
「あかん、あかん!」
しかし当初は渋っていた伊上も、結局は自慢をしたかったのかやがて「これは見てもええで」と、「彼女」のメールを見せてくれた。
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☆め〜るDEご〜るインからの
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■しな
ジョー23は、お昼は毎日、学食で定食を食べてるの?そんなに毎日食べてたら飽きちゃうよ(^○^)
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「しなちゃんは23歳で、京都市内の会社に勤めているOLなんよ。田辺市に住んでいるらしい」
見る角度によっては、MLB、ボストン・レッドソックスの伊達男、ノマー・ガルシアパーラに見えなくもない伊上の表情が踊った。
「で、ジョー23が伊上さんのハンドルいうわけか?」
私はこれがNBAシカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダンから来ていることを直感した。伊上はジョーダンの大ファンでもある。
「最近、授業中でもケータイをいじってると思ったらそういうことだったのか・・・」
「そういうことなんよ。」
土砂崩れを起こしたがごとき満面の笑顔で幸せに浸っている伊上を見て、人の不幸は蜜の味、人の幸は何とやらで、内心穏やかではなかった私は、疑念の表明、いや、やっかみを言うことで高みに上ろうとした。
「出会い系サイトって、要するにテレクラのメール版ちゃうの?電話で連絡取りあっていたのをメールでやってるだけやろ?」
「まあ、確かにそうやけど、でもテレクラとはまた違うって」
「どこが違うねん?」
私が強い口調で念を押すと、これについては伊上の満足な回答は結局得られなかった。
「それにサクラとかあるんちゃうん?メールやったら、誰が書いてても顔が見えへんしさ」
テレクラには、店側仕込んだ、女性客に成りすまして男性客の相手をするサクラがいることは噂で知っていたから、これをぶつけてみた。
「まあ、確かにそれはあるやろうな・・・」
伊上は苦々しげにそう答えた。私は、よし後一撃で論破できると喜び勇んだ。
その時、再びケータイの着信音が鳴った。
「お、返事来たんちゃうか?」
画面を覗き込もうとする私を制止して背を向け、伊上は携帯のボタンをいじった。すると、次の瞬間、深く大きなタメ息がもれた。
「こういうところだったらサクラはあるやろうな・・・」
伊上は私に今度はさっさとケータイを手渡した。
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伊上が言うには、受信するだけで利用者のパケット料金が加算されるため、社会問題になっていた迷惑メール、すなわち未承諾広告のようだった。この収入でNTTドコモが高層自社ビルを建設したと噂されているのは私も知っている。
それはさておき、画面を見た瞬間、私は首を捻りながら、大木こだまのようにつぶやいた。
「そんな女、おらへんやろ〜」
伊上もまた相方、大木ひびきのようにはツッコミを入れず、ただ、うなずきながら同調するばかりであった。
〈次回に続く〉

