佐伯屋
記号の恋
平成15年6月18日:第2回
出会い系サイトとの出会い

「だいたいなあ、自分から人妻とか欲求不満とか、3サイズ言い始める女なんか、おらんよ。俺らの周りにいるか?これ書いてるの男やろ。伊上さんが使ってる出会い系サイトはこんなん違うの?」
 伊上は一笑に付した。
「違うわ。もっと真面目に出会いを求めている人のサイトだよ」
 真面目に出会いを求めているからと言って、サクラが全くいないとは思えなかったが、私はあえて突っ込まなかった。

 すると意地になったのか、伊上は何やらケータイをいじり始め、私に差し出した。
「佐々木くんだけに公開するけど、これがしなちゃんの写メなんよ」

 写メとは、携帯電話の最新機種にはほとんど付属されている、いわば小型のデジタルカメラで撮った画像を相手の送れる機能のこと、もしくはその機能で送った画像のことを言う。

 携帯の画面を見た私は驚愕した。
「え?こんなに美人なん?」
 そこには髪を茶色く染めたロングヘアーの長谷川京子似。『JJ』みたいなファッション雑誌のモデルをやっていてもおかしくないような美人の写真があった。携帯電話の、性能の低いデジタルカメラだから、画像自体は通常のデジカメのそれと比べれば全く綺麗とは言えないが、それでも、実際に会ったなら相当な美人であることは私にも十分読み取ることができた。
「そーやろ。写メかてあるんやし、しなちゃんはサクラなんかとは違うって」
 本当にそうなのだろうか?どう考えても、この小太りのガルシアパーラと、このハセキョー似のOLとの釣り合いが取れるとは私は思えなかった。

 この伊上を、幸福の絶頂から引き摺り下ろす、いや、真相を明らかにするため、質疑応答を更に続けた。
「なあ、伊上さんが先にメール送ったん?」
「違うよ。しなちゃんの方から送ってきた。写メもな」
「じゃあ、そのサイトの掲示板にはどんなこと書いた?」
「趣味はスポーツ観戦とカラオケで、いっしょに見に行ける人はいませんか。っていう感じやったかな。それ以外には大したことは書かなかったと思う。携帯やし、そんなに長い文章は書かれへん」
「メールで趣味の話はするん?しなっていう人とは趣味合ってるの?」
「しなちゃんもカラオケ好きって言ってるから、するで。でも大体は日常のことや。映画のこととか、料理のこととか・・・」
 普段からサッカーやバスケット、野球といった特定の話題について掘り下げていくことにしか興味の無い私には、「ご飯何食べたん?」「今日は定食やでー」という日常会話のやりとりが何が面白いのか全くわからなかった。好きな人を持てば変わるかもしれないが。

「で、伊上さんは写メ送ってるんか?」
「いや、俺からはまだ送ってない。だから、もし会う時に、そこがかなり不安なんよ。気にいってもらえるかがな」
 伊上は急にトーンダウンした。伊上もまた、やはり自覚していたようだ。
 私には、出会いには全く困らなさそうな容姿端麗の「しな」というOLが、伊上のどこを好きになってメール交換しているのかわからなかった。とはいえ、メール交換の中身を全部覗いたわけではないから、伊上も実生活での口下手ぶりとは違ってメールでは意外とヤリ手なのかもしれないと、そう思うことにした。

「それで、しなって子に会うんか?」
「ああ、そりゃあ、会いたいよ」
「俺はすぐにでも会ってもらうように速攻で行くべきやと思うけど。有料サイトやから時間をかけたらその分、お金かかるやろ?」
「うん、まあ有料サイトなんやけど、メール1通送信するのに100円やから、そんなに高くないし、焦ってもしょうがないしな。嫌われたくないから慎重にやるよ。遅攻でな」
 私には、1通100円が高いのか安いのかも、これまた判断つかなかった。これには突っ込みようがなかった。そもそも有料出会いサイトの料金の相場などわからないからだ。伊上は将来の坊さんであると同時に、さしたるバイトもせずに実家からの仕送りで5年半を一人暮らししている今は坊ちゃんである。だから、コストの高い低いは本人が決めることだ。私は、そう思うことにした。

「うーん、伊上さんは、メールから会うってことは怖くないの?メル友が待ち合わせして会いに行ったら殺されたっていう事件は前にもあったやろ?そんなことは考えへんの?」
 これだけは、やっかみではなく嘘混じり気のない、純粋に本気で心配した親友としての忠告だ。
「全く考えないってことはないけれども、何事も勇気を持って前に出ないとね」
 確かにその通りである。これには私には返す言葉はなかった。だが、だからと言って出会い系サイトに頼るのも、何か釈然としない、しこりのようなものが残った。この時は、それが何かまだ上手く表現できなかった。

〈次回に続く〉