佐伯屋
海外コンプレックス
第8回・平成14年3月6日
戦力分析から見た順位予想、その4
 よくよく考えてみれば2月は28日までしかないのね。思いっきり勘違いしてた。だから、これを書いているときは、もうJ1開幕してしまっています。最終回には全体の順位予想を書くつもりでしたが、最早、卑怯な順位予想にしかなりません。
 しかし戦力分析は続ける。今回は名古屋グランパスと浦和レッズ。Jリーグ草創期には「お荷物」と呼ばれ、この2チームが対戦するときはいつも何かが起こってきた(「海外コンプレックス」第2回参照)。双方とも95年にアーセン・ベンゲル(現アーセナル監督)とホルガー・オジェック(現カナダ代表監督)という名将を連れてきて一躍強豪となったが、その後は優勝を狙える戦力を持ちながら、名古屋は2年前の主力3選手(大岩、望月、平野)の解雇劇、浦和はJ2落ちなどアクシデントが相次ぎ、中位が関の山になっている。今年は果たして上位戦線へ食い込むことが出来るのだろうか。

名古屋最大の補強はベルデニック監督
 新シーズンの名古屋最大の補強は昨年の高校選手権ナンバー1FW、岐阜工の片桐ではなくズデンコ・ベルデニック監督である。ベルデニック監督は、Jリーグ開幕前、加茂監督時代の横浜フリューゲルスにコーチとして招かれ、ゾーンプレスを日本で初めてコーチングした「伝道師」として知られている。ベルデニックから学んだゾーンプレスを導入した加茂監督は後に横浜Fで天皇杯を制し、日本代表監督に至る。ベルデニックはその後、母国スロベニアの代表監督を経て、2000年は毎年降格争いをしていたジェフ市原を上位戦線に導き、その実績を買われて、より資金力のある名古屋に引き抜かれたのである。
 名古屋にとっては組織的な攻守を構築できる待望の監督がやってきた。というのも名古屋は母体のトヨタ自動車から出る他チームに比べて豊富な年間予算を使って毎年好選手を揃えるが、ベンゲル監督以降はストイコビッチやウェズレイといった特定選手の個人技が頼みというチーム構成を繰り返していたからだ。それ故、名古屋は毎年優勝候補に挙げられるものの、特定選手の調子に左右されて、ジュビロ磐田や鹿島アントラーズのようには勝ち抜けないチームであった。今年の名古屋はベルデニック監督によって個人技主体から組織力のチームへと変貌するのは間違いない。
 すでに3月2日のジュビロ磐田との開幕戦を見てしまったため、その試合からの分析となる。結果から言えば2−0の負け試合であったが、名古屋にとっては収穫もあった。図Aが開幕戦の先発メンバーである。

図A:第1ステージ、対磐田戦        図B:次期予想布陣

       ●       ●
    マルセロ   ウェズレイ


 ●                   ●
滝澤                  岡山


        ●      ●
      山口素    酒井

 ●                   ●
中谷                 大森

       ●       ●
      海本     古賀


           ●
          楢崎


       ●       ●
     マルセロ   ウェズレイ

            ●
           ウリダ

 ●                   ●
大森                  岡山

        ●      ●
      山口素    酒井

        ●      ●
       海本     西澤

            ●
           古賀

            ●
           楢崎


 結果だけ見れば磐田の横綱相撲といえるが、実際には名古屋の4−4−2は中盤でのプレスによって磐田と互角の勝負をしていた。奥を横浜Fマリノスへの移籍で失い、日本代表の名波と服部が故障中で不在とはいえ、中山、高原のコンビにフリーでのチャンスを与えなかったことは評価できる。前半のジブコビッチの得点にしても守備を崩されたわけでなくDF海本の判断ミスからだった。ゆえに個々の選手が組織プレーに馴染んでくれば解決できる問題だろう。
 だが収穫のあった守備とは対照的に攻撃はやはりウェズレイの突破が頼みという状況は変わっていなかった。しかもウェズレイが中盤に下がって組立に参加しなければならない状態であった。これは磐田の強力な中盤でのプレスが原因だが、チーム1のポイントゲッターを得点に専念させられないのはチームにとって損失である。この問題の改善は早急に行わなければならない。

キープレーヤーはウリダ
 今後、名古屋のキープレーヤーになると思うのが、やはりオランダ人MFのウリダである。名古屋には、あのストイコビッチが昨年の第1ステージで引退した今、中盤でボールキープのできるゲームメーカーは彼以外にいないからだ。山口素はリズミカルなダイレクトパスによって中盤でリズムを造っていく選手であり、酒井は豊富な運動量を生かした機動力と守備力が武器で、時折センターでも起用される右サイドアタッカーの岡山も周囲を生かすよりも生かされる方が得意な選手だ。ウェズレイは中盤の組立にも能力を発揮するが、やはりFWに専念させたい。パッサーのウリダの復帰次第で名古屋の問題のほとんどが解決されるはずである。
 またパッサーがいれば森山も生きてくる。森山はあのベンゲルが交代出場の度に点を取るため「ボックスの虎」と評価した得点感覚抜群のストライカーだ。だが、そんな貴重な能力を持ちながらもベンゲルがイングランド・プレミアリーグのアーセナルに去ってからはベルマーレ平塚(現湘南)やスロベニアのヒット・ゴリツァ、サンフレッチェ広島、川崎フロンターレとチームを転々し、終わったかと思われた。しかし名古屋に復帰した昨年はスタメンこそ保証されていなかったが26試合で12点を挙げ復活を果たした。ベルデニック監督は森山のスーパーサブとしての実績に囚われず先発でも試すべきである。
 ベルデニック監督が就任する前の市原よりも名古屋の方が選手は揃っているのだ。市原の崔竜沫の役割を名古屋ではウェズレイが、ムイチンの役割をウリダが、ミリノビッチの役割を古賀、海本らがこなすだろう。そして他の日本人選手の総合力を考えれば市原より上だ。磐田との開幕戦こそ敗北したけれども、ベルデニック監督は市原時代でも昨シーズン開幕戦の磐田戦を4−1で敗北しているのだ。名古屋ファンは、ストイコビッチが去り、ウェズレイの得点力だけが頼みとなった今、優勝候補ではないという現実を認識して、ベルデニック監督の戦術が浸透することを待つべきだ。あのベンゲルだって就任した年の序盤は勝てなかったのだから。

オフトとヤンセン
 さて私のご贔屓、浦和レッズである。開幕戦(先発布陣は下図C参照)の試合はニュースのダイジェストで少ししか見ていないから、ウィル、中村、奥と揃う横浜F・Mの攻撃陣をコーナーキックからの1点に抑えたのは評価できるのかできないのか、全くわからない。よって、戦力分析を中心に行っていきたい。
 まず今季も監督が変わった。ハンス・オフト。日本代表にモダンサッカーを最初に持ち込んだ人物であり、「ドーハの悲劇」の当事者として知られる。そしてコーチとしてオフトのパートナーを務めるのがビム・ヤンセンだ。現役時代には1974年W杯にヨハン・クライフのチームメイトとして、「トータルフットボール」の一翼を担った名MFであり、引退後はオランダやスコットランドのリーグのチームの監督として実績を持つ、オランダ代表監督就任も嘱望される大物である。なのに、なぜオフトが監督でヤンセンがコーチなのかと疑問を持つ方はいるかもしれないが、オフトはマツダ(サンフレッチェ広島の前身)、日本代表、磐田、京都サンガ、ヤンセンは広島だけというように日本での実績が考慮されたからだろう。浦和はここ数年毎年のように監督が変わって戦術が確立できていないだけに、日本代表や磐田の時のような攻守における組織の構築を求められている。

井原のDF技術は依然として代表クラス
 浦和には攻守に優秀な人材を質量と共に揃えてはいるが、それ故、頭の痛い問題も抱えている。良い人材を揃えているのにどうして頭痛がするのかと思われそうだが、まさに、それ故の頭痛なのだ。まず一つはDFだ。室井、池田、路木、坪井、井原とそれぞれに特徴のあるメンツが揃っているが、この中でオフト監督が考えている、3−5−2で日本代表のような「フラット3」ではなく、二枚ストッパーとその後ろで一枚余るスイーパーというシステムのスイーパーができるのは井原しかいないことだ。しかも井原は34歳のベテランである。この先、選手生命はそれほど長くない。浦和ぐらいの資金力のあるチームならバックアップの一人くらい用意してもいいと思うのだが、浦和フロント陣にその動きはない。昨年DFをやらされた守備的MFの石井、もしくは新人の坪井を回すつもりなのだろうか。
 ただし、新シーズンにオフトが予定している守備戦術は、現在の浦和にとって妥当なものである。井原以外の浦和DFはフィジカルが強く、高さがあり、マンマークは得意だが、戦術眼や柔軟性に欠ける。一方、井原は身体の寄せ方やタックル、ポジショニング、読みといったディフェンスの技術だけなら森岡や松田、宮本ら現役の代表DFと比べても遜色ないが、昨シーズンのプレーぶりを見れば、相手のスピードへの対応には不安が残る。去年、第2ステージのヴィッセル神戸戦で三浦カズに決められた振り向きざまのシュートなど全盛期の井原なら止められるものだった。よって井原の現在の能力を考えれば、周囲のDFやMFとの緊密な連係や、オフサイドトラップをかけるのには勿論、破られた時に走って追いついて対応できるだけの走力が必要なラインディフェンスより、相手の攻撃を読んでカバーリングに徹することのできる、この守備システムは向いているのである。

個人技最高、連係最低
 そして、もう一つ頭が痛いのがFWである。浦和のFWにはトゥットとエメルソンというJ1屈指の能力を持ったFWがいる。そして控えには浦和期待の長身ドリブラー永井と、35歳になった今も相変わらずの決定力を持つ「ミスターレッズ」こと福田がいる。他チームから見れば羨ましいばかりの陣容だ。
 しかしスタメンでの起用が予定されているトゥットとエメルソンが同じようなプレースタイルの選手なのだ。共に相手DFを抜き去るスピードとテクニックがあり、決定力も持ち合わせた、個人技で局面を打開できる選手なのだ。それだけに言うことないじゃないかと思われるかもしれないが、この両選手の欠点はボールを持つと自らの個人技で相手のDF網を突破してシュートすることしか考えていないことだ。それでも相手DFにとってそのスピード自体は脅威で、思い切りの良さは折角のシュートチャンスでも躊躇してしまう日本人FWも見習ってほしいものだが、サッカーというもの、状況によってプレーを判断すべきであり、無闇やたらに突っかかっていってボールを取られては、フォロー&サポートの動きに入ろうとしている後方の選手達のスタミナを削ぐし、士気も萎えてしまう。また、逆にトゥットとエメルソンの能力の高さが「サポートに行かなくても大丈夫か」と後方の選手の依頼心を助長している面もあるかもしれない。だから、昨シーズンを見ていると、状況によってはボールキープのできる永井と、エメルソンかトゥットのうち、どちらかが組んでいた時の方がバランスは良かった。
 だが、どちらかがベンチというのは勿体ないし、どちらかを放出してDFあたりに新外国人を取るのもどうかと思う。やはり他チームに二人のうちどちらかがいたら脅威だ。特にエメルソンにはJ2コンサドーレ札幌時代に苦労させられた経験がある。

図C:浦和・開幕戦の布陣         図D:筆者お薦めの布陣

        ●      ●
       福田   エメルソン

        ●      ●
       土橋    アリソン

  ●                  ●
 城定                 山田

            ●
           鈴木

        ●      ●
       内舘     坪井

            ●
           井原

            ●
           西部


       ●     ●
    エメルソン   永井

  ●                ●
 田中              トゥット

       ●      ●
     アリソン   鈴木


  ●        ●       ●
 城定      池田     山田

           ●
          井原
            
           ●
          西部

図E:2001−02年、キエーボベローナ

        ●      ●
     コラーディ  マラツィーナ

 ●                   ●
マンフレディーニ       エリベルト

        ●      ●
      コリーニ   ペロッタ

 ●                   ●
ランナ                モーロ

        ●      ●
      ダンジェロ   ダンナ

            ●
         ルパテッリ


エメルソンもトゥットも生かす布陣
 だから私が、現在の浦和の現状を考えたエメルソンもトゥットも生かす布陣を提案する。それが上図Dだ。右からトゥット、永井、エメルソン、田中と個人技に優れた選手を配置し、見方によっては4トップとも言える布陣だ。私はミラニスタ(ACミラン・ファン)だけに不謹慎でもあるが、最近のセリエAのお気に入りのチームがキエーボ・ベローナである。このチームは今季BからAに昇格した地方の小チームにも関わらず、デル・ネーリ監督が指導した組織的なゾーンプレスにオフサイドトラップそして強力なサイドアタックを武器に2001年12月までの前半戦、インテル・ミラノやASローマといったビッグクラブと首位を争っていた。そのキエーボの布陣が私が上図Eである。上図Dは前線から中盤まではキエーボの布陣に当てはめてみたものだ。
 キエーボの名物は右のエリベルト、左のマンフレディーニによるサイドアタックで、二人とも抜群の突破力を持っている。それを参考に、浦和では右にトゥット、左に田中を置いてみた。両者ともにキエーボの両ウイングと同様、スピードと突破力を備えている。しかし読者の中には、田中は昨シーズン左サイドハーフとしてデビューしたからわかるが、トゥットが右サイドハーフ(右ウイング)はいかがなものかと思うかもしれない。トゥットにはサイドハーフの経験がないし、しかもある程度の守備力も要求されるから、FW専門でやってきたトゥットを置くのはどうかと。しかし、ヨーロッパではブラジルのような南米でFWをやっていた選手がサイドに配置されて活躍している例が多々ある(レアル・マドリーのサビオとサンチャゴ・ソラーリ、セルタのグスタボ・ロペスなど)。また、トゥットはFC東京時代、2000年の横浜F・Mとの開幕戦でFWながら横浜F・Mのキーマン、上野をマンマークして抑えて勝利に貢献したように、守備力も問題ない。そして2トップ(二枚センターFW)にはエメルソンと永井だ。キエーボではコラーディという長身FWのポストプレーが攻撃パターンの一つであるが永井にはその役目を、そして走力があって得点感覚に優れたチームの得点源であるマラツィーナの役割はエメルソンにやってもらう。こうした役割分担を課すことで、潰し合っていた選手の個性を生かす方向を探ってみるのである。

サポーターとフロントが我慢できれば
 そしてキエーボの真のキープレイヤーは中盤の指揮者コリーニである。彼の正確なサイドチェンジパスやスルーパスがエリベルトとマンフレディーニのサイドアタックやマラツィーナの得点力を引き出しているのだ。浦和ではその役目をアリソンか阿部がこなせるだろう。アリソンは昨シーズン途中にフェイエノールトに行った小野の後継者だったブラジル人MFアドリアーノが解雇された後に加入し、スルーパスでチャンスを造れる上、献身的な守備もするチームプレイヤーで、彼をJ2降格から浦和を救った功労者とする者も多い。一方、阿部は左足の正確なキックでゲームを造れる選手だ。元々、トップ下の選手として将来を嘱望されていたが、浦和に来て守備的MFとして中盤の汚れ役になることを覚え、プレーの幅を広げた。両者ともスペースを見つけては前線へ飛び出すスピードが要求される現代サッカーのトップ下よりは、パス出しと中盤後方での位置取りが主な役割の守備的MFの方が合っているのではないか。
 ただし、DF陣だけは浦和の選手の特徴から言ってキエーボと同じように配置するわけにはいかない。故に上図Dでは右から山田、池田、城定といわば3ストッパーに井原がリベロとして余るシステムを提案する。相手が2トップならポストプレーヤーにはフィジカルの強い池田が張り付き、動き回るもう一人のFWに対しては山田、城定、井原の3人がゾーンでマークを受け渡しながらチェックする。また3トップなら3人の対面の選手をマンマークするといい。 名古屋にしろ浦和にしろ、監督が変わって戦術も変更されるだけに、機能するまで時間がかかるのは間違いない。ただ幸いなことに両チームには磐田のように日本代表選手も少なければ(名古屋は楢崎のみ、浦和はなし)、鹿島のようにアジアのカップ戦もない。戦術を熟成する期間は十分あるのだから、監督が選手の見極めに迷いさえしなければ、サポーターとフロントが我慢できれば強固なチームはつくれるはずである。

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