そっと眼を閉じ、静かに深呼吸をしてみる。
そして何故、この様な「深刻な不況時代」を迎えてしまったのかを考えよう。
疲れ果てている頭と身体を、ほんの少し休めてから・・・。
余にも今の時代が、疲れ騒がし過ぎるから・・・。例えば一週間の内の、一日でも構わない。
自分で自分を労わっても、誰も文句を云わなければ、神が罰を与える等と云う事も無いだろう。
現代(いま)のこの時代、自らが自らを守らなければ、一体誰が救ってくれるというのだ。
時代と共に、荒廃の道を辿って来てしまった「愚かなる人間」よ。
地の果てを、我が身で感じなければ気付けなかった「愚かなる人間」よ。
もう少し欲を捨て、目の前の物だけを見るのでは無く、常に瞻望(せんぼう)有る目を持って
生きていたなら、現代(いま)のこの時代を体験せずに、済んだのでは無いだろうか。
我欲に溺れ過ぎ、少しずつ「時代に歪(ひず)みが生じて来ていた事」を、
気付く「ゆとり有る心」迄失ってしまう程に、歪んだ考えを抱き、「良い事が有ったかい?」
そこ迄して、何が残ったというのだ。
「残骸(ざんがい)の時代。」
人を人とも思えず、「命」を軽く受け止め考えてしまった者が、「殺人鬼」と化した。
人間として永年、伝来されて来た「本来有るべき心」が欠落し、
其の事に本人も、身近な者達も気付かぬままに、「子の親」になり、益々人は
「衰退の人生」を、未だに歩み続けている。
「普通」って何?
「基準」は何で決まるの?
「自由」って言葉の、本来の意味は?
「訳も無く、何かにイライラする」のは何故?!
これら全ての「答え」を知っている者も、この世には存在するというのに・・・。
「答え」を見出す事もせずに、何もかもから逃避している者達が、余りにも増幅し過ぎている。
「何とか為る。」、「為るようにしかならない。」
この様な事を、常日頃から考え抱いている者達が、増加していないだろうか?
「何とか為る」なら、いまのこの「不況時代」を、何故迎えたのだろう。
そして「余りにも残虐な犯罪」は、何故未だに続いているのだろう。
軽く考えてしまっている「何とか為る」と言う「言葉」に、人の心は甘え過ぎているだけでは?
そっと眼を閉じ、静かに深呼吸をし、疲れ果てている頭と身体を、ほんの少し休め、
再び「今の時代の経緯」を、この際じっくりと、ゆっくりと考え、
今の時代とは逆の、「新しい時代」を築きあげよう。
まだ何も知らずに生まれ来る、
「これからの時代」を生きていかなければならない、
新しい「尊い命在る者達」の為にも・・・!!
[残骸(ざんがい)の時代。]
「残骸(ざんがい)の時代。」
2003/02/27.