序品第一・方便品第二・譬喩品第三

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法華経の序・正・流通 其の1 一経三段 其の2 二経六段 其の3 二處三会

序品第一

 通序と別序 経首の五事 此土彼土の六瑞 日月燈明佛の往事 序品の要文

 序品の結びの言葉
(天台大師・五重玄義の解釈)・於無漏実相心已得通達                                         

方便品第二

三種の方便施開廃三重の蓮華権実二智と十如実相三止三請重請許説

三周の説法
一大事因縁と五佛同道十方佛土中 唯有一乗法

諸佛両足尊 知法常無性 佛種従縁起
五乗開会と小善成佛

四一開会と四佛知見是法住法位 世間相常住諸佛値遇難等の四難

略開三顕一と廣開三顕一入邪見稠林 ・



譬喩品第三

 三界火宅唯有一門
羊鹿牛大白牛車為深智説以信得入悪因根本十四謗法

為可説機五雙十隻 要文要句



1 法華経の序・正・流通

 「法華経」には=「法華経」のみではないのですが、法華経の=(じょ)(しょう)流通(るつう)といふことを申上げておく必要がある。『序』といひますのは、「法華経」の正味を説くまでの前幕みたやうなもの、それから『正』と申すのは『正味』ともうしまして、「法華経」そのものの正味であります、「流通」は其の正味が後の世に弘まって行くことにつきましての事柄を御教へになったので、それが序・正・流通といふ三段、それを先にお話し申上げる必要がある。さうでないと、すぐ頭から申上げても解りにくい、「法華経」の正味は何處にあるのかといふことを先にお考へになっておく方が、解り易いと思ふ。
 これは昔支那で普通の坊さんが説教するのに、此の序・正・流通を分けないで講義をした、それで佛経には果して頭も尾つぽもないものだらうかと考へて居ったところが、後に道安といふ人がこれを序・正・流通に分つた。然しそれは果して天竺からあったものかどうかと思って居たが、後の親光菩薩といふ人の「佛地論」といふ書物には、そのことが矢張りチャンと書かれてあったといふので、それ以来佛教の典籍を講義するには、必ず序・正・流通の三つに分けることになったのであります。
 しかしそれは必ずしも佛教の典籍に限らないので、佛教の意味から申しますると、天地間の一切の一定のものは何物でも必ず序・正・流通の三つがある。時間的に申しましたならば、時間の経過があるから、もし其の事柄が現在ならば、其の現在の過去があり未来がある。必ず三つの経過即ち過去・現在・未来と来て、その中正味が何處にある、正味のある正味の出て来る前ぶれのようなものがあり、それから正味があり、更に正味の結果となって来るのであります、空間的なものにしましても、(およ)そどんなものでも、我等のは、頭があり、同(たい)があり、足部がある、平面的のものでも周囲と中心點がある、中心點があったならば必ず周囲がある。かように空間的のものも、中心と周囲があり、時間的なものでも、必ず其の正味のあらはれるまでの道行きと、正味と、それから正味のものの後の結果、さういふ風になって居ります。教ならば其の教の正味を説くについて、其の正味を説いて行く順序として序分といふものがあり、それから正味が説かれ、そして其の正味をば後の世に行ふ、流れ通はして行くといふので、序・正・流通の三段をきめるのであります。

     其の1 一 経 三 段                             

 「法華経」ではどんな風に序・正・流通があるかといふと、それは二つあります。一経三段・二経六段、斯ういふ風に申して居るのでありますが、大體申しますと、「法華経」は必ず其の序分に「無量義経」といふお経をば、「法華経」の前置として、きっと諸佛は必ずこれをお説きになる、それから「無量義経」が終ってから「法華経」の序品といふものがあり、次に方便品第二、それから飛んで人記品第九、までが一くぎり、それから又法師品第十から安楽行品第十四までが一くぎり、となり、それから涌出品第十五、寿量品第十六、分別功徳品十七、それはまた一くぎり、それから随喜功徳品第十八から嘱累品第二十二、それがまた一くぎり、それから又其の間を略しまして普賢品第二十八、それから「観普賢経」これまでで、又一くぎり。斯うなって居りますが、それで「無量義経」のことをば『法華経』を開く前のお経でありますから、これを『開経』と申します。それから「法華経」の後の「観普賢経」のことをば「法華経」を結ぶお経であるから、これを『結経』といひます。その間が「法華経」の二十八品なのでありますから、「法華経」は二十八品と、開結二経、即ち之を『法華三部』とも『法華経十巻』とも申します。
 そこでこれを『一経三段』申す方から申しますと、此の「無量義経」と「法華経」の序品と、これが前置前幕即ち序分で、それから方便品第二から分別功徳品の前半品まで、これをば正宗分とし、それから分別功徳品の後の半品から「普賢経」に至るまで、これを流通分とします。斯ういふ様に見ますのを、これを『一経三段』と申すのです。
 そこでこれを少しく内容に立入って考へますると、正宗分は、方便品第二から分別功徳品の前半品までです、斯う致しますると、此の間が恰度(ちょうど)十五品半にどんなことが説かれてあるかと申すと、方便品から人記品にいたるまでの間には、一切衆生はどんな衆生でも必ず成佛する、成佛しない衆生は一つもない。『一切衆生(しつ)()佛性』=此の「法華経」の後に「涅槃経」といふ経があって、これは「法華経」を重ねて説いたお経と申してもよいのですが、其の「涅槃経」を一言にもうしますと、『一切衆生悉有佛性』一切衆生は皆佛性を有って居るといふことと、それから『如来常住無有変易』といふ事が説かれて居ります。一切衆生は皆佛性があるのである。如来は常にまします、決して移り変りのない常住の法體でまします・ういふ風に「涅槃経」といふお経は、此の二つのことが説かれてあります。然し其の「涅槃経」は「法華経」を重ねて説いたものに過ぎない。従って此の「法華経」の方便品から人記品に至るまでは、一切衆生悉く佛性有りといふことを主として説かれているのです。それから「法華経」の第十六に、如来寿量品と申すお経がありますが、この寿量品と、前後の二品には、如来の常住、如来は無始の始めから無終の終りまで常に常存しまします。常にかくれ常に現はれる佛、十方の佛三世の佛が数沢山あるが、それは皆水に映る一切の月と同じで、本当の佛は天にましまし一つの月の如きものであることを説かれたのが寿量品でありましから、方便品と寿量品に説かれたものが「法華経」の正味である。『一切衆生悉有佛性』『如来常住無有変易』と後の「涅槃経」にとかれたそれは、重ねて「法華経」を説かれたのですから、其の「法華経」の内容は、方便品と寿量品の二つが正味である、斯ういふ観方が一経三段であります。今の宗教哲学で申す言葉でいへば、方便品から人記品に至るまでの、『一切衆生悉有佛性』といふ方は、これは(はん)(しん)(ろん)で、一切はすべて神なのだといふが如き、汎神教的の思想を説かれて居るのです。如来は唯一である。一切衆生は佛性があるといっても、それは唯一の神性ともいふべき佛陀、寿量品の佛が中心にある。その唯一の如来の性を、一切衆生も持っているといふことで、いひかへれば一切衆生の佛性は、其の唯一の如来の眷属である。中心の汎神ではない。さういふことをば寿量品では説かれて居るのですから、汎神教的のものと一神教(しんきょう)的ものを融合せしめた。それが「法華経」の統一的の思想なのである。斯ういふ風なことになるので、この立場からの見方を『一経三段』と申すのであります。
 それでは「法華経」に、その正味とするところが二つあるとしたならば、二つの中で何方が正味の中の正味なのだ、何方の方が「法華経」の真の中心思想なのだ。一切衆生が佛だといふことと、それから真実の佛は一つだといふこととは違った思想である。何方も一緒だといふことになり、同等の資格を與へると矛盾する、両立しないことになる。若し汎神教的なるところに中心をおけば、これは一神教的の佛といふものは、その汎神教的の人間の一人が成就したるものであって先覚者である、所謂『一迷先達以餘迷ふ』迷って居たもののその中の唯一人が先に覚って、そして餘の迷って居る人間を救うのだ斯ういふことだけになりはしないか。若し又一神教的に考へたならば、はじめから無始の佛があったとなると、汎神教の根拠を失ひはしないか。こんな矛盾したやうな、両立しない、何方を立てても矛盾した思想となるようである。「法華経」といふものは、さういふ矛盾した内容を一つにしたやうに思はれるといふ疑問が起り得ます。そこで此の「法華経」をば、更に二つに分つ分ち方があるのであります。


     其の2 二 経 六 段                              

 それで『二経六段』といふことがあります。この『二経六段』といふ『二経』とは、「法華経」二十八品を迹門の経、本門の経と分つので、『六段』とは、その迹門の経・本門の経に、おのおの序・正・流通があるから『六段』といふのです。この分ち方を少し詳しく申しますると、序品から安楽行品まで、此の間が十四品あります。これを「法華経」の中の迹門経といふ。この迹門経の中でその序・正・流通を申しますと無量義経と序品が序分で、方便品から人記品までの八品が正宗分で、法師品から安楽行品までの五品が流通分であると、斯う見るのです。
 よく「法華経」の内容を考へてみますと、此の『二経六段』といふ分ち方が本当らしくあります。何故かといふと、もともと法師品第十から安楽行品第十四に至るまでは、『一切衆生悉有佛性』といふことが説いてあるのではありません。これは「法華経」を弘めることについてのことが説かれてあるので、その弘まることも、主としてはずっと後の世に弘まることが説かれています。有名な勧持品などは安楽行品の前です。これは流通分であるといふ方が内容から考へると本当です。『一経三段』『二経六段』とありますが、内容を精密に考へましたならば、『二経六段』の方が寧ろ本当らしいのです。即ち安楽行品までが迹門経で、涌出品から後を本門経とする、そしておのおの序・正・流通がある、かういふ方がハッキリしています。
 そして此の本門経の方の三段はどうかといひますると、涌出品の第十五の中の半品が序分、涌出品の後半品から寿量品第十六と、分別功徳品第十七の上半品の、一品と二半品とが正宗分、それから後が流通分、斯ういふことになって居ります。
 これはどんなことになって居るかと申しますと、此の涌出品では本化の菩薩が出て来る、その菩薩は「法華経」の前の十四品に出なかったのみならず、「法華経」以外の一切の大乗経には、て出て来ない菩薩で、それが出て来た。其の菩薩が出て来たのですべての菩薩が疑ひを起し、弥勒菩薩がその疑ひを代表してそれを釈尊にお尋ね申上げるといふところが序分であります。そこで釈尊が、これは私の弟子だといひ出したところから正宗分となります。即ちあらゆるお経には、曾て顔も見ず、名も聞いたこともないやうな菩薩、さういふ菩薩が一體何處から出て来たのだらうと、補處の位といふ菩薩の最上の位に居る弥勒菩薩が疑ひを起して、お尋ね申上げたところが序分で、これはまるで曾てないことで、佛教の大立分けなのです。「華厳経」以来、釈尊四十二年のお説、乃至此の迹門を説いて居らっしゃる間、其の四十餘年の間曾て見えなかった菩薩が出て来た、そして一切の菩薩が皆疑った、これに対して其の菩薩が何者であるか、それから佛の本體がなんであるか、斯ういふことを説く為めでありますから、それでこれを序分とするのです。そしていよいよこれは俺の弟子なのだと説かれたのが、本当のことを説かれる始めだから、それで涌出品の後の半分を正宗分に入れるのです。
 そこで、それでは勘定が合はない、此の菩薩は曾て見たことがないのみならず、佛様とくらべて品評してはすまんが、佛は二十五歳位の若者の如く見え、此の菩薩は百歳のの如く年たけた者の如く見える、その百歳の翁の如きものをつかまへて二十五歳の青年が自分の子だといっても、世の中に信ずるものはないが如く、佛のお語は信じがたい。一體これはどうした訳ですかと重ねて問ふたので、そこで佛が寿量品を説いて、三世の佛十方の佛は我れ釈迦牟尼佛の化身である。この地より涌出したる菩薩達は、これまで説かなかった佛陀、本当の釈尊の直接の弟子で、本佛の所化即ち本化である。此等の菩薩の修行している佛法はこれまでお前達に説かなかった佛法であると、特別の佛法を説き出された。それが寿量品であり、それを疑った人間が、成程そうですかと信じた結果、皆本佛の子になったといふことが分別功徳品の前の半分で、この寿量の一品と前後の半品づつが正宗分です。それから後の世に伝へる為めに、神力品・嘱累品があり、滅後に弘通する形式などが説かれてあります。これ等の経文の内容を考へて見ますと、此の本化の菩薩のことはこれまで一切の他経、および「法華経」でも、迹門十四品の経には、説かれてないことでありますから、正しく正宗分であり、その前幕みたやうなものが、本化の菩薩が地から出て来たといふことでありますから序分であり、更に分別品の後の半品からは、さういふ佛法が弘まることについて、後の世に弘まる弘め方を説いて、其の儀式まで明かされ、それからずつと後の世のことが説かれてありますから流通分である、斯ういふ風に考へますと、「法華経」は、これを二に分けた『二経六段』の方が、内容に正しく適合して居るかのやうに考へられるのであります。


     其の3 二 處 三 会                           ページのトップへ

「法華経」といふ経典は、まことに不思議な経典で、それから更にもう一歩進めると、此の迹門経と本門経とを合して、「法華経」の二十八品の説處が三度に分れて居ることがあります。これは有名な事柄であって、それを『二』といひます、例へば「華厳経」の如きは、處が五つ変って会が七つ或は八つあったといふので、『五處七会』又は『五處八会』といひます。一つのお経でも處が変って、又其の会座の変るお経が沢山ありますが、「法華経」では處が二つあり会が三つありますから、『二處三会』といふのです。それはどんなことだと申すと、「法華経」の法師品の次に宝塔品第十一があります、此の宝塔品より前は霊鷲山といふ處で説かれたお経でありますが、此の宝塔品から、後の嘱累品まで十品ありますが、此の間は霊鷲山の虚空で説かれた、法師品までの霊鷲山の説法は十品で、即ちこれを『霊鷲山』といひ、それから次の宝塔品からは何處で説かれたかといふと、霊山の虚空で説かれたから、これを『虚空会』といふので、この虚空会が十二品あります。それから虚空会の次の薬王品第二十三、これから普賢品に至るまでの六品、これをば『霊鷲山』といひます。前霊鷲山・虚空・後霊鷲山と斯うなる。
 ところでこれを考へますると、又此の内容が不思議なことがあります。宝塔品からは虚空で説かれた、しかも『二佛並座』といって、釈迦佛お一人の説法でなく、多宝塔の中の真理を代表する多宝如来が、禅定に入った如くにおりになり。その真理を徹見したる智慧の代表佛としての釈迦牟尼佛が、同じ多宝塔の中に又お坐りになった、そして御説法して居られる。さういふ『二佛並坐』といふ姿であります。これより後もこれより前も皆釈迦牟尼佛の御説法なのですが、しかし宝塔品第十一以下嘱累品までは、多宝塔が現はれ、真理を代表する多宝如来が、釈迦牟尼佛の説くところは諸法実相の徹底したる真理と、芥子ばかりも違はないのである、此の通り少しも違はないのであるといふことを象徴して、智慧の佛と真理を代表する佛と、此の二つの佛が一つに並んで坐られる、さういふ象徴がされて居る。これが『虚空会』で、真理といふものは時間空間を超越するものであるから、そこでそれを『虚空会』といふもので象徴せられています。
 斯うしますと、『虚空会』といふものは、他の一切経に類例の全くない、余程変った説相でなければならない。そのかはつたお経だといふことを、「法華経」そのものが変ったことをチャンと示して居るので、『虚空会』に入りまする前の法師品、此の法師品では、佛が薬王菩薩を対告衆として、、釈迦牟尼佛は曾てずつと前に、四十餘年の間に已に説いた経、又今説いた「無量義経」、更にこれから後に説く所の「涅槃経」等の経があるけれども、其のに説きし、今説きし、当に説かんとする経、それらの三超過して、此の「法華経」は『最為第一』の肝心の経である。此の「法華経」のみ佛の真実を説くものである。斯ういふことをば釈迦牟尼佛それ自身が、佛教の中での絶対の経であるといふことをば宣言して居られます。ところがまた、此の『虚空会』のすんだ薬王菩薩品になって、矢張り薬王菩薩を対告衆として説かれて居るのに、法師品では、釈迦牟尼佛の所説の経の中といふ、御自身だけであられたのだが、此の宝塔品から後は十方の佛を集めて多宝如来と同一塔坐の中にあられた、勿論薬王品では、釈尊は塔を出られたが、證明の多宝塔はまだ居られる。従ってここでの称揚は、一切の諸佛の教の中に於いて、此の「法華経」は最もこれ超絶した経であるといふので、十のを説かれて居る、すなはち、一切経は星の如く、「法華経」は月の如く、一切経は月星の如く、「法華経」は日の如くといったやうな、十の喩を以て「法華経」が、十方諸佛の経の中での、絶対教たることを説かれて居る。斯ういふ風に、法師品と薬王品とは、同じ薬王菩薩に対して説法してあられる。そして其の中間に挟まれてあるのが『虚空会』である。此の説相から考へましても、此の『虚空会』といふものが、「法華経」の中心思想であることを自らに示して居るのであります。
 此の『虚空会』のそのまた中心が何であるかといふと、即ち寿量品と涌出品の後の半品と分別品の前の半品、これを『一品二半』といひます。それであります。換言すれば「法華経」の中心正味は『虚空会』にある、『虚空会』の正味は、寿量品とその前後の二半『一品二半』にある。斯ういふことに帰着して来るのであります。
 以上が「法華経」の中心思想が何處にあるかといふことを明かにする為め、序・正・流通といふことを申上げたのであります。であるから法華経は、二つの思想が統一されて居る経である。一つは汎神教的の迹門の経、一つは一神教的の本門の経であって、『一経三段』の時は、此の二つの思想を含むところを、正宗分としたので、『二経六段』は、この二つの思想を二経に分つて、各の正宗を明かにしたのであります。そこで此の二つの思想を同等に扱ったならばむじゅんします、そこで二経をば何方の方を根底にするかといふことが問題になります。
 汎神教的の迹門の経を根底にした場合、天台智者大師の説かれたやうな天台法華宗になり、それから一神教的の本門を根底にした場合に、日蓮聖人の説かれたやうな法華宗になります。だから一神教的のものから汎神教的のものに進んで行く場合、佛は無始のはじめから、唯一の釈迦牟尼佛にみといふ信念から、一切衆生が真に佛になり得るのは、この釈尊の教へに随順するにあるのだといふ。斯ういふ思想と、一切の人間は、みな普遍的に自分の心に佛性があるのだから、たとへば禅宗のいふやうに自分自身の心を悟ればいいのだ、但し禅宗の如く、「法華経」を月を指す指だなどといふのでなく、教主釈尊の随自意の経たる「法華経」のとほりに、修行して心を悟ればよい。斯ういふ場合はすなわち汎神教的のものが主になって、そして釈尊の「法華経」を指南として、自心を悟るにある。此の汎神教的のものが「法華経」の正味であるか、或はさうでなしに、唯一の本佛の実在の信仰から、その信仰によってのみ自分達は自分の佛性を動かすことが出来るのだ。我々に佛性がないといふことは「法華経」は説かない、佛性はある、佛性はあるが、そのままでは活動しない、活動するには唯一本佛の実在に対する信念によってのみ活動するのだと、斯う説くところのもの、即ち『本門を面として迹門を裏にした思想』、それが「法華経」の正味なのであらうか、それともさうではないのだ、佛はあるがそれは要するに心を悟った人たるに過ぎないのだから、われわれは畢竟して心を悟ればよい、「摩訶止観」のやうに修行して、自分の心から、佛性を悟り出せばよい、悟り方は人各々機根はるが、「止観」の通りにやって居れば、必ず佛の悟りに至るのだ、それでよいのだといふ考へ、そこで「法華経」の中心思想は自分達の心を悟るにある、釈迦牟尼佛はそれの先達者だといふ。此方からいったなら、それは『迹門を面にして本門を裏にした思想』であります。かやうに『面本裏』『本面迹裏』といふやうことを申しますのはこの故であります。
 「法華経」には以上両方の思想が含まれていることは事実である。そこで結局「法華経」は一経三段・二経六段といふやうな外面的の区分を離れて、「法華経」全體の説相の上から見ましたならば、ここにいった『二處三会』といふことになります。そしてその中心は『虚空会』であります。その『虚空会』の前に、これからが正味だといはんばかりに法師品の『三説格量』があり、そして其の『虚空会』の中心が寿量品なので、又『虚空会』の後に、「薬王品」の『十()称揚』がります。斯うなって来ています、此の自然の構成を見ますと、「法華経」の思想は、本門の思想を中心にして居るものである。寿量品を以て中心にして居るものである、斯ういふことがはっきりと分るのであります。
 以上を以て「法華経」の序・正・流通のお話しを終ります。


序品第一

 1 通序別序                         

 次は序品、序品を見ますると最初『
如是我聞』といふことがありますが、これについては昔から通序・別序といふことを申します。『通序』といふのは、何のお経にでも皆ある序分であります、「法華経」に限ったことではない。何のお経にでもあることで、それはどんなことであるかといふと、必ず『如是我聞』一時即ち或る時、佛が何處其處に住して居られた、「法華経」であったならば『耆闍崛山)』にせられた、それから『與大比丘衆萬二千人』それからの菩薩やなにやか、すなわち天龍八部なんてものが書かれてある。これは「法華経」のみならず何のお経にもあるものですから、これを『通序』といひます。『諸経に共通の序』であります。大乗経としては特に此の形式がある。必ずあるので、これは前にも申しましたが、これについてはよく考へる必要があるだらうと思ひます。『大乗非佛説』などの議論がありますがそれは只今のことろでは、『大乗非佛説』否『大乗非佛語』は、歴史上には肯定さるべきことでありますが、然しながら大乗経は何を相手にして居たかを考へなければならぬ。この事ははじめに申しましたが今も少しそれに触れます。

 2 経首の五

 如是・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・法

 我聞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人

 一時・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・時

 佛住王舎城耆闍崛山中・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・處

 與大比丘衆萬二千人から菩薩・雑衆の列名等・・・・・・・・・・・伴

 サテ此の『通序』には五事といって、五つの事柄があります。それは人・法・時・處・伴。これだけのことが皆書かれてあります。何の大乗経でも悉くこれが書かれてあります。この『通序』は仏様の御説法を承った阿難尊者の語だとされています。『如是』・・・・・『是の如く』というのは以下記すところの是の如りの法を説かれたのだということで、これは『法』です。『我聞』私が聞いたといふのは、阿難尊者がみづから『我』は聞いたのだといわれた語で、これは『人』、それから『一時』というのは、佛がチャンと或る時「法華経」を説く時、又は「阿弥陀経」なら「阿弥陀経」を説く時、みなその時の因縁来歴が違います。それが『時』、それから『佛住王舎城耆闍崛山』、この「法華経」にはありますが、この『處』が経典で同異があります。それから阿難と一緒に佛に伴うて、佛の御説法を承はった人々、其の伴侶が挙げられます。以上で、人・法・時・処・伴、これを『経首の五事』といひます。
 此の中お経の形式として、必ず『與大比丘衆』とか、『千二百五十人』とかいふことがあります。そして『皆是れ阿羅漢なり』と、きっと斯う書いてあります。そして阿羅漢の名前が書いてあります。それから別に菩薩摩訶薩が書いてあり、天龍八部いろいろのものがあります。此の形式は大乗経て共通の形式ですが、これによりますと、此の文章は、佛が菩薩や何かと一緒に居ったと、いきなりには書いて居られないことを注意せねばなりません。『佛が耆闍崛山の中に、萬二千の大比丘衆の集団と一緒に居られた』と先づ書いてあり、その比丘衆は『皆阿羅漢である』と書いてあります。阿羅漢は六神通っているとせられています。その六神通というのは、みな我々の感覚たる六感で分かるもの以上の特殊な世界を見るものですから、従って大乗経は阿羅漢の見た世界、すなわち我々の見得られない方の世界のことが書いてあるのです。ですから此の中にどんな不思議なことが書いてあっても一向に差支えないので、それは我等の歴史上の記録ではないからであります。『大比丘衆萬二千人倶にありき』とありますが、イキナリに『菩薩摩訶薩八萬人と倶にありき』と、人間以上のことは書いていないのです。『通序』はさういふ風に人・法・時・處・の五事であります。


 3 別序の五序                                ページのトップへ

 それから『別序』であります、「別序」は『其の経の特別の序』であります。経に『是の如く我れ聞けり』より『各佛の足を禮したてまつり、退りて一面に坐しぬ』といふまでが『通序』であります。その次のところの『爾の時に世尊、四衆に囲繞せられ、供養恭敬せられ、尊重讃歎せられつ。諸の菩薩の為に、大乗の経の、無量義教菩薩法佛所護念と名くるを説かせたまへり。佛、此の経を説き(をは)りて、結跏趺坐し、無量義處三昧りまし、身も心も(ゆる)ぎたまはず』といふところから、その後を『別序』と申すのであります。
『法華経』の『別序』には『五序』といって五つあります。どんな風に五つあるかと申しますると、

 衆集序・・・・・『通序』に同じもの

 現(ずい)序・・・・・此土彼土の六瑞をいう

 疑念序・・・・・大衆の疑念をいう

 発問序・・・・・弥勒の発問をいう

 答問序・・・・・文殊の答問をいう

 『衆集序』といふのは、お経のに、此の前に説きました阿羅漢様が萬二千人居った、八萬の菩薩が居った、それから天の神々が居った、阿闍世王が居った、そしてこれらのものに『爾の時に世尊、四衆に囲繞せられ供養恭敬せられ尊重讃歎』されたという迄が『衆集序』であります。
 それから『諸の菩薩の為に、大乗の経の無量義・教菩薩法・佛所護念と名くるを説かせたまへり』といふ、これからが『現瑞序』となります。

 
4 此土彼土の六瑞                                

 『現瑞』というのは『瑞相』を現すことであって、その『瑞相』はどうあるかといふと、これを土・土の六瑞といって、此の国土と彼の国土とで、各六つの瑞相をはしたといふことです。
 其の『此土の六瑞』と申すのは第一に『説法瑞』、「法華経」の序としては必ず「無量義経」を説くと、斯ういふ約束があるのであります。きっと説く、何故きっと「無量義経」を説かなければならないかと申すと「法華経」といふ経は、その「法華経」を説くまでには、必ずあらゆる衆生の考へて居る、諸の感情でも智慧でも意志でも、何でもみんな対手に随うて説き終ってしまふのだ。説き終ってしまって、その後に此の「法華経」で、それらをみんな総合して、佛の智慧、佛の功徳の中にまとめてしまふ、さういふお経であるのです。それだから「法華経」以前には、必ず沢山のお経を説かなければならず、あらゆる九界の衆生の境界、その考へて居るところをば、みな説かなければなりません。さういふ必要がある、そんなに沢山のことを説くのは何の為めであるかといふと、それは前に説いた「無量義経」に、『諸の衆生の性欲不同なることを知れり、性欲不同なれば種々に法を説く。種々に法を説くこと方便の力を以てす』といはれた如く、衆生の性欲不同なるが故に種々に法を説く、それは九界の衆生のあらゆる感情も智慧も意志も、みんなこれを説いて、そして裁断してやるのだ、それだから無量の義理が生れる。然し此の無量の義理といふものは必ず一法から生ずるのだ、斯ういふことを「無量義経」で先づ前幕に説いておかなければなりません。これまで説いたお経は、四十餘年の間真実を説かず、佛の方便の経である、その方便の教は悉く一法から出ているのだといふ宣言をしておかないと、「法華経」を説くことが出来ないといふので、必ず「法華経」を説く前には『説法瑞』の「無量義経」の御説法があることに定まって居るのであります。
 サテ『説法』されるといふと、今度は佛様の其の説法によって一切衆生が驚く、驚かざるを得ない、これまでのものは皆方便で真実でないといふのであるから驚かざるを得ないのです。その『説法瑞』があって、そこで佛が入定される。その事が経の中に『大乗の経の、無量義、教菩薩法、佛所護念と名くるを説かせたまへり。佛、此の経を説き已りて、結跏趺坐し、無量義處三昧に入りまし、身も心も動きたまはず』と入定された、それが『入定瑞』である。
 その入定されるといふと、今度は衆生がこれはどうなることだらうと思って居ると、そこへまことに諸々の衆生の心を喜ばす花が、曼陀羅華摩訶曼陀羅華・曼珠沙華・摩訶曼珠沙華がって来た。そこで衆生の心がぐ、これは何事が説かれるんだらう。容易ならんことが説かれるに相違ない、と待ちける、『是の時、天より曼陀羅華・摩訶曼陀羅華・曼珠沙華・摩訶曼珠沙華を雨らして、佛の上、及び諸の大衆のうへにらしつ』これが『雨華瑞』である。
 それから今度は、衆生がそこで有難がって居る、さうすると一時に地が六種に震動した、『
震・吼・撃』といふ、この六つのひ方動き方をした。かやうに大地が六つに震ひ動くのが『地動瑞』であります。これは何の為めに震ひ動かすのであるか、『説法瑞』で、『四十餘年未顕真実』と説かれたのでこれからどんなことが説かれるだろうと疑って居ると、佛は『入定』して了はれた。さうすると天の『花が雨ってきた』何ともいへない花が雨って来て和やかな気持になった。さうすると『地が一ぺんに六つに震動した』これを天台大師などは六無明したのであると、斯うして居られますが、いろいろの衆生の有つて居る心のゴタゴタを、みんなひ浄めてしまはれた。
 そこでみんなが喜ぶといふことが、『の時、に中れる比丘比丘尼優婆塞優婆夷、天、龍、夜叉乾闥婆阿修羅迦樓羅緊那羅摩コ羅伽、人、人、及び諸の小王、転輪聖王、是の諸の大衆は、未だ曾てなきことをつ。歓喜び合掌して、一心に佛を観たてまつれり』これは容易ならんことが説かれるに相違ないといふので、皆これから後の説法を、厳粛にして期待に充ちた柔軟心で待つ心になった。それが『衆喜瑞』です。
 すると其の時佛が眉間から白毫相の光を放たれた。それが『放光瑞』であります。『爾の時、佛、眉間の白毫相の光を放ちて、東方なる萬八千の世界を照したまふに、ねくらざるところなし。下は阿鼻地獄に至り、上は阿迦尼ダ天に至るまで。此の世界に於て、盡く彼の土の六趣の衆生を見』、サア眉間の白毫相から光を放たれた。その光を放たれたのはどんな所に放たれたかといふと、東方萬八千の世界を照らされたといふので、ここに又『彼土の六瑞』といふものが出て来ます。以上、説法・入定・雨華・地動・衆喜・放光を『此土の六瑞』といふのです。
 そこでこの放光瑞によって、どんなものが観られたかといふと、東方萬八千の世界の六道の衆生が、どんなことをして地獄に行き、どんなことをして餓鬼に行き、畜生に行き修羅に行くか、又人間と生れ天上に生まれるかといふ、六つの因果の(おもむ)きを見ることが出来た。それが『見六瑞』で、そして其の六道の衆生をば救ふところの佛様がましますことを見た。それが『見諸佛瑞』で、経文に『此の世界に於てく彼の土の六趣の衆生を見、又、彼の土に現在します、の佛を見』とあります。
 そして次にはその諸佛が説法して居られる、其の説法して居られるのを見ることが出来た、『諸の佛を見、及び諸佛の説かせたまふ経法を聞きつ』これが『見佛説法瑞』です。つづいて『並びに彼の諸の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷が、諸の修行し得道する者を見』といふのが『見四衆得道瑞』、『復、諸の菩薩摩訶薩の種々の因縁あり、種々の信解あり、種々の相貌ありて、菩薩の道を行ずるを見る』といふのが『見菩薩行行瑞』、『復、諸の佛の般涅槃したまふを見』るのが『見佛涅槃瑞』これだけのことを見た、それが『彼土の六瑞』であります。
 前のところは、恰度これは佛様が「法華経」をばお説きになる時、「法華経」をはる其の人達が、「法華経」をよく心に銘することの出来る=今の語でいへば感銘にたへるやうな=機根になって来た、佛の四十餘年の説法によって、さういふ感銘にたへる機根になって来た。それに対して佛が、此の時こそ「法華経」を説くべきだといふので、佛がこの衆生の感にぜられた、此の感應から『無量義経を説かれた』そして「無量義経」を説いて『入定せられた』その入定から後は皆これは神通なのだ、入定したことによって「無量義経」を聞いた衆生が、どんなことがこれから説かれるだらう、『無量義は一法より生ず』といはれたが、それはどんなことであらうと深い期待心が起った。その期待心をやはらげる為めに『花の雨をふらす』それと同時にこれ等衆生の有つて居る感情だの知識だの意志だのを、一ぺんに引つくり返す為めに、六種に震動する『地動瑞』があった。それで一面には和らげさせて、一面には折伏されたから、これまでの考へはみんな、洗ひ浄められてなくなってしまった。唯もう佛は何事を説かれるだらうといって、歓喜合掌して一心に佛を見たてまつるやうな『衆喜瑞』となった。そこで佛がこれから佛の本当の正味を説くのだといふので、眉間の白毫相の光を放つて東方萬八千の世界を照されたといふ『放光瑞』斯ういふやうに佛の智慧光明をあらはされて行くのだから、其の神通は順序よくあらはされて居る。
 そこで、其の智慧光明は何を照すかといふと、チャンと十界を照されて居ます。六趣は『六界』であり、佛が出られ佛が説法せられることによって、声聞・縁覚・菩薩、此の三つが皆修行するのでありますから、『四聖』の『四界』があるので、特に其の中菩薩の法は佛になる法を以て主にしますから、菩薩の行々、すなわち菩薩の種々の修行をば別にあげられて居ます。そして最後佛が涅槃せられるところまで瑞はされていますから、六道の衆生があって、それに向って佛が出でられ、佛が三乗の法を説き、そして菩薩の修行で統一して、それが終ると佛が涅槃に入るのだと、斯ういふ十界の法が、此の瑞相神通の中に悉く結論せられて居るのであります。
 此のやうに『此土・彼土の六瑞』を示されました。これが第二の『現瑞序』です。
 そこで今度はそれに対して、これは何事で、こんな相があるのであらうかといふので、弥勒菩薩及び会座の大衆が疑い出した、それが『疑念序』であります。
 『爾の時、弥勒菩薩、是念はく、今者、世尊神変の相を現したまふ。何の因縁を以て此の瑞ありや。今、佛世尊は三昧に入らせたまへり。是の不可思議にして、希有の事をせるをば、当にもて誰にか問ふべき。誰かく答へむ者ぞと。』
うなった。
 『此のさく、是の文殊師利法王の子は、已に曾て過去の無量の諸佛に親近き供養しければ、必ず應に此の希有の相をも見たてまつりしならむ。我今まさに問ふべしと。その時、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、及び諸の天、龍、鬼神等も、此念はく、是の佛の光明神通の相を、今まさに誰にか問ふべきと。』
これまでが第三の『疑念序』であります。
 『爾の時に弥勒菩薩、自ら疑ひをかんとひ、又、四衆の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、及び諸の天龍鬼神等の衆会の心をも観つ。て文殊師利に問うて言はく、何の因縁をもて此の神通あり、大光明を放ちて、東方の萬八千の土を照したまふに、悉く彼の佛の国界荘厳を見るやと。』
 これが第四の『発問序』何事であるかといふので尋ねた。此の『発問序』には次に偈文がありますが、それは略します。此の文殊師利菩薩は一切の佛教ではこれを『三世覚母』といふのです。よく世の中で、『文殊の智慧』なんていひますが、また『文殊の利剣』といって、文殊菩薩が剣を持って居る姿があります。それは文殊菩薩は三世の佛の為めに、その導き人となるといふので、『三世の覚母』ともいはれ、「華厳経」では文殊菩薩が矢張り智慧の代表になって居ります。その文殊菩薩にたづねたのです。「法華経」は『文殊菩薩』にはじまってそして終ひの普賢品の『普賢菩薩』で終わって居ます。普賢菩薩は矢張り「華厳経」で、文殊菩薩と並べられる菩薩で、文殊に対して、法界の真理を代表する菩薩とせられています。そこでまた文殊菩薩が『三世の覚母』であると同時に、普賢菩薩はこれを『十方の導師』ともいひます。文殊菩薩は智慧を表し普賢菩薩は慈悲を表し理を表す。此の二菩薩は大乗の経では一ばん高尚な菩薩で、「華厳経」とすると「華厳経」の代表の菩薩です。また大乗をば、「般若」と「華厳」で代表せしめますと、文殊は般若の代表菩薩、普賢は「華厳」の代表菩薩となります。それをば此の「法華経」では、恰度「法華」の始まる時と終わる時と、即ち表門と裏門という風に両方の門になって居るのです。諸大乗経の極致の菩薩を以て此の経の門にする、そしてその正宗分には、文殊・普賢などと類例を異にする『地涌の菩薩』という特別な菩薩を以て其の中心にあげられて居る、先刻申上げたやうに虚空会の中心は寿量品である。そのすぐ前が本化菩薩の出た涌出品です。涌出・寿量の二品が「法華経」の中心であって、その説相からも「法華経」の特別の思想がよく解るのであります。
  其の智慧の文殊菩薩に弥勒菩薩がたづねた、其の弥勒菩薩は釈迦牟尼佛の涅槃に入られた後に、佛の處を補う菩薩、それを補處の菩薩といふ。佛の處を補ふ、すなはち佛の相続人になって居る菩薩であります。其の補處の弥勒菩薩が、『三世の覚母』という文殊菩薩に尋ねたのであります。

 
5 日月燈明佛の往事                               

 そこで文殊菩薩がこの弥勒菩薩の問に答へます。其の答はどんなことだといふと、ずっと大昔に日月燈明佛といふ佛が「法華経」といふ経を説かれた、其の時にも矢張り「無量義経」を説かれて、そして今、見る如き此の通り六つの瑞相を現はされて、それから後に「法華経」といふものを説かれたのである。それを思ふと今の佛も亦「法華経」といふ経を説かれるのであらう。
 『爾の時、文殊師利、弥勒菩薩摩訶薩及び諸の大士らく、善男子等よ、我が惟忖るが如くむば、今佛世尊、じきを説き、大法のらし大法のを吹き大法のち大法の義をべむとこそすならめ。諸の善男子よ、我、過去の諸佛に於ても、曾て此の瑞を見たてまつりしに、斯やうの光を放ち已りて、即て大法を説きたまひき、是の故に当に知る、今の佛の光を現したまふも、亦復是の如く、衆生をしてく一切世間の難信の法を聞知ることを得しめむと欲するが故に、斯の瑞を現したまふなるべしと諸の善男子よ、過去し無量無辺不可思議阿僧祇の劫に、爾の時佛まして、日月燈明佛とも、應供とも、正偏知とも、明行足とも、善逝とも、世間解とも、無上士とも、調御丈夫とも、天人師とも、世尊ともしぬ。正法を演説したまふに、初善と、中善と、後善とありて・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 先刻序・正・流通のことを申しましたが、「法華経」にも其のことが書かれて居ます。ここに『初善』と『中善』と『後善』といふことがあります。日月燈明佛がましまして法を説かれた、其の説かれるにはチャンと『初善』と『中善』と『後善』といふ、序・正・流通があった。
 『初善と、中善と、後善とありて、其の義深遠に、其の語巧妙に、純一にして雑無く、具足清白にして梵行の相なり、声聞を求むる者の為めには、しき十二因縁の法を説き、諸の菩薩の為めには應しき六波羅蜜を説いて、阿耨多羅三藐三菩提を得て、一切種智を成ぜしめたまへり。次に復、佛有まして、亦日月燈明佛と名く、次に復、佛有まして、亦日月燈明と名けたり』
といって、二萬の佛があった、其の最後の佛に八人の王子があった。
 『是の八王子、威徳自在にして各天下を領しけるが、是の諸の王子、父の出家して阿耨多羅三藐三菩提を得たまふと聞き、悉く王の位を捨てて、亦、随ひて出家し、大乗の意を発し、常に梵行を修めて皆法師と()れり。已に千萬の佛の所に於て諸の善本を植えたりき。是の時、日月燈明佛、大乗の経の無量義、教菩薩法、佛所護念と名くるを説かせたまふ。是の経を説き已りて、即て大衆の中に於て結跏趺坐しつつ、無量義處三昧に入り、身も心も動きたまはず、是の時、天より曼陀羅華・摩訶曼陀羅華・曼珠沙華・摩訶曼珠沙華を雨らして、佛の上、及び諸の大衆のうへに散らし
普く佛の世界六種に震ひ動けり。爾の時、会に中れる比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩コ羅伽、人、非人、及び諸の小王、転輪聖王など、是の諸の大衆は未だ曾て有なきことを得て、歓喜合掌して、一心に佛を観たてまつれり。爾の時如来眉間の白毫相の光を放ちて、東方なる萬八千の佛土を照したまふに、周くらざるところなく、今見る所の是の諸の佛土の如くなりき。弥勒よ、当に知れ、爾の時会の中に二十億の菩薩ありて、法を聴かんとふ。是の諸の菩薩、是の光明の普く佛土を照せるを見たてまつりて、未だ曾てなきことを得つ、此の光の所為(ゆえ)因縁を知らんと欲へり。時に菩薩ありて、名を妙光と曰へるが、八百の弟子を有りき。是の時日月燈明佛三昧より起ちたまひ、明光菩薩にせて大乗の経の、妙法蓮華、教菩薩法、佛所護念と名くるを説きたまふ。』
 これが『法華経』みづから其の名をいった始めであります。そして其の因縁をば詳しくお説きになってあるのであります。
 其の日月燈明佛が「法華経」を説かれて、妙光菩薩といふ菩薩がその対告衆であった、「法華経」を説き終られるとおかくれになる。おかくれになると共に佛が滅れられると決ったから、徳蔵菩薩といふ菩薩が次に、お前が佛になるのだといふ授記が行はれた。そして佛が涅槃に入られて後、妙光菩薩は「法華経」の教化をせられる。その教化をした結果、日月燈明佛の八人の子が妙光の化によって成佛した、其の最後の佛が然燈佛であった。斯ういふ因縁説があります。
 これについて、文殊師利菩薩のことで斯ういふがあります。これは国文学にもよく出て来ることですが、『文殊は釈尊九代の師匠である』、釈迦牟尼佛の九代前の師匠である、斯ういふことがありますがこれはこの経文から来たので、妙光菩薩といふのは今の文殊菩薩である。その妙光菩薩が八王子を教化した、その最後が然燈佛といふ佛である。此の然燈佛の弟子が釈迦牟尼佛である、釈迦牟尼佛は八王子の一ばん末の然燈佛の弟子であるから、恰度妙光菩薩即ち文殊菩薩は釈迦牟尼佛より九代の先師であると、斯ういふやうなことをいはれるのであります。これは要するに此の日月燈明佛が「法華経」を説かれる時は、矢張り「無量義経」によって、これまで説いた経は『初善』であった、序分である、今説いている経が「無量義」で、その『無量義は一法より生ずる』のであって、これからその一法にをさめるのであるといはれた、その一法が「法華経」即ち『中善』であります。『中善』を説かれたならば其の後に『後善』の「涅槃経」を説き涅槃に入られる。その過去の日月燈明佛の昔を考へると、今の佛も必ず『法華経』を説かるるであらうといふことになったのです。


 6 序品の要文                                      

於無漏実相心已得通達=『無漏の実相に於いて、心已に通達することを得たり』

 これは『品品別伝』といふのがあって、それに序品の御言葉としてあげられてありますが、これは徳蔵菩薩の徳を挙げられて言葉で、『於無漏実相心已得通達』といはれた。これは成佛のことを申されたものでありまして、実相は『諸法実相』といふことで、『諸法実相』は必ずしも一つに限って居ない、大論などで申すと『諸法実相いて魔事く』と説いてあるから、『諸法実相』は一つであるやうでありますが、『諸法実相』といふ名前は皆使ふのであります。印度でも『諸法実相』は必ずしも『法華経』だけで使はない、小乗でも大乗でも『諸法実相』で、外道にもそれがあります。諸法は多数なので、その多数の中に各々の実相真理はあるのだ。そしてそれを統一する『実相』が究竟実相であるといふことになりますので、これは印度の共通の思想なのであります。それだからここに、ただの『諸法実相』ではないといふために、『無漏』という語をつけたので、実相は実相でも、『無漏の実相』でなければいけない、『無漏』といふ極印を打った実相、『無漏』の法印を打った『実相』でなければならない。で大乗はしばらく措いて、小乗では三法印といひますが、いくら実相といったところで、『無漏』の印を打った『実相』で無ければ』駄目だ、『無漏』とは即ち煩悩をなくしたということで、自己の欲、自己の生存欲、生殖欲や、自己を主にしたる一切の欲、その欲と共なる智慧や意志、さういふものから離れた心で見た『実相』でなければ、本当の『実相』ではない、そこで『無漏』といふ、『無漏』といふ印がおされたものでなければならない。小乗には三法印、空・無常・無我といふやうな、さういす印のおされるのであります。「法華経」ではされに対して『無漏実相』の『諸法実相』なのでありますが、その『無漏実相』の印のおされた真理に向って、此の徳蔵菩薩は心已に通達することを得たり、それが成佛ということの条件なのであります。詳しく説かないと解りませんが、大体「法華経」に於ける成佛の条件だとお考へになっておけばよろしい。 

 7 序品の結びの言葉                                

我燈明佛を見たてまつりしに 本の光瑞此の如し 是れを以て知んぬ今の佛も 法華経を説かんと欲するなり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(名玄義を暗示す)
今の相本の瑞の如し 是れ諸佛の方便なり 今の佛の光明を放ちたもうも 実相の義を助発せんとなり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(體玄義を暗示す)
諸人今当に知るべし 合掌して一心に待ちたてまつれ 佛当に法雨を雨らして 道を求むる者に充足したもうべし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(宗玄義を暗示す)
諸の三乗を求むる人 若し疑悔(ぎけ)有らば 佛当に為に除断して 盡くして餘りあることなからしめたもうべし・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(用玄義を暗示す)
 これは序品を結んだ語でありまして、序品の梗概が説かれてあると見てよろしい。天台大師が此の四つのを以て=偈といふのは四句あるのをば一四句偈といひ、これを一偈としますると、これは其の一四句偈がここの四つあります、その四つの偈=で説かれています。
 先ず第一は
 『我燈明佛を見たてまつりしに 本の光瑞此の如し 是れを以てんぬ今の佛も 法華経を説かんとするなり』
これを一偈といふので、此の一偈に説いたのは何ごとだといふと、佛が最後に説かれる真実の法は「法華経」と名づけるのである。さういひことをば名前を明らかに説かれたというので、天台大師はこれを『名玄義』の本拠であるとせられました。
 つぎには
 『今の相も本の瑞の如し 是れ諸佛の方便なり 今の佛の光明を放ちたまふも 実相の義を助発したまはんとなり』
 其の「妙法華経」といふ名前によって説かれたものは何だといふと、『無漏実相』の義をお説きになるのだ、「法華経」で説かれたものは何であるか、それは『無漏の実相』である。それが即ち此の「法華経」の法の『體』である。「法華経」は「妙法蓮華」といふ名を以て、その説かれる本體は何であるかといふと『無漏のの実相』であるから、これは即ち『體玄義』であると、天台大師は釈せられたのです。
 つぎには
 『諸人今に知るべし 合掌して一心に待ちたてまつれ 佛当に法雨をして 道を求むる者を充足せたまふべし』
 これは天台大師はこれを『宗玄義』の本拠とされました。『宗』といふことはどういふことだといふと、因果ということであります。因行と果徳、此の『法』により、此の「法華経」の名によりて此の『無漏実相』の『體』を示す教によって、説の如くに修行をしたならば、此の『妙法』の因行によって、必ず其の『體』の示して居るところの真理を自分の徳にしてしまふことが出来る。斯ういふ因行果徳といふことをば『宗玄義』といふので、『諸人今当に知るべし 合掌して一心に待ちたてまつれ 佛当に法雨を雨して』、法の雨、それは『無漏実相』を謂はば助發するところの教であります。其の教をお説きになる、その教は衆生に依りて行ずることの出来る『道』としてお説きになるのである。此の迷いの處から彼の悟りの處へ行く煩悩の迷いの境界から実相の悟りの境界へ行く『道』で、即ち因行果徳の道であります、その因行果徳の道を説かれたので、『道』には、必ず出発と到達点とがありますから、『道を求むる者に充し足らしめたまうべし』といふことは、それが因果を具へたる『宗玄義』ということになるのであります。
 つぎには
 『諸の三乗を求むる人 若し疑悔有らんは、佛当に為に除断して り有ること無からしめたまふべし』
 これを天台大師は『用玄義』の本拠であるとせられました。佛に従って声聞・縁覚・菩薩の三乗の道を求め
て居るものも、必ず最後の極致たるこの「法華経」によって、あらゆる迷を断ぜられるであろう。そして悉く『無漏実相』の真理を得て成佛するであろう。これは序品の最後の御文によって天台大師は名・體・宗・用の四玄義を説かれました。すなわち序品といふものは、先刻の六瑞を此の土でも他土でも示されて、それから、此の彼の六瑞といふものは、「法華経」を説かれた昔の日月燈明佛以来、三世の諸佛が「法華経」を説かれる場合の定石であるといふことをば、文殊師利菩薩が證明したのが、この四つの偈であります。
 以上序品を大體を講じ終りました。次に方便品にうつります。


方便品第二
                           

 1 三種の方便

 方便品と申しますものは、先刻序・正・流通のお話にも申上げましたやうに、法華経の前半の汎神論の方の正味を説いたお経なのでこれは少し長くなりますから、或は第三講に少しまたがると思ひます。
 方便といふことは、今は嘘も方便といって嘘のやうに考へるものもあります。これに対して天台大師が三種の方便といふことを説かれました。「方便」は正式の語ではなく俗語で、その俗語を羅什三蔵が用いられたのです。『正法華』は之を『善権品』と訳してある。権は『はかり』であって、相手次第で相手が十ならば十匁のところにもって行くし、相手が二十匁ならばそれだけのものを説く、相手の迷いの程度によってそれだけの教へを説いて行く、それは真理の全体を説いたものではない、全体を説いたものではないが、これは権のもので本当のものではないと言ったら聞かない、そこでそれを本当の真理であるように説くから聞くのですが、そのように「り」に説いておくのはそれは一つの道で、漢音でいったならば権で『かり』であり嘘であるということでありますが、其の嘘をば善い意味において使ふからこれを『善権』というのです。嘘も方便だが善い意味に於いて使うから、羅什三蔵はそれを方便と翻訳されました。そこで天台大師がその方便に三つの意義があると解釈されたので、それはどんな風に三つあるのだといふと、第一に『法用方便』、次に『能通方便』、それから『秘妙方便』、此の三つの方便があります。
 『法用方便』といふことはどういふことだといふと、天台大師がこれを解して『法に方円有り、用に差会有り」、斯ういふ語を使はれました。『法に方円有り』とはどういうことだといふと、法そのものには円いのと角ばったのとがある。それから『用に差会有り』、用そのものには、差別するのと融会するのとがある、角ばったのと圓いのと『法に方圓が有る』からその方圓の『用きに差会あり』となるので、これはどんなことだと申しますと、恰度小乗の教へで申しましたならば、此の世界、此の迷の世界だからをば離れてしまって、そして出世権、一ばん最初に申しましたやうに、世間を離れて出世間に入らなければ本当の悟りの境界はないのだ、世間はきっと迷にきまって居るのだ、斯う差別して居ります。それから世間と出世と此の二つは・・・・・世間を離れて一ぺん出るといふことは・・・・・要するに世間の中に居ると世間の迷に執着するから、それを出るの要ありとするので、執着を離れる為めに一ぺん世間を出るのです。迷の心につかまへられてしまふから、つかまへられてしまはないやうに世間を出るので、世間を出てから再び世間に帰ったならば、其の執着から離れて世間を活かすことが出来るのですから、それを一度に見て、世間即出世間と斯ういふ風にやって見て行くのが圓なのです。それに対して、何でも世間を離れなければ本当の悟にならないのだ、と斯ういふのは方なのです。そんな風に両方の立脚地がありますから、相手が恰度世間に執着して居る者でありますと、世間を離れて出世間に行かなければならないのだと説きます。ところがあんまり出世間に執着してしまって、世間はまったく不可ものだといふのは又間違ひで、たとへば、二乗等の阿羅漢様は、世間の事を離れ、世間を出た人ですから、決して髪をおいたものはありません、阿羅漢さまはみんな坊さんです。着物を着てもった着物は一切着ません、壊色といって皆色をつぶしてしまったもの、ういふ着物を着て一切の華やかなもの、一切の世間的の美から離れなければいけない、美醜の感を離れてしまはねばならぬと、そんな風に阿羅漢様はひます。其の美醜を離れた結果美も醜もわからなくなり、それから美の美たることを知ることが出来なくなります。恰度維摩居士のところに、阿羅漢様と菩薩の両方とも病気見舞に訪ねて来ました。すると天から花が雨った、花は綺麗なものです、人の喜ぶもの、凡夫の喜ぶものですが、阿羅漢様はさういふものははしいといふので、其の花を払ひのけようのけようとしました。すると花が余計に阿羅漢の身體にッ付いて離れなくなります、菩薩の方は一向に花が雨って来やうが泥が雨って来やうがはないものですから、花が雨っても雨りながらサラサラと落ちてしまひます。阿羅漢の方は大騒ぎをして()らう除らうとしますが除れません、さういふのは出世間にあんまり執着してしまって、世間を離れやう離れやうとおもふそれがいけないのだといふので、よう離れようと思うのはいけないというので、『円』の法を教えたのです。世間に執着するものには世間を出なさいと一度は『方』の法を教へ、出世間に執着するものには『圓』を教へる、といった風に、相手次第で説いて行くのが『法に方圓有り、用に差会有り』といふことで、『方』の『法』によって世間と出世間の『差別』の『用』を教へ、『圓』の法によって世間と出世間の『融会』の『用』を教へ、相手次第で異った説を説いて行く、それが『法用方便』で、「法華経」以前の方便は、皆此の『法用方便』から出るのであります。
 そういう風な、世間を離れて出世間に行くのだという『方』の『法』の『差別』の『用』と、世間即出世間という『圓』の『法』の『融会』の『用』とを説いたのは、それは何のためかというと、それは『方』の『法』の『差別』の『用』の説から、『圓』の『法』の『融会』の『用』へ、皆引きつけて行くためにものであったのだといふのが『能通方便』であります。小乗の世間を出るという差別の法は一度は通らなければならない方便である、此の差別のある『方』の法から、それから世間と出世間とが融通する『円』の法に到着するのです。差別のある法は経過みたいなものです。差別から融通する法に通じて行くといふのが、『能通方便』の意であります。佛が人天の為めには、人天乗を説かれ、声聞の為めには声聞の法を説かれ、菩薩の為めには菩薩の法を説かれた、そういうのが『法用方便』で、其の人天小乗の法は、要するに大乗に入れる為めに説いた道行きだというのが『能通方便』であります。差別のところから圓融のところに行く、その為めの方便が『能通方便』で、ともに「法華経」以前の諸経の方便でありまして、諸経でいふ方便といふのは、此の『法用』『能通』の二種に帰するのであります。
 それでは「法華経」の方便はどういふ方便であるか、斯うもうしますると、「法華経」の方便を『秘妙方便』と申すのです。では『秘妙方便』とはどういうことかと申すと、出世間と世間とが差別があるといふ法と、世間と出世間は融通するという法とが、並立するというのは『法用方便』です。差別の方は出発点で圓融の方が到達点であって、世間と出世間とが差別していると説いたのは、世間と出世間と融通するというところへ到着するまでの経過であるというのが『能通方便』で、経過の結果なくなってしまふのだと思ふのは、それはまだ本当のものではないのです。本当の『秘妙方便』からいったならば、小乗の法のごとく、世間と出世間と別だとして、世間を離れて出世間の方へ行く法も、世間そのものは出世間と融通して、世間そのものがすぐ出世間だという法も、みんな悉く佛の智慧の一分なので、佛の智慧の方へ帰って行ったならば、『方差』の法用も『円会』の法用も、ともに皆真理の一部分で、一切世間の法は、みなこれ佛の智慧の一部として見るならば、悉く妙でないものはない。かくて法界妙ならざるものは一つもないとなる。『法に方円有り、用に差会有って』も、ともに佛の御覚りに這入ればみな妙法である。差別の法であるからこれは妙法ではないというのは差別見で、それは差別の法を差別の法として、其のまま用ひて居るからいけないので、差別の法を捨てて、それを一ぺん通り道として円融のところに行くのだと思って居ると、それもまた佛の智慧の中には這入って居ないので、差別の法は、其の差別の法そのまま、本当の佛の智慧から活かされて、みんな真の妙法となるのです。
 そういう風に、先刻申した『無量義』というものはどんなところから出ているかと申すと、衆生の性欲から出て居る。この衆生の性欲は九界の法であります。佛を除いて地獄から菩薩までの法が九界の法でありまして、其の九界の法は『無量義』となって出て来る。その『無量義』となって出て居る九界の法も、佛がその覚りの『一法』からご覧になって、これを説き出されたもので、若し佛の御覚りの『一法』の中に入ってしまふと、九界の法がみんな佛の法になってしまうのです。『一法』の佛界の方から九界の『無量義』を活かされるのです。その場合は九界の法も全部悉く佛の『秘妙方便』になってしまうのです。かくて法界萬法悉く妙法ならぬものはない。斯ういふことを説いたものが「法華経」の方便品でありますと、斯様に天台大師は解釈されました。
 だから究極の智慧から見ますならば、宇宙天地間に一つとして何人も何物も捨てるべきものはなく、佛の智慧から一切を皆用ひるならば、おのおの其のものはもち前の働きがあり、外のものには替えることの出来ない特別の働きがある。それはそのものの妙である。さういふことに帰するのでありまして、それが先刻申した方便品の趣意は汎神教で、一切皆佛である、斯ういふ思想が方便品の思想なのであります。即ち『秘妙方便』ということは、有りとしあらゆる宇宙の『諸法』、『諸法』とは宇宙の何物でも悉くを申すのです。その『諸法』の『虚相』でないところの『実相』をば、佛が無漏の智慧を以て見られた、その無漏智を以て見られたるところの『実相』です。佛が無漏智を以て見たる実相、世の中のありとしあらゆるもの、一塵といえども捨てるものはなくなります。それだからその巧用をば『秘妙』といひ、その法をば『妙法』といふ、天地間みんな『妙法』だ、『妙法』ならざるものは一つもないといふので、『秘妙方便』と申すのであります。その所謂『諸法実相』といふ思想はいはば最も高尚なる汎神教の思想なのです。
 さて此の『秘妙方便』をばお用ひになるのにつきまして、佛様がそれではどういふ風にその『秘妙方便』といふものをば説きあらはしたまふたのであらうかといふと、此の「法華経」の方便品をお説きになるまでは、『法用方便』や『能通方便』をお用いになっていました。それについて『施・開・廃』の『三重の蓮華』といふことがあります。

 
2 施開廃三重の蓮華                             

 三つの方便の中、『秘妙方便』から申したならば、一切の諸法は皆無漏実相の見地から観て、天地間の如何なるものも悉く妙法ならざるものはなくなります。それが『秘妙方便』です。その『秘妙方便』で、そんな風に妙法ならざるものなきことをお示しになるまでに、佛の説法は三つの経過をとられて居るのです。
 それは「法華経」をお説きになるまでの四十餘年の経々、それを『施』といって、権方便を施されたのです。それから正しく法華経をお説きになった時、これを『開権』・『廃権』と斯う申します。このことをば蓮華の喩を以てお説きになってあります。佛が方便を四十餘年施されて、それから「法華経」を説いて方便を開かれ、そしてその方便をくしてしまはれた、悉く一切佛の智慧にしてしまはれた。さういふことを蓮華の喩によってされるのでありますが、その顕される経過を『三重の蓮華』といって、三段の譬を以て示されています。それは
 為蓮故華(めの
 華開蓮現(華開いて蓮現はる)
 華落蓮成(華落ちて蓮成ず)
の三つです。初めには『為蓮故華』次には『華開蓮現』、次には『華落蓮成』。『為蓮故華』といふのは、佛の方便を施されることの喩。『華開蓮現』は、佛がこれまでは方便であったとて方便を開かれる喩。『華落蓮成』は、その方便を廃される喩であります。
 蓮華といふものは、必ず一つの華にはきっと同時に蓮臺があり蓮の実が具わって居ます。華と実が同時にあります。多くの草木は、花が前に咲いて実がに出来たり、花ばかりで実がわからなかったり、実ばかりで花が知れなかったりしますが、蓮華は蓮の実が熟して居ない時には、熟するまで華を以てこれを蔽ふて居るのです。その中にはチャンと蓮の実がありますが、華を以て蔽うて居ます。それを『蓮の為の故の華』即ち『為蓮故華』と申すので、佛が方便を施された四十餘年の間も、佛の悟は「法華経」として四十餘年の教の後に隠されていますが、その教は示されないで、外の無量の教を説かれました。「法華経」の蓮実をば現はすべきであるが、其の「法華経」の蓮実を未だ示すことが出来ない相手であったので、それに対して、無量のお経、四十餘年のお経の華を咲かしてあったのです。そこで「法華経」の時に至って、無量の経々をば開かれました所以を『無量義は一法より生ず』と「無量義経」にお説きになって、さうして一法の「法華経」を顕はされたのです。それから既に「法華経」が顕はされたかぎりは、彼の無量の経々の華は、蓮の実がすっかり熟したならば、華が自ら開いて実が中にあることを示すやうに「法華経」の『一法』を顕はされます。それが『華落蓮現』で、それから華が落ちて蓮の実が中にあることを示すやうに、「法華経」以外の無量義が無くなり、『十方佛土の中には一乗の法のみあり、二もなく亦三もなし』となったのが『華落蓮成』と申すのです。
 かやうに、此の蓮華は実と華とが同時にある、多くの花は、或は先に花があって後に実がある、或は先づ実があって後に花が咲くやうな、さまざまな相があるけれども、蓮華にかぎっては、必ず華があると同時に実がある、それは先に四十餘年の方便の教を説いて居る時にも、佛の心には「法華経」がチャンとあった、そして「ほけきょう」を説かれたならば、やがて四十餘年の経は廃されて法華の一法になる。これを『施・開・廃』の『三重の蓮華』といふので、即ち初めに四十餘年の間に方便を施し、「法華経」に至りて方便を開き、次で方便を廃せられたことを蓮華の三段の経過に譬へられたのであります。そして施権といふ四十餘年の間には『方』の法の好きなものには『差別』の用を説き、『圓』の法の好きなものには、『融会』の用を説き、または差別の法から融会の法に通ずるのだといふやうに『法用』『能通』の方便を説いていたのを、「法華経」で悉く一妙法ぞと、『秘妙方便』を説かれたのです。
 それからまた此の方便品が悉く佛性をもって居るといふ、これは法の上で説かれた経文で、次には譬を以て説かれ、更に昔の因縁に約して説かれたる、法・譬・因の三周の説法といふものが、これから後にあるのであります。

 3 権実二智と十如実相                            

 そこで方便といふことは大體さういひことですが、方便品の初め序品の終りには、先刻いったやうに文殊師利菩薩がこれから法華経が説かれるであろうと申されましたらば、其の文殊師利菩薩の語が終ると共に
 『爾の時世尊、三昧よりらけくちて、舎利弗に告げたまはく。諸佛の智慧はも深くして量ること無し。其の智慧の門はり難く入り難し。一切の声聞と辟支佛の知ること能はざる所なり』
 これを細かく申上げると長くなりますが、これは佛の『権智』よいふものと『実智』といふものとをほめられたのであります。『権智』とは前述の如く、『権』とは『はかり』(権衡)で、対手次第に重くしたり軽くしたりすることで、佛が九界の衆生の心をよく知り、それ相応の法を説かれる智慧が権智で、にいふと、九界の法とその九界の衆生の心とを知る智慧です。それから『実智』といふのは、佛界の法を知る智慧であります。佛は此の両方の智慧をって居られます。経に『諸佛の智慧は甚も深くして量ること無し』といふのは『実智』で、『其の智慧の門は解り難く入り難し』これは権智です。佛界の法が『甚深にして無量』である、其の法に如つた佛の『甚深無量』の智慧をば、四十餘年の間はこれをかくしておかれた、なぜ隠して置かれたかといふと、これを説く時が至らなかったら、妙法華経の蓮実、即ち実のほうはかくしておいて、そして先づ華を説かれた、それは九界の衆生の心に従って説かれたから『権智』の所作である、其の『権智』は『実智』に入る門である、そこで、『其の智慧の門は解り難く入り難し』とあって、どのような心の持ち主も這入れるやうに、沢山の法を説かれて居るのです。ところでそれがどれもこれも本当だと説かれて居るのです。たとへば西方十萬億土の阿弥陀佛の所に生れるやうに、念佛を唱ねるのが本当だといふのもあり、又禅宗のやうに自分の心で悟るのだ、それが佛法の正味であるといふのもあります。一方からいったならば他方は嘘になりますが、そんな風なのは皆自らを恃む人間の為めには心を悟れ、心の怯弱い者の為めには佛の力に頼れと説かれたのであって、それは衆生の心に従って説かれた教へなのです、此のことをば天台大師は、随他意の教といはれまして、佛の『実智』を説かれた教へ、即ち「法華経」を随自意の教といふ語を用ひられて居ます。随他意の教は、衆生の心はさまざまで、そのさまざまの衆生の心に従って説かれた教へですから、『其の智慧の門は解り入り難し』、何っちが何うだか本当のものが解らない、斯ういふことになります。さういふ佛の権実の二智は『一切の声聞辟支佛の知ること能はざる』ものである。
 『所以者何て百千萬億無数の諸佛に親近きて、盡く諸佛の無量の道法を行じたまひ、勇猛く精進にして、名声普く聞へたまへり。深く未だ曾てなき法を成就し、しきに随ひて説きたまふ所は、意趣解ければなり。舎利弗よ、吾成佛してより已来、種々の因縁と種々の譬喩とをもて広く言教べ、無数の方便もて衆生を導きて、諸のを離れしめたり。所以者何となれば、如来は方便と知見波羅密と、皆已に具足せさせたまへばなり。舎利弗よ、如来の知見は広大にして深く遠し。無量と、無礙と、力と、無所畏と、禅定と、解脱と、三昧とありて、深く無際に入りつつ、一切の未曾有法を成就したまへり』
 かやうに佛は、佛の『権智』『実智』の量るべからざることをさまざまにお説きになりまして、其の終りのところに『止みなん、舎利弗よ』と言われました。もう止めよう、止みなむ舎利弗よ説くことをいじ。説くことをめてしまはう。
 『所以者何となれば、佛の成就したまえる所は、第一希有しく解り難き法にして、唯佛と佛とのみ、能く諸法の実相を究め盡したまへばなり。』
 唯佛と佛とのみ乃し諸法の実相を究め盡くしたまふというその如来が諸法と仰しゃいましたのは、十界でありまして、『実相』といはれましたのは、所謂『如是相、如是性、如是體』等の十如是をお説きになりましたそれであります。『き相、是の如き性、是の如き體、是の如き力、是の如き作、是の如き因是の如き縁、是の如き果、是の如き報、是の如き本末究竟等なり』、これを十如是と申して、方便品の一ばん大切なことと致すのであります。そこで『所謂諸法』のとありますが、佛教で『法』というのは存在の意味で、存在には物たると心たるとを問はず、必ず法則がある。若し『諸法』といはず、『万物』とか『万象』とかいふことになると、『心』を入れることが出来ず、『本體』を入れることも出来ない。そこで『法』といって『萬法』という時は、物にも必ず法があり心にも必ず法がある、凡そ存在するものは其のものに特有する法のないものはないというのが実ですから、存在するものを悉く包括することができます。
 そこで佛法では存在するもの、有るものといふことを法といふ、そこで有りとしあらゆるものは即ち諸法でなければなりません、その有りとしあらゆるもの『諸法』の『実相』は、『実相』とは実際の相・・・・・でありますが、相ばかりではないので、それはすべての存在は、まづその相から認識せられ得るから、まづ『相』を挙げたのであって、実をいふと、諸法実相、諸法実性、諸法実體、諸法実力、諸法実作、諸法実因、諸法実縁、諸法実果、諸法実報、諸法実本末究竟等と斯うなるのです。本当は十如是の全體は、ありとしあらゆる諸法の実の相から実の本末究竟等までを認めるといふことになります。諸法というものにはどれだけのことがある? それは必ず此の十の法がある。こういうことを説かれたものが此の十如実相の法門でありまして、方便品で最も大切とするところであります。
 凡そ存在するものがあれば必ず『相』があります。『相』があれば『性』があり『體』があります。『相』といふものは外から見得る『すがた』、それから『性』というのは内にかくれて居るもちまへ、『體』は其の内外を合わせた『実體』であって、凡そ存在するものには此の『相・性・體』の三つが必ずありますから、これを『根本』とします。さういふ三つのものがあったならばそれには必ずどれだけかの其のものの『力』があり、力があったならばそれが『き』を起こします。其の『力』があって『作き』を起こしたならば、それがそのものの変化して行く或る一つの『原因』になります。其れみづからの原因になると共にそれは他のものに対しては、外部から来る『縁』にもなります。そのものが動いたならば他に影響します。影響しましたならばそれはそのものに対しての『縁』になります。それと同時に其のものは他からの影響を受けます。すなわち『縁』を受けます。その『結果』は其のものが何かに変わって行きます。言い換えれば其の相・性・體が大なり小なり変化して行きます。ただそれ自体だけの変化に止まらずに、其の結果又それが周囲の変わった関係から影響を受けねばなりません。そしてそのものの変わった関係を現はすやうになります。それが『報』であります。斯ういう風に、力・作・因・縁・果・報の六つのものが、相・性・體についています。『力』はそのものに内在して居り、『作』は今度は外の作きになって行き、それから『因・縁』は『因』は内より発し、『縁』は外より来るもので、変化の前にあるもので、『果報』は『果』は内の状態、『報』は外の状態で時間的に後にあるものでして、今日の『果・報』は、過去の『因・縁』により、将来の『果・報』は、現在の『力・作』が、『因』となり、『縁』と合してそれが熟する時にあらはれるものとなります。つまりこれだけの六つのものは、結局『相・性・體』を具へたる存在があったから、その存在に付随しているものです。そこでこれを『末』と致します。此の『相・性・體』の『本』と、『力・作・因・縁・果・報』の『末』とは、究竟して必ず一切の諸法に、普く存在し、斉一的に一致する。諸法は必然的に此の十種の法によって存在し且つ活動しているものであると、斯ういふ風に見たのが、此の如是相・如是性・如是體・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是報・如是本末究竟等という十種の法、即ち『十如是』という法則であります。
 で、それをばどうして『如是』と名づけたものであろか。それはどういう訳だらうとなりますと『相・性・體・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等』と斯うあります、これは単なる名前としてはどんなものにも存在する法則の名でありますが、若し実体実物の方から見ますと一切の事物がみんな一つとして『相・性・體』の同じきものはなく、其の同じものがないから、其の『力・作』の同じものもなく、従って『因・縁・果・報』の同じものもないわけであります。そういう風に、この十種のものが実物においては皆別々に変って居ります。それが『諸法差別』の所以であります。其の諸法の差別して居ることをばこれを『假諦』と斯う申します。かく差別して居りますけれども、其の差別は歴然として居りましても、然しそれは彼と是と全然変ったものでなくして、諸法のそれぞれは変わって居りますがその実相から申しましたならば、矢張り宇宙内の一體のものでありまして、十如の法によってどうにも変化して、彼が是に是が彼になり得るものですから、その差別は、つまりは一體の中の差別でありますから、その一體の差別の方からは、是は彼に如い、彼は是に如い、千差萬別と森羅している諸法も、その内面には共通したものを有って居ると見ねば解釈できません。。共通したものを有って居て、決して全體違ったものではない、根本からいったならば、一つのものである、こういう風に見るのが『如』であり『空諦』ということであります。
 それから、どんなに差別しても而も平等なものを有って居る。平等なものを内面に有って居るが外面に
は差別的なものを有って居るので、そういう内外の二つのものを一緒に有って居るということが『中諦』であり、『是』と申すのです。 今一度申しますれば『相・性・體』皆違うというのが差別の『假諦』でありますが、此は彼に通ひ彼は此に通うのだといふ場合、平等の『空諦』であり、差別の『相』に平等の『性』があるのが、本體であるぞという時に『中諦』というのです。其の『空・假・中』の三諦を具へて平等でありながら差別し、差別しながら平等である。それは『相・性・體・力・作・因・縁・果・報』がさまざまに変わって居る、しかも内面に平等なものがある。それが如何に平等であり、如何に差別しているのか、さういふことをばはっきりと真に知ったものが佛であるぞ、佛は其の知見に徹底して居られる、其の『真理』を徹見したる智慧から、『教法』を垂れられたのだから、その『教法』も、外面こそ『三乗』の差別はあっても決して内面的にもその『三乗』を差別されることはない。声聞は声聞、縁覚は縁覚、菩薩は菩薩、これは別々であって声聞・縁覚は佛になることは出来ない、女と男と別だ、善人と悪人とは別だという差別は、差別はあるけれども、それは決して根本的のものではないのです。相は変って居るが根本に変りはない、根本にぶつかったら同等一體になるのだ。けれども『相』に於いて変って居るの、それは変っている理由があって変わって居るので、その差別の方面を説かれたのはそれは先刻申上げた『法に方圓有り用に差会有り』から出て居る『法用方便』ですが、それから差別して居るものは、これを平等にして行く道行きに説いたのだというのが『能通方便』です。それよりもっと進んで「法華経」の『諸法実相』からいひ、佛の知見からいひましたならば、その差別は差別ながら、平等は平等ながら、ともに妙ならざるものはなくなるのです。そういうことを『十如是』といふ一つの範疇において略してお示しになりました、これを佛の『略開三顕一』といひます、或は『略開権顕実』ともいひます、『略して三乗の差別を開して、一佛乗なるを顕はす』、又は『略して方便を開して、真実を顕はす』といふことです。

 
4 三止三請重請許説                               

 以上は佛様が、誰れも問はないのに勝手に御自分からいひ出されました、『無量義處三昧』といふ禅定からお立ちになると、イキナリこの十如是の法を説かれて、これは佛の真実の智慧からいふと斯うなるが、これは言葉でいってもなかなか解らないから、説くことは最早止めてしまはうと、恰度月が東山に出んとして、そしてりはさしましたけれども、まだ本当の月の姿は見えないといったやうな形だったのです。そこで舎利弗尊者に、『汝舎利弗よ、説くことをいじ』といはれたものですから、さう仰せになった其の時に、
 『爾の時大衆の中に、諸の声聞、漏盡の阿羅漢、アニャキョウジンニョ等の千二百人、及び声聞辟支佛の心をせる比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷あり。各是念に作はく、今や世尊は何の故に、慇懃に方便を称歎へて、も是のしたまへる。佛の得ます所の法は、甚も深く覚り難くして、言説きたまへる所あるも意趣知り難し。一切の声聞辟支佛の及ぶ能はざる所なりと。佛は一解脱の義を説したまひしかば、彼等此の法を得て涅槃にれりしに。而るに今や是の義の趣く所を知らずと。』
といって、舎利弗が三度までひ、佛が三度められたのを、三度までおし返してお伺ひお伺ひしましたので、これをば『三請重請許説』といひます。手数の大変かかったもので、三度止めて三度請ふた、そして尚重ねて請ふたから始めてお許しになった、『止みね舎利弗』と頭から仰しゃったけれども、月の光りが出かけたから何か上りさうだといふので、『是非どうかお説きを願ひたい』と請ふと、『イヤイヤこれを説いたならば一切世間の増上慢のものは無間地獄にちるから説かない』『イヤ決してそんなことはありません、今居るものは四十餘年の間世尊の教を受けたものですから、そんなことは決してありません』『イヤイヤ説いても解らないから説かない』といって、先づ三度まで止められたのであります。
 三度請うて止められたがそれでも又請ふたので、いよいよ佛がそれほどめでにいふならばと、これから説かうとせられた時
 『爾の時世尊、舎利弗に告げたまわく、汝已に慇懃に三たびいたてまつれり。でか説かざることを得む。汝今(あきら)かに聴きて、善く念に之を思へよ。吾当に汝の為に分別し解説すべしと此の語を説きたまへる時、会の中に比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷の五千人の等ありけるが即ち座より起ちて、佛を禮して退きぬ。所以者何にとならば、此の輩は罪根深く重く、及び増上慢にして未だ得ざるを得たりと謂ひ、未だらざるを證れりと謂へり。此やうの失あり、是を以て住まらざるなり。』
五千起去という大変なことが出て来たのです。「法華経」といふ経が如何に頭から文句の多い経であるかは、『此土の六瑞』『彼土の六瑞』といふやうな、大きな佛の手数をかけ、其の前に「無量義経」の前幕をもって居ます、それだけの手数をかけた結果、一寸『十如是』だけ説かれて『止みなむ舎利弗よ、復説くことを須いじ』といって、三度まで止められ、三止三請してサテやっとこさ説こうとすると五千人のものは黙ってお辞儀をしてずっと行ってしまった、失敬千萬なことです、それでも佛様はそれを御覧になって居ながら止められなかった、『世尊黙然として制止したまはざりき。』去るがままにして佛様は待て待てと仰しやらなかったのです。
『爾の時に佛、舎利弗に告げたまはく、我が今此の衆には復枝葉無く貞実のみ有り。舎利弗よ、是の如き増上慢の人は退くも亦し矣。汝今善に聴け、当に汝が為めに説くべし。舎利弗言さく、唯然、世尊よ、願くは(よろこ)びて聞きたてまつらんと欲す。』
此の五千起去といふことが、迹門の一ばん最初からあります。これは迹門の始めで、「法華経」の先づ幕があいた幕あき早々に、五千人からのものが座を起ってしまった、これから先き虚空会の始め、即ち宝塔品のところに行きますと、いよいよ虚空会がはじまると、一ばん先に人天被移といって、人間と天人とが皆他所に移されてしまひます、それから寿量品に行くと、失心の子といふのがあって、これは佛が、これが最上の教だといって説かれる教をききません。此の三つの説相とにおいて、「法華経」が聞き難く信じ難きこと、即ち「法華経」の難信難解の説相が示されて居るのでありますが、其の難信難解の説相が示されると共に「法華経」にはこれら難信難解の者共をも、悉く又教化し了る場合の説相が別に示されて居るのであります。
 阿羅漢を得たる五千人のものすらも座を起った、これらが皆聴くことを得ず、又信ずることを得ず解することを得ないところの、難信難解の輩が、佛の御在世にもこんなにあったといふことを、日蓮聖人はしょっちゅう『如来の現在すら猶怨嫉多し、んや滅度をや』といふ経文の語を引かれ、又伝教大師などの例を引かれて云れています。何故、かやうに阿羅漢などが「法華経」を聴きたくないと座を起ったりするのであらう、これは何の為めであるかといふと、「法華経」は衆生の迷の心に随って、衆生が喜ぶやうな衆生の意樂といふのを標準にして説かれない、ただ佛の心に随って説かれたものが「法華経」でありますから、其の為めに斯の如きことが起るのであると「如説修行抄」のはじめに説かれてあります。佛の現在の衆生は皆佛に因縁の深いものでありますがそんな衆生ですらも・・・・・・四十餘年の間調機調養されたものですらも、五千起去があり、人天被移があり、失心の子があったのです。まして況や佛の滅後をやとお説きになってありますが、どうしてそんな状態になるのであるかといふことは、根本は「法華経」の本質に基くことで、それは追々お話し申上げます。
 五千起去の者が去って、残ったものは、この「法華経」を聞くに堪へる者であるとなって、佛がいよいよ三乗の教の差別を開いて佛の教は一佛乗しかないものだといふことをお説きになります。それが『広く三乗を開して一佛乗を説く』といふので、『広開三顕一』といひます。その『広開三顕一』に法説・譬説・因縁説といふ三段の説法があります。

 
5 法・譬・因三周の説法                      

 さてこの法・譬・因三周説法といふのは、どういふことであるかといふと、法華経といふお経は如来一代諸経の中、一ばん大切なお経であるに拘らず、法門教義といふ所謂道理を説いてあるところは極めて少なく、道理を説くより或いは譬喩を説いたり、或いは因縁を説いたりするやうなところが比較的多いのです。それでまた流通分といふところになりますと、其の功徳ばかり説いてあります。一ばん最初の時にも、一切の経の中で法華経の如く流通分の多い経はないといふことを申上げました、流通分といふものは其の経が弘まるについての修行の仕方、其の修行の結果の功徳はどんなものだといふことを説いてあるものですが、流通分が多いことは其の功徳を説いてあることが多いといふことが多いということであります。それが一経二十八品の中十六品半あります。即ち五分の三位あるといふので、平田篤胤といふ人は、「法華経」は正味はちっともない、これは薬でなくて薬の効能書だといふやうなことを言ったのですが、それは必ずしも全く無理由なことではないのです。
 それから因縁・譬喩・。因縁といふのは斯ういふ佛があって、それがどういふやうな化導をした。それからどういう衆生がどういうように化度されたということでありますが、それが「法華経」には大分あります。道理を説いたところは僅かに方便品というところの、それも僅かに略開三顕一というところに、『十如是』の道理が少しばかり説いてあります。だから「法華経」の全部を通して哲学的の道理は極く少く、十分の一もないのです。若し字数でいったならば、法華経一巻六万九千三百八十四字もあるといひますから、その中一千字もない位です、不思議千万であります、理屈を説くことは極めて少ない。であるにも拘らず理屈を説くことが殆ど大部分である「般若経」や「華厳経」より勝れて居るのは、どういふ訳であろうといひますと、そういう理屈は宗教といふものにあっては、それは前提のもので、理屈は宗教の正味ではない。宗教の正味は其の理屈が総勘定されて、人間になって動いて来なければ宗教にならない為めなのです。 「般若経」とそれから「華厳経」佛教の理屈は此の二つで代表して居るといってもよいくらいです。「般若経」は「大品般若」というもので四十巻、一番大きいものは六百巻あります。「華厳経」は六十巻乃至八十巻とありますが、これらの大部分は理屈を説いたもので、「般若経」は諸法空といふ理屈を説いて居り「華厳経」の方は十重無盡という理屈が説いてあります。これは十重無盡に現象界が動いて居る。そのあらゆる現象界が動いて居る中には、あらゆる他の現象界が一つ一つ中に含まれている。それが悉く佛の功徳境界だということを説いたのが「華厳経」で、これは佛教でいう縁起論で、ことに浄心縁起といって、佛の心中での縁起を説いたものです。それから諸法空の「般若経」と申しまするものは、縁起でなく、諸法の実相、即ち、諸法の動いて居るところでないその本體、実體について説いたので実相論といひます。この「般若経」の実相論と「華厳経」の縁起論、此の二つのもので理屈の方は総勘定されているのです、即ち此の二つが理屈の代表経であります、其の二つの理屈の代表経といふものをば「法華経」はこれを人格化してしまひ、その二つのものを総勘定して、二つのものが釈迦牟尼佛の一つの人格一生の活動の内容に攝めたものです、実相論と縁起論とを釈迦牟尼といふ人格内容に具體化し、それを包含せしめて「般若」「華厳」の諸法実相・浄心縁起の二つのものを人格にこさへ上げてしまったものが「法華経」なのです。
 繰返していひます、理屈といふものは、宗教にあっては前提なのです、其の理論の人格化されたものが、これが正味なのです、それが宗教の中心なのです。その点から申しますると「法華経」そのものは、佛経における宗教といふものの完全なるもの、佛教としての宗教が完全に建立されたものであります、其の必要として法・譬・因三周の説法といふものがここにあるのです。
 そこで「法説」といふのは、これは方便品で、諸法実相の法理といふものを説かれたことを申すので、それにつづいて譬説・因縁説とありますが、なぜかく三段にお説きになったかといふと、方便品は諸々の声聞の中で、一ばんに利根とせられて『智慧第一』と呼ばれる舎利弗、舎利弗尊者は、萬二千の阿羅漢達にみな特長がありますが、その中、一ばん智慧のすぐれた阿羅漢様だったのです、その智慧第一の舎利弗其の人を相手にして説かれたので、即ち上根の声聞の為めに法説があったのです。それから譬説と申しまするのは、未だ法ばかり説かれたのでは、ハッキリとよく領解することが出来なかったところの、中根の声聞、それは迦葉尊者・目連尊者・須菩提尊者・迦旃延尊者、この四大声聞が、中根の声聞で、この人達の為めに説かれたのです。それでも未だ十分に解らなかった者の為め、即ち下根の声聞の為めには古い昔の因縁の話を説かれました、此の三つの説き方によって「法華経」の迹門といふ前半の説法の正味が了っています。
 方便品の法説でわからぬものの為めには、譬の話を以てせられ、此の譬で解らぬ者の為めに更にもう一つ進んで、現実の因縁を以てせられたと、普通にいはれていますが、「法華経」の此の法・譬・因三周の説法の中、どれが一ばん「法華経」として大切なものであるか、斯う申しますると、上の如き普通の観方からは、上根の為めに説かれたのであるから、法説の方便品が一ばん大切なものでねければならない筈なのでありますが、天台大師が「法華玄義」で、「法華経」と他の諸経との相違を大観して、「三種の教相」といふものを説かれて居ります、その観方から「法華経」を見ますといふと、他のお経であるならば、其の経だけの話ですんでしまひます。たとえば「般若経」なら「般若経」だけですみます、「般若経」は主として『諸法実相』の絶対空の理を説かれて居ますので、其のお経だけですんでしまひます、「華厳経」ならば「華厳経」で、十重無盡の法門ですんでしまいます。浄土の「阿弥陀経」ならば阿弥陀様の慈悲が説いてあって、それでお終ひになります。然るに「法華経」といふものは、其の経だけのお話ではすまないのです、どんな風にすまないかといひますと、 「法華経」は釈尊一代五十年の化導の全體といふものから考へ、全體といふものから説いて来なければ、「法華経」の中に書かれていることが解らないのでして、すなわち如来一代の行化の全體、如来一代の化導、さういふものを説いて来なければ、その説明を領解することが出来ないお経であります。これは他のお経と性質の違ふお経なのです。それでは釈尊一代五十年だけでよいのかといひますと、それでも未だいけません、其の一代五十年の間だけでよいといふ部分は、上に申しました『三種の教相』の中の、ただ第一の教相だけのことで、それは法説の方便品、譬説の譬喩品乃至授記品までのことで、第二の教相即ち化城喩品になりましては、唯釈迦如来の今度の五十年の御説法だけでなくて、釈迦如来の人格は、此の真の人間を代表する人格は、今始めて現れた人格ではない、それは我々の思慮を絶した三千塵點劫といふ大昔から、妙法蓮華経という宇宙の根本真理によって菩薩の修行をして居る大人格であって、常に一切の衆生を救ふに間断なき方であると説かれ、第三の教相では、更にそれは五百塵点劫の昔から、菩薩でなしに、完成せる佛陀であられたのである、斯ういふ風に、第二第三の教相に於いては説いてあります。第一の『諸法実相』は、諸経に似たことはありますが、第二の因縁説といふものの方は、他の諸経にないところで、それだけ意義が重いことになって居ります、これは『法華経』の性質で、第一ばんによく考へておかなければならぬことであります。
 一般的にいひますと、佛教ではそういふ因縁だの譬喩だのといふことは方便で、それは法説といふ真理を説くための、真理の譬へ話であり、或はそれは真理の何か演劇的もしくは象徴的の叙述として説いたものである、斯ういふ風に考へることが出来ます、然るに此の「法華経」の精神からいひますと、さういふものではないのです、どうしてさういふものではないかといひますならば、『法體』といふことは、既に此の宇宙の実相といふ、『唯佛與佛』の境界、我々の迷ひの心からは知ることの出来ない宇宙の本體が存在するといふことになっていますから、既に其の理が存在するといふことは解らなければなりません、それでは其の『法説』に説かれたところの『諸法実相』の理は、今出来たものか、前からあるものかと考へまして、無窮の前から存在するものだとしましたならば、それはただ理として存在しているものでしやうか。すなわち理としてのみ存在して、人間として其の理を知るところの一つの人格、さういふのは何も存在して居なくて、だんだん人間が進歩して、その理を知るようになって、始めて佛などいふものも出るやうになったものでありませうか、斯う考へて参りますと、いち一往申しますと、人間は蒙昧野蛮からたしかに漸次開明文化に進んで来たやうですが、さてその今日からは未開の時代においても兎に角迷って居る人間と覚る人間とがあったことはたしかで、その覚った人間の悟りは、今日の開明文化の人間も、それな数へられなければならぬことも事実です。すると、その覚る人間が宇宙に何もなかったところから、今始めて覚ったと見ることは、深く考へますると、算盤が合はないことが出来てまいります、これを「法華経」では『具ぼ法門』と申しますが、「法華経」は「法華経」と諸経との相違をば、『縁起』といふ『起』といふ法門と、『実相』といふ『具』といふ法門との違ひがあるとするのです。『具』といふのは、これまで出て居なくても、ここに今新しく出るやうなものでも、出るものがあったならば、其の出て来るものは其の出て来るものに本来から必ず具足して居るものでなければならない、具足しないものは決して出て来るわけはない、縁に従って起るといったところで、縁に従って起るのは、その起るべきものが根本に具足して居るから起るのであって、具足しないものが起るわけはない、本質にないものが出て来るわけはない、斯ういふのが「法華経」における鐵案なのです、本質にないものは出て来るわけはないといふ、此の具足といふ思想から考へますと、霊的のものが出て来るといふのは、霊的のものもこの宇宙に本来具足して居るのでなければ出て来ることはできないではないかと、元始にさかのぼって考へて居るのです。佛陀といふものは、『佛も本は凡夫なり』で、見たところは人間がだんだん覚って佛になるやうですが、然しその誰でもがみな春の花が咲くやうに、みんな覚って佛といふものになるならばよろしいが、『一迷先達以て餘迷を救ふ』といふことがありまして、先づ覚るのは一人なのです。其の一人の覚る者もその覚る心はどんな風に出て来たのでせうか、他の者はちっとも覚ることは出来ないのに、どうしてその人一人だけ覚り得たのか、若し人間が進化するといふことが、一般的のものでありましたならば、釈迦牟尼が三千年前に覚ったから、それから後の我等はそれより以上に、覚って居なければならないのです。ところがこの人間の世界に、一向に釈迦牟尼以上に覚ったものは出て来ないのです。今日になっても学問の淵藪だといはれる独逸などでも、佛教にはなかなか深い哲理があるから佛教を研究しようなどといっているのです。ですから、「法華経」といふものは、其の意味から申しますと、此の宇宙に一つの根本の法=即ち佛乗=なり佛陀なりの、絶対的の道徳法、また人格的の或るものの儼存を教へたところの経典なのです。
 総概し申しますれば、「法華経」の全體はこれを人格中心と見ていいのでありまして、私は此の「法華経」のことをば、人間及び人生中心の経典だといって居ります。此の點は古来多く誤られて居ることで、法然上人の如きは「法華経」を末法の人間に用には立たぬものとされましたが、どうして「法華経」が役にたたないで、阿弥陀如来に縋らなければならないのかといふ理由は、「法華経」といふものは、二乗だの、菩薩だのといふ、普通の凡夫以上の覚った人間を相手にして説いた経典である、「法華経」は凡夫を相手にして説いたものではないといふことをいはれて居ます、それで阿弥陀様の教を弘通されました。それは法然上人自ら書かれたものに明かに出て居ります。ところが「法華経」を正直に拝見しましたならば、そんなことは何処にも書いてないのです。「法華経」といふものは現在の経文に依りますと・・・・・・佛在世に於いてお釈迦様が説かれましたのは、阿羅漢様の為に説かれたやうに見えておりますけれども、「法華経」が説き進みまして、迹門の流通分から、本門の教義を説かれたところになりましては最早これは阿羅漢様の為に説かれたのではなくて、遠い遠い後の世而もそれは凡夫の為に説かれたる人間本位の経典で、従って又其の人間本位の経として、真理だとか覚りだとかいふやうな、そんな今の語でいへば観念論、心の中だけで了って居る、了簡して居る、そんなことで満足している教義ではないのであります。人間の真の活動、実践、動き方、心に覚るのではなく、身心の動かし方を説かれ、それからそれを社会的に実現することが示されています、本当に日常働くところの、我等人間の実際の働き、その心ばえを根本的に改めてしまふところのものが「法華経」の目的なのでありまして、さういふことを目的としているのですから、決して「法華経」は覚りの理屈ばかりを説くことを主にした経ではありません、観念論的のことを重んじたものではなく、人間の実践活動を重んじてあります。佛陀の動き、諸々の菩薩の動き方、それを凡夫の動き方としようとしたもので、それを主にしてといてあるのであります。従って此の「法華経」としましては、因縁説の方が法説よりも重い理由があります。これはよく了簡しないと空々寂々たる唯の理屈になってしまひます。天台の「法華経」ならば、或はそれですむかも知れませんが、然しながら日蓮聖人の「法華経」はそんなことを以て満足することは出来ないのであります。
 で、日蓮聖人の方は「法華経」では、寧ろ法説よりも因縁説を尊びます。特に因縁説の中に於いては本門の因縁説を尊ぶのです、其の理由が解らなかったものですから「法華経」が解らなかったのです。法・譬・因三周の説法のあることは、「法華経」の「法華経」たる所以なのです。
 前置きはこれで止めて、プリントの括弧の中にあります『正説』といふことは、其のことについて佛様が正しくかやうにお説きなされたといふことで、『領解』といふのは、佛様のお説を聞いて、成程さうでございますかといって、聞いた人が自分の承はり領解めたところを、私は此のやうに意得ましたがこれで宜しうございませうかと申上げることです。すると佛様が、お前の領解は其の通りだ其の通りだといって、允可なされる、それを『述成』といふのです。それから『授記』といふのは、允可せられまして、それだからお前は、必ず佛になる、すでに佛の覚りに入っている。だがお前は・・・・・これまでは二乗・・・・・二乗といふのは、阿羅漢様は自分だけが悟らうとした自調自度、自分だけ悟って自分だけ此の苦しみの世界を渡って、そして悟りの涅槃の中に這入らうちすた、それだから一切の他の人間を化導し、他の人間を助け他の人間と共に悟りの世界を造らうとした、それだから一切の他の人間を化導し、他の人間を助け他の人間と共に悟りの世界を造らうといふことは、ちっともやって来なかった。だから一切衆生に対して、因縁といふものが結ばれて居ない、道の上の因縁、それが何にも繋がっていない、何にもつながっていないから、今「法華経」を聞いて「法華経」の覚りを得たところで、自分は覚ってしまったけれども、一切衆生に法の因縁をつける相手がいない、相手がないから法の国、佛の国を造ることが出来ない、因縁をつくらなければ理屈だけ悟って居ても、荘厳国土は現実にはならない、即ち事実はどうにも仕様がないのです、そこで二乗達は佛の覚りをチャンと領解しましたけれども、お前は自調自度して居たから、これから本当に佛の世界を造らうといふには、新たに「法華経」の世界、佛の世界を造る仕事をやらなければならぬ、菩薩の修行をしなければならぬ、菩薩の修行をどれだけかの間やった結果、さういふ法の上の因縁を結んだ人を、それをみんな集めて自分の国を造る、佛様の国はさういふものである、或る誓願を立って、其の誓願によって人を救う活動をする、其の救われた人間を集めて佛様の国を造る、それをやらないといくら覚って居ても佛の国は現はせない、それだから二乗が覚っても佛の世界をとくるのには余程先のことになるのですが、そのお前は何時々々に八相成道の佛になり、佛の国を造ると預言せられるのが『授記』です。其授記されたものを見て外の一会の大衆がこれは結構なことだ、阿羅漢様は到底佛になれないと思って居たが、さういふことで佛になるのでございますかと、一会の大衆が喜んだ、それが『歓喜』といふのです。そんな風に「法華経」の組立は、三周の説法の中に、各々『正説』『領解』『述成』『授記』『歓喜』がります。これが五つって居るのもあるし、或は四つのもあり、三つのもありますが、大體に於いてすっかり揃ひますと、この五つあるのです。

 6 略開三顕一と廣開三顕一                           

 それから此の方便品は、即ち『正説』と申しまして、法説の中正しく佛がこれまで四十餘年の間三乗の法を説かれたが、それは方便であって、これから説く「法華経」が真実なのである、諸法実相の外に真の佛法はないといふことを説かれたので、それが『正説』であります、其の『正説』の大事なところは、『略開三顕一』と『廣開三顕一』とであります。
 『略開三顕一』といふのは前に一寸お話しておきましたが、皆さんの大抵知って居られる、『爾の時世尊、三昧より安らけく詳に起ちて、舎利弗に告げたまはく』といふところから、『謂ゆる諸法の、如是相、如是性、如是體、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本末究竟等なり』あすこまでです。あすこのところに、どんなことが説かれて居るかと申しますと、其の中の一ばん大切なところは『諸佛の智慧はも深くしてることなし。』といふところです、此の『諸佛の智慧は甚も深くして量ることなし』と申すのが、佛様の実智といふことを説かれたもので、佛の見られた世界、其の世界を其のまま説いても、なかなか解りにくい、それは恰度此の前も申上げたやうに、一切衆生が迷って居る、西を東と間違へて居るから、まるで頭から、お前が東と思って居ることが西だと、正反対のことをいってもなかなかのみこめない、そこで相手の迷ひの程度に応じてさまざまに、事実東を西だと思って居るものに対しては、もう少し此方の方が西だ、少し違って居ると、だんだん引っ張って行く、さういふやうにして行くのを権智といふのです。そこで此の方が東だといはれた、その東が幾つも出来ます、そのことをば『其の智慧の門は解り難く入り難し』その門が幾つも出来て居るわけです。東が彼方にも此方にもあるわけです。『佛』といふことについても、禅宗のやうに一切の佛は心の外にないといふやうに説かれたところもあり、イヤ西には阿弥陀様があり東には薬師如来があるとたしかに説かれたところもありますが、これは全然反対の話しです。そんな風にさまざまに説いてありますが、それは皆門です、「法華経」の智慧を説くまでの門です。必ず佛でないことはありませぬけれども、迷って居る人間の心は決して佛ではありません、また十方に佛様があるといふ、それもあるにはありますけれども、佛さまはそれだけではありません、自分の心の中にもそれだけの佛様はないことはないのですが、出て居ないだけなのです、あっても出て居なければないやうなものですから、佛さまは十方におはしますと説かれたので、さういふ訳ですから、それをばあんまり自分が偉がって居る人間には、お前の心などは佛ではなおぞといふ必要がありますし、あんまり意気地なく考へて居るものにはそんな外部にばかり頼って居るからいけないのだといふ必要もあり、さういひますと、生れつき強い強いところがあるものは奮発しますが、あんまり弱い者は奮発しないで、よけい気を落しますからさういふのには少し優しくして、外部の佛さまがお助け下さるぞと説く、といふやうにいろいろな方便があります。それを佛の権智といふのです。
 だから『其の智慧の門はり難く入り難し』そのように『解り難く入り難』きものでありますが、若しそれを佛様の方からいひますと、佛様はあらゆる十界の衆生の法を皆知り了った、所謂諸法実相を知り了った『如是相、如是性、如是體、如是力、如是作、如是因、如是縁、如是果、如是報、如是本末究竟等』といふ十如是を知り了られた御方であります。その十如是といひますのは、例せばここに斯ういふ『相』(コップをさして)があるとします。斯ういふ『相』を有って居るものの意味は、物を受け容れるといふことです。すなわち此のコップの『相』と共に、物を受け容れる『性』即ち性質があります。それと共に此の全體は『體』であります。それと共に此のコップには、どれだけの物を受け容れ得るかといふ『力』これの一パイの水が一合あるならこのコップは一合の水を受け容れる力があるので、その力を有って居ますから実際にそれだけ受け容れる『作』即ち作用があります、けれども容量は一合でも、若し湯とすればどれだけの熱さのものしか受け容れる『力』しかないとなると、その『力』だけしか『作』用がない、同じ一合でも、此のコップの力に餘る熱い湯を入れればコップはこはれます。即ち力だけの作用しかしないのです。さういふ『力』があり『作』用があるものがあるとしますれば、それの出て来た『因』即ち原因がなければなりませぬ。このコップの原料はガラスでありますが、それは原料だけでは出来ません。そのガラスの原料を持ち来たって此の此のコップにしたところの工場のいろいろの設備といふ『縁』があって、はじめて此のコップとなったのです。原料の『因』と、工場の『縁』との和合によって、此のコップとなったのが此のコップの『果』であります。おもふに此のコップは、工場でこれ一つしかこさへなかったのではなく、幾つも幾つも同じげんりょうで同じ時に造ったのですが、今此のコップは「法華経」を説くところに使はれていますが、同じ原料で同じ工場で同じ時に造られた他のコップは、或は銀座か新宿あたりのカフェーか何かで、へべれけになって、自分だけふざけて妻君を泣かして居る人の酒を飲んでいるコップとなっているかも知れません。それが『報』です。はじめこのコップの『相』から此の『報』に至までの九つの法が、此の一つのコップの中に、具さに備はっています。それが『本末究竟等』と申すのでして、かくの如く、一切の事物に、此の『相・性・體・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等』といふ、十の法が普く具はって居ります。さうして各の事物が、その『相』も『報』もみんな異っているのですが、しかもその中に此の十法が存在して、彼と此れと根本的に共通するところがあって、共通して居り、また各別であるところの、真実の相性體等をば徹見せられましたのをば、『十如是』と申すので、諸法即ち差別の事物の、相・性・體・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等の十法の異っている假諦(十)と、その根本に存在している共通性の空諦(如)と、内部の共通性と外部の差別性とを一具している実體の中諦(是)とを、一切の事物は具へていると徹見せられたのが佛の実智で、それが『諸法実相』と申すので、それを佛はよく御覚りになって居られましたから、地獄から菩薩に到る九界の衆生の十如是を徹底的に見て、対手の恰度よく了解し得られる程度にさまざまに説き分けて来て、今や此の方便品に至って、方便の権智で説いた今までの説法を打やぶって、一切衆生を此の佛の如実智たる、諸法実相の中に了らしめるべく、略してこの十如是の法をお説きになったのが、『略開三顕一』と申すのであります。
 それから其の後に少し偈がりますが、其のことをば、更に歌のやうにして説かれた重頌といふ偈がある。それから後にさう説かれたものですから、舎利弗がどうかもっと詳しくお説き願ひたいと申上げた、イヤ若し詳しく説くと増上慢の比丘は地獄に墜ちるから説かない、イイエここに居る者は四十餘年も佛の教を聞いたので、背く者はございませんからどうぞお説き下さいませ、イヤイヤ説かない、説いても到底領解することは出来ないだらうといって、三度まで止められたのを、決してそんなことはございませんと三度までお願ひした、それまでいふならば説かうと仰せられると、先づ五千人の阿羅漢様が、ずっと席を起って行ってしまひました。然し佛は止められなかった、そしてこれらの人間は増上慢だ、未だ得て居ないものを得て居ると思って居る。彼等は衆中の糟糠である、かすぬかである、さういふものは出てしまった方がよろしい。斯ういはれて、今残った人間は皆此の法を聞くにたへるものであるからといって、お説きはじめになったのが、方便品の『廣開三顕一』と申すのであります。此の『廣開三顕一』は方便品から説かれましたので、プリントに書いてあるやうに、人記品第九までのところが『廣開三顕一』です。即ち広く三乗を開して一乗を顕はす、斯ういふことであります。

 
7 一大事因縁と五佛同道                             

 そこで『廣開三顕一』の一ばん最初にはどういふことが説いてあるかといひますと、『一大事因縁、五佛同道』といふことが説かれてあります。
 五千人の四衆が皆座を起ってしまった、佛様はこれから混り気のない人間になったから、本当のことを説かうといはれてお説きはじめになりました。
 『佛、舎利弗に告げたまはく、是の如き妙法は、諸の佛如来時ありてし之を説きたふこと、優曇鉢華の時ありて一たびはるるが如きのみ。舎利弗、汝等当に信ずべし。佛の説きたまふところは、言虚らず。舎利弗よ、諸佛のしきに随ひて法を説きたまふは、意趣解り難し』
これまではさまざま矛盾したやうなことを如来は説かれた、その矛盾したやうなことを説かれたのは衆生の方ではどういふ理由であったかは解らなかったのです。
 『無数の方便と種々の因縁と譬喩言辞とを以て、諸の法を演説したればなり。是の法は思量分別る所にあらず』
そんなやうにお前達には矛盾したやうなことを沢山説いてある、それでお前達は各々変ったことを悟って居る、佛はそのやうに所謂無量義を説いた、そこでお前達は無量義によって無量の悟りを得た、無量の義をみんな得た、みんな違った解を得た、然しながら違った解を得て居るけれども、恰度どれだけかの其の悟りは、小さい大きいさまざまの区別はあるけれど、恰度水が皆穢れを除くと同じく、小さい川の水も大きい川の水も穢れを洗ふことが同じやうなものである、然し海の水と川の水と、小川の水と大川の水とは皆性質が違ふ。それと同じやうである、『我無数の方便と、種々の因縁と、譬喩の言辞とを以て』さういふ無量の義を説いたからである。其の無量の義を説いた理由は、お前達がいくら考へても解らない、そこで、
 『是の法は思量分別の能く解る所にあらず。唯諸の佛のみ有まして、し能く之を知るしめせり。所以者何となれば』
 これからが
一大事因縁といふ事柄である。
 『諸佛世尊は大事の因縁を以ての故にこそ、世に出現したまふなれ。舎利弗よ、云何なるをか諸の佛世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に、世に出現したまふとは名くるにや。諸の佛世尊は、衆生をして佛の知見を開きて、清浄なるを得しめんと(おほ)すが故に、世に出現したまふ。衆生に佛の知見を示さんと欲すが故に、世に出現したまふ。衆生をして佛の知見を悟らしめんと欲すが故に、世に出現したまふ。衆生をして佛の知見の道に入らしめんと欲すが故に、世に出現したまふ。』
と仰せられました。即ち
 開佛知見
 示佛知見
 悟佛知見
 入佛知見道
此の四佛知見のために佛は世に出現したまふのである。
 『舎利弗よ、是をこそ、諸佛は唯一大事の因縁を以ての故に、世に出現したもうとはくるなれ。』
 それは此の釈迦佛にみではない、一切の諸佛世尊、所謂総じての諸佛もみなさうである。それから又過去の諸佛も亦さうである。未来の諸佛も亦さうである。現在の諸佛も亦そうである。我釈迦佛もまたさうであると仰せられました。この総の諸佛、過去の諸佛、現在の諸佛、未来の諸佛、我れ釈迦佛みなさうである、これを五佛同道一大事因縁といふのであります。
 総じて諸佛みなそうであると仰せられたこれは、総論です、一切の佛といふくも佛であったならば最後に法華経を説かなければならぬ。それは佛の世に出る一大事因縁が此の法華経にあるからである。過去の諸佛もそうである、未来の諸佛もさうである、現在の諸佛もそうである、我釈迦佛も其の通りである、この五佛同道といふことをば、三世の諸佛説法の儀式といふのです。それが一大事因縁の五佛同道であります。その諸佛が、総・過去・未来・現在・我釈迦佛と五つありますからこれを五佛といひます。広く横に一切の佛を総括していった、そして三世の諸佛も皆そうである。過去・未来の諸佛、現在の十方の佛もさうである、三世十方には此の法より外にはない、あらゆる佛は此の為に出て来られるのである。それが一大事因縁だ、此の外には佛が世に出る理由はない。

 
8 四一開会と四佛知見                             

 斯ういふことをば繰返していはれたのは、四一開会といふことをせられるのです。
 『諸佛は一大事因縁を以ての故に世に出現したまふ。』
これを『理一』といいます。此の理は諸法実相の理、諸法実相の真理の外には法はない、それから其の
次に、
 『佛、舎利弗に告げたまはく、諸の佛如来は、但菩薩をのみ教化したまふ。』
声聞だの縁覚だの或は人間だの天上だの、所謂五乗といふものを説かれました、五乗の中、人間乗・天乗はこれは佛教の付属であるといふことをお話しましたが、佛教といへば声聞・縁覚と菩薩乗の三乗が佛教でありますが、其の中佛は何の為めに出られたかといふと、その五乗全體を菩薩としてしまふ為めに出られたのです。一切の人間を皆菩薩にしてしまふ、全體を今はじめて菩薩にしてしまふのではない、人間は本来菩薩性でなければならない筈である、それが人間の本当の価値なのだ、それが佛の見られた人間なのです、それを『人一』といひます、諸佛如来は但だ菩薩を教化したまふのである。
 『諸の所作あるは、常に一事の為にして、唯佛の知見を以て衆生に示し悟らせんとなり』
佛がこれまでさまざま教化をせられた。然しながら其の教化といふものは、悉く此の佛の知見をば即ち諸法実相の佛の知見、これを与えるためで、其外の動き方は何もないのである、それが『行一』。
 『舎利弗よ、如来は但一佛乗を以ての故に、衆生の為めに法を説きたまふなれ。餘の乗の若は二若は三あること無し』
法華経という経の外には佛法はないのだといはれました。それが『教一』で、これを教・行・人・理の四一開会といふのです。
 先刻申上げた開示悟入・・・・・開佛知見・示佛知見・悟佛知見・入佛知見道、これをば開示悟入の四佛知見といひますが、二乗は佛の知見は自分にないと思って居ます、凡夫は人間の楽しみもしくは其の楽しみで満足しようと思って居ました、それは間違って居るのだ、それは自ら自らの価値を知らないのだ、お前達の精神には皆佛の知見を含蔵して居るのだぞと、佛の知見の蔵を開き、それが真実だといって示し、悟らしめ、そして其の中に事実這入らせ、其の道を行ふ者になさせてしまはれるのです。
 佛法では菩薩の位を、十・十・十回向・十と、斯ういふ位が説いてある、十住といふ、その住というのは、もう真理がこれであるとって動かないことをいふので、それが真理はここだ、諸法実相が真理だ、これが佛知見だということが決りました。自分のひが決まりました。住ひが決ったならば、それから活動し出すのです、それが『十行』です。家が決って自分の活動が出来て、本当にチャンと生活が立った。そうしたならば今度は他の人間を救うことに動いて行く、それを十回向といふので、そして終に一切の功徳が生ひ出て来るといふところに登るのを十地といひ、その上に、等覚、それから佛様になるのです、それを妙覚に入るといふのです。此の開・示・悟・入は、菩薩の住・行・向・地といふことになるといふことを、天台大師が釈して居られるのであります。 以上が「四佛知見と四一開会」といふのであります。

 
9 五乗開会と小善成佛                             

 それから更にこの方便品に『五乗開会と小善成仏』ということがある、それはどういふことだといひますと、過去の佛様の行儀を説かれました、
 『過去りし無数のに、無量の滅度したまへる佛は、百千萬億種にして、其の数量るべからず。』
て佛は沢山世に出でまして、それらの佛様は数限りない程あるが、
 『是の如き諸の世尊も、種々の譬喩と、無数の方便の力をもて、諸法の相を演説したまひき。是の諸の世尊も、皆一乗の法を説きて、無量の衆生をして、佛道に入らしめたまひき。』
始めはさまざまの方便を説き、最後は一佛乗を説いて佛の悟りを得せしめたのである。
 『又諸の大聖主は、一切の世間の、天人群生が、深心所欲ろしつ、更に異の方便を以て、第一義を助顕はしたまひき。』
それは単に一佛乗を説かれたのみならず、一佛乗を説く為めに、さまざまの衆生の心に従って、さまざまの方便を以て説かれた、それはどんな風に説かれたのか、是から後が五乗を説かれてあります。
 『若し衆生の類ありて、諸の過去の佛にひ、は法を聞いて布施し、或は持戒忍辱精進禅智など、種々に福徳をめたる、やうのの人等は、皆已に佛道をしき。』
菩薩乗を行ったものはみんな佛道を得てしまった、即ち法華経のに入ってみんな佛様になった。布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧と挙げられたのは六波羅蜜ですから、菩薩乗をおさめた者で、
 『諸の佛滅度しりて、若し人しくけきの心ありし。やうの諸の衆生は、皆已に佛道を成しき。』
これは声聞・縁覚の二乗で、曾て声聞・縁覚の二乗の位に居たものも、法華経を聞いて佛道を得た、それから人天乗、
 『諸の佛滅度しりて、舎利を供養すまつる者、萬億種の塔をて、金・銀及びハリ・シャコとメノウ、マイエ・瑠璃珠とをもて、清浄に広く厳飾しつ、・・・・・』
それからずっと普通の人間に生まれる功徳や、或いは天上に生まれる功徳をお説きになって居ます。それら人天乗の功徳を行じた者も、皆已に佛道を成じた。これを五乗開会といふのです。
 菩薩乗や声聞・縁覚乗や人乗と天乗、それらの者も皆成佛した、その中、人天乗、これを小善といふので・・・・・人間や、或は天人に生まれるやうな小さい善でも、それを法華経に回向した場合、それは皆佛道の修行になる、斯ういふことを説かれたのであります。以上が此の方便品に於ける大體の重要教義なのであります。

 
10 諸佛値遇難等の四難を明かす。                  

 それから其の次のところは、これは此の法華経の値遇がたきこと此の法華経の説きがたきこと、此の法華経の聞きがたきこと、此の法華経の信じがたきことを(ねんごろ)にお説きになったのです。
 『今我喜びてれ無く、諸の菩薩の中に於て、正直に方便を捨てて、無上を説く』
これも矢張り有名な方便品の語です、
 『菩薩は是の法を聞きて、皆な已に除きぬ。千二百の羅漢も、悉く亦た当に佛とるべし。三の諸の佛の、説法の儀式の如く、我も今亦た是の如く無分別法を説く。諸佛の世に興出したまふには懸遠けくしてにして値遇たてまつることし。』
これが『諸佛値遇難』です。佛にはなかなか値遇ことは難い、
 『正使世に出でまさんも、是の法を説きたまふこと難し。』
佛に値ひ難きのみでなく、佛にっても、此の法に値ひがたい。釈尊と雖も四十餘年の間は是の法を説かれなかった、是の法を説きたまふこと復難し、『説法難』です、
 『無量無数の劫にも、是の法を聞くこと亦難し』
これは聞法難で、
 『能く是の法を聴く者、の人も亦復た難きこと、譬えば優曇華の、一切に皆ばれ、天人の稀有とする所にて、時々に乃し一たびづるがけむ』
し聞くことはできても、それを信ずることが難かしい。以上が『諸佛値愚遇難』『是経説法難』『是経聞法難』『聞法信受難』でして、それは()の点からいっても、此の経は優曇鉢華の如き希有最勝のお経である、斯うといふことを説かれたのであります。

 
11 十方佛土中 唯有一乗法                        

 『十方佛土の中には、唯一乗の法のみ有り、二も無く亦三も無し、佛の方便の説をば除く』
これは『二も無く三も無し』には非常にむづかしい教義的の理屈もありますが、それは略しておきます。要するに二乗もなければ三乗もない、唯一佛乗だけである、それはこの娑婆世界だけでなく、十方佛土の中に於てである、これは唯一の真理を示したのであります。

 12 入邪見稠林若有若無等依止此諸見                

 『邪見れるの、は有とし若は無とするに入り、此の諸の依止りて、六十二を具足しつ』
これは佛教から外道に対する批判なのであります。『六十二見』といふのはどういふことだといふと、これは宗教的の識見に対するものです、根本は断常二見、断見といふのは、今我々の身體なり心なり存在して居るけれども、死んだならば何もなくなるのだ、斯ういうのが『断見』、それから我々の心も身體も、身體は死んだらなくなるやうだが、心はなくならない。何處までもあるのだ、何時でもあるのだ、人間であったならば何時でも人間に生まれるのだと考へる様なのが常見で、それを断常の二見といひます。此の二見が大體主なのであります、それでは佛教ではどういふのか、我等は死んだらなくなるものか、或は死んでもあるのかといひますと、我等の心と身とが現在あるといふことは事実ですが深く考へますとそれも問題で、『我』といふものはどんな風にあるのか、昨日の我と今日の我と、子供の時の我と今の我と、果して同じか違うか、身體は同じやうだが心はいろいろに変っています、身體も科学的にいったら今の身體の細胞は子供の時の細胞と同じかといへば、同じところは極く僅かしかない、大體違って居るといふことになります、身體だけでなく心の方も可成り違って居ます、同じ心を始終もって居る者はなかなかありません、みんな同じ心を持って居たならば、何時までも赤ん坊で困りますが、兎に角同じものは心の方でも身體の方でも、何時も同じものといふのは少ない様です、と共に全然違って居るものも少ない様です。それは一體どういふことになるのでしやうか、そこで大體吾等の身心をただ一つのものと思って居るのがいけないことになります。佛教では色薀といふ物質の固まりと、それから受薀想薀行蘊識薀といふその各方面、この五薀和合したものを自分だと思って居るといふのです?色薀は物質なのです、我をこさへて居る物質で、それからあとは心で=五蘊の中の色蘊以外のものは皆こころですが=その心にはまづ感受するといふことがあります、それが受薀で、それからそれが脳髄にはいって記憶としてチャンと内在して居ります、記憶はいろんな風に連想され、聯合されて、観念と観念とが結び合って、さまざまのことをうようになります、それが「想薀」で、その想った結果発動的に活動します、それが「行薀」、その感受したり、それからそれが後に残されてさまざまに想像したり推理したり、又それが実行を起すやうに、受・想・行の三つの働きがありますと共に、その働きをを統一している自己意識といふものが別にあります。、それが識薀で、心といふものはこんな風におよそ四つの方面の違ったものがあります、それが、彼の肉體と一緒になって、そして『我』といふものが出来て居るのです、だから『我』といふものは五蘊の集合物であります、かやうに色・受・想・行・識の集合物ですから、さまざまに考へ得られます、或は物質の方が大きくてそして心の方が小さい、物大心小で、心といふものは物質の総合による活動だと考えるものもあれば、或は心が大きくて物質の方が小さいので、物質というものは心の影に過ぎないと考へるものもあり、或いは物質が心を包容するのだ、或いは心が物質を包容するのだという風に考へ得られます。心などといふものは物質から出て来くるのだという唯物論、また物質は心によって存在があり得るのだといふ心大物小の唯心論、こんな考え方があります。斯ういふ能容所容の考え方が、五薀みんなあり得る時は十の考へ方が出来ます、それから断常の二見を一緒に加へますと二十見になります、それが三世に経て六十見となり、根本の断常の二見を合せてそれを六十二見と、斯ういふことになるのですが、これは佛教が他の外道を批判した言葉です、それは、さういふ六十二見はすべて邪見であるとしています。

 
13 諸佛両足尊 知法常無性 佛種従縁起 是故説一乗       

それから次には、
 『諸の佛両足尊は法は常に無性にして佛種は縁よりこると知ろしめす。是が故に一乗を説きたまふ』
此の語は法華経の大體を説き終ったといってもいい程の大切な語ですから、これは少し詳しくお話します。
 諸佛両足尊知法常無性佛種従縁起是故説一乗
『諸佛両足尊』といふことは、佛は禅定智慧、さういふものをば悉く具足して居られる、其の智慧は禅定から出てきた智慧で、その禅定は究竟の智慧を含んで居る禅定です。これを『定慧力荘厳』というので、佛の智慧は単なる知識といふやうな智慧ではないのです、単に物を多く知って居るというやうな智慧は、本当の時に多くは本当の役には立たないものです、またいくら詳しく知っていても、それだけでは人間の上に於いて何にもならないことが少なくないのです、どうしてそれ等が何にもならないかといひますと、例せば、今日の物質科学がさまざまのことを知り出します、知り出した結果は、果して人生にどんな役立ちをして居りますか、今日は非常に物質科学が盛んになったために、先づ大工業が起りました、大工業でどんなものでも欲しいものが出来るやうになりました。其の結果は労働階級と資本階級なんてものが、相分れて利害を異にして争ふやうになりました、又沢山貨物が出来過ぎて、一方の国ではありあまってそれの捌き方に困っています、そこでその貨物の捌き方のお得意のために国と国が戦争をします。これは物質科学の進歩が、戦争をしなければならなくなったやうなものではありませんか、自分の方で沢山物をこさへても、買ってくれる所がなければ困ります、そこでお得意をこさへる為めに、此処の所は俺の得意だ、イヤ俺のお得意だからそんなことをされたら困る、といふやうなことになっています、それから又さうなった結果俺のところの領分にしたい所を、向ふの国が持って居る、そこで彼奴をぶちこはさなければならんといふところから、人間を殺すさまざまの器械を作ります、毒ガスといふやうなものまでも此の頃は造って居るさうですが、その中には肉體に一寸でも触れると、そこから身體がって行くなんてものがあるそうです、皮膚にあたったら其処から腐って行く、そんなものをこさへて居るのです、さういふものをこさへ得るのは、みんな科学の進歩によってやるのですが、かくの如く甚だしく悲惨なる事柄をばやり出すのが、人間の普通の所謂科学知識であります、単なる知らんと欲した欲望から出て来るところの智慧は、そんなことにしか役に立たないのです、生きんと欲する意志、その自己が生きんと欲する意志の為めには、他のものを殺しても構わないという意志がそこに喰ッ付きます、そして知らんと欲する意志と、それを知った結果生きんと欲する意志によって他のものを餌食にする意志が出るのです、それが普通の科学知識で、こんな智慧といふものは、佛法でいひましたならば、これは全然人間の自殺的な智慧なのであります。斯の如き智慧を邪智というのです。またこれ五濁の智慧で見濁といふ、そんな知識はこの見濁の一つに過ぎないのです、いろんな理屈をくりしますが、みんなそれは見濁の外の役に立つものでないのがおおいのです。
 ところが、佛法の道理、佛の智慧はそんなものではありません。佛の智慧は全然性質が違います。佛の智慧というものは無漏智りのない智慧、欠漏のない智慧で、そんなに水を入れるやうな智慧ではないのです。智慧が進むほど人間が競争して、益々むづかしく世がなるやうな智慧ではありません。欠漏なき智慧、真の智慧、人間を真実にする智慧、はざる世、真に相助ける世、人間を根本から生まれかわらしむる智慧、それが佛の智慧なのです。ですから佛法の教義、佛の智慧というものを説いたところをば、何処までも悪用しようと思いましても、人を殺すことにはならないのです。世の中を悪化することに利用することは出来ないのです、凡夫の智慧は進む程、世の中を悪くします、斯くの如く佛智と世智とがちがうのは、その性質が違うからです、智慧の性質が違うからです、佛の智慧は何から出るのかといひますならば、それは「定慧力荘厳」から出るのです、禅定の智慧なのです。禅定によって人間の精神というものの根本から徹見してあるのです。その徹見したところから出て来る智慧ですから、そんな間違ったことに使うことは出来ないのです。其の禅定と智慧との力で荘厳した覚者ですから、それを『両足尊』と申して、禅定も智慧も充ち足りた世尊といふのです。『諸佛両足尊は法は常に無性なり』、世にありとし有ゆるものは即ち『法』は、『常に無性である』、決して其のまま確定的にあるものではありません、例へば、兵器でも人を殺すことは悪いことで、兵は兇器でありますけれども、然しながら、其の兵といふものは、何時でも兇器と確定したものではないのです、普通の人間を用ひると、兇器と確定したものでありますが、必ずしも兇器ではありません。恰も、素人が毒薬を使ったならば、その毒薬は人を殺します、けれども若しも能く毒を変じて薬となす大薬師が使ひましたならば、それは却って人を活かす薬となります、ですから、毒薬きっと人を殺すとは決まらないのです、毒薬が人を活かすこともできます、其の點からいひましたならば兵でも必ずしも兇器ではないので、若し兵あることによって、戦争をなくなすことも出来るとしましたならば、それは兇器ではなくなります、今海軍軍縮問題が起って居りますが、若し今の軍縮条約なども、向ふのいふ通りに、五・五・三の比率にしておいた方が平和になりはしないかといふものもありますけれども、我が海軍の主張して居りますのは、戦ったならば何時でも負けないでいることの出来るだけの兵力を備へておきたい、それは何の為であるかといひますと、戦ひをなからしむる為である、若し彼れが責めて来ても、必ず勝つといふことがいへないと思ひますならば攻めて来ません、攻めて来て必ず勝つといふことの出来ないような兵備があると思ひましたら出て参りません、さうしますれば、防ぐに足ることの出来るだけの兵備は、戦ひをなくす作用であるといふことになります、さすれば、其の兵は決して兇器でないといふことになるやうなものであります。
 恰度それと同じやうに『法は常に無性なり』、法と申しますのは、前にもいひましたように、佛法では物でも心でも、ありとし有らゆるものといふことであります、そのありとし有らゆるものには、皆固定したる性質はありません。即ち『法は常に無性なり』です。此の『無性』ということが、此の品の一番初めにお話しました諸法実相ということなのです、「無量義経」の中に『無相不相 不相無相 名づけて実相と為す』とありました。此のことは、此の『法華十講』の一ばん最初にお話ししましたが、ありとしあらゆるものには、一定の相がないということを、それを実相と申すのです。その意味で『法は常に無性なり』というので、そのやうに無性と固定していないから、『佛種は縁従り起こる』・・・・一切衆生も決して常に必ず迷っているものだと決まっているものではなくして、迷っている衆生の中にも、佛法界の実相はチャンと含んでいるのでありますから、其の佛法界の実相をば、それを引き出す縁があれば、その縁によって、覚りの心が起こるのであります。それは我々の心田の方にも佛種というのがあります。それは『佛性』であります。この佛性をば『性種』というのです。持前の佛になる種なのです。またこれを『心田』ともいひます。或は禅宗などでは『本分田地』などといふのです、なぜ『心田』といふかといひますと、若しそれに佛の種を植えましたならば、我々の心の方には、若し外部から佛の種を植りましたならば、其の種を成長せしめる養分を、本から具えて居て心の方では待ち構へて居るのですから佛といふ稲米を養い育てる種は迷って居る凡夫にもありますから、その本分の心田を『性種』といひます。そこで外部から佛の覚りをそのまま伝える種子、即ち佛種をその心田に下ろしましたならば、必ずその人は佛と成りますからそれで佛になる種を説いた教をば一佛乗というのです。其の一佛乗の佛種をば、彼の『性種』に対して、それを『乗種』といふのです。我等の心にも、佛となる性種はありますけれども、其のままにしておきましたならば人格化して参りません。そこでその佛性の人格化したる力となったもの、人格となった佛陀のその覚りの中心のものを、我々の心に受け入れましたならば、その人格の力に引かれ、その人格を模倣し、従ひ、随順しますと、そこから佛の種が育てられて行きます。そのように外部の佛、その人格化せる佛の覚りの説かれた真実の教へを、我々にらされるのを『大縁』といひます。上の教・行・人・理の四一開会の時に『一大事因縁』とありました、その『大縁』を下されることによって、我々の本分の田地の佛性種も種となることができるのです。それを『佛種は縁従り起こる、是の故に一乗を説きたまふ』と申されてあります、佛が「法華経」を説かれるのはそういう故なのです。一切の迷って居る人間が、何時までも迷っているものとは決まっていません。又佛は佛でのみあるとも決まっていません。佛の心にもチャンと一切衆生の心と同じ迷ひの心を持っておいでになりますから、それでその迷っている一切衆生の心に随って、方便の教えを説くことがお出来になったのです。『法は常に無性なり』です。佛はさういふことを知って居られますからそこで『佛種は縁従り起こる』、此の心田の『佛性種』の方は『因』であります、そのやうに我々に佛因が固有してあります。それに対して一佛乗の『佛乗種』は『縁』であります。佛の教えは外部の『縁』であります。我等の心の中に固有しております『佛性種』に対して、佛の一佛乗の縁たる『佛乗種』が植わりますと、そこに因縁和合して、そして其の人間が佛の活動をなし、佛のことをなすようになります。それを佛種は縁従り起こると知ろしめす、是の故に一乗の法華経を説くぞと、斯う説かれたのであります。

 
14 是法住法位 世間相常住                         

 これも矢張りすぐ次にある語でありまして、
 『是の法は法位に住して、世間の相常住なり』
 これは今の梵本では『此の法住法位』となっています。『法住法位』でも必ずしも大した意味の違いはないのですが、『是の法』といふのは一切の法、一切の存在でもあります。是の法住といへば、やはりその各々の法=法は流転するものでありますが、それが或る一定の相を持って住っている=その法ということです、『法位』といひますのは、其の法、その法位が、当然に住っているはずの限界を守っていることです。その法のあるべき実相のところで、松は松、桜は桜、竹は竹といふやうに、各々一切の法が、一切の法住が、一切の法位、其の各のものの当然持って位るべき特色、そのものの特色、実相を保っていたならば、世間の相は変化流転しないで常住である。人生の事にしましても、人が各々おのれの地位にあるべきはずのあるべきようの即ち『柳は緑、花は紅』といったように『松竹桜 当位即妙』といったやうに、当然の事を実行して、世の為め人の為めになって居りましたならば『世間の相常住なり』であります。しかるに世間の相は変化する。始終争い悩みが起こって、常住でないということは是の法法位に住していないから、是の法住が法位に位ないからであります。北条泰時が栂尾明恵上人に『何が一ばん佛法の肝要でありませうか』とひましたら、上人は『それはるべきやうである』と答へられました。有るべきやうは『当有』ですが、それは『当為』です、よく一頃いひました『当為』(ゾルレン)といふ意味とほぼおなじです、『有るべきやう』ですから『是の法法位に住す』、その人間の持ち前、又その人間の今為る所の位地、その持前の通り、位地の通り、君は君、臣は臣、父は父、子は子、役人は役人、農は農、商は商といったやうに、各々の位地の本分に適当したることを為して居ますればよろしい、其の位に当然のあるべきことを実行する、そういうことが諸法実相の意味なのであります。『是の法は法位に住して世間の相常住なり』とは斯ういふことなのであります。
 以上で、方便品の講を結びます。


譬喩品第三                                    


1 法説の餘(領解・述成・授記・歓喜)と譬説の初(火宅喩)


 次に「譬喩品」であります、「譬喩品」は方便品の法説の餘からはじまって居ります、それは法説を承はりました舎利弗が其の領解を述べ、それから佛様が印可されて更に舎利弗に佛の記別を與へられました、それを聞いて一会の大衆が皆歓んだといふところから始まって居ります、それから其の次ぎには譬説の初めの『三界火宅の喩』といふのが出て居るのであります。これは法華の七喩・・・・・法華に七つの大きい喩があります、その中の一ばん初まりの喩であります。
 はじめの法説の餘の領解・述成・授記・歓喜、斯ういふところは大體読んでわかるように訳してありますから、「和訳法華経」を読んでみます。
 『の時舎利弗、踊躍して歓喜び即ち起ちて合掌しつつ、尊顔ぎて佛にしてさく、今世尊にひて此の法音を聞きたてまつり心踊躍あり。なきことを得たり。所以者何となれば、我昔佛に従ひて如是の法を聞き、諸の菩薩がを受けて佛とれるを見しがども、も我等はの事にらずして、ど自ら如来の無量の知見をへることを感傷めり』
 佛様にお従ひ申してから諸の菩薩は皆佛の記別を受けたけれども自分達は其のことに預からない、それで自分達は其の分でない、ああいふことにはなれないといふので非常に心が感傷んで居りました、
 『世尊よ、我常に独り山林の樹下り、は坐し若はひつつ、に是のしぬ。我等も同じく法性に入れり』
 佛様の真理のの中にはいった、
 『云何なれば如来は小乗の法を以て済度せらるるにやと。是我等がにして、世尊にはりける也。所以者何となれば、若我等、所因の阿耨多羅三藐三菩提を成就することの教を待ちなば、必ず大乗を以て度脱を得べかりしなり。然るを我等、方便として宜しきに随ひませる教をらず初めて佛法を聞き、便ち信じ受けつ、思惟りてを取りぬ。世尊よ、我昔より来終日竟夜に自ら剋責めりき。而るに今佛に従ひて、未だ聞かざりし所の未曾有の法を聞き、諸の疑悔ちて、身も意も泰然安穏なることを得たり。今日ち知りぬ、に是佛の子なり、佛口より生れ、法化よりでて、佛法のを得たり』
とこれは有名な語であります。眞に是れ佛の子になった、これまでは佛様の本当のお世継となることができなかった、自分だけ涅槃にの雲の中にはいって、人をすくうふことが出来ない、さういふことになって居ったのが、今から真に佛の如く真に徹底して人を救ふことができるやうになったといふのが、『眞に是れ佛の子なり、佛故知より生れ』、即ち佛の口より生れた、『法化より生いでて』、佛の説かれた法から自分は生れたのであると心付いたのであります、それはただ舎利弗のみでなく、今日の我々も矢張り佛の口より生れ、法化より生でることが出来るのであります、そして『佛法の分を得たり』、これまでは、舎利弗等が、小乗のの證を持って居った時は、未だ佛法の分には這入られなかったのであった、今この「法華経」ではじめてそれを得たといふことをここで自覚したのであります。
 『爾時に舎利弗、重ねて此の義を宣べんと欲ひ、而て偈を説きて言さく、
 我是の法音を聞きて、未曾て有なき所を得つ、心に大じき歓喜き、疑の網皆已こりぬ、昔より来た佛の教をりて、大乗をはず、佛のは甚も希有にして、能く衆生の悩みを除きたまふ、我已にすを得つれど、聞きて亦た憂悩を除きぬ、我山のり、或は林の樹のに在りて、若は坐し若はり行ひつつて、常に是の事を思惟鳴呼深く自ら責めき。云何なればくも自らけりや。我等も亦佛の子にして、同じく無漏のに入れども、未来に於いて、無上の道をべんことはず。金色三十二と、十力と解脱と、同じく共に一法の中なるに、而も此の事を得ず』
 佛となることはできなかった。
 『八十種のたる、十八の不共の法、やうのの功徳をば而も我皆已に失へり、我経行せし時佛は大衆の中にして名聞十方に満ちて、広く衆生を饒益たまふを見ては自らはく此の利を失へり。我自ら欺誑せりと、我常に日夜にり、毎に此の事を思惟りて、以て世尊に問まつらんとへり』
ずつとさういふことを詳しく説いてあるのですが、その中ここの所は又大切なところであります、
 『初め佛の所説を聞き、心中大く驚き疑へりき、に魔の佛とりて我が心を悩めすにはじかと』
 『將非魔作佛悩乱我心耶』、將に魔が佛に作つて、そして我が心を悩乱のではないか、さう思ったといふのであります、これは阿羅漢・・・・・二乗が佛になるといふことは到底出来ないことだといふことをば、「法華経」以前の経に繰り返し繰り返し説いてあります、二乗は佛にならないといふことが、確定義の如く説かれてありましたのをば、此の「法華経」に於いて、二乗が佛になるといふことを説かれましたから、それを初めて聞いて居た時は、舎利弗が、これは魔が佛になって、到底佛になれない自分が佛になるんだといふことを説いて、そして我が心を悩乱のではないか斯ういふ風に思ったといふのであります。それほど『二乗作佛』といふことは、大乗経に於いても一ばん難しいことであるといふことを反證する語であります。
 で舎利弗は、さう思ったけれども、
 『世尊は実の道を説きたまへど、破旬は此の事無し、以是に我かに知りぬ、是魔の佛と作れるに非ず、我の網にちぬる故に、是魔の所為かとへるなるを、佛の柔軟なるの、深遠しくとも微妙にして、清浄の法を演暢ますを聞き、我が心大ど歓喜び、疑いと悔いとへに已に盡きて、実智の中にぞ安らかにれる、我定めて当に佛と作りて、天人にはれつつ、無上の法輪をらして、諸の菩薩を教化すべし』
これが舎利弗の領解であります、初めは佛様の説かれたのをば誤解したけれども、いろいろ繰返してお説きになつたのを聞いて、はじめてこれまでが方便であって、これが如来の出世の本懐であることがわかった、自分が必ず佛になることを確定的に信じ得るに至った、斯ういふことを領解したのであります。
 それに対して佛が述成される御語に、
 『爾の時佛、舎利弗に告げたまはく、吾今、天、人、沙門、婆羅門等の大衆の中に於いて説く。我昔、會て二萬億の佛のに於て無上の道の為の故に常に汝を教えしき。汝も亦長夜に我に随ひてを受けき、我方便を以て汝を引導けるが故にこそ、我が法の中には生れたれ。舎利弗よ、我昔汝を教て佛道を志願はしめけるに、汝今悉く忘れ、便ち自ら已に滅度を得たりと謂へり。我今還りて、汝をして本願として行ぜし所の道を、憶念はしめんと欲する故に、諸の声聞の為に、是の大乗の経の、妙法蓮華教菩薩法佛所護念と名づくるを説く。』
これが如来の述成であります。舎利弗の領解を更に深く解釈せられましたので、そして舎利弗のために、次の如く授記という印可をお与えになりました。
 『舎利弗よ、汝未来ん世に於て、無量無辺不可思議の劫を過ぎて若干千萬億の佛を供養し、正法を奉持ち菩薩所行の道を具足して、当に佛と作るを得べし。をば華光如来応供正偏知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師世尊ひ、国を離苦けむ』
等と舎利弗の成佛する事柄をばお説きになったのであります。それを聞いて、
 『爾の時四部の衆の比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦婁羅、緊那羅、摩ご羅伽などの大衆は舎利弗が佛の前に於て、阿耨多羅三藐三菩提の記を受けたるを見て、心大ど歓喜しつつ、踊躍すること量無し。』
みんなんで、佛様の教えを歓喜讃歎しました。
舎利弗が佛様にお願ひ申します。
 『爾の時舎利弗、佛にして言さく、世尊よ、我今は疑ひ悔ゆるところ無く、たり佛の前に於て、阿耨多羅三藐三菩提の記を受くるを得たり。是の諸の千二百の心自在なる者、昔の地にりしに、佛常に教化して言はく、我が法は能く生老病死を離れて、涅槃を究竟らむと。是の学無学の人々も、亦各自ら及び有無の見等を離れたるを以て、涅槃を得たりと謂へり。而るに、今世尊の前に於て、未だ聞かざる所を聞きては皆疑惑みぬ。世尊よ願わくは四衆の為に其の因縁を説きてとを離れしめたまへ。』
自分だけは上の方便品の御教を承って覚ることが出来ましたけれども、未だ私と一緒に、摩訶迦葉、摩訶迦旃延須菩提等をはじめ千二百の釈尊の一ばん最初に教えを受けて阿羅漢になったものがありますが、それらの者は未だ覚ることが出来ませんから、どうかして彼等も覚るやうにお願ひしたいと申し上げました。そこで釈尊が彼等の為に、更に譬えの説を説かれるのであります。それが此の譬喩品の三界火宅大車の譬へと申す譬への説教であります。

 2 三界火宅唯有一門                           

 三界とは、佛教では欲界色界無色界、斯ういふの衆生の存在を認めて居るのであります、『欲界』と申しますのは人間以下の五道、それから天の中で六欲天といって、欲のある天が六つある、この欲のある天の六つの中の一番最上の天が他化自在天、この第六天までを『欲界』といひ、その第六天の一ばん王様が魔王といふ、釈尊が成道されようとして坐禅して居らつしゃる。さうすると魔王が出て来て釈尊の開覚を乱さうとした、さまざまの恐ろしいものを以て迫害したけれども釈尊は同じ給はなかった、そして次には三人の娘を以て乱さうとしたが乱すことが出来なかった、そこで釈尊が地を指されて大喝一声された時に、魔王は邪念のを打ちくだかれて降伏したといふことがあるが、これは余程面白い、欲界の一ばん上の王が即ち魔王、魔王とはどういふ王であるかといふと、他化自在天と名づける、他化自在天といふのはどういふ意味だといふと、他のものをば皆自分の意志に随はしめる一切の他を化して自分の意志欲望に悉く随はしめるというのが魔王なのであります。要するに一ばん欲望が大きくて、自己の欲望に一切のものを随わしめようというのです。欲というものは大體さういふもので、自己の欲に他を化することです。それの一番強いものが魔王、此の欲界の欲は食欲と色欲とそれから睡眠欲、大體斯う三つがあるとしてあります。此の三つがあるのは皆欲界で、その欲を充たす方法は境界境界で違うとしてありますけれども皆此の三つの欲があります。
 それからその上の『色界』というのは、色は物質で、肉体だけがあるのですが、物を食べなくても存在するので、色欲も睡眠欲もいらないとしてあります。それから『無色界』なんてものになりますと、所謂精神のみの存在、これは余程面白いところがあります、キリスト教などで天の神様というのに、・・・・ユダヤ教などでいひます創世記の神様は、人間を造るのに神の形のやうにして造ったとあります。そうすると、神は形がある、人間のような姿をしているものであるということになります。ところが耶蘇教になりますと精神的のものになりまして、『神は霊なり』といってあります、そんな風に変って来ています。それだけ進歩して居るのですが、その進歩した思想が、佛教では皆あるのです。これは佛教だけではなく、印度ではそんな風に考へていましたので、釈尊以前の外道にもあったようです。
 此の欲界・色界・無色界の三界を出るのが『出三界苦』というのです。外道からいひますならば、此の人間から天に生れる、天界に入ったならば欲を成就することが出来る、それよりもっと高い宗教的の地位を望むものは、そんな欲・・・・・物質的の欲を満たすなどといふことを目的として居ては駄目である、そんなものを俟たないで存在して居るのでなければ駄目だといふので物質に対する欲そのものがなくなって、物質的の最極の身體となりなほ身體があるのはいけないとなって、それから精神的存在に入ればよいのだとなり、その精神的存在の一ばんの究極の所になると、どうなるといひますと、非想非々想だとしてあります、この天は最早精神といふものが存在して居るか居ないかわからない、有も無も絶して存在するといったやうな存在です、そこまで行かなければ駄目だといふやうに、宗教思想が進んで来て居りました、釈尊以前は此の非想非々想天なんてところを涅槃といって居ったのです、それに対して釈尊は、我々に霊魂があって、霊魂がそんな風に進化して非想非々想までいって常住の生命に入るのだと、斯ういふことをいっていましたのに対して、此の三界は生死の苦をまぬがれない、何故ならばそんな霊魂なんてことを考へて居ることが間違って居るので、霊魂がありとするならば、やがてなくならねばならぬといふので、破折せられたのでありますから、其の三界のすべて、彼の非想非々想天もみなこれ火宅なりと解釈せられたのです。
 『爾の時に佛、舎利弗に告げたまはく、我先に諸の佛世尊は、種々なる因縁と譬喩の言詞とを以て、方便して法を説きたまふは、皆阿耨多羅三藐三菩提の為にこそあれとは、言はざりし。是の諸の所説は、皆菩薩を化さん為の故なり。然れども舎利弗よ、今当に復譬喩を以て、更に此の義を明すべし。諸の智あらん者は、譬喩にりて解ることを得ん。舎利弗よ若し国、、或いは聚落じき長者あり。其の年衰えけたれども、豊かにして無く、の田とと及び諸の僮僕てり。其の家広く大にして、唯だ一つの門あり』
『唯有一門』、『唯有一門』とふのは、此の三界の宅を出る門、これは佛道をいはれ、佛法のことをられたのです。
 『諸の人衆多にして、一百二百、乃至五百人まで、其が中に止住れり』
人間と天、百二百ではありません。地獄・餓鬼・畜生等の五道、人間と天と地獄・餓鬼・畜生といふ五道そのことを『五百人まで其の中に止住れり』と喩られました。
 『堂閣朽り、牆壁などはちつ、柱の根腐も傾きて危し』
これは三界という所には、そんな風にさまざまの所謂の相があるといふことを喩へられましたのです、五濁とは劫濁・煩悩濁・衆生濁・見濁・命濁でありますが、劫濁といひますのは、釈尊が世に出られました時は、佛法では住劫第九のといふ、佛法では此の世界をはといひまして、宇宙が先ず成立する時期、それからそれが存在する時期、それからそれが破壊して行く時期、それから空に帰している時期と、この四つを認めまして、空に帰していることが、一定の間経つと、それからまた成劫で、成立しまする。そして存在し、壊れて行き、また空に帰する、斯ういったやうに循環して居るのです、そして一つの宇宙は、大千世界で、百億の太陽系ありとします。それが空からだんだん星雲のやうなものに出来て行きましていよいよ出来上がって来ますと、それが百億の太陽系の集まって居る一つの宇宙になります、それが其のまま存在して居まして、そしてそれがだんだん壊れて行く時がある、又それがだんだんなくなって行って気體のやうになりますが、然しそれはなくなったのではなく休んで居るので、又今度は成劫で成立して、住劫で存在して、壊劫でこはれて又空に帰するといったやうになりますが、その存在持続している住劫間にも、また潮の満ちたり干ひたりするように、増減を二十回しますが、その減じ行く時を劫濁と申すのでして、そういふ時は衆生の煩悩が増長しますから煩悩濁が多く、従って、衆生と衆生との悩みが多くなるのが衆生濁で、それらの人間の識見も間違ふのが見濁、命も短くなるのが命濁で、その五濁を喩へて斯ういはれました。
 『堂閣朽ち故り、牆壁などは頽れ落ちつ、柱の根腐り敗れ梁も棟も傾きて危うし』
そこで、
 『周市倶時にこつねんに起りて宅をく。長者の諸子、若しは十、若しは二十、或いは三十に到るまで』
此の十、二十、三十に到るといふのは三乗の機根を喩へられました。
 『皆此の宅の中に在りけるほどに、長者、是の大火の四面より起れるを見て、即ち大ど驚きれつ、而て是の念を作す、我は能く此の焼けつる門より安穏に出づることを得たれ、諸の子等は火宅の内に嬉戯みて、覚らず、知らず、驚かず、怖れず。火来りて身にり、苦痛己をむれども、心にへず、出でんことを求むる無し。舎利弗よ、彼の長者是の思惟を作す。我身にも力有り、当にコクを以て、若しはを以て、より之を出ださんと。復た更に思惟るに、是の舎唯一つの門ありて、而も復狭く小さし。諸子は幼稚ければ、未だ所識もあらで戯處めり。或は当て堕落りて火に焼かれぬべし。我当に為に怖畏の事を説かん。此の舎は已に焼けぬれど、時こそく出づるにかんめれ。焼害はれしむることなかるべしと。是の念を作し已りて思惟れる如に、諸子に告げぬ、汝等かに出でよと。父はみて、もてすと、而も諸の子等は嬉戯ひ著みて、て信じ受けず。驚かず、れず、に出でん意も無し。亦復何者か是火なりや、何者か舎なりや、云何なるが是きやをも知らず。但だ東西にれつつ、父をるのみなりき。爾の時長者、即ち是念ふには此の舎已に大火に焼かれつれば我及び諸の子若し時こそ出でざらば、必ずかれむ。我今当に方便をりて、諸の子等をして、の害をるることを得しむべしと。父は諸子の生心好める所ありて、種々の珍らしき玩奇異の物には、必ず樂び著まんことを知りつ。告之て言はく、汝等が玩好ぶべき希有にして得難き所こそあれ。汝等若し取らずば、後に必ずみ悔いなん。此やうの種々の羊の車、鹿の車、牛の車、今門の外に在り以て遊び戯るべきぞ、汝等此の火宅より速かに出で来るぞ宜き。汝がふ所のままに、皆当に汝にふべし』
そんな風に、こはれて居る五濁の盛んな所に、そこへ又火が起って焼けやうとして居る、それを子供達は知らないで遊んで居る、それへ火が燃えて来たから早く出ろといっても仲々出ません、そこで子供達の欲しがって居る喜びさうな羊の車、鹿の車、牛の車が此の家の外にありから、それに乗ってお遊びなさいといったものですから子供たちは其の車に乗りたいといふので皆門の外に出て来ました、其の出て来てから後、長者は、
 『是時長者、諸の子等の安穏に出づることを得て、皆四衢の道の中なる露地に坐し、復障碍無く、其の心泰然として歓喜踊躍せるを見る。時に諸の子等、各父に曰して言さく父よ、先に許しつる玩好の羊の車、鹿の車、牛の車は願はくばび與へよと。舎利弗よ、爾の時長者は、各諸子に、等しく一つの大なる車をへり。其の車高く広くして、の寶もて莊校め、欄楯周匝して四面に鈴をけ、又其の上にはカケガサ(巾へんに憲と蓋)を張りけて、亦珍奇しきの寶を以て之を厳飾しつ、寶の縄絞みて、諸の華瓔れ、シトネ(糸へんに宛、糸へんに延)を重ね敷きて、の枕を安置へつ。くに白き牛を以てしぬ、膚色充潔に、形體いみじくてもしう、しき筋力あり、行歩平正にして、其のきこと風の如く、又多僕従して之に侍衡へり』
さういふ大白牛の車を授けたといふ譬を佛がお説きになったのですが、其の三界火宅といふことの喩をば、此の終りの方の偈のところに更に詳しくお説きになってあります。
 そこの所を少しお話します、それは、
 『譬えば長者の、一のなる宅のあらむに、其の宅久しくりて、而も復頓弊たり』
 これは前と同じですが、その中に斯ういふ喩へがあります、G鴿などといふ、そういふ飛ぶものを沢山出されてある、それはどういふことだといふと、凡夫の我慢の心、凡夫そのものは自ら『我慢』の心を有って居る、三界に居る凡夫は自分が事実に劣って居ても、何か一方にすぐれたものを持って居るやうに思ふどの人間でも『己惚と何とかのないものはない』などといってそれは有って居る。其のことをばそういふ高い所を飛んでいるものを以て譬えられて居る、それからカラスヘビ、マムシ、サソリ、ムカデ、ゲジゲジ、これは一体何だというと、みんな毒で刺す虫である、其のさす虫は凡夫の『』、瞋というものはキット人を刺す。それを喩へられたので、それから、守宮百足、イタチ、狸、ハツカネズミ、これは何だろう。これは皆穴に入って居るものだ。世の中をよく知らない愚痴の衆生、道理をしらない『愚痴』に喩へられました、それから更に狐、狼、野干、此は何を意味するのかといふと、
 『咀嚼つフユつ、死屍をカミて、骨と肉とけば』
とあって、此は食物の取り合いをする、此は衆生の『貪欲』をば喩へられました、それから彼等が更に
 『ひ、つかみおさえつ、いがみはがみて、ほえあえり』
その『ほえあえり』ということは、これは猜疑嫉妬の『』の心をば喩へで、国際競争などを外交でやって居るのはほえあって居るやうなものです、以上は『』の五つで、斯ういふものは、凡夫というものは、どれだけか皆持って居るのであります。 それから後の方になると、
 『處處には皆、ちみもうりょう、夜叉悪鬼あり』
と説かれてありますが、この『夜叉悪鬼』と申しますのは邪見の喩へで、因果撥無、なあにそれは世の中は成り行き次第にしかいかぬもので、決して善い事をしたから善い報いがある、悪い事をしたから悪い報いがあるなどということは、決してないといって居るもの、そういふ『邪見』のものを夜叉悪鬼に喩へられました。
 『鳩槃荼鬼は、つちゐにうずくまり、或る時は地を離るること、一尺二尺きつりつ遊行て、縦逸に、嬉戯べり』
これは地を離れること、一尺二尺といふのは、釈尊の時代に外道が五戒・十善戒といふやうなことを修行して、そして人間に生れる、天に生れる、これを『戒取見』というのですが、さういふことを以て喜んで居ました。それを喩へて鳩槃荼鬼がつちにうずくまり、或る時は地を離れること一尺二尺、往きつ返りつして居るやうなものと喩へられたのです。
 『復たの鬼ありて、其の身りつ、裸形にして黒くせ、常に其の中にりて、じき悪の声をち』
これは自分の身をふことのみを考えて居る『身見』のものを喩へられました。
 『復た諸の鬼ありて其の針の如く』
といふのは、これは自己の小さく法界の大なることを知らない、自己の小さな識見をばみにして、そしてその識見できっと涅槃にはいれるのだと思って居るやうな人間、『見取見』の者に喩へられました。
 『復諸の鬼ありて、首は牛のの如く』
牛は角が二つありますからの二見という『辺見』のものを喩へられました。以上で、人間の持っている煩悩、貪・瞋・癡・慢・疑・邪見・戒取見・身見・見取見・辺見、これをば十使といふのです。かかる煩悩に一切衆生は使はれて居る、 『使』といふのは使われて居ることを申すのです、己の『我慢』に使われ、『瞋り』に使われ、『愚痴』に使われ、『貪欲』に使われ、『疑ひ』に使われる、そして自ら苦しんで居る。或いは識見の方からは因果撥無の『邪見』、或いは己の小さな道徳ならば小さな『戒取』を以て俺は善人だと思っている。或いは自己の身を庇ふ『身見』をのみ主として考へる。或いは小さい識見で、その自己の識見が殆ど絶対の識見の如く考えて居る『見取』、或いは断常の二見に惑はされて居る『辺見』といふやうな、さういふ事柄に使はれているといふのが、我々の此の凡夫の相なのであります。三界の火の宅にはこのやうなさまざまのものが充ち満ちて居ります。その喩へが『三界火宅の譬え』なのでありまして、其の三界の中に充満して居るのが、所謂四苦八苦の苦しみといふのであります。
 『生・老・病・死』、これを四苦といひます。生まれることが已に苦しみなのである、生まれて来なければ苦しむことはないのです、人間は生まれて苦しみを知らぬということはありません。必ず生まれるといふことは苦しみの始めであります。それだからこの頃どうかすると、親は俺を生んだというが、俺がこんなに苦しむのは、生んでくれたから、生んでくれなければよかったなどという者があるのです。そんなに苦しむのがイヤなら自殺すればよろしいのですが、なかなかそうはいきません。然し一たび生れたなら一日一日成長しつつあります。成長は老いに近づくので、その中に病があり、そして結局は死ぬのです。生・老・病・死、これは決まって居ります。これを四苦といふ、それから『五薀盛苦』、肉體がありますから肉體の要求するところがあり、心がありますから心の要求するところがあります。肉體も心もなければ何も要求するところはないのですが、色・受・想・行・識という五薀というもので、我々という個人が出来ているのですから、どうしても肉體の要求・精神の要求があります。ことによりますと、身體の方では食べてはいけないものをば、心の方では食べたいと思って食べて苦しみます。これは心が身體を苦しめるのですが、また肉體が弱いというために、心を苦しめることもあります。肉體から心を苦しめ、心から肉體を苦しめる、それがいろいろあります、けれども求めるものがみんな得られるということは、凡夫の世界には、ほとんどというより全く一人もないことであります。その求めて得ざる苦しみ、それを『求不得苦』といいます。それから『愛別離苦』、自分の愛しいものには会えなくて会っても多く別れねばならなくなる。愛しいものに別れると共に、厭な憎らしいものにはって多く会う『怨憎会苦』、これだけのものは否でも応でも、我々凡夫の世界には皆あるのでありまして、生・老・病・死。五薀盛苦・求不得苦・愛別離苦・怨憎会苦、これを合して八苦といひます。これはそんなことはないとは何人もいえないことで、きっとあります、これは人々がすべて體験せねばならぬ真理です。それを四苦八苦の苦しみなどといふのです。それですから此の世の中のことをば結論して『三界は苦の世界なり』と申すのです。此の三界にはこれだけのことが皆あるのですから、そのことをば次のように書かれて居ります。
 『佛、舎利弗に告げたまはく、善い哉汝の言へる所の如し。舎利弗よ。如来も亦復是の如く、則ち一切の世間の父におわすなり。諸の怖畏衰悩憂患無明暗蔽とをへにしてしたまふこと無く。て悉く無量の知見と力と無所畏とを成就し。じき神力と及び智慧力しまして、方便智慧の波羅蜜を具足したまひ、大慈大悲ありて、常にむこと無く、の事を求めて一切を利益みたまふ。而も三界の朽故りし火宅に生まれたまふは、衆生を生老病死と憂悲の苦悩と愚痴の暗蔽の三毒とのよりけ、』
則ちこれが火であります。苦と業と煩悩と、これを煩悩・業・苦の三道といひますが、此の世の中といふものは、結局は苦しい道です。そしておのおの行為の上に善悪の業を作る道であり、また心に絶えず以上十使等の煩悩をはたらかす道であります。それを煩悩・業・苦の三道といふのです。その三道の炎の苦しみから度けたいというので、『衆生を生老病死と憂悲の苦悩と愚痴の暗蔽の三毒との火より度け』と佛はいはれました。生・老・病・死は苦道で、憂悲の苦悩は業道、愚痴の暗蔽の三毒は煩悩道で、その煩悩で業を造って、いよいよ苦しんで居るのが凡夫の世界ですから、今の四苦八苦の世界であるといふことを知り得ましたならば、そしてその原因結果を徹見してしまひましたならば苦しみも苦しみでなくなります。 その煩悩で業を造って、いよいよ苦しんでいるのが凡夫の世界ですから、今の四苦八苦の世界であるといふことを知り得ましたならば、そしてその原因結果を徹見してしまひましたならば苦しみも苦でなくなります。然るにそれを徹見しないところから、求めて得ざる時苦しみます。若し求めて一切を得らるべき世界ではないのだということを了りましたならば、求めて得られなくてもちっとも苦しまないので、それは当たり前だとわかり、当たり前ならば苦しみにならないのですが、それを知らないと、求めて得ざる時は後から後からその苦しみが追いかけてきます。恰度虫が火のところに行って身を焼くのと同じことです。愛別離苦怨憎会苦もそうで、若し愛別離苦・怨憎会苦に対して徹見し、其の執著から離れ覚りの心をもって居ましたならば、怨み憎しみの者に会っても、これを怨みに憎むことから離れて、却ってそれが愛しみの者に対すると同じやうになるかもわかりません。執著を離れてものを徹見することが、佛法の世間を超越する道であるとはじめにいって置きましたが、超越することを知らないで、世間の中の心になって居りますと、どうしても愛するものは何処までも愛する、憎むものは何処までも憎む、それと共に愛に着したならば、その愛着の結果は、愛のゆえに憎むようにもなります。一ばん最初に話しましたやうに、私の子供の時家に居ました人が、数の子が非常に好きでありまして、あんまり好きですから祖母が、お正月に大きな『りきりやう』といふ器に、一ぱいそれを盛ってやって置きました、一日二日はおいしさうに食べて居ましたが、いくら食べてもいくら食べても、なかなか量が減りません、そこでとうとう嫌になってしまって、非常に生来好きであった数の子を、それから後は一生見るのも嫌になってしまって数の子をみても決して食べないといふ、そんな風になりました、それは何の為めだといひますと、愛著の結果です、数の子のやうなものでも愛著の結果は却って終ひには愛が怨にかへることにもなります、畢竟それは凡夫の世界の苦道・業道・煩悩道・貪・瞋・癡の三毒、愚痴の暗蔽の三毒の炎であります。それから度ける為に佛は出られたのでありまして、それが『三界火宅』の喩へでありまして、そこでそれから脱れるのは『唯有一門』とありまして、佛法より外に脱れる道はないとなるのです。  

 3 羊鹿牛大白牛車                                 ページのトップ

 さて其の『唯有一門』の門から出ることを知らないのが、凡夫の子供達で、貪・瞋・癡・慢・疑・邪見・戒取・身見・見取・辺見などといふもののあることを知らないのです。それから四苦八苦のあることも知りません。其の苦の本は煩悩と業であることも知りません。そこで其の中で遊び戯れて居て、覚らず、知らず、驚かず、怖れず、亦厭うこともしません。
 『解脱を求めず、此の三界の火宅に於て、東西に馳走りて、大じき苦に遭ふと雖も、以て患とは為さざるなり』
とあります。全くその通りではありませんか。そこでそれを出る道が唯一門のみある、それは佛法であります。其の佛法の門によって出る筈なのですが、然し少しも覚らず、知らず、驚かず、怖れず、厭うこともなさない者は仕方がありませんから、そこでお前達の喜ぶであろう羊の車・鹿の車・牛の車が門の外にある、それに乗って遊んだらどんなに面白いか知れないよといはれたものですから、成程そんな車は家の中にはないから、一つそれに乗って遊ぼうではないかといって、子供達が出て来ました、それが羊・鹿・牛の三車の譬喩であります。
 此の羊・鹿・牛の三車の中の羊車は声聞乗、鹿車は縁覚乗、牛車は菩薩乗で即ち三乗に喩えられましたので、その羊・鹿・牛の三車による四十餘年の説法に随って、三界の火宅から出て来ました。出て来て今度門外で与えられたものは何であるかというと、それは唯一佛乗の大きな白牛の車でした。其の白牛の大きな車のことをば、佛はつぶさに其の相を説かれて居ます。
 『其の車高く広く』
といふことは、如来の智慧というものは広大深遠である。そういうことをば『高く広く』と喩えられました。
 『衆のもて荘校め』
といふことは、佛のそういふ高く広き知見といふものは、何から出ているかといふならば、一切衆生をして此の苦の世界から離れしめたいという大慈大悲の意志から出発して、そして萬行萬善を修められました、其の功徳から出て居る智慧であります。そのことをば
 『衆の寶もて荘校め』
といはれました。
 『欄楯を周匝して』
といふことはどういふことだといふと、これは陀羅尼、陀羅尼というのは總持ということで、功徳をチャンとその中に収めて、其の功徳の散逸しないように摂め持つことです。それを欄楯に喩えました。
 『四面の鈴を懸け』
といふのは、その中から四の佛の智慧の音声を以て法を説かれます四無礙、それを『四面の鈴を懸け』といはれました。
 『又其の上にはカケガサ(巾へんに憲と蓋)を張り設け』
これは慈悲喜捨の四無量心、積極的に他の善心に同情する慈と、消極的に他の悪心にも同情する悲とそれから法の為に喜び、又一切の人を救うために自らのすべてのものを捨てることをらないといふ、斯ういう四無量心をたとへて『カケガサ(巾へんに憲と蓋)を張り設け』といはられたのです。
 『亦 珍奇しき雑の宝を以て之を厳飾しつつ』
それは萬善の慈悲をたとへられたので、
 『宝の縄絞り絡みて、諸の華瓔を垂れ』
とは、『宝の縄』とは即ち四誓願である、それから『諸の華瓔』とは四摂法であり、
 『シトネ(糸へんに宛と糸へんに延)を重ね敷き』
というのは諸の禅定であり、
 『丹の枕を安置へつ』
『丹の枕』というのは即ち無分別法である、所謂無上の法の三昧であります。
 『駕くに白き牛を以てしぬ』
其の白き牛は何の喩であるか、迷の一切なくなった無漏の法をたとへたもので、そして其の白き牛は
 『膚色充潔』
であるとあります。無漏の智慧の其の白い牛は、る綺麗である、それは萬徳が具はって居る、煩悩はないから膚がつややかである、
『形體殊じく好もしう』
それは四如意足である、といふやうに、あらゆる佛様の功徳が全體に含まれている車であります。
 大白牛車=一佛乗・・・(1)衆寶莊校・・・・・萬行萬善
               (2)周匝欄楯・・・・・陀羅尼(總持)
               (3)四面懸鈴・・・・・四無礙辯(法・義・言辞・樂説の四無礙)
               (4)ケンガイ((巾へんに憲と蓋)・・・・・慈・悲・喜・捨(四無量心)
               (5)寶 縄・・・・・四弘誓願(度衆生・学法門・断煩悩・成佛道)
               (6)諸華瓔・・・・・四攝法(布施攝・受語攝・利行攝・同事攝の四)
               (7)丹 枕・・・・・無分別法の三昧
               (8)白 牛・・・・・無漏の法
               (9)形體殊好・・・・・四如意足(欲・精進・一心・思惟の四)
 ここに法華経の経文というものを尊ぶ思想が出てきて居ります。先刻申上げましたやうに、法華経という経文は決して真理を説くというだけの経文ではないので、それは如来一代の行化、佛陀の活動人格、そのことが主として説かれたといふことを申しましたが、その人格となった佛陀が、更に経力に、経の中にその自分の功徳智慧の全部をおさめたということが、此の法華経の第一の特色であります。此の譬喩の中にもチャンとそれが這入って居ります。大白牛車は何に喩えてあるかというと、唯一佛乗という法華経に喩えられたので、其の一佛乗の大白牛車は、斯くの如く釈迦佛の一切の智慧功徳の全部をそれに摂められたもので、それを何にも知らない子供に与えて、其の子供を此の車に乗せて安然の地に運んだ。斯ういふのは何を喩えられたものかといひますと、即ち経の力、佛力をば経力の中におさめられたこと。又経は法であります、真理というものは、実際にはその人格化たる佛によって代表されます。即ち真理の人格化。真理は真理のままでは我々の役に立たない、理屈だけ聞いても事実に行へないのですが、今佛に於いて其の真理が実行せられて居るとすれば、真理の人格化したものが佛で、其の佛の力の全體を此の法華経におさめられたので、彼の日蓮聖人の「観心本尊鈔」に

 『釈尊の因行果徳の二法、妙法蓮華経の五字に具足す』
と言われて居りますが、これは日蓮聖人の発明せられたことではないので、此の経そのものが、それを明らかにして居るのです。此の大白牛車の譬喩だけでもチャンとそれが明らかになっています。
それですから、此のプリントの要文要句の「八」のところに
 『乗此寶乗、直至道場』
といふ要句を出しておきました。
『此の宝乗に乗って直ちに道場に至る』・・・・・『道場』というのはどういふことだといふと、佛の覚りを開かれる處をいうので、此の『宝乗』というのは大白牛車、即ち法華経のことで、其の法華経の教を信じ行じたならば、必ず佛の覚りの場處に至る。それも単なる心の覚りではなく、佛の行い、佛の活動、それを一分でも必ず実行し得るようになる、さういうことを示されて居ます、ですから
 『此の宝のに乗りて、直ちに道場に至らしむるなり。是の因縁を以て、十方にかに求とも、更に餘の乗あることなし、佛の方便をば除く』
これが大白牛車の意味であります。

 4 為深智説以信得入                              

 つぎに、
 『深智の為に説く、信を以て入ることを得』
といふことについてお話しまするならば、経に
 『斯の法華経は、深智の為にこそ説け、浅識(きが之を聞かば迷ひ惑ひて解らざらん。一切の声聞、及び辟支佛は、此の経の中に於て、力及ばざる所なり、汝舎利弗だに、尚ほ此経に於ては信を以て入ることを得たり。』
とあります。舎利弗は智慧第一といはれていますが、『汝舎利弗だに、尚ほ此の経に於ては信を以て入ることを得たり、況んや餘の声聞をや。其の餘の声聞も、佛の語を信ずるが故に、此の経に随ぎ順ふ、己が智の分には非ず』斯くの如く此の大白牛車の一佛乗は、佛陀の智慧と功徳の全体をおさめた経でありますから、此の経に向っては単に智慧を以て知ろうとすることは、佛陀の智慧と同じ程にならねば知る事は出来ません。但し仰ぎ見て其の高きこと、大なること、深きことに驚くことは出来ます。その驚き服することは吾等の智慧の分際で出来ますけれども、経の道理全體を知り了らうといふことは、佛でなければ出来ないことです。故に『此の経に於ては信を以て入ることを得たり』此の点も亦此の法華経が、哲理的の経でなくして、宗教的の経であることを示して居るのでありますが、法華経の此の意味をば法然上人親鸞聖人等は矢張り能く見なかったやうです。彼の人等は、ただ此の中の『深智の為にこそ説け』、或は此の少し先に行くと、『無智の人の中にては、此の経を説くことれ』ということがありますが、すると、末法の時代は佛法からいったならば智慧のない人間が多いのですから、此の経は無智の人に説くなといわれている。此の法華経を説いていかんといふ風に考えられたのですが、同時にそれは、また信を以て入ることが出来ると定められています、然るに此の信ということは、どんな人間でも持つことが出来るのですから、必ずしも深智といふことの必要はないのであります、即ち深智の為に説くけれども、信を以て入ることが出来るのです。それはこの譬喩品で説かれた法華経の一つの特色であります。

 5 悪因根本十四謗法                               ページのトップへ

 それから「五」には『悪因根本十四謗法』で、このところで、一切の悪の根本は此の法華経に背くことにあるのだと佛陀は説かれて居るのです。そして其の法華経に背く根本悪の原因が十四あげられてらります。その十四とは、第一には驕慢、此の法華経を佛陀の最後説法であることをば悟らないで、佛の佛が説かれようとしますと、五千人の阿羅漢がサッと座を立ってしまひました。そういう驕慢な者、自分の得て居るところを真理と思い、佛の説くところも聞かない、それは「驕慢」であります。
 それから懈怠、法華経を聞いても尚懈怠るもの、それから計我、自分の力の分斎がわからないで、自分自身が何か得て居るやうに考えているもの、それから浅識、これは法華経を浅く解するので、つぎに著欲、五欲に著して法華経を信ずることが出来ないもの、或いは不解、法華経の意味をよく解釈しないもの、法華経を不信のもの、顰蹙といって、法華経の修行をして居る者を爪弾きにする。次に疑惑、佛はさういはれるけれども、果たして佛のいはれて居ることが本当だろうか、或いは一大事因縁とあるがもっと外にも同等または優れた経があるのではないかと疑う。次には誹謗する、終わりには軽善、憎善嫉善、恨善などといって、法華経の信仰を軽しめるもの、それを憎むもの嫉むもの、恨むものといったやうに此の十四謗法が、すべての悪の因だと説かれました。

 6 為可説機五雙十隻                         

 それから終りに此の法華経を説くべき機根をば、十種に分けて説かれて居ます、それが過現・上下・内外・自他・始終等に分けられています、
 まず「過現一雙」で、利根智慧は現在、植善堅固は過去、経に
 『若利根にして智慧明了に、多く聞きえて、佛道を求めん者あらば、是の如き人には、ち為に説くべきなり、若人て億百千の佛に見えまつり、諸の善本を植え、心深く堅固ならば、是の如き人には、乃ち為めに説べきなり』
 次が「上下一雙」で、慈心は下を慰め、恭敬は上を恭ふ、経に
 『若人め進みて、常にの心を修め、身も命をも惜まざらむは、乃ち為めに説くべきなり、若人み敬ひて、異心あること無く、諸の凡愚を離れて、独り山の澤に處らば、是の如き人には、乃ち為めに説くべきなり』
 第三が「内外一雙」で、悪を捨て善を求むるは外求にして、戒を持ち珠の如くなるは内の護なり、経に
 『若人有るて、悪き知識を捨てつつ、の友に親近くを見なば、是の如き人には、乃ち為めに説くべきなり、若佛子の、戒をちて清潔く、浄明なるの如く、大乗の経を求むるを見なば、是の如き人には、乃ち為めに説くべきなり』
 第四が「自他一雙」で、質直敬佛は自行、譬喩説法は化他なり。経に
 『若人ること無く、質直しく柔軟にして、常に一切をみ、諸の佛を恭敬ひなば、是の如き人には、乃ち為めに説くべきなり、復有は佛子の、大衆の中に於て、清浄の心もて、種々の因縁と、譬喩と言辞とをもて、法を説くにり無けむ、是の如き人には、乃ち為めに説くべきなり』
 第五が「始終一雙」で、四方求法請益の始にて、頂受専修するは帰依の終なり、経に
 『若比丘ありて、一切智の為に、四方に法を求め、合掌しげ受けて、但大乗の経典をのみ、受け持つことをうて、乃至餘の経の、一の偈をだも受けざらむ、是の如き人には、乃ち為に説くべきなり、人の心を至して、佛の舎利を求むるが如く、是の如くに経を求めて、得已りて頂げ受けむ、其の人復、餘の経を志求さず、亦未曾て、外道の典籍はざらむ、是の如き人には、乃ち為に説くべきなり』
 以上の十の相を説きて此の経を得て佛道を成ずるものを示せるを指して、経に
 『舎利弗に告ぐ、我是のにて、佛道を求むる者を説かんには、劫をむとも盡きじ、是やうの等の人は、則ち能く信じ解らん、汝当に為めに、妙法華経を説くべし』

 7 要文要句                               

 『以佛教門 出三界苦 怖畏険道 得涅槃楽』
この十六字は譬喩品の全体を一ぺんに述べられた御文ともいへるのです。佛教の門、それは一門しかない、その佛教の門を以て三界の苦、所謂四苦八苦の怖畏険道、それを出てしまって、そして真の涅槃の楽、所謂常住の楽を得ることが出来ますと、佛がこれを説かれますについては、一切衆生は皆是れ吾が子なり、しかるにその吾が子は深く世の楽に執着して居る。それは実に三界は苦だが、世の楽に著して、そして慧心有ること無し、徹見することが出来ない。
 『三界はきこと無し、猶火宅の如し、苦充満して怖畏すべし。常に生老病死の憂患有り、是の如き等の火、熾然にしてまず。如来は已に三界の火宅を離れて、寂然として閑居し、林野安處せり。今此の三界は皆是れ我が有なり・・・・・』
佛陀からいはれましたならば、此の三界は、佛そのものの領分です。どんな領分であるかといひますならば、其の火宅を転じて楽土とせられます、其の意味においての領分であります。
 『其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり。』
如来は佛界であると共に衆生界と離れず衆生界と共に在られます。そして其の衆生は何も知りませんが佛は三界のあらゆる法に通達して居られます。さういふ處からいひますと、衆生は幼き子の如きものであり、佛の智慧慈悲の大なる父の如きものです。また狭くいひますれば、佛の教を信ずるものは所謂佛口より生まれたものであります。そしてみな佛に随ってのみ覚り救われるのですから、悉く佛の子であります。それから
 『而も今此の處は、諸の患難多し、唯我一人のみ、救護を為す。』
とあります。重ねて申しますと、 『今此の三界は皆是れ我が有なり』といふのは主の徳で、 『悉く是れ吾が子なり。』は親の徳で、 『唯我一人のみ、能く救護を為す。』は師の徳をいはれたのですが、
 『復た教詔すと雖も、而も信受せず、諸欲にみ、貪著深きが故に』
だから方便を以て三乗を説いた。そして今、諸の衆生に三界の苦を知らしめたのであるといはれています。
 次の要文は、此の大白牛車の一大寶乗に乗じて、佛の覚りに至らしめるといふことを説かれたのであります。
 『汝舎利弗、尚此の経に於は信を以て入ることを得、況や餘の声聞をや。其の餘の声聞も佛語を信ずるが故に、此の経に随順して、智分ず』
これは已に申上げました。
 『若人信ぜずして此の経を毀謗せば、則ち一切世間の佛種を断ぜん、乃至、其の人命終して阿鼻獄に入らん』
これは日蓮聖人が念佛無間の證文に引かれたところですから、ここに出しておきました。
 以上略して譬喩品を講じました。此の次は信解品であります。

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