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無自覚のI Love You
――――昨日夜半から関東地方を中心に続いた降雪の影響により、今朝から首都圏の高速道路、鉄道など一部交通機関で混乱が続いております。東海道新幹線の上り――――
朝の情報番組のアナウンサーが降雪による外出の注意を呼びかける声を聞きながら、俺は二枚目の食パンに噛り付きながら窓の外に目をやった。日本の都心の平均的家屋より、ほんの少しばかり広い我が家の庭は、朝からテレビで騒いでいる様に、この土地では珍しく曇ったガラス越しでも分かるほどに一面真っ白な雪で覆われていた。俺は食パンの最後の一欠片を口の中に放り込み、それを牛乳で流し込む。手の甲で無造作に口元を拭い、ゆっくりと窓辺に近付いた。カララッと軽い音を立て、庭へと続く窓を開ける。途端に冬の朝の冷たい外気が、容赦なく頬を撫でていった。
「風の匂いって、やっぱ違うんだな・・・。」
朝の慌しい時間、ポツリと呟く俺の声を聞くものは居ない。
雪の朝の風は、こんなんじゃない。俺はそう感じた。凛とした空気に触れ、身体の中から洗われていくような独特の感覚を思い出す。そう、俺の知っている雪の日の朝の空気はもっと清浄なものだ。
「それに、コッチじゃ、こんくらいの雪でも大騒ぎなんだもんな・・・。」
足元を見下ろせば、積もっていると言っても高が数センチ。文明の利器に囲まれて過ごすのが当たり前と思ってるこの国では、この程度の雪でも普段の生活を狂わされ、わたわたと慌てている。自分の力と知恵でしっかりと生きている逞しいあの国の民達が見たら、きっと呆れられてしまう事だろう。そんな事をボーっと考えていたら、突然カーテンをパタパタと揺らし強い風が吹き抜けた。冷気が容赦なく身体を通り過ぎ、俺は思わずブルッと身震いした。
「ゆーちゃん、寒いんだから窓閉めてちょうだい。」
「あっ、ゴメン、おふくろ。」
「いつも言ってるでしょ?おふくろじゃなくて、ママ。それより、雪が積もって道路が滑りやすいんだから、ボケっとしてないで、いつもより早く出なきゃダメでしょ。」
腰に片手を当てて顔の前で人差し指を一本立て、まさにメッ!とか言いそうな我が母の姿に、俺は軽い脱力を覚えるが、おふくろが言っていることも確かなので、慌てて窓を閉めリビングのソファーに置いてある学生鞄を掴んだ。
「んじゃ、いってきまーす!」
「ああ、待ってゆーちゃん。」
靴を履き終え玄関の扉を開けようとしていた俺は、パタパタとスリッパを鳴らしながら小走りにやって来たお袋の声に立ち止まり振り向いた。
「寒いんだから、巻いて行きなさい。」
途端にフワリと首に触れる感触に手をやると、明らかに手編みとわかる淡い水色のマフラーが巻かれていた。高校生の息子に、このほんわりとしたパステルカラーはどうなのって、相変わらずの少女趣味に一瞬頬が強張るが、アッチじゃ少女趣味どころかゆるキャラずくし(それもゴツイ宰相閣下手作り)を身に着けさせられてる俺としては、最愛の母上殿が愛情込めて作られた代物に文句が言えるハズもない。ここは素直に受け取るのが得策だ。
「サンキュー、おふくろ。」
「だから、おふくろじゃなくて、ママでしょ、ゆーちゃん。」
「はいはい。んじゃ、いってくるね。」
「いってらっしゃ〜い!足元気をつけて転ばないように行くのよ〜!」
「わかってるって。」
いつまでも子ども扱いで、高校生の息子を気遣う母親に軽く手を振り、今日は自転車ではなく徒歩で学校まで向かう。スニーカーでは滑りやすい足元を注意しながら、慎重に足を進める。この程度の雪なら自転車に乗っても大丈夫だとは思うが、道を通るのは俺だけじゃない。もし万が一、誰かとぶつかって怪我でもしたら申し訳ない。ぶつかった相手もそうだが、俺が怪我をしても困る人達が沢山いるのだ。人じゃなくて魔族だけど。それぐらいの自覚は出来てきたつもりだ。ただ今それを誰かに言ったところで、今頃自覚しても遅いぐらいだ、このへなちょこ!とか逆に言われてしまいそうで、あえて口にしてはいないけれど。そこまで思い至って、ただ一人、この人だけは褒めてくれるであろう人物の事を思い出す。今回、何も言えずに急に戻って来てしまったから、スタツアる直前に見た彼の顔は、俺に必死で手を伸ばしている姿だった。
そう、俺は今回、自分の意思ではなく、な、ぜ、か、強制送還された。それは三日前、俺はコンラッドと二人で出掛けた氷祭りのお土産を村田に渡す為に、眞王廟へ表向き行幸、その実、サイン攻めからの気分転換に遊びに行った。軽くお茶を飲みながら他愛の無い話をし、そろそろそグウェンダルの眉間の皺が深くなりそうだから血盟城へと帰ろうかと門に向かって歩いていたら、道端にあった小さな雪解けの水溜りにズブリと足元が吸い込まれる感覚に襲われた。異変を察知したコンラッドは、俺の名を呼びながら必死で手を伸ばしてくれたが、寸でのところで届かず、無情にも俺は見送りに出てくれていた村田共々スタツアってしまったのだ。
帰り着いた場所がウチの風呂場だったから寒い思いはしなくて良かったものの、訳のわからないスタツアに不満たらたらだ。でも、帰ってしまったものは仕方ない。そのまま風呂を浴び、気付いたおふくろが持って着てくれた服に着替えている時に、村田が何気なく言った台詞に、俺の身体はピキッと瞬間冷凍のごとく固まった。
「そう言えばさぁ、眞王が『かわいい娘の願いならいくらでも叶えてやるが、男の願いは気が乗らん。ましてやあんな願い。俺の手で叶えてやる気はないが、でもまあ、しばらくは退屈せずに済みそうだな。』とか何とか、不満げに言いながらも、また例の如く何かたくらんでそーな声で言ってたんだよねぇ・・・。渋谷、何か心当たりある?」
ある、かもしれない。いや、あるだろ。眞王の言葉に、あまりにもなタイミングの強制スタツア。最近の俺と眞王との接点なんてアレしか考えられない。そう、コンラッドと二人で行った氷祭りで食べた、眞王が願いを叶えてくれると伝えられている願い菓子に込めた願い。俺のお菓子には突然現れるという魔石こそ入っていなかったが、魔族の中でも特に強い魔力を持つと言われている俺だ、俺の願いが、あの湖に関係が深いと言われている眞王に届いてしまったとしてもおかしくはない。
急に大人しくなった俺を不審気に覗き込む村田を、その場は何とか笑って誤魔化したが、あれからずっとその事ばかり考えてしまう。
願い菓子を食べた時の、俺の表向きの願いは「立派な王様になる」だ。でも本心は「コンラッドと二人だけで過ごす時間が永久に続いて欲しい」と願いっていた。眞王には、俺のどちらの願いが届いたんだろう。
村田から聞いた眞王の言葉は、どちらとも取れる。立派な王になりたければ、眞王に願わず自らの力で成し遂げろって言うことだろう。確かにその通り。俺自身もそう思っているから、その為の努力は惜しまないつもりだ。そんな俺が、力不足で悪戦苦闘してる姿を傍観しているのは、確かに退屈しないかもしれない。
それとも、もう一つの願いか。こればっかりは相手があることだし、自分一人でなんとか出来るもんじゃない。って言うか、相手は男だし。その上、元プリで100歳強の軍人さんだったりする。そんな相手と二人で居ると妙にドキドキして、居心地悪いぐらいに落ち着かないのに、ずっと二人で居たいとか思っちゃって。俺自身、自分のこの甘ったるい気持ちが、イマイチ良く分からない状況だ。だから、あんな願い菓子なんていう、眞王絡みの眉唾もののインチキ臭いまじないに願ってみようかなぁ〜、なんて乙女じみたこと考えたんじゃねえか!恥ずかしい。ものすごっく強く願った自覚があるだけに、眞王に届いた俺の願いは後者の方なんじゃないかと、考えれば考えるほど思えてきた。
「がぁぁーーーー、だとしたら恥ずかし過ぎる!」
「おい渋谷、大丈夫か?」
「ふぇ?」
あまりの恥ずかしさに、無意識に髪を掻き毟っていた俺は、背後から肩を掴まれ立ち止まった。振り返ると、同じクラスの山下が、いぶかしげな顔で俺を見ていた。
「お前、校門通り越して何処行くんだよ。」
「あ、あれぇ?ホントだ。」
山下の指摘に周りを見渡すと、確かに俺は校門を5mほど通り過ぎていた。慌てて引き返す俺に並んで歩きながら、山下はおかしそうに笑う。
「渋谷、お前、何やってんの?俺が止めなきゃ何処までも行きそうな雰囲気だったぞ。」
「ごめん、ごめん。ちょっと考えごとしてて。」
「それにしても、朝から挙動不審過ぎ。いったい何考えてたんだよ。」
「ハハハハハ、まあ、その、色々と。」
呆れた様な山下の顔に、俺は苦笑するしかない。まさか、気になる男、それも80以上も年の離れたデカくて逞しい軍人さんにドキドキしてる自分が乙女過ぎて恥ずか死にしそうだったなんて、何があっても言えません。
「それより急ごうぜ。1限目の数学、遅れたら当てられるぞ。」
「それは、ものすごっく困る!」
腕のデジアナ時計を見ると、始業10分前。雪の積もった道を、もんもんと考え事をしながらの徒歩通学は、思った以上に時間が掛かってしまったみたいだ。とりあえず、今はただの高校生である俺にとっての最重要課題は、目前に迫る苦手な数学に当てられるかどうだ。そう気持ちを切り替えた俺は、足早に急ぐ他の学生たちの流れに乗って山下と共に必死で教室を目指した。
***
何もない、普通の高校生の平凡な昼下がり。さっき食べた弁当と、学食で買ったデザートの焼きそばパンでお腹は一杯だ。教室の窓から差し込む午後の日差しが心地よく、ぽかぽかと暖かい。俺は襲ってくる眠気と戦いながら、ぼんやりとする頭を頬杖を付いた右手で支え、窓の外を眺めた。ポタッポタッと真横に見える木の枝からは滴が落ち、降り積もっていた雪も溶け始めたみたいで、見下ろすグラウンドには所々もう土が見え始めていた。昼休みに自販機で見かけ、ついつい飲んでしまったホット・カルピスの味がまだ舌の先に残ってる。数日前に、あいつと飲んだあの味を追い求めた自分に、どうしようもない苦笑いが漏れた。
「なんだか平和だなぁ・・・。」
あまりの長閑さに沸き起こるあくびは自然の摂理。それに逆らわず大口を開けると、ピリッと下唇に僅かな痛みが走った。唇に人指し指の先でそっと触れると、もうほとんど分からないような小さな傷に触れた。途端に思い出される優しく撫でられた指先の感触。その瞬間、ズクリと疼く胸と同時に、口の中の味はハチミツのそれに変わった気がした。
最近の俺はおかしい。ふとした瞬間、いつも考えてしまう。この国に居ると儚い夢なんじゃないかと思えるような、でも確かに存在する、俺のもう一つの祖国に居る一人の男の事を。そいつは俺の名付け親で、俺がこの世に生を受ける前、魂の時からずっと護って来てくれた俺の護衛で、あの国での俺の野球仲間。元プリのくせに奢ったところが無く、誰に対してもいつも穏やかな笑顔で人当たりが良くって、何でもこなす眞魔国一のモテ男で夜の帝王(グリエちゃん談)。でもその反面、意外に頑固で、自分が信じるモノの為には自らの立場やその命すらも省みず突き進む激しさも持っているって、俺は知っている。
そんなあいつの事が気になって仕方なくて、俺は目を反らす事ができないでいる。それは、尊敬する年長者に向ける憧れの気持ちとは少し違う、と思う。だって、グウェンダルやギュンター(壊れて無い時限定)だって常に近くに居て、時に優しく、時に厳しく、いつも俺に進むべき道を示してくれる。たまにその方向性でぶつかったりするけれど、そんな俺を理解しようとしてくれる二人を凄いって思うし、いつか俺もそんな大人になりたいって思ってもいる。これこそが、尊敬とか憧れって気持ちなんだと思うんだ。
けど、コンラッドを見る俺の気持ちは明らかに違ってて、繋いだ手や、指先で触れられた唇を思うだけで、頭の中は真っ白になって鼓動がどんどん早くなる。ただ名前を思うだけ、それだけでも胸がしめつけられて・・・・。
「どわぁぁーーーー、俺ってどこの乙女なんだよ!」
「いやいや渋谷くん、君は確かに可愛い顔をしてるが、間違いなく男だと、先生はそう思うぞ。」
ドッと沸く教室に、俺はハタと我に返る。恐る恐る視線を動かすと、俺のすぐ横に立った現国の先生が、苦笑を浮かべて俺を見下ろしていた。そうだった。すっかり忘れていたが、今は現国の授業中だ。意味不明な雄叫びを先生に冷静にツッコまれ、可愛いなんて言われてる事にツッコミ返す余裕も無く、俺は恥ずかしさのあまり顔に一気に血が上っていくのを感じた。スイマセンと小声で呟いて頭を下げると、隣に座る女の子が笑いを噛み殺しながら、ちょんちょんと俺の頭を指差す。俺は、慌てて掻き混ぜすぎてボサボサになった髪を手櫛で撫で付けた。
「さて、ここまでの、この『こころ』と言う作品の『先生』と『K』との『おじょうさん』をめぐる心理的葛藤に関する表現、先生の説明で理解できたかぁ?ここ重要だぞぉ、ちゃんとノート取っとけよ。まあ、なにやら挙動不審な渋谷くんがちゃんと聞いていたかどうかは分からないがな。」
ここでまた、教室は大きな笑いに包まれた。薄い後頭部に手を当ててこちらを見る現国の先生に向かって頭を下げ、俺はパンと大げさに顔の前で両手を合わせて謝罪のポーズをとる。それを見てまた笑うクラスメイトに、照れ隠しに少しおどけて頬を掻き、肩を竦めてみせた。
「さて、そろそろ時間も無くなったことだし、ここからは余談になるんだが、この『こころ』を書いた明治の文豪夏目漱石は、一時期、英語教師をしていたことがあったんだそうだ。そこで、問題だ。」
先生は、そこまで言うとパタンと教科書を閉じ、教卓に両手を付いて教室の中をゆっくりと見回した。年に似合わず、どこか悪戯っぽい笑いを浮かべた先生の視線が、ピタリと俺の所で止まる。
「渋谷くん、君なら“I love you”をどう訳す?」
「“I love you”・・・、ですか?」
椅子を引いて立ち上がろうとする俺をそのままで構わないと手で制し、俺の問いかけに先生は大きく頷いた。
「えっと・・・・“私はあなたを愛しています”?」
今時、小学生でも間違えそうに無い英訳を、何故か疑問系で返す。言っとくけど、自信が無かった訳じゃない。先生の問いの意図が掴めなかったからだ。
「まあ、普通はそう訳すな。私が英語の先生なら正解だ。だが、あいにく私は国語教師なんでね、正解とは言えないなぁ。」
「・・・・?」
ますます意図が分からなくなったのは俺だけではなかったようで、周りのクラスメイト達も一様に首を傾げている。
「じゃあ、もう一つ質問だ。もし大好きな人がいて、その人に自分の気持ちを伝えたいとする。“私はあなたを愛してます”こんな言葉で告白できるか?」
困惑する俺達の顔を見回した後、先生は教壇のすぐ前に座る女子に視線を向け、そう質問した。
「うぅ〜ん、“滅茶苦茶好き!”とかなら言えるけど、“愛してる”なんて恥ずかしい。」
「君はどうだ?」
「あたしも無理!やっぱり“好き”とか、“そばに居たい”とかしか言えないと思う。それに“愛してる”なんて感情、いまいちピンとこない。」
「だよね。」
隣り合う二人の女の子達の言葉に、俺も密かに頷いていた。“好きだ”という感情は理解できる。でも、“愛する”なんていう感情は、意味はわかるものの、自分に置き換えても漠然とし過ぎて実感がわかない。皆も同様なのか、教室のいたるところでざわめきが生まれる。
「そう。元来奥ゆかしく、直接愛の言葉を口にする習慣なんか無い日本人は、“愛してる”なんて露骨な言い方は、なかなか出来ないんだよ。」
先生はそんな俺達の顔を順番に見つめた後、穏やかな笑顔を浮かべてゆっくりと話し出した。
「ある日、夏目漱石が英語教師をしてた時、自分の受け持つ生徒が“I Love You”を「我君ヲ愛ス」と訳したそうだ。しかし、それを聞いた漱石は、その訳を否定した。『日本人が“愛しています”だなんて言う筈がないだろ。』ってな。そして『これからは“月が綺麗ですね”といいなさい。それで気持ちは伝わります。』そう、生徒に言ったそうだ。思い浮かべてみろ。大好きな人と夜、二人でゆっくりと歩いてる。空を見上げると綺麗な月がぽっかりと浮かび、隣を見ると大好きな人の穏やかな笑顔。自分の気持ちを届けたい。伝えたい。でも“愛してる”なんて言葉は日本人には恥ずかしくて言えない。そして、心から感情と共に湧き上がってくる言葉“月が綺麗ですね”。どうだ、漱石は素晴らしいだろ?日本人なら“愛してます”より、この叙情的な表現の方が、相手への想いは伝わると思わないか?」
先生は話終わると、満足そうな笑顔を浮かべ、俺達の顔を覗き込んだ。
「この話は、ちょっと君たちには早すぎるかもしれないけれど、これから、君たちがもっと大人になって、心から愛する人が現れた時、この漱石の和訳の素晴らしさがわかると思うぞ。」
タイミングを計ったかのように授業終了を告げるチャイムが鳴り、皆一斉に席を立ち現国の先生を見送る。入れ替わって入って来た担任が、今日の連絡事項を伝えてる間も、俺は、心臓が壊れてしまうんじゃ無いかと思う位ドキドキしていて、まともに顔を上げることが出来なかった。
あの夜、二人で楽しい時間を過ごした帰り道、馬に揺られ、穏やかな気分で見上げた壮絶なまでに美しく輝いていた月。綺麗な月を一緒に見上げて、美しいものを共に愛でる、それはとても幸せな事だと思った。振り返ると、コンラッドは穏やかな笑みを浮かべていて、凄く優しい目で月を見ていた。心ざわめいて、でも安らいで。何だか落ち着かなくて、でもずっと傍に居たくて。今まで他のだれにも感じたことのない感情。それを伝えたくて、でも上手く伝えられなくて。歯痒いままに、それでも正直に、心から沸き起こるままの言葉を、俺は口にしていた。
『コンラッド、・・・月が、綺麗だなぁ。』
“愛してる”なんて、やっぱり今の俺には、まだ良くわからない。でも、初めて知った、その言葉の別の意味に、俺は自分の感情の正体を突きつけられた、そんな気がした。
ガタガタとクラスメートが立ち上がる気配に、HRの終了を知る。
「おい、渋谷ぁ、これから皆でラーメン食いに行くんだけど、一緒に行かねえ?」
「いや、今日は帰る。」
「そんじゃ、下まで一緒にっ、て、おい!そんなに急がなくても」
「ごめん!またな!」
「おいおい、そんなに走ってたらコケるぞ!」
俺は急いで鞄を抱え、心配して呼びかけてくる友達の声に手だけ振って、勢いよく教室を飛び出した。
自覚してしまった感情。
コンラッド、今、無性にあんたに逢いたい。
想いのまま、俺は必死で走った。目指すは我が家の風呂場。そう言えば村田に帰ることを連絡しなければ、そう思い、走りながら鞄に手を突っ込み携帯に手を伸ばした。携帯を握り締めたまま走り、フラップを開けてボタン操作二つで、すぐに呼び出し音が鳴る。
「もしもし、村田?俺、今から眞魔国に帰るから。」
『渋谷、急にどうしたの?』
「帰りたくなったんだ。」
『・・・・・、ああ、そう、良いけどね。』
「んじゃ、俺んちに、おわっ!!」
『渋谷?どうしたの、おっと!!』
雪解けの水溜りにズルッと滑る足元。これは、もしかして!?す、吸いこまれ・・・・!?
「『うわぁーーーーーーーっ!!』」
電話の向こうとシンクロする叫び声。
「眞王、絶対ワザとだろ・・・・。しっかし、携帯、防水にしといてよかった〜。」
俺のくだらない呟きは、ゴゴゴゴッと渦巻く水音に、あっという間に掻き消された。
end
「明日はきっと・・・」の続きっぽいお話。
ゆーちゃん自覚する、の巻。
ただ単に「月が綺麗ですね」ネタを書きたかっただけです、すいません;;
それも、本人が無意識に言ってるから、本来の意味とは違うのかもしれないのにねぇ;;
無理やりすぎたか・・・。
でも、たかが高校生に「愛」は語れないでしょ。
ましてや日本人、無理無理!!
って事で、この展開。
明日へ繋げる活力の為にも、感想など頂けると嬉しいです。
okan
(2010/03/04)
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