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変わらぬ願い
――笹の葉さらさら 軒端に揺れる
お星さまキラキラ 金銀砂子――
その小さな歌声は、揺れるカーテンの向こう側から聞こえてきた。
ソファーの背に無造作に放り出された緋色のマント。
座面に皺くちゃに脱ぎ捨てられた黒い上着。
上質の皮で仕立てられた同じ色の靴も、互いに好きな方向を向いて床に転がっている。
コンラートは柔らかな苦笑を浮かべてそれらを整え、ゆっくりとバルコニーに続く窓の方へと近付いて行った。
「日本の歌ですか?」
コンラートが問いかけると、手すりに捕まってぼんやりと夜空を見上げていた彼の主は、その声に驚くことも無くゆっくりと振り向いた。
「そう、日本の童謡。そう言えば今日は元々は七夕だったんだなって、ちょっと思い出した。」
にっこりと笑う魔王陛下は、白いシャツの胸元を寛げて袖を肘まで捲くり上げ、黒いトラウザーズの裾から覗く足元はコンラートの予想通り裸足だった。
足の裏から伝わる大理石のひんやりとした感覚を楽しむようにペタペタと足を動かし天に向って伸びをするその姿はまるで少年の様で、コンラートはその姿に彼がまだこの国に来て間もない頃の夏の風景を思い出した。
「そう言えば七夕は日本のお祭りでしたね。色紙で笹を飾りつけて短冊に願いを書いたりしましたね。」
「うん。俺んちじゃお袋がこういう年中行事を大切にしてたからさ、よく飾り作りを手伝わされたもんだった。でもそれが結構楽しくてさ、初めはこっちでグレタとそれを楽しもうと思って向こうの季節行事をこっちに持ち込んだんだよな。それがいつの間にか城下にも広まって、この眞魔国に根付いちゃったんだからビックリだよ。」
「ええ、そうですね。そしてそれが民の間で広まるうちに、今では魔王陛下のお生まれになった星を称え国の平安を祈る祭りになりました。」
コンラートの言葉に、有利は眉を下げて苦笑し深く溜息をついた。
「初めは短冊に願い事書いて、俺が星にお願いしてたのになぁ・・・。今じゃ俺が皆からお願いされちゃうなんて・・・・。何でこうなっちゃったかなぁ・・・・。」
有利は手すりに肘を付いて形のいい顎を右手で支え、ゆっくりと夜空を見上げる。
満点の星空に溶ける黒髪がふわりと風に揺れ、二筋三筋、白い頬に張り付いた。
「俺はそんな神様みたいな存在じゃないのに・・・。」
そう呟く有利の頬に掛かる髪を梳き上げるように耳に掛けてやりながら、コンラートは憂い顔の主に優しい眼差しを送った。
「そう、あなたは神じゃない。でも良い王ですよ?」
「そうなのかなぁ・・・・?」
「ええ、そうです。少なくともあなたが魔王になってからこの国に戦はなく民の生活は平和で豊かだ。それだけじゃいけませんか?」
「それだけでいいのかなぁ・・・・?」
「充分ですよ。そして何よりあなたは民を愛してる。だからあなたは今日、この国の民の為に眞王廟で祈りを捧げたのでしょ?」
「俺に出来ることはそれぐらいだから・・・・。」
そう言って俯く有利の身体をそっと抱き寄せ、コンラートはその黒髪に口吻けた。
「初めてこの国で七夕をやったあの時、あなたが短冊に書いた願いがなんだったか覚えてますか?」
髪を梳きながら問いかけるコンラートの優しい手を捕まえて自分の頬に寄せ、天と同じように星を浮かべた瞳を見上げて有利はようやく口元を綻ばせた。
「世界平和。」
そう言ってプッと笑う。
そんな有利につられる様に、コンラートも同じように噴出し楽しそうに笑った。
「ほら、あの時も今も願ってる事は何も変わらないじゃないですか。」
「ガキっぽくて、いかにも頭悪そうな願い事だけどな。」
七夕の短冊に書いた少年の願いと、国を挙げての祭事での魔王の願い。
その規模は変わってしまっても、願い事は何一つ変わってはいない。
「そうだ。今から俺と七夕をやりませんか?」
しばらく笑いあった後、コンラートが不意にそう言った。
「昔みたいにまた笹を飾って、短冊に願い事を書くんです。まだ日付が変わるには時間がありますし、充分間に合いますよ。どうです?」
「そうだな、久しぶりに日本の七夕やるか。」
「じゃあすぐに用意しますね。」
そう言って、すぐにコンラートは必要な物を魔王の私室に集める手配を始めた。
色紙はすぐに侍女が持ってきた。
笹に似た植物は、今も祭りの象徴の様に城下の家々の軒に飾られているのでじきに届くという。
有利とコンラートは二人でソファーに並び、笹を飾りつける飾りを色紙で作りながらそれを待つことにした。
『ちょうちん』や『ふきながし』や『あみかざり』、『わっかつづり』や『ひしがたつづり』、二人で作るとあっという間にそれなりの数が出来上がった。
「意外に覚えてるもんだな。」
「ええ、そうですね。それに相変わらず・・・・」
コンラートは有利の作った飾りに視線を落とし、そこまで言うと耐え切れない様にクツクツと笑い出した。
「何だよ、突然笑い出して・・・。相変わらず何?」
有利は突然笑い出した護衛に怪訝そうな視線を向け、不満げに口を尖らせた。
「失礼。あなたの作るものは、相変わらず個性的だなぁって思いまして。」
「あんたと違って俺は不器用なんだから仕方ねえだろ!」
「いえいえ、なかなか味がありますよ、それ。」
そう言って有利の手にしている『ひしがたつづり』にまた視線を移し、コンラートは肩を震わせた。
確かにコンラートの作った一直線に並んだそれと比べると、有利の作った物は微妙に右へ左へとクネクネと歪んでいる。
短冊用の紙片を切り抜きながら、己の変わらぬ不器用さに有利が苦笑していると、扉がノックされ笹が運ばれてきた。
有利の背丈より少し大きいそれをバルコニーの柱に固定し、さっき二人で作った紙細工を枝元に括り始める。
サラサラ、と軽い葉擦れの音が響き、一つ一つ紙縒りで丁寧に枝に結び付けていくと、徐々に有利が子供の頃から慣れ親しんできた七夕の風景が再現され、有利は柔らかく目を細め、懐かしそうにそれを見つめた。
「あとは短冊に願い事ですね。」
「俺はもう書いたよ、あんたが上の方を飾り付けてくれてる間にね。」
そう言って少しおどけた表情で渡された短冊には大きく力強い文字で『世界平和』と記されていた。
それを笑顔で受け取り、高い位置にある枝先に結ぶ。
風を受けひらひらと踊る魔王の願いを書いた短冊を満足げに見つめてから、有利はもう一枚の短冊をコンラートに差し出した。
「あと一枚。出来るだけ星に近いところに飾りたいから、これもあんた付けてくれる?」
「あと一枚だけでいいんですか?」
「うん。」
有利は真っ直ぐにコンラートを見つめ、その一枚を手渡した。
二枚目の短冊に書かれてある文字を見た時、少しだけ目を見張ったコンラートは、すぐに有利に笑顔を返し、部屋のテーブルの上に置いてあった短冊を一枚だけ手に取り、自分もソファに座って何かを書き込んだ。
じっと見つめる有利に書き終えた短冊を見せ、コンラートはその短冊を笹の天辺に二枚並べて結びつけた。
「そうだな。あの時も今も、やっぱり何も変わらないな。」
「ええ、これからも変わりませんよ。俺は貴方と共に居る。」
コンラートの言葉に頷き、有利は幸せな笑みを浮かべた。
その柔らかく弧を描く唇に触れるだけの口吻けが落とされる。
バルコニーの片隅で笹の葉とともに揺れている色とりどりの紙細工。
その天辺で寄り添うように並んだ短冊も、さらさらと風に吹かれて揺れている。
「いつまでも共に・・・」
「永久にあなたの傍に・・・」
空に瞬く星々の下、言葉は違えど同じ変わらぬ想いを載せた短冊を見つめ、二つの影はまるで一つになったかのようにいつまでも離れる事無く、七夕の夜に溶けていった。
一日遅れたけど・・・・、突発的七夕話、です。
七夕が眞魔国に広がったらどうなるんだろうって思って書いたお話です。
軽い気持ちでやりはじめた日本の七夕が今じゃ国の祭事になっちゃってます。(笑)
そしてこのまま聖誕祭までお祭り騒ぎは続くぐらいの勢いです。
きっと王佐がここまでのものにしちゃったんじゃなかろーかと。(笑)
でも二人の願いは変わらないんじゃないかなって。
そんな感じのお話でした。
感想などお待ちしております。
okan
(2010/07/08)

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