目からウロコが落ちた本

私は真の意味で読書好きではないし、文学愛好家でもない。
若い時に読んでそれを刺激とし、私の脳の思考回路のどこかが変わった本を少し紹介したい。

年を取るともう小説が読めなくなってしまった。抽象的な思考もできない。
今考えられることは「現実的」なことだけ。

Fiction
芥川龍之介 「藪の中」

芥川は昔から好きだった。短編が多いのも理由の1つかもしれない。
繊細でいながら明快で切れのいい文章は読んでいてとても気持ちがいい。極端に神経質そうな外見にマッチしている。
芥川の作品も多々読んだ。人間の非業さ、醜さ、そして悲しさが溢れ出ている。

「藪の中」では、ある一つの事件についていろんな人間が証言する。どの証言も基本的には虚偽ではないが、人によって微妙に異なっている。多くの証言を聞いた後、一体何が真実なのかは誰にも分からない。藪の中である。
黒澤明の映画「羅生門」の原作は「羅生門」ではなくこの「藪の中」である。

全く真実を言い当てていると思った。人の見方は実に様々である。というより、同じものを見ていても見ているところも聞いている音も違うのだ。ある人がおもしろいと思うことでも別の人には全くおもしろくない、ある人が素晴らしいと思うことでも別の人にとってはどうってことないということは起こりうる。
それでは、自分が見ているもの、自分が聞いている音が本当に「真実」なのだろうか?


三島由紀夫 「絹と明察」

三島由紀夫に入れ込んでいた時があった。三島の小説はほぼすべて読んだ。
頭が良く、美しい日本語を自在に操り、独特の美的感覚を持つ三島は当時の私にとっては憧れの存在であった。

この小説は、よく知られている三島のスタイルー主人公の歪んだ心理状態を審美的に表現する(金閣寺、仮面の告白など)ーではなく、近江絹糸の労働争議を題材にした社会小説的作風である。

近江絹糸をモデルにしたこの繊維会社は、過酷な労働を強いながらも封建的で家族主義的な経営を行っている。社長の駒沢善次郎は従業員のことを我が子のように思っているが、労働者はこれに反発。そこに岡野という財界の黒幕が荷担してストを起こし、労組が勝利する。

確かに題材は社会小説的であるが、随所には三島特有の美的感覚が垣間見られる。この社長、封建的で経営者としては耐えられない類だが、岡野に追い込まれてゆく様は何か哀れさを感じた。

坂口安吾 「桜の花の満開の下」

この本(外套と青空)の中には短編が一杯入ってて、その中にこの小説も入っている。この文庫本それ自体は今はもう売ってないかもしれない。「桜の花の満開の下」だけで文庫本が出てるようである。

ある山賊の男は脳天気な男だが、気になることが1つだけあった。それは「桜の花の満開の下」に行くとどうなるのか、どのような恐ろしいことが起こるのかということである。
山賊はある日、ある1人の女をさらってくるが、この女はこの世のものとは思えないほど美しく、類い希なワガママ者で、想像を絶するほど残忍な女である。
山賊はこの女に振り回されたあげくあることを決意した。女を負ぶって桜の花の満開の下を通ると・・・・そこには恐ろしくも美しい別世界が展開される。

とてもとても幻想的で、グロテスクで、そして悲しく美しい話。実際、満開の桜の花の下に行くと、そこはなにやら美しくもおどろおどろしい雰囲気が漂っている。

高橋和己 「邪宗門 (上)(下)」

高橋和己の小説はすべて読んだ。しかも5回以上。
高橋和己は大阪出身で、境遇などには親しみを覚えるものがある。

この本も今はもう売ってないようだが、古本屋で高橋和己の単行本はよく見かける。昔は左翼の学生がよく読んでいたようである。

この小説は、大本教をモデルにした宗教組織を戦中・戦後にわたって追っている。徐々に勢力を拡大するこの宗教組織は、戦中は「不敬罪」で弾圧を受け、戦後は「国家神道との関わり」を疑われてさらに弾圧を受ける。
組織には様々な強烈な個性の人間がおり、それらが様々に交錯しながらストーリーが劇的に展開してゆく。
最後は決死の壮絶な蜂起を試みるが、激しい弾圧に破れて組織は崩壊。主人公は巡礼者となり最後は断食して餓死する。

何度読んでも、感動と興奮の連続である。それぞれの人物の生き様には共感と同時に涙を誘われる。台詞の端々に、心に突き刺さる言葉が散りばめられている(何でこの本を古本屋に売るんかな・・・?)

ソール・ベロー/Saul Bellow 「宙ぶらりんの男」/ Dangling Man

主人公の Joseph は現実世界に希望を見いだせず、究極の生である軍隊に意義を見いだす。早速陸軍に志願するが、カナダ国籍だったため手続きにとまどり、いつまで経っても招集されない。

日記風に日々の出来事や心理状態を記していて読みやすい。待たされている間のたまらない倦怠感、時間が不規則にゆっくりと流れてゆくような雰囲気がひしひしと感じられる。

当時、私は浪人生で、ちょうど Joseph と同じような心理状態にあった。Saul Bellowの小説は他にも読んでるが、やっぱりこれが一番。あの倦怠感は忘れられない。

ドストエフスキー/Dostoyevski「悪霊(上)(下)」(すみません。ロシア語分かりません)

ドストエフスキーも若い頃かなり読んだ。長編で最初の出だしがちょっとトロトロしてるところはロシアの特質なのだろう。傑作を挙げれば有名な「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟(大長編)」そしてこの「悪霊」だろう。

この話の記録者(ステパン氏)が過去の事件を語る構成になっている。
実際に起きたネチャーエフ事件(ナロードニキの秘密結社で密告を恐れて仲間を殺害)を元にした小説。
ロシアの伝統的価値を放棄し、無神論や無政府主義に走る若者達は秘密結社を組織するが、その中で起こるのは、仲間同士の裏切りや疑心暗鬼・・・そして最後には殺害へとつながってゆく。

登場人物達はそれぞれに強烈な個性を持っているが、その中でも圧巻なのはやはりスタヴローギンだろう。
類い希な知性と繊細さ、美貌、強靱な体力を持つ彼の中には底なしの闇が存在している。善悪の区別を知らない、いや、それすら認めない人間離れした冷徹非情さ。

ドストエフスキーの小説に登場するキャラクターは、悪魔的なこのタイプ、物静かで理論的なタイプ、そして世間から忌み嫌われるような要素(例えば狂人)を持つが真っ白に純粋なタイプに分けられる。この最後のタイプこそが神につながっているのである。

ドストエフスキーは日本でとても人気がある。昔、あるロシア人に「何故日本人はドストエフスキーがそんなに好きなのか?ロシアには他にもいい作家がたくさんいるのに」と言われたことがある。他のロシアの作家は読んだことがないのでよく分からないが、ドストエフスキーのこの暗さ、絶望感、焦燥感は確かに日本では好まれる。私も好き。
高橋和己もこの「悪霊」にインスピレーションを受けて「日本の悪霊」を書いている(話の内容はちょっと違うが、政治組織内での裏切り、疑心暗鬼といったテーマは同じ。これはとても暗い絶望的な小説だった)。
埴谷雄高の「死霊」もよく引き合いに出されるが、残念ながら私は読んでない。

フランツ・カフカ/Franz Kafka 「判決」/Das Urteil

この文庫本も短編集だが、これも今はもう売ってないようである。この中に「判決」も入っている。
この短編集自体が暗くて不気味な短編ばかり入ってるが、この「判決」もわけの分からない不気味な話である。

ゲオルグ はロシアにいる友人に手紙を書く。そのことを父親に伝えると、寝たきりの父親は激しくゲオルグ非難し、最初は取り繕おうとしていたゲオルグも反撃に出るも、最後には父親に溺死の判決を言い渡される・・・

暗い部屋。寝たきりの父親のみすぼらしい状態。ゲオルグの脳裏に浮かぶ不気味な情景。デフォルメされた周囲の風景・・・。表現主義の映画を彷彿とさせる。

カフカの作品は他にもいろいろ読んだが、私がこれを気に入っているのにはある理由がある。
NHKのラジオ・ドイツ語会話応用編でこの短編を取り上げていた。
担当のドイツ人の朗読が素晴らしかった。柔らかく澄んだ声でドイツ語の音が美しく響いていた。この朗読まだはっきりと覚えている。テープも買った。
これを聞いて、ドイツ語をやろうと思った(結局全然マスターできてないが・・・)。

ジョージ・オウエル/George Owell 「1984年」/1984

David Bowie の曲でもお馴染みの1984。全体主義批判の小説として有名だが、それだけではない。
確かに小説の舞台は未来の全体主義の国であるが、その中にはいろんな意味深な内容が含まれている。

主人公のウィンストン・スミスはジュリアという女性と親密になり、2人は国の規則を破ったかどで逮捕され、激しい拷問を受ける。

この国では New Speak という言語を用いて「言語統制」がなされている。言語を統制するということは思考を統制するということだ。
例えば、good という形容詞の反意語は実際にはいろいろあるだろう。しかし、反意語はすべて un- という接頭辞を付けるだけでよい(従って good の反意語は ungood )ということになれば、当然語彙それ自体が限られたものになってくる。
語彙が限られてしまうということは、思考の幅がなくなるということである。こうして人間の思考をも統制するのが、このNew Speak なのだ。

小説では随所に歌が流れる。もちろんメロディーはどのようなものかは分からないが、歌詞だけが書かれている。これがこの小説のアクセントになっていて、私はとても気に入っている。

Non-Fiction
現代思想 (反理性主義)
栗本慎一郎「幻想としての経済」

ハンガリーの天才経済人類学者カール・ポランニーの理論をとても楽しく分かりやすく紹介している。
「経済は社会の中に埋もれているのが常態」だったなんて!!
これこそまさに目からウロコが落ちた衝撃の瞬間であった。近代経済学が基礎とする「合理的経済人」など実際には存在しない。人間はそもそもが非合理的な存在ものであり、経済のあり方も交換、贈与、互酬、蕩尽など様々な形で現れる。
この本では、貨幣や様々な現象を経済人類学的に分析していて非常におもしろい。

栗本氏は他にもカッパ・ノベルスからもいろんな本を出している。一例を挙げると「パンツをはいたサル」「都市は発狂する」「鉄の処女」など。「パンツをはいたサル」では人間とは一体どういう存在なのかを明快におもしろく解説している。「都市は発狂する」では都市の特殊な特性や構造など、「鉄の処女」では現代哲学について非常に分かりやすくまたおもしろおかしく説明してくれている。
どれも一読の価値あり。きっとものの見方が変わるはず。

栗本氏は後に議員になってしまったが、その時はほんとうに残念だった。議員は誰でもなれるけど、この研究は栗本さんしかできない。
その後脳梗塞で倒れ、最近、脳梗塞の本も出している。
丸山圭三郎 「文化のフェティシズム」

ソシュールの理論を中心に、言語とは、人間の欲求とは何かを解説した本。
ソシュールの言語学の行はなにやら小難しく完全に理解したとは言い難いが、1つだけ脳天直撃ショックを受けた事があった。近代西洋の考え方では、人間(理性)は対象をそのまま透明に把握できる。その間には言語が介在しているがそれは対象を明確に写す道具である。しかし、ソシュールの考えはその反対で、先に対象があって言葉がそれを表しているのではなく、人間は「言葉を通じてしか対象を認識できない」というものである。

ある言葉がなくなったからといってそれを表していた対象までもが消える訳ではない。例えば、狼という語が消えたからといって狼という動物それ自体が消えてなくなってしまうわけではない。それは別の言葉(例えば、犬)で代用され、犬というカテゴリーで捉えられるようになるのである。丸山氏はこれを「箱と風船」の例を挙げて分かりやすく説明している。ちょうど1つの風船が割れたら、別の風船が膨らんでその空間を埋めるように。

丸山氏はソシュールの理論をさらに進めて、人間には、動物が持つ「身分け構造(身体で環境を秩序化する)」の他に「言分け構造(シンボル化能力)」という過剰物を持っているとしている。これは人間の言葉の能力が作り出した存在しない秩序であり、人間はこれを現実として生きている。

これを読んで以降、言語に対する認識が変わった。ある言語を学ぶとその言語を話す人たちの思考のあり方まで見えてくることが分かった。


橋爪大三郎 「はじめての構造主義」

クロード・レビストロースの親族・神話論を中心に現代フランス哲学をとても分かりやすく解説した本。
近代西洋の思想が「優れていて」「普遍的なもの」等という考えは根本から間違っている。むしろ近代西洋こそが「異端」なのではないか。
レビストロースの親族研究から、「未開」とされている人たちの中には、現代の数学と同じ思考方法があるのが分かった。人間の思考というのは基本的には変わらない。

この本は是非お薦めしたい。一読の価値あり。これ以上分かりやすく構造主義を解説した本はないと思う。
株式投資
仁科剛平 「株で一億円作る!」ダイヤモンド社

それまで株式投資は、金の有り余った人だけがやる道楽と思ってた。偶然この本に出合い、ビッグバン以降、状況は変わったことを初めて知った。

それにしても、10万から始めて1億に? まあ実際それは無理としても、株式投資がどのようなものか、ミニ株、インターネットでの取引の方法、チャートの基本的な見方など、初心者にはとても分かりやすく書いてある。これを読んで株を始めた人も多いと思う。

海外投資を楽しむ会「ゴミ投資家のためのインターネット株式投資入門」メディアワークス

株式投資に興味を持つようになってから本屋の金融コーナーには必ず立ち寄るようになった。そこで偶然この本に出合った。日本の金融システムの欠陥、良い会社の見分け方など、批判的に解説していて、とにかくよく分かってとても役に立つ本である。私はこれを読んで結構「開眼」した。
金融機関にとっては「大口の顧客」こそ意味があり、それ以外の小さな取引しかしない「個人投資家」などは、単なる「ゴミ投資家」にすぎないこともこの本で知った。

他にもこの「ゴミ投資家シリーズ」はたくさん出てる。「ビッグバン入門」「インターネット株式投資 2」、「株式トレード入門」、「人生設計入門」などなど。。。

増田正美 「40歳からの科学的株投資法」講談社

阪大の物理の先生だった増田氏が定年後に初めて株を始め、多々失敗して紆余曲折を経ながら遂に習得した投資術を詳しく説明してくれてる。
特に40代のサラリーマン向けに書かれた本で、短期売買を中心に、テクニカル指標の使い方とか、有望株の検索のしかたとかを解説しており、よく分かって非常に役に立つ。

増田氏は今、いろんな講演でひっぱりだこ。


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