ペンギンドクターの
診察室


ておどりで心を伝える

秋田県にすばらしい盆踊りがあるのを最近知りました。およそ800年の歴史があると言われています。毎年この行事ために町中が老若男女問わず一生懸命練習します。手振りも複雑でメロディーも数十種類あるそうです。私はこれをテレビで見たのですが、よくここまで伝統を大切にするものだと感心しました。この踊りに着ていく浴衣を、それぞれの家が大切に保存していて、ある家では江戸時代のものが美しいまま残っていました。

近頃の日本人は踊らなくなりました。戦後の間もなくには、教会の直会のあと信者さんが輪になって炭坑節を踊ったものです。楽しいにつけ嬉しいにつけ、身体を動かして気持ちを表現し、心の中をさらけ出す。これが踊りの良さでしょう。その上この町の素晴らしさは、踊りを通して年寄りと若者が教えるものと教わるものに分かれて、礼儀正しく練習する仕組みを今も守り続けていることです。

サンフランシスコに留学しているときに、私は小さな天理教の教会に通っていました。アパートの一室が神殿でした。会長さんは80才近い老婦人でした。初代のご主人が亡くなられて跡を守っておられるのです。この方は毎日朝晩に半下りずつ「ておどり」を勤めておられました。私も加えてもらって踊り、手振りの間違いを何度か気づかされました。勿論あとで美味しい炊きたてのご飯をご馳走になるのが一番の楽しみでした。

今から思いますと、殆ど一人きりで英語の分からない老婦人が暮らすのに、「ておどり」はなくてはならないものだったと合点しました。まず、心が勇みます。お地を歌うことで記憶力が鍛えられます。相当足腰の弱ったお年寄りにも無理なく全身運動が出来ます。大きな声を出せば心肺の鍛錬にもなります。決してお勤めを軽んじているのではありません。尊い教理とは離れても、「ておどり」はお年寄りに最適のリハビリではないかとずっと思い続けております。

たとえば脳卒中で左の脳がやられると言葉が出ない失語症という病気になることがあります。ところが右の脳は音楽としての言葉を出す能力があり、歌としての言葉を出せる患者さんがおられます。お勤めの歌はこんな方のリハビリにも役立つのです。

さらに、このお勤めの手を教会の先輩が若い人達に教え伝えることが出来れば、世代を越えて伝統を守り続けることになります。お年寄りには誇りを、若者には敬意を、心に浮かべる絶好の機会になるはずです。そんな一瞬がひとときでも多くあって欲しいと願っています。

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