ペンギンドクターの
診察室
お年寄りの特に女性からたまにこんなことを聞きます。「家で大事にしてくれて何もしなくて良いのです。でも、毎日何もすることがないのも辛いものです。」もっともなことで、退屈も大きな苦痛なのです。患者さんの中で印象に残る今も元気な老婦人が二人います。
79才のAさんは農家の人で、診察の前に腰から大きなコルセットを外します。畑で長年働いていて、ひどく曲がった腰にコルセットが手放せなくなっています。高血圧と糖尿病で来られていますが、声はいつも力があって元気溌剌です。農作業で忙しくて診療所に来る時間も惜しい様子です。
75才のBさんは、診療所にバイクにまたがって来られます。訴えにはめまいもあります。動悸もあります。身体のことが色々心配ですが、いつも目が輝いています。道沿いの小さな店をご自分で切り盛りされていて、近くの菜園の手入れをし、暇を見つけては美術展や、いろんな地域の会合に出かけて行かれます。
お二人とも病気は間違いなくあり、身体的にも十分老化が見られる、どなたが見ても立派なお年寄りです。しかし、目が輝き声に張りがあり、表情が生き生きとして、20才も若い私でもうらやましいくらいです。
生き甲斐があると言うことは、たとえ病気があっても心身を元気にします。お年寄りから生き甲斐をとってしまうことは、薬を奪うよりずっと悪いことだと、毎日の診療から感じております。この老化に一番薬になる生き甲斐を処方できれば、きっと現代の名医になるに違いありません。
生き甲斐というのは、どうも何がしたいとか、何が面白いとかではないようです。むしろ面白くなくても、しなくてはならないこと、その人がしてくれないと周りが困る、その人が必要とされる。そんな小さいことですが大切なことが、お年寄りに必要なのだと思っています。つまり社会の中で生きていると実感させる「こと」です。
Aさんには人が買ってくれる作物があり、Bさんには近所の客が来る店があります。弱ってしまったお年寄りにも生き甲斐があれば、もっと元気に過ごされるはずです。毎晩声をかけて世間話をしてあげるだけでも違うはずです。昔の元気なころの思い出話を聞いてあげれば、これはもう高度医療の特別処方です。そして隔離療法はもっとも良くない治療法の一つだと思ってください。