ペンギンドクターの
診察室
30代の男性が高血圧と腎臓病で長らく通院されていました。1年前くらいから血液検査で腎臓の働きが落ちてきて、その年の秋にはとうとう人工透析が必要な尿毒症という状態になりました。透析というのは腎臓の働きの代わりを機械でする治療法のことです。
正月を前にして、この方が急に呼吸困難を起こして来院されました。両方の肺に水がたまって、レントゲンでは肺がほとんど真っ白になっていました。こんなとき普通は尿を出す利尿剤という注射を使うのですが、尿毒症になっている方には効きません。緊急入院して透析を始め、身体から水分を抜く治療でやっと症状が軽くなりました。
腎臓は、身体にとっていらなくなった、または毒になるようなものを、こして血液をきれいにする濾過装置の働きをしています。丁度コーヒーの豆にお湯を注いでフィルターから落ちてくる汁を集めるように、腎臓には血液を濾過するフィルターのような装置があるのです。ただコーヒーとは違って要らないもの、つまりオシッコが濾過されて下へ出てきます。この働きを人工的に作ったフィルターでやってしまうのが透析です。
透析には大きく分けて二つの働きがあります。一つは不要な尿毒素を血液から取り除くこと。二つ目は、余分な水分を血液から抜き取ることです。水分は要らないものではありませんが、ありすぎると困るものなのです。
透析も次第に落ち着いてきますと、週2,3回決まった時間に透析を受け、残りの時間は家庭で日常生活が可能です。しかし大切なことがあります。食事の制限を守って暮らさねばなりません。お肉や魚の量、塩分の量など制限され、生野菜や果物に注意が必要などと指導されます。
私はその勉強会に出て患者さんと食事をしたことが何度かありますが、一番辛いと思ったのは、味が薄いことでも果物が食べられない事でもありません。水が欲しいだけ食事中に飲めなかったことです。
健康な私達は、水はただで欲しいだけ飲めるものと決めてかかっています。ところが透析患者さんは目の前にある水を飲むのに、神経を使わねばなりません。尿が出なければ飲んだ水分は出ていくところがありません。透析で水を抜かねばならず、沢山飲めばそれだけ透析の時間が必要になってきます。
水飲めば水の味がする。この言葉が素直に納得出来る経験でした。水のもつ、のどごしの良さ、あの無味な心地よさは、何者にも代え難い食卓の必需品だと痛感することが出来ました。