ペンギンドクターの
診察室
医学が進歩すればするほど益々新しい不思議が生まれてきます。脈の乱れがひどく私の外来に紹介された若い男の方がおられました。この方は長らく口から食べ物が全く取れず、いつも胸の静脈から栄養素を注射で入れ続ける治療を受けておられました。大腸の病気で食べるとひどい下痢をするので、腸管を殆ど切り取ってしまったのです。そこで水分は勿論ですが、分かっている限りの栄養素を全て計算をして毎日必要な量注入していくのです。
ところが何年も経ってきて心臓の筋肉に障害のあることが分かってきました。筋肉の力が弱ってきて、脈が乱れるのです。似たような病気が中国の風土病にあり、その原因がセレンの不足であると分かってきました。それで静脈から入れる栄養剤の中に微量のセレンを入れるようになったのです。
セレンと言っても聞き慣れない言葉です。酸素とか水素とかと同じ元素の一つです。本当にわずかな量、一日に一万分の一グラムほどが人間には必要なのです。十分計算して栄養を補給しても、人間では計算してもし尽くせない自然の恵みがあることに感心してしまいます。科学が進歩すればするほど、神様の働きが偉大で素晴らしいことを思い知らされることになるのです。
この若い患者さんは口から食べ物を入れる楽しみもなく、何年も病院で過ごしておられましたが、いつもにこやかな表情でおだやかな暮らしぶりに見えました。その態度に周囲の人達は皆さん心を動かされていたようです。
食欲は私達の一番あきらめることの出来ない欲望です。人は食べるために生きると言う人もいるくらいです。そんな欲深いお互いですから、この若者の穏やかな表情に信じられないような美しさを感じたのだと思います。
個人的にこの方と話をしたことはありません。時々病院の中で見かけた彼は、車椅子の上で確かにいつもにこやかな態度でした。なぜあんな風で居れるのか、病気のつらさを知る者にはとても信じられないことでした。
彼には私達がまだ知らない小さな小さな心の元素があって、その働きで心をいつも元気にしていたのだろうと、私は勝手に想像しております。それは真のよろこびという元素かもしれません。彼のような苦難の人生を生きなければ持つことの出来ない大切な心の元素です。
医学の進歩も大切ですが、吾が心の進歩ははるかに魅力的です。素晴らしい心の元素を私も発見できるよう、これからも信仰を続けていきたいと思っております。