ペンギンドクターの
診察室
心臓内科医は外科医のような所があります。遅い脈を早くするため、皮膚を切開して体内にペースメーカという電気装置を植え込んだりします。またカテーテルと呼ぶ細い管を手足の血管から差し込み、心臓までいれて治療をしたりもします。心臓の血管が血栓で詰まり心筋梗塞を起こしますと、このカテーテルで掃除するのです。
血栓の掃除は早くすればそれだけ軽くて済みます。たとえ夜中でもやる気満々で病院に駆けつけ、4,5人でチームを組んで治療に当たります。言い過ぎかも知れませんが、丁度戦場に出ている兵士のような気分で頑張るのです。それだけやり甲斐があるのです。心臓の状態は数分という短い時間で変わっていきますから、一瞬も油断の出来ない真剣勝負です。
私が医者になりたての頃、何度も痙攣を繰り返し、意識がなくなる発作で担ぎ込まれた患者さんがいました。心電図では心室細動という非常に恐ろしい脈の乱れが起きていました。発作が起きるたびに、胸に機械を当てて電気ショックをかけます。そうしますと一旦正常の脈に戻りますが、また起こります。ベッドの周りを数人の医者が囲み、狭い部屋に10人位のスタッフが出入りして、まるで戦場のようでした。何度も何度も繰り返すうちに、普通の脈にもどると、脈が遅くなって心電図に異常が出ることが分かってきました。
そこでリーダーの医者が、当時まだ珍しかったペースメーカを使うことを思いつきました。この装置で心臓の脈の数を早くすれば、発作が起こらなくなるかも知れない。早速必要な器具があちこちから集められ、ペースメーカの電線が心臓に入れられました。身体の外においてある装置のスイッチを入れますと、患者さんの脈拍は、80,90と早くなり恐ろしい脈の乱れは消えました。
まだ研修医であった私には魔術のように思えました。ついさっきまで白目をむいて痙攣を繰り返していた患者さんが、静かな息をして横たわっているのです。とても劇的な場面で30年経ってもよく覚えています。
しかし考えてみますと、この医者達に正確で深い知識と、的確な判断力が無ければ、いろんな機械も技術も絵に描いた餅になります。医者が親切なことは勿論大切ですが、その前に常に熱心に勉強をして正しい判断を下せる能力がなくてはなりません。ただ熱心さと親切さが、両方うまくそなわっている人はそんなにはおられません。そこでこんなお医者さんのことを名医と呼ぶのだと私は思っています。