ペンギンドクターの
診察室
むかし「ドクトルジバゴ」という映画がありました。最初のシーンで拡大した顕微鏡の画面が出てきました。細菌がきれいな絵になって映し出され、それを見る主人公が医学生であることを観客に知らせてくれます。目に見えないほど小さいものを拡大して調べる。顕微鏡は身体の小さな細胞や、痰の中に潜んでいる細菌を目の前にみせてくれます。19世紀の医学はこの器械のおかげで目覚ましい進歩をとげました。
現代の医療でも顕微鏡は検査の世界で大いに働いています。尿検査で糖や蛋白を調べ、さらに試験管に少し分けて遠心分離器にいれてグルグルと振り回しますと、尿の中に混じった小さな粒が試験管の底に集まります。これを顕微鏡でみて、どんな細胞があるか、細菌はいないかなどと検査をします。白血球が多ければ膀胱炎、数珠のようにつながった赤血球が見つかれば腎炎などと診断していきます。
最近流行の花粉症では、鼻汁の中に好酸球があるか顕微鏡で調べます。好酸球は白血球の一種で、アレルギーがあると増えてきます。おなじアレルギーでも皮膚の湿疹は水虫と見分けのつかないことがあります。発疹の周辺部で皮膚がささくれ立っているところを少し取り顕微鏡で見ます。水虫の菌が見つかれば白癬症ですから湿疹と薬が全く違うことになります。
こんな具合に日常診療に活躍している顕微鏡ですが、血液標本を熟練した目で観察するのに欠かせない道具です。血液には色々な形をした細胞があります。赤く丸い小さな円盤状の赤血球は酸素の運搬を、一番小さな粒の血小板は出血を止めるのに役立ちます。赤血球より一回り大きい白血球は、アメーバのように身体の中を動き細菌などの侵入者と戦っています。この白血球の数は通常1万以下です。それ以上に増えてきますと細菌が身体の中で炎症を起こし、これと白血球が戦っているのだと考えます。数が多ければ肺炎や腎盂炎などの重症な病気を考え、もっと何万にも増えますと血液の癌も疑います。
一般の癌診断にも顕微鏡が大いに働きます。乳房にしこりが触れますとレントゲンなどの検査をし、怪しい時には針を刺してシコリから細胞を取り出します。これを顕微鏡でみて癌かどうか、つまり悪性の程度を判断します。子宮癌、胃癌、肺癌や前立腺癌など、生検といわれる検査で細胞を取ってきて、顕微鏡で診断する病気は沢山あります。
癌の細胞による診断は、細胞を特別な色素で染めて、細胞の中が良く分かるようにあらかじめしておきます。これを顕微鏡で詳しく観察して、細胞の大きさ、形や配列、細胞の中心にある核の染まり具合や大きさなどで悪性度を判断します。通常五段階に分けて、1,2を良性、4,5を悪性、3をどちらか判断が付かないもの診断します。この際顕微鏡の性能よりも判断する人の経験と眼力がもっとも大切になります。医療の質は器械より人だと思える良い例です。