ペンギンドクターの
診察室


眼底鏡

私が研修医の頃に、同じ年頃の眼科医が毎晩のように小児科病棟で未熟児の眼底を見に来ていました。後で知ったのですが彼は未熟児の網膜症を発見するために何度も通っていたのです。憩の家に開院当初からおられた永田誠先生は、世界で初めて未熟児網膜症に光凝固が有効であることを提言されました。当時まだこの病気の原因が分からず、治療法もなかった時代でした。その弟子のかの青年医師は日常の診療を終えた後、毎晩未熟児の枕元に通い網膜症の早期発見に努力していたのです。なるべく早く見つけて治療をすることで、赤ちゃんの目を失明から救ってあげることが出来たのです。

眼底鏡はこのような眼科専門の医者に限らず、内科医も慣れておかねばならない検査です。目は口ほどにものをいうと申しますが、病気の世界でも目のおくの眼底を見ることで内科の病気も一層精密に調べることが出来ます。眼底には網膜の血管が広がっていて、それを眼底鏡で拡大して詳しく見ることが出来るのです。

特に今日では生活習慣病で内科を訪れる人達が圧倒的に多くなっています。高血圧、糖尿病、脳卒中、心臓病など、すべて動脈硬化が一番の問題になる病気です。この動脈硬化を実際に目の前に見せてくれるのが、眼底にある網膜の血管なのです。血圧が長い間高いままでいますと、動脈硬化が進み眼底出血が起こります。こうなれば最も重症の状態ということになります。網膜動脈の壁が白くすこし光っている程度であれば、動脈硬化は間違いなくあるが程度は軽いと判断するのです。

糖尿病の場合は眼底検査がもっと重要なものになります。糖尿病は血糖が異常に上がって、その結果身体の色々なところに障害を起こします。これを糖尿病の合併症と言います。なかでもよくご存じの三大合併症があります。一つ目は腎症で、糖尿病を長く患っていると最後は尿毒症になり、人工透析をしなければならないようになります。二つ目はニューロパチーといって、手足の神経がしびれたり痛んだりしてきます。内臓にいく神経がやられると慢性のひどい下痢で悩まされたりします。

三つ目が糖尿病性網膜症です。大人になってから全失明する人達の最大の原因が糖尿病の合併症です。それくらい糖尿病の患者さんにとって切実な問題なのです。だから糖尿病で長年治療を続けている方は、かならず眼科医の診察を定期的に受けることを忘れてはなりません。網膜症の診断には眼底の隅々まで詳しく見る必要があります。散瞳剤で瞳を大きく開いて見やすくした上で、熟練した眼科医が担当することになります。

この糖尿病性網膜症の場合、血流が障害された場所に新生血管ができてきますが、これが破れて出血しやすく、ついには網膜剥離の原因になるので、定期的に監視し適切な治療をしなければなりません。糖尿病の方は、口を慎み、足を使い、瞳を凝らして養生に励むことが肝要のようです。

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