ペンギンドクターの
診察室


聴診器

聴診器を当てても大抵は格好だけで大したことは分からない、それより検尿をすると沢山の病気のことが分かるという話が何かの落語にありました。確かに尿に異常の出る病気は数で言えばかなりあります。聴診器でも実はかなりの病気が分かりますが、患者さんの前に目に見えた形で出てこないため、こんな落語になるのでしょう。

研修医の頃は聴診器が医者である証明のようで、これを下げていると何となく誇らしい気分になりました。でも聴診器はシンボルだけのものではありません。まず心臓の音を聴き、肺の音も呼吸に合わせて聴診します。そのほか首の血管の音や、お腹の鳴る音なども聴きます。さらに血圧を計るのになくてはならぬ道具です。

前回自覚症状のことを申しましたが、患者さん自身ではなく医者から見て分かる症状のことを他覚症状といいます。つまり患者さんの個人的な感覚ではなく、第三者の誰がみても分かる症状のことです。たとえば肥えているとか、顔色が青白いとかといったものです。他覚症状の中には患者さんの生命の危険度を判断する目安として、バイタルサインというものがあります。

意識のレベル、体温、呼吸、脈拍、血圧がその主なサインです。入院していると朝晩看護師が巡回してきて脈や体温などを計りますが、バイタルサインをチェックして温度表に書き込んでいるのです。病名を決めるだけでなく、患者さんの状態を正確に判断するのに大切な情報です。この中で呼吸、脈拍、血圧のいずれも聴診器が必要になります。

患者さんが前に来られますと、まず目で見ます、話される声を聴き、お腹などを触って異常がないか診察します。先ほどの他覚症状を発見するのに努力するのです。外から聞くだけでは分からない、身体の中の小さな音を聴き取る為に聴診器を使います。大げさに言えば医者が初めて使う検査の道具です。

胸の中央すこし左よりに聴診器を当てますと、トントンと二拍子の心音が聞こえてきます。この中にシューとかザーとか雑音が混じりますと心臓弁膜症を考えます。胸の上の方でヒューヒューと呼吸に合わせて聞こえますと気管支喘息を、あちこちに当てても呼吸音が聞き取りにくいと肺気腫をと、病名が浮かんできます。このように医者は聴診器を当てながら病名や病状について考えているのです。患者さんの自覚症状に耳を傾け、身体の中の音にも精一杯耳を傾けて、聞き上手になるのが医者の第一の仕事だと思います。忙しさに紛れて、十分に出来ていない我が身を反省しながら筆を置きます。

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