夜明け前
10代で飛び込んだ芸能界に、まだ今も僕は席をおいている。 仕事は順調な代わりに目が回るような忙しさだ。
今が何時で、今日が何曜日で、今僕がどこに立っているのか。 それすら時々わからなくなる時がある。 マネージャーからの電話で目が覚めたら朝で、お疲れさまという言葉で魔法が解けたように我にかえる。 気がついたら日付けはとっくに変わっている。そんな繰り返しばかり。 追い立てられて乾いた毎日は、手のひらからこぼれる砂のように流れていく。
いつからか机の上には、僕に開けてもらうのをずっと待っている封筒がそのままになっている。 真っ白な封筒。でも見なくてもそれが、誰から送られたものかわかっていた。
疲れた身体を引きずるように、惰性でベッドに横たわる。 それでも変に目が冴えて眠れそうになかった。 横目で封筒を見る。今日はやけに白くて眩しく映る。 僕は目を細め、そして目を背けた。
遠い昔に封印した気持ちが、じわじわと心の奥で疼きだす。 あれから僕は、それなりに恋愛した。いつも長くは続かないけれど。 きっと僕は必死に逆らいながらも、どこかで君の面影を追い求めていただけかもしれない。 そんな気がする。
ふーっと大きく息を吐いて、天井を見つめる。 あの日僕の心に絡み付いた彼女の長い髪は、まだ鮮明な記憶として今もここにある。 浮かんでくるのは、懐かしい輝くような君の笑顔だけ。 でもそれはいつもただ一人だけに向けられていた。そしてこれからもずっと。 ふと気付く、我ながら女々しいと。そしてやや自嘲ぎみに笑う。
起き上がり、窓を少しずつ開けてみた。東の空がもう白みはじめている。 夜明け前の空気はまだ少し張り詰めていて、頬に刺すような痛みがする。 そしてどことなく新しい朝のにおいがした。凛とした清々しさが漂う。 身体に残る熱を全部消し去るように、僕は深く息を吸い込んで窓を閉めた。
少しだけ眠ろう。昨日とは違う朝を迎えるために。
色とりどりの花が、一斉に彩りを添える四月。 バージンロードに君の笑顔が咲き誇るだろう。 おめでとう。心からの祝福を世界で一番幸せな花嫁に。 さようなら。忘れられない僕の思い出の中の君に。
かるさんにプレゼント。 副題は「がんばれ筒井くん」です(笑) 彼の独白はどことなくポエマーな感じがするのです。 作詞作曲して歌も歌っておられましたし。
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