sweet pain

 

湖のほとりで腰をおろしたアロンは、手近の草を手荒にちぎって乱暴に投げ捨てた。

「親が決めたからっていうだけで、君は結婚するのかい!?フィラ、君は自分の意志を持たない御人形さんだよ!!」

アロンのすぐ後ろで、控えめに座っていたフィラから笑顔が消えていく。

 

声が出ない。言葉が何一つ浮かんでこない。

そのもどかしさが苦しくて、フィラは自分の喉元に手を当てた。

頭の中を駆け巡るのは、アロンの冷たい拒絶と言葉のとげ。

 

「僕には好きな人がいる」

目の前が急に真っ暗になった。きっぱりと告げられた痛烈な一撃。

「私は…アロン様のお側にいます」

青ざめた顔で、ふらふらと立ち上がるのがやっとだった。

 

自分の部屋に戻るなり、震える手で鍵をかけた。

誰も一歩たりとも、中には入れさせようとしなかった。

 

生まれた時から、王子との結婚は約束されていた。もちろん親同士の間での話だが。

それをフィラは何の疑問も抱かずにいた。

将来お妃様になりたいからというわけではない。

ごく当たり前のように受け止めていた。何の迷いも不安もなく、疑うこともしないで。

これは両親の躾けの賜かもしれない。洗練された会話や物腰も、教養や慎み深さも何もかも、幼い頃から厳しく教え込まれて来た。

 

まだ見ぬ王子様との出会いだけを夢見て。

 

―――誰も、お父様もお母さまも、こんな気持ちは教えてはくださらなかった。私は、どうすれば…?

 

夢見ていた人からの残酷な言葉は、予想以上にフィラをうちのめしていた。

 

「私、さよならのご挨拶もしませんでしたわ…」

思い出したようにフィラはぽつりと呟く。そして今初めて涙が溢れ出した。

悲しかったんだと、ようやく気付いた。涙が止まらない。

 

「ちょっと言い過ぎちゃったかなあ…」

頼りなげな表情のアロンの顔が、水鏡に写される。

それに重なるかのようにフラッシュバックされる、凍り付いていくフィラの笑顔。

 

いつまでたっても振り向いてくれない蘭世と違って、フィラは自分だけをいつも見ていてくれる。

でもそれはただ単に、『王子』という肩書きにひかれているだけなのかもしれない。

アロンは膝を抱えてうつむいた。

一度発した言葉は元には戻らない。傷つけるつもりなどなかったのに。

再びフィラの笑顔が心に浮かび、アロンの胸がちくりと痛む。

 

 

絡まった糸がほどける日は、まだ遠い。

 


 

かるさんへプレゼント。

途中から急にラブラブ(笑)になった二人ですが、最初はこんな感じかと。

そしてこの話は「絡まった糸の行方」に続きます。

NOVEL