絡まった糸の行方
湖のほとりでの気まずい別れの後、ずっとアロンの心は晴れなかった。 毎日城へ参上していたフィラが、今日は午後になってもその姿を現さない。 小さいけれど、しっかりとその存在感をしめす心に空いた穴。 おかげで嫌いな「算数のおべんきょう」がますます頭に入らない。
アロンは振り返って、後ろにある扉をじっと見てみる。 今にもその扉が開いて、フィラがいつもの笑顔で入ってくるような気がする。 しかし扉は依然として黙ったまま。 アロンは鉛筆を置いた。
「おや、アロン様。どちらへお出かけでございますか?」 「…ああ、サンドか。僕、散歩してくるから、ついて来ないでくれ」 「はぁ…」 いつもと様子の違う王子に、サンドはそれ以上言葉が続かない。 ただ見送るだけだった。 しかし王家の側近たる者、これでいいのかとしばし思い悩む。
「フィラや、一体どうしたというんだい。お願いだからここを開けておくれ」 背中にドアをたたく音を感じながら、フィラはいまだ鍵のかかったままのドアにもたれていた。 「嫌です。入って来ないでくださいませ」
他に好きな人がいると言われても、心が会いたいと叫んでいる。 咄嗟に飛び出した「側にいます」の言葉の理由。 会いたいと叫ぶ心を押さえつける、会うのが恐いという気持ち。
フィラは混乱していた。 教えられてきたのは、将来はアロン様の花嫁になるということだけ。 ただそれだけのはずだった。
他に好きな人がいるのに、こんなにも心を捕らえて離さない彼女の言葉。 いつもとなりにいた人が、突然いなくなってしまう寂しさ。 会いたいけれど、話す言葉が見つからない。
アロンはいつのまにか、想いヶ池まで来ていた。 「人間界にでも行ってこようかなぁ…」 まとまらない考えのまま、なんとなく呟いてみた。
「アロン様」 呼びかけられた声に、アロンは振り返った。 「ばあっ」 「うわっ」 サンドの悪い癖に驚いたアロンは、バランスを崩し、水面に引き寄せられるように そのまま背中から落ちていった。
慌てているサンドの姿がだんだん小さくなる。
「きゃあっ!」 突然目の前に降ってきた王子の姿に、フィラは自分の目を疑った。
身体のあちこちをぶつけたらしい。鈍い痛みとともに、ようやくアロンが目を開けた。 心配そうにのぞきこむフィラの顔が見える。 アロンは飛び起きた。 「あれ、僕、一体…」 辺りを見渡す。どうやらここはフィラの部屋らしい。 「アロン様、どうなさったの?」 「うん、想いヶ池で…」 記憶を辿りながら、アロンは話し出そうとした。
「嬉しい、会いに来てくださったのねっ!」 フィラの顔ににわかに赤みがさしていく。 そしてアロンの背中に手をまわした。 「本当に…嬉しい…」 フィラの肩が微かに震えている。
―――フィラ、泣いてるの?
まさかサンドの呼び掛けにびっくりして、池に落ちたとは言えないけれど、心の底でフィラに会いたいと思ったことに偽りはない。
アロンはフィラの背中にそっと手をまわしてみた。 あたたかい… 悲しい気持ちも、寂しい気持ちも全部溶かしてくれる。
二人が知らなかった、温もりがそこにはあった。
かるさんにプレゼント。 「sweet pain」の続編になります。 想いヶ池は魔界から魔界にっていうのはできなかったのでは? と後から思ったのですが、どうぞ気付かなかったことにしてください。(T人T)
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