みんな訊きたいことは同じなんだ。転校したその後のこと。 真壁くんが外国へ行くことになり、江藤さんと神谷さんが追いかける形となったのは本当なのか。 或いは真壁くんは二人のうちのどちらかを選んだが、残る一人が執念で追いかけて行ったとか。 噂は尾ひれをつけてどんどん広まった。しかし問い質す相手がいなければ、真相は誰にもわからない。
その3人が揃ったら、噂の真相を訊きたくなるのは人情というものだろうか。 迂闊なことを訊けば殴られそうな真壁くんと、噛み付かれそうな神谷さん。 この3人だったら確かに江藤さんにしか訊けないよなぁ… やれやれと辺りをぐるりと見渡すと、真壁くんと目が合った。怖くて咄嗟に目を逸らした。 席につくことなく、腕組みをしたまま壁にもたれている。 隣で神谷さんが何やら話しかけているようだけど、視線は射抜くように真っ直ぐ前を見ている。 明らかに機嫌が悪そうだ。
中央では江藤さんが質問攻めに困ったような笑顔になっている。 どうやって助け舟を出そうか。その前にどうやってあの輪の中心へ入っていこうか。
そして僕は気づいた。さっき目が合った気がしたのはぼくの勘違いだ。 真壁くんは江藤さんを見ているのだ。 だから同じく江藤さんを反対側から見ていたぼくは、彼と目が合ったような気がしたんだろう。 だとしたら、彼の不機嫌の原因は…
「皆さん大体揃ったみたいなので、始めさせて頂こうと思いま〜す」 江藤さんを救ったのはぼくではなく、両手をメガホン代わりに口にあてた小塚さんの一声だった。
「みんな席についてください」 ぼくも思い出したように声を出した。輪が少しずつ崩れて散っていく。 江藤さんはほっとした様子で、真壁くんのもとへ駆け寄った。 彼女はぼくに背中を向けていたけれど、どんな表情かはわかるような気がした。 迎え入れた真壁くんの表情を見れば答えは一目瞭然というやつだ。 隣で神谷さんが何やら茶々を入れたらしい。江藤さんは頬を膨らませ、神谷さんがお腹を抱えて笑っている。
確実に時は流れていた。
ぼくは誰にも聞こえないような小さな溜め息を一つ落としてから、ゆっくりと顔をあげた。
「みんなドリンクは行き渡ってますか?じゃあ再会を祝して乾杯しましょう!」 「「「「乾杯!!」」」
中学時代の制服で身を包んだ受験生たちは、 時間と現実を少しだけ忘れてタイムマシンに乗って過去へ戻ったかのように楽しんでいた。 でもぼくたちは過去へは戻れない。前へ進むしかないんだ。ぼくは立ち上がる。
「そろそろお開きの時間が近づいてきました。その前に少し時間を頂きたいと思います」
みんなお喋りをやめ、不思議そうにぼくを見る。その中には小塚さんもいた。 打ち合わせになかったぼくの行動に驚いているようだ。黙っててゴメン。
「江藤蘭世さん。こちらへお願いします」 突然名前を呼ばれた彼女は少し不安げにやって来る。ぼくは毛筆で記された一枚の紙を広げた。
「江藤蘭世殿。貴殿はあけぼの中学を卒業したことを、ここにいる2ーA全員が証明します」
今日の日付を読み上げ両手で渡すと、彼女もまた両手で受け取り礼をした。 その際両方の瞳から大粒の涙が零れ落ちていたのだけど、ぼくの眼鏡は雲ってしまっていてよく見えなかった。 涙声のありがとうという彼女の声が聞こえたから、たぶん間違いないと思う。 ぱらぱらと始まった拍手はやがて店いっぱいに広がり、彼女を優しく包んでいた。
江藤さん、止まっていた時計を動かしてくれてありがとう。ぼくは心の中で呟いた。 過去は現在と繋がり、現在は未来へ結ぶ。ぼくはもう、振り返らない。
(あとがき) 当時の制服を着て集うということに味をしめた(?)鷹羽くんが 10年、20年後に招集をかけるというオチも考えましたが、卒業式らしくまとめてみました。 別のエピソードはまた後日書ければ…(あくまでも書ければの話ですが)小話的なものをアップしたいと思います。 (2008/12/02 番外編アップしました) 今回も楽しいお祭りに参加できて良かったです。ありがとうございました!
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