久しぶりに袖を通したブレザーは、ほとんどサイズが変わっていないぼくには丁度のはずだったんだけれど、どこかしっくりこない。

見事に束の間の成長期が終わってしまったぼくにとって、袖の長さもズボンの丈もほぼ同じはずなのに。ぺったりと張り付いた違和感とともに、ぼくは家を出た。

 

場所はこれまた小塚さんが決めてくれた、あけぼの中学のほど近くにある小さなカフェだ。

ただし在学当時にはなく、ぼくらが卒業した後にオープンしたそうだ。

女の子は新しくできたお店に関する情報をいったいどこから仕入れてくるんだろう。

それともぼくが疎いだけなんだろうか。

 

裏通りにあるせいかひっそりとした佇まいではあったけれど、店内はほどよく光が差し込んでいた。

そんなに広いお店ではないのに天井が高くて開放感がある。ソファ席もあって長居してしまいそうだ。

本当は誰にも教えたくなかったんだけどね、と小塚さんは笑って紹介してくれたのだった。

 

こういう場所には縁遠いぼくだけど、学校帰りに立ち寄って好きな女の子と二人でお茶を飲みながら他愛もない話をするっていうのもいいだろうな…

空想の世界でぼくの前で微笑む人は、夢の中のように輪郭がぼんやりとしていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

夢想の風船が弾けてぼくは現実へ戻った。ドアが開いて懐かしい面々が入ってきていた。

ややずり下がった眼鏡のブリッジを指で押し上げ、出迎えるために慌てて立ち上がろうとした。

しかし気持ちだけが前へ行くのに対して、残念ながら足はまだ夢の中から抜け出してきたばかりだったようだ。

進もうとしたぼくの足は無様に絡まって、眼鏡をふっ飛ばすほど派手に倒れ込んだ。

 

「いったたた…」

先ほどと同じくぼやける視界にぼくはあたふたと辺りを見回す。

「眼鏡ならここよ」

柔らかな日差しのような声にぼくは顔をあげる。

一番大きなランドルト環ですらどちらが開いているか見えないぼくでも、声の主のシルエットを見ればそれが誰だかすぐにわかる。

「大丈夫?鷹羽くん」

「ありがとう…江藤さん」

 

顔の一部ともいえる眼鏡が本来の位置へ戻り、視界はようやく鮮明になった。

レンズ越しの江藤さんの笑顔があの当時と重なりあい、止まっていた時計の秒針が新しい時を刻む音が聞こえた気がした。

 

何か話しかけようと話題を探すけれど、ぼくの引出しは片っ端から開けても空っぽで欠片も見当たらない。

人知れずぼくがあたふたとしている間に、気づけば江藤さんは小塚さんと喋っていた。ずるいよ、二人は同じ高校なのに。

会話は途切れるどころが、他の人たちも加わって膨らんでいった。勿論ぼくの入り込む余地など残されていない。肩を落とすしかなかった。

 

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