my graduation

 

 

 

始まりは小さな町のどこにでもある本屋だった。

 

 

ぼくは参考書のコーナーで足を止め、物色していた。幾つか目星をつけてはパラパラとめくり、惰性的に棚へ戻す。

そんなことを何度か繰り返していると、視野の隅から一冊の本をめがけて伸びる手が入ってきて、僕は場所を譲るために横にずれた。

しかしその手は空中でぴたりと止まったまま動かない。不思議に思いながらも、ぼくはまだ手元に目線を落としていた。

これもイマイチかな。また棚に戻そうと手を伸ばした。

 

「鷹羽くん…だよね?」

聞き覚えのある声に、ぼくはようやく横を見た。オーソドックスなブレザーにジャンパースカート。

でもこの辺りに住む者なら、特に男子生徒ならば誰もが知っている。そして誰もが憧れる「聖ポーリア学園」の制服だ。

 

「小塚さん…」

ぼくもまた棚に戻しかけた手が宙ぶらりんになったまま、間抜けなほどあんぐり口を開けていた。

 

「久しぶりだね。卒業式以来かな?」

「うん。そうだね」

ぼくはぎこちない笑顔で答えた。

あの頃しっかり編み込まれた三つ編みが、潔く顎のあたりで切りそろえられていたせいなのか、小塚さんは随分大人っぽくなっていた。

ほんの数年会わないだけで、女の子っていうのは魔法をかけられたみたいに変わってしまうものなのかもしれない。

だとしたらきっと…。黒く長い髪の少女が僕の思考の真ん中で翻る。

 

3年生になってぼくだけクラスは離れてしまったけど、廊下ですれ違ったり登下校の際にふと目がとまることがあった。

どんなに大勢の中でも彼女の姿はすぐ見つけられた。澄んだ空から一筋の光がいつも彼女を照らしていたからだ。

そして彼女は周りを明るく照らす人だった。

ぼくはそんな彼女が眩しくて、ただ見ているだけだった。

 

小説家を父親に持つ彼女は、「父の仕事の都合」によりある日突然転校してしまった。

彼女の想い人もまた日を同じくして、そして二人の後を追うように彼女の好敵手もまた学校を去った。

3つの空席は賑やかだったあけぼの中学とぼくの心にひっそりとした影を落としたまま、時は流れ、ぼくらは押し出されるように卒業したんだ…

 

「そうだうちの高校にね、蘭世が入ってきたの」

「え!?が、外国から帰ってきたんだ…」

まるで見透かされたかのような絶妙のタイミングに、ぼくは更にしどろもどろになってしまった。

「あと、真壁くんに神谷さんも。3人勢揃いなのよ」

「へえ…」

 

懐かしい名前に、僕は再びほんの少し昔に想いを馳せていた。

教室内で、廊下で、校舎のいたる所で繰り広げられたバトル。

あれがまた「あの」聖ポーリアでも繰り返されているのだろうか。

時間が流れても場所が変わっても彼らだけは普遍としてあり続けるのだろうか。

ほんの少しだけ感傷的な気分に浸る僕は、気づけばとんでもない言葉を口走っていたのだった。

 

「…かい、しよう」

「鷹羽くん、今…何て?」

 

「同窓会、しよう…!!」

 

 

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