コイハナビ

第1話 written by 白川綾さま

 

「ねぇ〜俊♪」 とある夏休み間近の放課後。

 

部室に向かおうと教室を出た途端、廊下のはるか向こうから猛ダッシュで走って くる犬. ..もとい女性。

 

殺気に近い気配を感じた俊は思わず身構えるが、それもお構い無しに飛びついてきてがっしりと腕を組まれる。

 

何時もの事なのだが、軽く溜息を漏らすとうざそうにその手を振り払い、カバンを肩に背負うと荷物を小脇に抱え、

 

まるでその存在が無かったかのようにさっさと歩き出す。

 

だが、そんな事で諦める神谷曜子ではない。 尚も腕にすがり付いて、一方的に話しまくる。

 

 

 

「ねっ、ねっ♪行く気になった?曜子はすっかり心も体も準備OKなのよんv」

 

「一体何の話だ?」

 

「いやねぇ、この前話したでしょ。この夏、私の別荘に遊びに行く話よ。」

 

「そんな話、したっけか?」

 

「んもう!何度も話しているわよ。今年と言う今年は一緒に行きましょうよ。  

 

美しい森と湖。有名ホテルレストラン直送の美味しいディナー。そして素敵な 別荘のベ ッドルームで...

 

うふv いやぁ〜〜ん俊ったらvv」

 

 

 

 

すっかり妄想の世界に陥った曜子をその場に残し、俊は足早にその場を逃げ去った。

 

 

 

 

 

「おい、真壁。例の合宿の件なんだが...」

 

「なんだよ、まだ決まらないのか?」

 

「それがさ〜動くのが遅かったからか、目ぼしい場所がどこも空いてなくてさ。 参ったよ 。」

 

 

 

ベンチに座りバンテージを巻いていた俊の横にドカッと腰を下ろすと日野は盛大に溜息をついた。

 

 

 

「あ〜あ、どっかねぇかなぁ。真壁、なんかツテない?」

 

「あるわけねぇだろ。」

 

「だよなぁ〜ったく、合宿やろうなんて思いつくんじゃなかったなぁ。行けねぇとなると どうしても行きたくなるってもんだぜ。」

 

「ま、別にいいんじゃないか、わざわざ金使ってまで行かなくても。ここでトレーニング すりゃいいじゃねぇか。」

 

「夏休みまで学校になんか来たくないだろうが。だからこそ合宿なんだよ、合宿。  

 

普段と違った環境でやるからこそ、トレーニングのしがいがあるってもんだぜ 。」

 

「そんなもんか?」

 

「そんなもんさ、真壁のだんな。」

 

 

 

聞きたくなくとも流れ入ってくる日野の思考。

 

その中には何故か生徒会長である河合ゆりえの名前が漏れ入ってくる。

 

(なんならゆりえも飯当番の手伝いとか言って呼んじまって...)

 

内心ちょっと「アホか」と思いつつ、俊はバンテージ巻きに集中しようとした時 、

 

 

 

バン!!

 

 

 

部室のドアが勢い良く開き、曜子と蘭世が言い合いをしながら中に入ってきた。

 

 

 

「だーかーら!!俊は夏休みには私の別荘に遊びに来る事になっているのよ!!!」

 

「そ、そんな事ないもん!真壁くんが神谷さんの別荘になんて行くわけないじゃない!」

 

「いーえ、絶対に来てもらいます。」

 

「行かない!」

 

「来るの!」

 

「行かない!!」

 

「来るの!!!」

 

 

 

話題の当人である俊本人を置いてけぼりに、曜子と蘭世は相変わらずのケンカ。

 

そんないつもの風景を横目にバンテージを巻き終わった俊は立ち上がり、「行くぞ」と日野に声をかけた。

 

俊が立ち上がったのをみつけるやいなや、彼を中心に左右に分かれた曜子と蘭世がピタッ と横にへばりついた。

 

 

 

「ねぇ〜俊。いいでしょう?行きましょうよ〜〜」

 

「ま、真壁くん、神谷さんの別荘になんか行かないわよね?」

 

「蘭世は黙ってなさいよ!私は俊と話しているんだから。」

 

「そういう神谷さんだって、勝手に真壁くんに話しかけているだけじゃない!」

 

「なんですって!?」

 

「なによ!!」

 

 

 

一触即発、今にも取っ組み合いのけんかが始まりそうな横で、日野がふと声をかける。

 

 

 

「なぁ、神谷の別荘ってそんなに広いのか?」

 

「あたりまえでしょ、ベッドルームだけでも片手はあるわよ。」

 

「それって何人も泊まれるぐらいに広いって事か?」

 

「どこだと思っているのよ神谷組の別荘よ。10人や20人泊まれるぐらいの広さなんだから。

 

どこかの誰かさんがどんなに頑張っても用意できないような素敵なロケーショ ンの別荘よ。」

 

 

 

ふふんvと鼻高々に、”どんなもんよ蘭世”と言わんばかりに横目で見遣りながら自慢げに話す。

 

そんな曜子を口を尖らせながら恨めしそうに睨み返す蘭世。

 

すると日野が突然パンと手を叩き、嬉しそうに言った。

 

 

 

「いいじゃねぇか、そこ。おい真壁、神谷の別荘で合宿はろうぜ!!」

 

 

 

その場にいた日野以外の全員。とは言っても俊と曜子と蘭世の3人だけなのだが、みんなが目を瞠った。

 

 

 

「ちょ、ちょっと何で私の別荘で合宿なんかしなくちゃいけないのよ! 私は俊だけを招待したいんだから!!」

 

「10人泊まれるぐらい広いんだろ?俺に真壁に江藤にお前。(と、実はゆりえも)たったこれだけの人数じゃねぇか、大丈夫だろ?」

 

「人数の問題じゃないの!なんであんたと蘭世なんか呼ばなくちゃいけないのよ !」

 

「なんで...って、合宿なんだから部員とマネージャーが行くのは当たり前じゃねぇか ?」

 

「だ〜か〜ら〜何で合宿なんかにうちの別荘を使われなくちゃならないのよ!! 」

 

「他にアテがないんだよ。おい、真壁、お前も何か言ってくれよ。」

 

「はぁ!?」

 

 

 

突然振られても何を言えばよいのやら。

 

どうして日野がこうも合宿に執着するのか不明だが、合宿をやること自体は悪い事じゃない。

 

暑い夏に、避暑地でできるならそれに越した事はないだろう。

 

 

 

「ダメダメダメ〜〜〜別荘に来てもいいのは俊だけ。アンタや蘭世が来るなんて 許さないんだから!!」

 

「俺たちが行くなら真壁も来るっていうんだからさ。いいじゃんか。真壁も神谷に頼んで くれよ。」

 

「な、なんで真壁くんが神谷さんに頼まなくちゃいけないわけ!? ダメ!真壁くんは神谷さんのトコになんか行かないんだから、ね?」

 

 

 

俊をほっておいて3人がそれぞれ勝手なことを言い合っている。

 

いつまでもやってろ...そう思って踵を返そうとした時、

 

 

 

「ちょっと俊!」

 

「おい真壁!」

 

「真壁くん!」

 

「「「一体どーすんの!!!」」」

 

 

 

3人の怒気を含んだ叫び声が部室に響き渡った....

 

 

 

 

 

はぁ、と溜息をついて俊が口を開く。

 

「神谷、お前は俺が別荘に来りゃいいんだな。」

 

「うっ...そりゃ来てくれれば嬉しいけど、日野くんや蘭...」

 

「日野、もう一度聞くがお前は合宿がしたいんだよな?」

 

「お、おうよ!それでちょっと遊びも入りゃ...」

 

「江藤、俺1人で神谷のトコに行かなきゃいいんだよな?」

 

「う、うん。勿論よ。合宿でなら私もいくし...」

 

「じゃぁ決まりだな。」

 

「この夏は神谷の別荘で合宿。部員全員参加だ。」

 

 

 

えぇぇぇぇぇ〜と叫ぶ曜子。

 

やったぁぁぁ〜と踊らんばかりに喜ぶ日野。

 

そして...

 

「んもう、真壁くんったら」と表情は怒りながらも内心は仕方ないなぁ、と 笑っている蘭世。

 

俊はちょっと苦笑いを零すとリングへと上がった。

 

 

 

 

 

数日後。

 

 

 

 

「合宿、日程決まったから日程表配るわよ。はい俊v」

 

にっこりと微笑んで俊に一枚の紙を手渡す。

 

「はい、あんたたち。」

 

日野と蘭世にはまるでその場に落とすかのように、雑に手渡したもんだから慌てて蘭世は紙に手を伸ばした。

 

「8月は俊もバイトが入っているっていうし、早めの日程を組んだわよ。

 

丁度別荘のある湖で花火大会があるそうだからそれを打ち上げ代わりに最終日にひっか けてみたわ。

 

いい?私の別荘を提供するんだから私の言う事は聞いてもらいますからね!

 

最後の花火大会は私と俊が2人で出掛けるんだから絶ッ対に!邪魔しないでよ !!!」

 

 

 

『聖ポーリア学園ボクシング部夏合宿日程表』

 

 

 

そう書かれた紙には、前から俊に提示されていたトレーニングの日程や項目がきちんとタ イムテーブルとなって記入されていた。

 

さすが神谷ジム、そして意外とこういうところで真面目な神谷曜子である。

 

 

 

日程は 7/23(火)〜7/28(日) 5泊6日 

 

(27日打ち上げ。近隣湖にて花火大会 俊と曜子のデート♪)

 

 

 

と、最後の部分は御丁寧に太文字で書かれていた。

 

(27日って...)

 

その部分を見た蘭世の表情が一瞬曇ったのを、その場では俊は気付かなかった。

 

 

 

 

 

NEXT