不自由かつ不自然な体勢で、アロンは蘭世に催眠術を施す。 蘭世の瞼は重しを付けられたかのように閉じられた。 心身ともに眠りについた蘭世を見て、アロンは夢雲を引き出してきた。 ファスナーを下げれば、入り口の完成だが、通常であればさほど時間のかからない一連の作業は、 動きを封じられた両手と両足ではままならない。先に入ろうとするが、片足も上がらない状態だ。 アロンは横に立っている俊をちらりと見て、下唇を突き出して顎を突き出した。 「先に行け」ということらしい。俊は溜め息のような深い息を吐くと、雲の淵に手をかけた。
ふわふわとして頼りないながらも、俊は蘭世の夢の中へ入った。 そしてアロンを引っ張り上げると、足の戒めだけを解いた。
「へえ…ここが蘭世ちゃんの夢の中か…」 きょろきょろと辺りを見回すアロンを俊はじろりと睨んだ。 アロンは肩をすくめて更に身を縮める。俊の命を奪おうとしていた威勢など、もはや見る影もない。
蘭世の夢の中は白で覆われていた。 どこまでも続く白い世界の中央に、ドアが一つあった。 近づいてみると、部屋のドアとして存在しているのではなく、ドアのみが取り残されたように立っていたのだとわかった。 開けてみたところで、変わらぬ白い世界が続くだけだとわかっていたが、それでも俊は吸い寄せられるようにドアノブに手をかけた。
扉を開けた向こうの世界は、やはり白以外の色彩は見えなかった。 当たり前だ。このドアはどこにも通じていないのだから。 苦笑混じりにドアを閉めようとした俊だったが、俊の双眸は見覚えのある長い黒髪を捉えた。
「江藤!」
蘭世はうつ伏せに倒れていた。俊は駆け寄るが、すぐに足を止めてまわれ右をして引き返した。 「どうしたのさ?」 ドアの前で立っていたアロンが、怪訝そうな顔で俊を見上げた。 俊は両手でドアを押さえるように立ち、火を噴きそうなほど赤面していた。
「悪いが、ちょっと借りるぞ」 「な、何!?」 俊は遠慮もなくアロンの襟首を掴み、マントを乱暴に引きはがす。反動でアロンは顔面から地面に沈んだ。 俊は気づく余裕がない様子で、振り返ることもなくまたすぐにドアを開けると、せわしなく入っていった。 足は自由に動けても、両手を後ろ手に縛られているため、なかなか立ち上がれないアロンは、ドアの前でじたばたともがいていた。
「起こしてくれたっていいだろ〜〜〜!!」
無情にも閉じられたドアの前で、アロンはようやく立ち上がると、ドアノブに手を伸ばそうとした。 しかし微妙に高い位置にあって届かない。何度試みても届かない。 痺れを切らせたアロンはいっそ体当たりしてみようかと思い、二三歩さがった。その瞬間ふと閃いた。
「そっか。こうすればいいんだ。やっぱり僕ちゃんってば天才」
自画自賛の名案に指をぱちんと鳴らしたい気分だったが、生憎両手が不自由だった。 アロンはドアに背を向けたまま、振り返りもしないで歩き出した。そして出口までくると、勢い良く飛び降りた。
アロンは砂浜で横たわったままの蘭世に視線を移す。蘭世の催眠を解いたら、俊は蘭世の夢の中から出てこられなくなる。 出口のない迷路を永久に彷徨うのだ。俊が予定よりも早く覚醒してしまったのは計算外だったが、結果オーライってところだろう。
砂を踏みしめ、アロンは眠り続ける蘭世に歩み寄った。
「さよなら、兄上」
アロンの冷たい笑顔が月夜に照らされた。
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