激しい頭痛に見舞われた後、俊は細胞の一つ一つが目覚めるのを感じた。 これまでの自分を培っていた全てが一旦剥がれ落ちると、目まぐるしく活動を始めた。 自分の奥深くで眠っていた何かが目覚めたのだ。そう。魔界人としての自分だ。
ーーー封印は解かれた
傷は手のひらをかざせばすぐに消え、痛みも一緒に蒸発した。 さすがに破れた服までは直せなかったが、俊は星形の痣に触れながら自分の力に驚いた。 もっとも今は悠長に感心している場合ではなかった。
アロンの腕の中にいる蘭世を見れば、否応無しに心は騒ぐ。 産毛まで逆立つ怒りはやがて風を呼んだ。風は雲を動かし、不穏な嵐の気配を感じさせた。
俊がアロンに歩み寄ると、アロンは俊の迫力に気圧されて一歩ずつ後ずさりした。 俊は歩みを止めない。風圧は増している。 波打ち際まで後退していたことに気づき、アロンはせわしなく辺りを見回した。もう逃げる場所など残されてはいない。 後ろにあるのは墨のように黒々と光る海のみだ。
「江藤を元に戻せ」
俊は鋼鉄すら射抜くような眼でアロンをまっすぐ見据えると、両手両足の自由を瞬時に奪った。 先ほどの逆だ。しかももがけばもがく程に、締め付ける力は強まる。 逃れる術がないと知るや、アロンは一気に戦意喪失してしまった。
「中和剤は持ってきてないよ。必要ないと…思った…から…」 アロンの語尾は、俊のひと睨みで尻すぼみになっていった。すっかり叱られた子供のようになっている。
「戻せ」 俊の声のトーンがさらに下がると、声を荒げない分だけ凄みも増した。 気温すらも下がったのか、肌が粟立つような気がしてアロンは両腕をさすろうとした。 しかし両手は後ろで一括りにされている。アロンの喉は気づけばからからに乾き、唾を飲み込んでいた。
「そ、それに惚れ薬を飲んだ症状と全然違うんだ。たぶん蘭世ちゃんの身体は起きてるけど、精神は眠っているみたいで…」 「じゃあどうすればいい」 俊は歩みを止めた。
「蘭世ちゃんの身体の方も眠らせて、完全に眠っている状態にさせるんだ。そしたら夢の中に入って、夢の中で眠っている蘭世ちゃんを起こせばいい」 「そんなことができるのか?」 「これが正しいやり方なのかは、僕にだってわからないさ。でもこれしか方法はないんだ」
アロンはぼんやりと立ったままの蘭世を見る。俊もまた振り返った。 表情を無くしたままの蘭世と、俊のよく知ってる蘭世の姿がオーバーラップした。絶対に助ける。何があっても絶対に。
「ねえ、これは解いてくれないわけ?」 手足の動きを封じられたままのアロンが、枷と俊を交互に見やる。 「だめだ」 「ちぇ」 アロンは唇を尖らせた。
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