「なんだ、もう終わり?」
俊が踞ったのを見るや、アロンは俄然余裕を取り戻した。 頬に若干の緊張感を残しつつ笑うと、一歩ずつ俊に近づいていった。 蘭世はやはり言葉も発せず、硝子のような瞳に一部始終を映し出すのみだった。
膝をついて動かなくなった俊に、アロンは容赦なく足蹴にしようとした。 蘭世とは俊の命は奪わないと約束してしまったが、これくらいなら許されるだろう。 蘭世の心を奪い、輝くようなあの笑顔を独り占めしていた罰だ。 理不尽とも呼べる憎しみは、アロンの中で成長しアロン自身を焼き尽くす勢いで膨れ上がった。そして勢いをつけて、足を蹴り出した。
アロンの靴先は俊の鼻先でぴたりと止まり、全ての力はアロンへ向けて逆流した。
思考能力が一時停止していたアロンだったが、吹き飛ばされ肩から落ちたのはしばらくして理解できた。 あまりの衝撃に、起き上がることができない。今のは一体何だったのだろう?
「助けてよ、蘭世…」
ぼんやりと自分を見ている蘭世に、アロンは手を伸ばす。自分だけを癒してくれる優しい手を求めて。 しかし蘭世は動かなかった。何の感情も表さず、無機質な表情でアロンを見ていた。
アロンは眉をひそめた。蘭世は確かに惚れ薬を飲んだはずなのに、様子がどうもおかしい。
「まさか…薬が効かなかった…とか?はは…まさかね」
ヨロヨロと立ち上がって、アロンは蘭世にすがるように抱きしめた。 ほら、蘭世はぼくを拒まない。気のせいだ。自分に言い聞かせ、抱きしめた手に力を込める。 やっと手に入れた自分だけの温もりは、どこか寂しさと虚しさが潜んでいることに、アロンは気づいていなかった。
蘭世の髪の香りに深く埋もれていたアロンは、ただならぬ空気を感じ、ゆっくり振り返った。
「江藤にさわるんじゃねえ!!」
突如嵐のような風が吹き始めた。一歩近づくごとに、俊の周りを取り囲むように砂嵐が大きさを増してきた。 破れたTシャツの袖から、俊のむき出しの腕がのぞく。
星形の痣が風に晒されていた。
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