色んな感情が入り交じって、気持ちの整理がつかないまま、愛良はコートの中を縦横無尽に走っていた。 うじうじと悩んでいる時は身体を動かすに限る。抜け出せないループの中にいるなら、ずっとかけずり回っている方がまだマシだ。
愛良が放ったダメ押しともいえる最後のシュートは、リングの中へ吸い込まれるように渦を描きながら落ちていった。 そして試合終了を告げるホイッスルが鳴った。 勝利に貢献できたということで、助っ人の面目躍如といったところだろうか。 愛良は喜び合う部員たちからやや離れたところで、彼女たちの後ろ姿を見ていた。 折角のバレンタインデーが犠牲になっちゃって渋々引き受けたけれど、こういうのも悪くないような気持ちになっていた。
着替えを手早く済ませて帰ろうとした愛良を呼び止める声がした。 振り向くとそこには後輩を含めたバスケ部員たちが勢揃いで、愛良を取り巻いていた。 「愛良、今日は本当にありがとう」 「先輩これ、わたしたちの感謝の気持ちです」 「え…あ、あの…ありがとう…」 可愛らしく包装されたチョコレートが次々と愛良に手渡され、愛良の鞄には収まりきらない程の数になっていた。
全員に見送られ、照れくささも混じりながら愛良は手を振りながら歩いた。 角を曲がって皆の姿が見えなくなると、愛良は走り出した。彬水の部屋へ急ごう。愛良のバレンタインデーはまだ終わっていない。
「おまえ、走ってきたのか?」 彬水の部屋の前で呼吸を整えてチャイムを鳴らしたというのに、第一声がそれだ。 「な、なんで!?」 「真っ赤になってるぞ」 愛良の鼻を指差して、彬水は笑う。 あまりに失礼なお出迎えの仕方じゃないの?と愛良がむくれると、彬水は笑いがまだ引かない様子だったがようやく迎え入れてくれた。
「どうだった?試合」 彬水がいれてくれたホットココアを受け取り、愛良は尋ねる。 「勝ったよ。そっちは?」 彬水が飲むのはコーヒー。ここにも年齢の差を出されているようで、愛良は本当は不服なのだが、悔しいけれど美味しいので黙って飲む。 「もちろん勝ちました」 にっこり笑ってVサインを作ってみせた。いや訊きたいのは試合の結果だけではないのだけれど。 甘いココアをちょっとだけ苦々しく飲んでいると、彬水が膨れあがった愛良の鞄に気づいた。
「…部員のみんながくれたの。チョコレートみたいなんだけど」 一つ一つ広げていくと明らかに手作りも混じっていることに気づいた。 「なあ、愛良」 チョコレートの山をしげしげと見ながら、彬水はやや声のトーンを落とした。
「同性からもらったチョコレートの数の分だけ、婚期が遅くなるって知ってるか?」 「うそ!!」 慌てて数えたが、だんだん憂鬱度が増して数える速度ががくんと落ちた。 「あたし…28才まで結婚できない〜〜〜〜」 半べそをかく愛良を見て、彬水は笑いたいのをぐっと堪えていた。 「あ、違う。毎年チョコレート貰ってたから…お婆ちゃんになっちゃう…」 指折り数えるごとに愛良の顔色が青ざめていく。
「愛良」 もう一度名前を呼ばれて反射的に顔をあげる。その瞬間、彬水の唇が愛良の唇に重なった。 身体の芯がチョコレートみたいに溶かされて、力が抜けていく。 数えている途中の両方の手は宙に浮いたままだったが、やがて膝の上にだらりと下ろされた。
唇がひんやりとした空気を感じて彬水が離れたことを知り、愛良はゆっくり目を開けた。
「そんなに長い間、おれが待たせると思うのか?」
愛良は声を出せずに黙って首を振る。何を不安に思っていたのだろう。 いつだってこの人は自分を第一に考えていてくれたのに。自分の幼さがほとほと嫌になって、涙がこぼれた。 「新庄さぁん…」 愛良は彬水にしがみついた。 彬水の指が優しく愛良の髪を梳く。これは遠回しなプロポーズだと受け取ってもいいのだろうか。 愛良の脳裏を掠めた疑問は、いつもとちょっと違う、少し深く長いキスで溶かされてしまった。 この上なく幸せで嬉しくて、愛良は瞳を潤ませて彬水を見つめると、彬水は意味ありげに笑った。愛良は小首をかしげる。
「ところで、朝は何の用事だったんだ?」
瞬時に顔に火がついた。愛良は口をぱくぱくとさせるが言葉が出てこない。気づいていないと思っていたのに。 彬水の笑顔は憎らしいほど余裕たっぷりで、少なくともあのマネージャーさんは彬水のこんな表情は知らないはずだと思うが、少々複雑な愛良だった。
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