よく続くものだ。と彼はちらりと目線を遣りながら、いつものように盤を回し、小さな球を投じる。

最初に手にした幸運が忘れられないのか、負けが混むのを認めたくないのか、

彼女の連れの女は何度も無茶な賭け方をしては、手持ちの金を減らしていった。

彼がこの秘密の場所で働くようになってから、幾度も目にしてきた破滅に向かって転がっていく人間のお定まりの光景だった。

それは何度見てもあまり気持ちのいいものではなかったが、だからといって彼が何とかできる問題でもなく、

そんな事をする筋合いも無い。

彼の仕事はルーレットを回してボールを投げ入れること。

忠実に職務を果たしていればそれでよかったのだ。

そして女は今夜も持っている全ての金を賭場に吸い取られ、帰って行く。

 

彼が仕事を終えて家路に着くと、先に来ていた彼女が部屋で待っていた。

狭い部屋には不釣り合いなシルクサテンのドレスが彼女の身体にぴったりと寄り添っていて、身体のシルエットを仄めかしていた。

それが先ほどまでは不特定多数の男どもの視線に晒されていたのだと思うと、彼の身体の芯に青白い炎が点火された。

 

こんなに傍にいるのに、こんなにも遠い

 

「どうして彼女を止めないんです?」

重そうにぶらさがるイヤリングを外しつつ、彼女は振り向いた。

「だって楽しそうでしょ?」

鳥肌が立つ程美しく残酷な笑顔を一瞬だけ見せると、猛禽類のような視線で睨んだ。

「…やっぱり気が変わったわ。今夜は帰る」

外したばかりのイヤリングをつけ、彼女は立ち上がった。

「気を悪くしたのなら謝るよ。ごめん」

「……」

何かまずいことを言ってしまったのかと、猛スピードで記憶を辿るがそれらしき言動もなかったはずだ。

彼が思い巡らせる間に彼女はさっさとドアを開けていた。

このまま駆け引き抜きで、彼女は本当に出て行ってしまうだろう。

「待って!」

無様だとわかっていながら、彼は追いかけずにはいられない。

おもちゃを取り上げられた子供よりも、情けない声で泣きそうになってしまう。

ヘロインよりも依存性が高く、質が悪いともいえるが、彼女がいない生活など最早考えることするできない。

彼女はドアのノブに手をかけていたが、回すことはしなかった。

踏み出そうとした足を止め、彼女は小さなバッグから名刺ほどの大きさの紙を出した。

彼女は彼に背中を向けたまま、指で挟んで肩越しに差し出す。

彼は躊躇いがちにそれを受け取ると、書かれた文字を目で追いかけた。

 

「ランカスターホテル…」

「明日、待ってるから必ず来て頂戴」

彼女は振り向きざまに軽く彼の頬に口づけた。

「じゃあね」

 

紙には住所と電話番号が記されていたが、名前をきけばすぐに分かる程の有名ホテルだ。間違うはずもない。

 

翌日。彼は指定された時間にランカスターホテルのフロントの前に立っていた。

そして指示された通りにフロントで尋ねるのだ。

「ナディア=カルロからの伝言はあるか?」と。

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