オザキ譜庫マンドリン楽譜 本文へジャンプ
オザキ譜庫発売マンドリン合奏譜
51.「セレナータ風ガボット」  A.アマディ作曲

原編成 第1・第2マンドリン、第3マンドリン、マンドラ、ギター 
スコア 原編成と同じ
パート譜 第1・第2マンドリン、第3マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、マンドローネ
解説 
マネンテのマンドリン音楽への作曲、編曲だけでも90曲以上があげられるのは、マンドリン音楽への愛着が並々でなかった証拠といえよう。彼の貢献はマンドリン音楽の独創性を把握して、マンドリン本来の表現能カに対して何等の特殊技巧を施すことなく自然な表現をおこない、イタリア人の明朗なロマンティシズムを味わい深い旋律に託し、各楽器結合の妙味、音色に対する優れた感覚、対比旋律の巧みな配置、これらが渾然と総合されてマンドリン音楽独自の世界を創造したことにある。

   「マンドリニストの友」と敬愛されたアマデイは多くの優れた小品を残している。本曲もその一つで、ボローニアのコメリーニ(Comellini)社から出版されていたマンドリン音楽定期研究誌イル・コンチェルト(Il Concerto)の臨時号ル・アルモニア(L’Armonia)により1904年発表された。トレモロのみによる16小節の導入からガボットに入る。アマデイはガボット調をとくに好み、この形をマンドリン合奏に巧みに用いた。さらに第3マンドリンを加えることにより、巧妙な味を醸し出している。トリオのミュゼッタではギターを軽妙に扱い、極めて好ましい効果をあげている。

52.「憂愁」  A.アマデイ作曲

原編成 第1・第2マンドリン、マンドラ、ギター     
スコア 原編成と同じ
パート譜 第1・第2マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、マンドローネ
解説 
「マンドリニストの友」と敬愛されたアマデイは多くの優れた小品を残している。本曲もその一つで、美しい旋律を小箱に満たしている。天賦の才能とマンドリンへの愛情がなければ生まれ得ない作品であろう、何度演奏しても奏者や聴く人々に喜びを贈り飽きさせない。 A.Vizzariに代わり、1906から1908年までアマデイが主幹をつとめていたボローニアのヴィタ・マンドリニスティカ誌からスコアから出版(1907年6月)されている。そしてA.Vizzariが主宰するミラノのイル・プレットロ誌から1926年9月にスコアとパート譜が出版された。イル・プレットロ版では若干の改訂が加えられているので、参考のためヴィタ・マンドリニスティカ版もご覧いただきたい。

53.「ハイドンのセレナーデ」  M.マチョッキ編曲

原編成 第1・第2マンドリン、マンドラ、ギター、マンドロンチェロ、、ベース     
スコア 原編成と同じ
パート譜 第1・第2マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、ベース
解説
 『弦楽四重奏曲第17番 へ長調』(OP.3-5)は、ハイドン作曲とされた弦楽四重奏曲。第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」は、「ハイドンのセレナーデ」として長年親しまれてきた。 17番ヘ長調を含む『6つの弦楽四重奏曲』(作品3)は、長らくハイドンの作品と見なされていたが、第13番から第18番まで、すべてロマン・ホフシュテッター(1742-1815)の作曲ではないかという新説が1964年にいたって初めて提議された。肯定も否定も有力な証拠が示されておらず、諸説があるが、何れも決定的な結論を見るに至っていない。ロマン・ホフシュテッターは、オーストリアの修道士、アマチュア作曲家。ハイドンの信奉者であり、ハイドンの音楽様式に倣って自らも作曲を行なったと言われている。 マンドリン合奏への編曲はフランスのマンドリン界で出版、演奏、指導にあたったマリオ・マチョッキである。彼の編曲は手慣れてはいるが、原典にあたったのか疑問に思われるところもあり、この曲に限らず彼の編曲作品演奏に際しては、原典を再確認するなど注意深く楽譜を再検討されることが望ましい。参考のために、『弦楽四重奏曲第17番 へ長調』(OP.3-5)第二楽章「アンダンテ・カンタービレ」のスコアを添付しておく。

54.「ヴェニスの謝肉祭変奏曲」  C.ムニエル作曲

原編成 第1・第2マンドリン、マンドラ、ギター     
スコア 第1・第2マンドリン、マンドラ、ギター
パート譜 第1・第2マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、マンドローネ 
解説
 イタリアで歌われていた曲をもとに、「ヴェニスの謝肉祭」は、ヴァイオリンのパガニーニやギターのタレガはじめ多くの作者により、多くの楽器のために変奏曲、幻想曲に作曲されている。
マンドリンでは、ベルレンギがマンドリンとピアノのために、ムニエルはマンドリン合奏のために変奏曲を、グラティアーニ・ワルテルはギター伴奏マンドリン独奏曲を書いているのが知られているが、各変奏に器楽的趣向をこらしたムニエルの幻想的変奏曲が愛奏されている。
1909年ミラノのイル・プレットロ誌からスコアが出版され、1927年には同誌からパート譜が出版された。マンドリン譜には、ムニエルにより丁寧に運指が記されているので、それにしたがっていただきたい。

55.「修道院の庭で」 A.W.ケテルビー作(マルトー編)

原編成 第1・第2マンドリン、マンドラ、マンドロンチェロ、ギター、ベース、ティンパニー、鳥笛、鐘     
スコア 原編成と同じ
パート譜 原編成と同じ 
解説
 「修道院の庭で」は、「標題を持った間奏曲」という副題を持つ。マルトーの編曲によるもので、スコアの表紙に大略次の様に書かれている。
「最初のテーマは、緑豊かな木立のなかで囀る鳥の歌に、穏やかな空の下、至福の静寂にまどろむ修道院の庭を描写している。」
「第2のテーマは、短調で、悲嘆、禁欲、そして悔悟を示す。」
「礼拝堂から「キリエ エレイソン(主よ、憐れみ給え)」の修道僧の歌声が、教会の鐘やオルガンとともに聞こえる。(6)」
「最初のテーマが遠のいていく。(7)」「祈りの合唱がクライマックスを迎え、やがて静寂の中に消えてゆく。(8)」
スコアおよびパート譜は1961年発行のAdofe版を用いた。