余部の空に駆けた汽車


  頭上を見上げるわたしの前に、小雨降る中、かつて東洋一とうたわれたトレッスル鉄橋が
そびえ立っていました。なんという巨大な鉄橋でしょうか。

  この場所で鉄橋の写真を撮るだけ... 
  今回の旅は確かに楽勝...
  ...のはずだったのです。

  そうです。ただあの一点にこだわりさえしなければ...

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  10月27日快晴の土曜日。
  わたしの姿は、京都市にある梅小路蒸気機関車館にありました。ある調べものをするため
です。その調べものとは...


  実を言いますと、わたしは小学生の時、大のSLファンでした。ちょうどSLが廃止になる頃
で、世間には一大SLブームが到来しておりました。わたしもその中でSLに夢中になっていた
のでした。そういうわたしが、今回このような絵はがきを手にしたならば、当然発生するひとつ
の疑問...
  この余部鉄橋を走る機関車はなんという形式の機関車なのか、どんな機関車なのか。


  これは実に自然な成り行きだったのです。「時をかけるおとら」の取材に、この汽車の調査
を含めること。これが今回のこだわりになったわけです。
  最初は正直なところ、簡単に考えていたのです。調べればすぐわかるだろうと。しかし、これ
が大きな勘違いだったのです。
  おかげでわたしは大阪−京都間をウロウロするはめに陥ったのでした。

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  で、梅小路蒸気機関車館です。
  梅小路蒸気機関車館には18両の蒸気機関車が展示され、内、6両が動態保存(動く状態
での保存)されています。

  「蒸気機関車のことなら『何でもある』『何でもわかる』博物館」

  …をうたい文句にし、しかも、今回調査の余部鉄橋のある山陰本線沿線に立地するこの蒸気機関車館に期待するのは当然のことでしょう。しかし... 

  その日、現地に到着したわたしは唖然としたのです。なんと隣の梅小路公園でお祭りをや
っているではありませんか。しかも子供主体の! 当然そのあおりで蒸気機関車館は大入り満
員。大盛況です。「こ、これでは、学芸員に相談できない...」 わたしの危惧は現実となりまし
た。「ごめん、今日はちょっとこのありさまで、勘弁していただけませんか」 予想どおりの回答
にわたしは出直すしかなかったのでした。

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  さて、10月31日水曜日。わたしは大阪から再び梅小路蒸気機関車館までやって来まし
た。平日です。これなら絶対大丈夫だろうと。
  今日はいつものゆきちゃんも同行しています(連れていかないと恐いんだもの)。


  学芸員さんは絵はがきを見てうなっていました。

  「小さいねえ」
  はいそのとおりです。
  「拡大できない?」
  それはちょっと。
  「プレートでも写ってたら一発だけどねえ」
  そりゃそうですけど...

  ところでここでちょっとだけうんちくを。
  蒸気機関車の型を調べるにはそのシルエットである程度絞り込めます。まず、テンダー型
かタンク型という分類です。これは、蒸気機関車の走行に必要な石炭と水をどう運んでいるか
ということです。専用の給炭水車(って言うのかな。)を引っ張ってるタイプ(C62−銀河鉄道9
99のモデルです−みたいなタイプと言えばわかりやすいでしょうか)がテンダー型。それに対し
て機関車本体にちょこっと付いてる部分に積んでいるっていうタイプ(C11−北海道の「すずら
ん号」なんかです−のタイプ)がタンク型と言います。まずこれらが大きな分類です。

  続いて車輪の配置。
  機関車の駆動輪は動輪(どうりん)と言い、片側に2コから4コあるのが普通です。2コある
のをB型、3コはC型、4コはD型と表現します。この表現方式はドイツ式のようです。大正後期
から製造された機関車は、この表現を使った形式に統一されています。C62は動輪が3コ、D
51は4コという具合です。さらにこれに加えて、動輪の前後に小型の車輪が付いているものが
あります。動輪の前の車輪を先輪(せんりん)。うしろを従輪(じゅうりん)と言い、各々の数と動
輪の数を組み合わせて「2C2(先輪2コ、動輪3コ、従輪2コ)」という表現をするのです。ちな
みにこれ(2C2)はC62の車輪配置です。

  あとは、背中のこぶの形 等々といったところでしょうか。

  で、くだんの絵はがきです。

  明らかにタンク型です。車輪の配置はどうでしょうか? 画像ではわかりにくいですが、絵は
がきそのものをよく見ると3コ、つまりC型のように思えます。しかし、明治期の機関車は輸入
がほとんどで、当時のものは昭和期の国産機のように、先輪従輪がそれとわかるほど動輪と
比べはっきりと小さいわけではないのです。遠目に見ると同じサイズのように見えてしまうかも
しれません。早計には断定できません。学芸員さんは慎重でした。なるほど、梅小路がそうだと
言ったらそれに決まってしまうのです。博物館ですから権威があるわけです。
  それでも数冊の書物を繰りながら、ある程度候補を挙げてくださったのが、B型の870形、
500形、230形。そしてC形の1800形。といったところでした。そしてさらに調べる情報をくだ
さったのでした。それは大阪の弁天町にある「交通科学博物館」。そこには図書室があり、相
談すれば見つくろって書籍を見せてくれるだろうと言うのです。ここまでくれば行かなくてはなり
ません。しかも地元大阪ですしね。

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  その前に…
  せっかくですから梅小路蒸気機関車館の観光案内。

  先ほども述べましたが、ここには数多くの機関車が保存されています。一日に何回かは走
ってもくれます。

  左はスチーム号です。後ろの客車に乗車することができます。結構人気だそうです。
  形式は8620型ですね。初期の国産名機です。

  蒸気機関車館の入り口は旧二条駅舎が移築されています。これは京都市指定有形文化財になっていますが、日本最古の木造駅舎で、当時私鉄であった京都鉄道会社が1904年(明治37年)に、本社の社屋も兼ねて建設したものです。