古事記植物散歩

アマテラスオホミ神とスサノヲノ命
イザナギノ命はアマテラスオオミ神に高天の原を治めるように、ツクヨミノ命に夜の世界を治める ように、タケハヤスサノヲノ命に海原を 治めるように託された。スサノヲノ命は姉のアマテラスオオミ神の治める高天の原 でさんざんな狼藉をはたらく。アマテラスオオミ神は スサノヲノ命の余りの乱暴に畏をなし、天の石屋戸に引きこもってしまう。
<天の石屋戸>
天の香山の天の波波迦(ははか)を取りて、占合ひ麻迦那波( まかなは)しめて、 天の香山の五百津( いほつ) 眞賢木(まさかき)を根許士(ねこじ)爾許士て、・・・ 中枝に八尺鏡(やたかがみ)を取り繋け、下枝に白丹寸手(しらにきて)、 青丹寸手(あをにきて)を取り垂でて、…天宇受賣命、 天の香山の日影(ひかげ) を手次に繋けて、天の眞折(まさき)かづら と為て、 天の香山の小竹葉(ささば)を手草に結ひて・・・、

9)ウハミズザクラ(ははか) バラ科サクラ属 Prunus grayana、 落葉喬木で幹は高さ10−15m、直径50cm程度になる。花は4-5月、 新枝の頂に多数の花をつけた長さ8−10cmの総状花序で、花序には数枚の葉がある。 (イヌザクラの花序には葉がない。)果実は卵円形で黄色から秋に黒紫色に熟し、果肉は甘い。 樹皮や小枝を切ると強い臭気あり。


10) サカキ、ツバキ科サカキ属 Cleyera japonica, サカキは栄木(サカエギ)で、常緑樹の意でもある(異説あり)。榊は国字。 常緑の低木、小枝は初め緑白色、後に灰色を経て灰黒色になる 。若枝の先端の冬芽は下方の葉腋のそれよりはるかに大きく、鉤状に曲がる。 葉は2列互生し有柄。花は6-7月に咲き、白色で後に黄みを帯びる。実は球形で、径7−8mm、 10月ごろ黒紫色に熟す。神事の樹として用いられ、神社境内に植えられ、神体、神木等にもなる。 伊勢では正月に門松の代用にするという。古来万葉集、古今集等、歌に読まれた例は多い。 新古今集に[おく霜に色もかはらぬ榊葉の香をなつかしみとめてこそ来れ]とあり、 常緑樹で古来サカキの総称とされている中で、香りあるものはシキミのみである とする説もある。


白丹寸手はコウゾ(楮)の靭皮繊維を糸にした木綿(ゆう)で、主に幣(ぬさ)とする。
11) ヒメコウゾ(コウゾ、カゾ)、クワ科カジノキ属 Broussonetia kazinoki Sieb., 低山地に普通に生える落葉低木。葉は互生し、葉身はゆがんだ卵形で、ときに深く 2〜3裂し先は尾状に長くとがる。葉の基部はゆがんだ円形または鋭形、葉柄は長さ数mmから1cm。雌雄同株、4-5月新枝の上部の葉腋に雌花序を、下部に雄花序をつける。雌花序は球形で径約0.5cm、糸状の赤紫色の花柱(長さ約0.5cm)が多数出る。果実は径約1cmで、秋に赤く熟し、若干ぬめりがあるが甘く食せる。樹皮は和紙、織物の材料として使用する。 近縁種コウゾはヒメコウゾとカジノキ(B. papyrifera)の雑種とされる。 青丹寸手は麻の繊維でつくる。


12)アサ アサ科アサ属 Cannabis sativa L. アサは牧野新日本植物図鑑では、クワ科に分類されているが、現在ではアサ科に分類される。 一年生草本で、雌雄異株で独特な匂いがする。雌花穂は指で触ると、指に粘着質が残る。 茎皮から繊維をとり麻糸とする。

ひかげ日影は「紀」では蘿(さがりごけ)とある。サガリゴケとは下苔と書き、 ヒカゲノカヅラの別称、あるいはサルオガセの別称と言われている。 サルオガセは天の香具山辺りにはないであろうから、ここではヒカゲノカヅラをあげる。

13)ヒカゲノカヅラ、ヒカゲノカヅラ科ヒカゲノカヅラ属 Lycopodium clavatum L., 山麓の比較的日当たりのよい斜面に生える多年生常緑草本。 茎は緑色で長く地上を匍匐し2mにも達し、不規則に分岐し、所々に白色の根を生じる。 葉は輪生状あるいはらせん状に配列し密生し、長さ4〜6mm緑色硬質で光沢がある。 子嚢穂は6〜8月匍匐茎から分岐した直立茎(長さ8〜15cm)上に2〜4個生じ、淡黄色、 長さ3〜4cmの円柱形である。黄色の胞子を大量に出す。胞子は石松子といい薬用とする。 ヒカゲノカヅラ綱はシダ植物の中でも最も古く分化した綱の中の一つで、 およそデボン紀から4億年の歴史をもっていると考えられている。


14)テイカカヅラ、キョウチクトウ科テイカカヅラ属、 Trachelospermum asiaticum, 他にニシキギ科、ニシキギ属にツルマサキがあるが、マサキカヅラとして古来多く詠まれて いるのはテイカカヅラであるという。山野に普通な常緑蔓生。葉は対生で変異多く光沢ある 暗緑色で、茎葉を傷つけると乳液を出す。花は5-6月に開き、芳香あり。 径2cm程度、花筒部長7−8mm、白色、落花前に淡黄色を帯びる。袋果は細長く、 長さ15−25cmで湾曲して下垂する。種子は線形、先に長さ2−3cmの白銀色の長毛あり。 ここでは、別に述べる理由から、テイカカズラとマサキを挙げる。


15)ネザサ イネ科メダケ属、 Pleioblastus variegates Makino 西日本の山野に普通に生える。小形であるが大きいものは2-3mに達する。 稈は直立し、古いものは節から2−5本の枝を出す。葉には稈を包む長い葉鞘があり、 その口縁に淡褐白色の肩毛をもつ。肩毛は稈とほぼ平行に立ち、数mmから長いもの で8mm程度に達する。









ウワミズザクラ 大津市国分 2000/05/05










サカキ 京都大学理学部植物園(京都市) 2000/06/15








ヒメコウゾ 大津市国分 2000/06/18















アサ 京都薬科大学薬用植物園 2000/09/15








ヒカゲノカズラ 大津市西山 2005/07/16










テイカカズラ 京都大学理学部植物園(京都市) 2001/05/16









マサキ 京都大学フィールド科学境域センター(京都市) 2005/11/04

今回はここまで、 詳しくは拙書「古事記のフローラ」(海青社) を参照して下さい。

海青社(大津市)

















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マサキノカヅラはテイカカヅラか?

それでは何故マサキノカヅラがツルマサキでなく、テイカカヅラであると考証されたのか。 簡単に言うなら次のようである。古今和歌集に
「み山にはあられふるらし  と山なるまさきのかづら色づきにけり」(巻第20、大歌所御歌、神あそびの歌)
と詠まれている。ツルマサキは常緑でほとんど紅葉しないが、テイカカヅラの紅葉はすこぶる 鮮美であること、アメノウズメノ命がマサキノカヅラを鬘にしたとあるが、ツルマサキはごつごつ した木で本当の蔓にはならず、鬘にするには不向きである。一方テイカカヅラの葛は繊細で長く 鬘にするに適していること、八丈島、三宅島、奄美大島等では今日でもテイカカヅラをマサキ、 マサキフジ、マサキカヅラということ等である。
また、この歌を本歌として、新古今和歌集に
「うつりゆく雲に嵐の声すなり散るか まさきのかづらきの山」(飛鳥井雅経)
と歌われている。これらの歌からすると、 "まさきのかずら"は紅葉し、冬には落葉すると思われる。

しかし筆者が複数の個所で複数年にわたり確認したところ、 一般的にはテイカカズラは紅葉しないし、冬に落葉もしない、常緑である。 ただしテイカカヅラは春、新緑の出るころ一部の旧葉が見事な深紅に染まる。 遠くから見るとカズラのつる全体に赤い花が咲いたように見える。このようなことから、 気候変化や場所によって、一部の葉が赤く染まることもあるやも知れない。 しかし先の歌は普通に見れば、秋も深まる頃の紅葉の歌とみなせる。

それではマサキノカズラはテイカカヅラ以外に何に比定できるか。 原野や山地で紅葉の美しいつる性植物として、ツタ、イワガラミ、ツルアジサイ等が考えられる。 しかしこれらの植物には、"まさき"に関連する方言はみあたらない。 そこで筆者は次のような考えもあり得るように思う。

原文を見よう。
「記」では "まさきを縵として"、とあり、「紀」では、"まさきを以って鬘にし"とある。 縵は頭に巻く飾りであるから、"まさき"をつる性の植物と考えたくなるが、 必ずしもつる性である必要はないとも考えられる。
例えば古代ギリシャにおいてマラソン勝者に贈られたといわれる月桂樹の冠は、 月桂樹はつる性植物ではないが、その枝をうまく横向きに編んで、 頭にかぶれるように作られているようにみえる。筆者も月桂樹としらかしを用いて、 冠を作ってみたが、枝を拠り合わせて、頭にかぶれる冠を容易に作ることができた(右上写真)。 マサキの緑色の若い茎は、ツルマサキや月桂樹よりしなやかで、 かづらはより作りやすいように思える。日本の神話にもギリシャ神話との類似点がかなり あるということだから、この方面からも検討してみてはどうであろうか。

それでは古今集の歌にある"まさきのかづら"についてはどのように考えればよいであろうか。 もしこの歌が実際の光景を見て歌ったものであれば、"まさきのかづら"は "まさきにからまったかづら"ともとれるであろう。例えば現在でも、"屋根の草が枯れた"は "屋根に生えた草が枯れた"の意だし、"窓の雪"は"窓に積もった雪"の意である。同様に "松の苔"は"松に生えた苔"の意味でもあり、このような"の"の用法は日常的であるとともに、 古代には更に多用されていたとされる(広辞苑)。
このように考えれば、 文字を極力節約しなければならない和歌において、"まさきにからまったかづら"に対し、 "まさきのかづら"とすることも無理のないことのように思える。従って色づくのはマサキではなく、 カヅラであるとする解釈もあり得よう。

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